終わらない休日 第11話 投稿者: ひさ
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★これまでのあらすじ
 俺、折原浩平はニ連休の一日目に『プー』という名の猫を拾ってしまった事
が運の尽きで、そのプーに散々引っかき回される事になってしまった。
 でもその代わりと言っちゃなんだけど、珍しく早く仕事が上がった叔母の由
起子さんと、久々に夕食を共にする事が出来たんだ。勿論プーも一緒だ。
 その夜、今度は出会ったばかりのプーといきなり別れてしまうという不吉な
夢を見てしまったんだ。そのせいで目が覚めて、俺はあまり気分が良くなかっ
たんだけど、更にそれを悪化させる出来事が起こってしまった。
 俺の幼馴染み、長森瑞佳のやつが事もあろうに自分ちの猫どもを世話してく
れと俺に電話してきやがったんだ。だけど、その事をもう家族にも話してしま
ったらしくて、断るに断れない俺は仕方なくその頼みを応じる事になってしま
った。
 既に行く気満々で玄関前に待ち伏せていたプーを抱いて、俺は商店街へ買物
に行くついでに長森の家に向かう事にした。
 だけど、着いて早々牛乳箱にあるはずの鍵が無くて俺は唖然としてしまった。
そして更に驚くべき事が……何と、玄関のドアが開いていたんだ。スペアキー
は玄関の廊下にあったんだけど、俺はその時ある想像をして背筋か凍ってしま
ったぞ。ただ、そのあと『うじゃうじゃ』現れてきた猫どもを見て、その想像
はあり得ない事だと思ったんだけどな。
 早速猫達に餌をやってから、俺は掃除をすべく猫のトイレ探しと新たに頭に
浮かんだ事を確認する為、意を決して二階ヘ続く階段を昇り始めた……。
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 キシ……キシ……

 一段昇る度に階段の軋む音が聞こえてくる。それは耳に届くのもほんの僅か
な音なのだが、浩平にはやけに大きく聞こえていた。
 やがて、実際にはほんの三十秒程しか経ってないのだが、浩平の中ではかな
りの時間が掛かった感じでようやく二階へと辿り付いた。
「やっぱり二階にあったのか」
 階段を上り切ってすぐ、廊下に浩平の探していた猫のトイレが目に付いた。
すぐ脇には替えの砂と使用済みの砂を入れるゴミ袋が置いてあったので、掃除
するのは容易な事だったが、その前にまず浩平には確かめなければならない事
があった。

 ガチャッ

 浩平は無言で、注意深く二階の部屋を調べて回った。他人の家の部屋を覗く
など良い趣味とはいえない事は浩平も分かっているのだが、万が一泥棒に入ら
れ部屋を荒らされている可能性が必ずしも否定できないとなると、そんなこと
も言っていられなかった。
 そして最後に残った部屋を前にして、浩平はそのドアを開ける事を躊躇って
いた。何故なら、浩平の記憶が正しければ目の前の部屋は瑞佳のものに違いな
かったからだ。これまであたってきた部屋に瑞佳の部屋が無かった事からも、
それは間違いなさそうだった。
 いつもの浩平なら何の躊躇いもなく平然と入っている所だが、泥棒に入られ
ているかもしれないという妙な緊張感と、幼馴染みとはいえ女の子の部屋を留
守中に覗いてしまうという少しばかりの罪悪感が、そういう普段の行動を制限
させていた。
「ま、まあ非常事態だしな……許せ長森」
 浩平は何を考えているのか……高鳴る心拍数を感じつつそんな呟きを漏らす
と、静かに瑞佳の部屋のドアを開いた。

 パタパタパタパタ……

「うわっ!!」
 すると、突然部屋の中から何者かが躍り出てきた。それは浩平の足元を擦り
抜け素早く廊下へと……足元?
「な、なんだ、こんな所にもいたのかよ。もしかして部屋に閉じ込められっぱ
なしだったのか?」
 部屋から飛び出してきたのは(浩平の想像していた)泥棒などとは似ても似
つかぬ可愛らしい姿――一匹の仔猫だった。
「みゃ〜」
 よっぽど寂しかったのだろうか、小さく一声鳴きながらしきりに浩平の足に
体を摺り寄せてきた。もしかしたら、部屋の何処かに隠れていて瑞佳は気付か
ずに出掛けてしまったのかもしれないが、それにしてもこれほど何匹も飼って
いる猫好きの家族が猫の存在をおざなりにして出掛けてしまうというのはどう
いう事なのだろうか。
 瑞佳の話では、この家の猫は全て拾ってきた猫らしく、しかも家族全員が最
低一匹は拾ってきた事があるのだという。その話から、相当猫好きだというの
は浩平も結構前から知っている事だったのだが……。
「なんか、慌てて旅行に出掛けて行ったような感じなんだよな……」
 そう言ってから、何となくそれが事実なんじゃないだろうかと浩平には思え
てならなかった……。

 結局瑞佳の部屋も、相変わらず猫好きををこれでもかと感じさせる数多くの
猫グッズがあることを再確認できただけで、泥棒が入ったという痕跡は全くと
言っていいほど何も無かった。
「真相は判らず終い……か」
 それでも心配していた事態だけは起こっていなかった事がはっきりしたので、
浩平は安堵の溜息を一つ吐いていた。
「おまえ、腹減っただろ。今連れてってやるからな」
 気に掛かる事は残ってしまったが、それは帰ってきてから瑞佳に聞く事にし
て、とりあえず腕に抱えた仔猫に餌をあげる為、浩平は一旦階段を降りて再び
台所に向かう事にした。

「そういえば、プーのやつどこ行ったんだ?」
 浩平は、ふと階段を降りながら思い出すように呟いていた。長森家に入って
からというもの、餌の用意をしたり泥棒の痕跡を確認したりと色々あってプー
の事まで目が行き届かなかったせいか、入ってすぐ台所に向かう時に見掛けた
っきり顔を合わせてなかったのだ。
「まあ、玄関以外はしっかり戸締りしてたみたいだから外に逃げたって事は無
いと思うけど。玄関も今はちゃんと閉めてるしなぁ……」
 それでもやはり姿が見えないと気になってしまう浩平だった。ただ、そう広
くもない家――こんな事を瑞佳の家族に言ったら非難の目で見られそうだが―
―なので、すぐに見つかるだろうと思うと少しは気が楽になった。
 しかしそんな事を考えながら仔猫を抱え台所を戸を開けた浩平は、そこです
ぐにプーの姿を目撃する事になるのだった。
「……なにおまえまで一緒になって食ってんだ!!」
「んにゃ?」 
 なんと! いつのまに紛れ込んだのか、この仔猫の為に用意した分の餌をプ
ーが食していたのだった。仔猫は今まで瑞佳の部屋にいたので当然一皿分余っ
ていた訳なのだが、図々しいというか神経が図太いというか、浩平の家であれ
だけ食べておいてまだ食べ足りなかったというのだろうか……。
「おまえ女の子だろ? そんなにがつがつ食ってたら醜い体になっちまうぞ」
「……くわぁ〜」 
 その浩平の言葉にショックを受けた……ようにはとても思えなかったが、と
もあれプーは一つ大きな欠伸をすると皿の前から立ち去って、眠くなったのか
台所の入り口の脇にごろりと横になってしまった。
「ホント、気紛れだよな猫って……」
 浩平は、プーの行動を見てしみじみと感想を漏らしながら新しい缶詰を取り
出して、それを皿に開け仔猫に差し出していた。案の定、相当腹を空かせてい
たらしく、その小さな体からは想像がつかないほど勢い良く食べ始めていた。
「なんだ、おまえらも食い足りないのか?」
 ふと回りを見ると、他の猫達が一斉に浩平の方に顔を向けて哀願するように
何かを訴え掛けているようだった。その瞳がまるで『おかわりちょ〜だい』と
言っているようで、浩平は思わず笑みを漏らしてしまった。
「こんなに猫がいるんじゃ、こいつらの食事代も結構掛かってんだろうなぁ」
 またしみじみとした口調で呟きながら、浩平は新しい缶詰を開けてそれぞれ
の皿に盛ってあげた。やはり猫達はおかわりが欲しかったようで、差し出され
た瞬間に先程の仔猫同様、夢中で食べ始めていた。
 しかし、瑞佳達が昨日から出掛けてるのだとしたら丸一日以上何も食べてな
かった訳で、そんな猫達の様子も無理のない事かもしれない。
「さてと、そろそろトイレの後始末して……うわ、もうこんな時間かよ!?」
 そろそろ猫トイレの砂替えを済ませに二階に向かおうとした浩平は、何気な
く腕時計を見て思わずうめいてしまった。何だかんだで予想以上に猫達の世話
に手間取ったらしく、既に商店街の店がとっくに開店している時間になってし
まっていたのだった。
 特にそれ程急ぐ事もないのだが、あまり遅く行くと休日なので商店街が混み
合うのは目に見えていた。浩平は既に猫達の世話で結構疲れてしまい、その上
人混みで揉みくちゃになるのは何とか避けたい気分だった。
「しょうがない、猫トイレは後回しだ」
 浩平はそう言いながら多少重く感じる足を無理に早めて、財布とスペアキー
がポケットに入っている事を確認しながら玄関に向かった。
「にゃ〜ん」
 しかし玄関前で待っていたものは、またしても一緒に連れてってと言わんば
かりにちょこんと待機していたプーだった。
「なんだよ、またおまえついて来る気か? 駄目だぞ、今度は色々買うモンが
あって帰りはとてもおまえまで抱えられそうにないからな」
 それを言ったらここから自宅に帰るときはどうしたらいいんだ? と、一瞬
浩平の頭の中に疑問符が浮かんだが、とりあえず今は忘れる事にした。
「にゃあ〜ん」
 それでもプーはなおも食い下がって、何が何でも付いて行くんだぞとばかり
に、更に大きな鳴き声を上げた。そして、今度は浩平の足元に擦り寄って甘え
るという作戦に出ていた。
「……わかったよ。でも帰りに重くなって落としても知らないからな」
 結局折れたのは浩平の方だったが、本当の所は連れて行きたい気持ちもあっ
たのだ。ただ、帰りもちゃんと連れて来れるかという事と、商店街へ猫など抱
いて行ったら絶対まわりから奇異の目で見られるだろうという心配はあったの
だが……。
「ま、その時はそうなってから考えればいいか」
「んにゃ〜」
 かくして、その言葉が出掛ける合図のように、浩平はまたもプーを抱いて今
度は人込みの多いだろう商店街へと繰り出す事になった。 


 商店街は休日な上に丁度昼時という事もあって、かなりの混雑ぶりだった。
どうやら浩平にとっては運悪く、まさに一番避けたかった時間帯に辿り付いて
しまったようだ。
「くっそ〜、この人混みは何とかならんのか」
 何故、たかだか一町内の商店街が休日になるとこれほど混むのか浩平は足を
運ぶたびに不思議に思っていたのだが……多分店舗がこの一帯に集中している
からだと考えてみても、大した人口でも無いのに――と浩平が思っているだけ
かも知れないが――毎週毎週これほどに混み合うのはやはり不思議だった。
「大丈夫か? プー」
「ふにゃ〜ん」
 浩平の心配そうな問い掛けに、プーは情けない声を上げて答えていた。なる
べく人の波に押し潰されないようにプーを両腕で庇いながら進んでいたのだが、
まだ声が出るなら大丈夫だなと浩平は思っていた。
 やはり最初商店街に入った時、浩平は猫を抱いている事から奇異の目で見ら
れてしまったのだが、段々混雑している地帯に突入して行くと、他の人達も他
人を見ている余裕は無いのかプーの事など目もくれなくなってしまった。もっ
とも、他人にどう見られようが浩平は気にも留めていなかったのだが。
「あ、あれか……」
 ようやく混み具合が減少された頃、浩平の目指していたペットショップの看
板が見えてきた。今までお世話になる事など無かった店だったが、それでも小
さい頃から数え切れないほど商店街を訪れていた浩平には、大体何処にどんな
店があるのか把握出来ていたのだ。
 浩平が足を運ぼうとしている店は、正確にはペット専門用品店で、動物など
が売られているペットショップはすぐ隣に並んでいた。 
「あれっ? あの娘は……」 
 それは、本当に偶然だったのか……ペットショップの方を一瞬でも見なけれ
ば浩平が目撃する事も無くすれ違っていただろう。
 だが浩平は、まるで引き寄せられるかのようにその方向を見てしまっていた。
そこには紛れもなく、昨日公園で出会ったプーの本当の飼い主である少女の姿
があったのだ。
 少女がじっと見つめているその視線の先には、おっかなびっくりといった感
じで見つめ返している可愛らしい仔猫がいた。その少女の瞳がとても悲しげに
見えたのは、気のせいではないと浩平は感じていた。
「んにゃあ〜ん、にゃあ〜」
「お、おいっ、プー!?」
 すると、プーが突然暴れ出して身悶えるように浩平の腕からすり抜け、少女
の元へ一目散と駆けて行ってしまった。
「あっ! プーちゃん!? プーちゃんだぁ!!」
 駆けて来るプーの存在に気付いた少女は、満面の笑みを浮かべてぎゅっとそ
の体を抱き締めた。抱かれたプーも、されるがままに身を任せているようだっ
た。

「…………」
 浩平は、その光景を言葉無くただ呆然と眺める事しか出来なかった。ただ、
その事実だけは大きな衝撃として心の中に刻まれていた。

 自分はやはりプーの本当の飼い主なんかじゃないのだ、と……。
 

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 どうも、こんばんわ。
 10日も経たずに4回も投稿できたのは、初めてこちらに投稿してからの4
回以来かもしれません。もう記憶が薄れてるので、もしかしたらその時もこん
なにペースは早くなかったかも……反動が恐い今日この頃です(^^;)。

 この話を読んでいて猫の描写についておかしな所があるなと思われた方がお
られましたら、是非意見して頂きたいです。
 近くに猫がいるので観察したりしてはいるのですが、自分で実際に飼ってる
訳ではないのでどうしてもおかしな所があるかもしれません。もっとも、こん
な人懐っこい猫が登場している時点で既におかしいかもしれませんが……。

 最後に、読んでくださった方どうもありがとうございましたm(_ _)m 
 それでは……。