終わらない休日 第10話 投稿者: ひさ
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★これまでのあらすじ
 俺、折原浩平は連休の一日目にひょんなことから『プー』という名前の猫を
拾う事になってしまった。
 それからが大変で、幼馴染みの長森瑞佳に押し付けようと思って家まで行け
ば留守中だったり、途中で逃げられてしまったり、帰りの公園で前にプーを飼
っていたという女の子に出会ったり……とにかく色々あった。
 だけど疲れた分、珍しく俺より先に帰っていた叔母の由起子さんと、プーを
交えての夕食のひとときを過ごす事が出来た、という見返りもあったんだよな。
 そしてその夜、プーと別れてしまうという縁起でもない夢を見てしまって、
目が覚めてもその事が頭から離れなくてどうにも気分が良くなかった。
 そんな連休二日目の朝、二度目の電話で取った受話器の先から聞こえてきた
声は長森のものだったんだ。その話の内容が、長森んちの猫達の世話をして欲
しいというあまり嬉しくないものだった。
 だけど結局断りきれなかった俺は、おまけに餌の後片付けと猫のトイレの掃
除まで押し付けられてしまった。まあ、家族会議にまで掛けられちゃ断るわけ
にいかないもんなぁ……。
 そんなわけで俺と、既に一緒に行くつもりで玄関に待機していたプーとで商
店街に行くついでに瑞佳の家に寄る為、少し早めに家を出たのだった。
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 外に出ると、よく晴れ渡った空が今日一日の始まりを爽やかなものに感じさ
せてくれた。早朝から何だかごたごたしてしまったが、こうして空の下に出て
みると何となく気持ちものんびりとしたものになっていた。
 早朝の電話で瑞佳の家の猫達の世話を頼まれてしまった浩平は、最初あまり
気乗りしない様子だったが、そんな爽やかな朝の陽射しを受けているうちに重
かった足取りも段々と軽やかになってきた。
 朝食の後、何気に見たテレビで放送していた天気予報によると、今日は夕方
頃から雨が降ってくるとの事だったのだが、この空を見る限りではそんな予兆
は微塵も感じられなかった。
「今日は変な拾いもんしなけりゃいいけどなぁ」
「んにゃ〜」 
 浩平は多少意地悪そうな感じでプーに話し掛けていた。それに対する鳴き声
は、果たして抗議の言葉だったのか……。
 しかしこうしてプーと接すれば接するほど、とても昨日拾ってきたばかりだ
とは思えなくなっていた。
 あの公園で出会った女の子が、よっぽど大切に育てたのか……しかし、それ
なら尚更他人には懐きそうも無いような気もする。
「偶然の出会いは、実はそれが運命だったりしてな」 
 そう言ってみても、猫が相手ではいまいち現実味が薄い感じがした。それに、
いつになるか判らないとはいえ、その時が来てしまえば本来の飼い主である女
の子にプーを返さなくてはならないのだ。
 こんな事を思ってはいけないと感じつつ、浩平は正直言って今女の子にプー
を返してほしいと言われても素直に応じる気にはなれなかった。それどころか、
渡したくないという感情さえ心の奥にあるのかもしれない。
「分かっちゃいるんだけどな……」
 欠伸が出るほどゆっくり流れる雲を見ながら、浩平は消え入りそうな呟きを
空に向かった吐いていた。そしてプーを見ると、丁度大きな欠伸を一つした所
だった。


 程無くして瑞佳の家に辿り付いた浩平は、早速家の中に入る為に電話で教え
てもらったスペアキーのある場所を探しに掛かった。
 とは言っても、すぐにそれと分かる青っぽい入れ物が玄関ドアの脇に置いて
あったので一目瞭然だった。
「鍵はたしか牛乳箱の中だったっけ」
 本当は、もう大分腕もだるくなって来たので抱えているプーをいい加減下に
降ろしたかったのだが、昨日のちょっとした隙に逃げられてしまった出来事を
思い出してしまうと、浩平はどうしても安心して手放せないでいた。
 プーがぶら下がるような格好になりながらも何とか左腕に抱えて、空いた右
手で多少無理な態勢ながらも牛乳箱の蓋を開ける事が出来た。しかし、
「……おい、鍵が無いじゃないか」  
 何度目を凝らしてみても、牛乳箱の中には空になった牛乳ビンが二本入って
いるだけで、スペアキーの姿は陰も形も無かった。確かに牛乳箱としての役割
は十分果たしていたが、浩平にとっては鍵が入ってなければ何の役にも立たな
いただの箱だった。しかしそんな風に思われて、牛乳箱はさぞや心外だった事
だろう……。
「ふにゃ〜あ」
 浩平はしばし呆然となってしまい、その一声が上がるまでプーをいつのまに
か手放していた事さえ分かっていなかった。プーは久々に地に足が着いて喜ん
でいるのか、しきりに『う〜ん』と伸びをしたり玄関の前を左右にトコトコ行
ったり来たりしていた。
 どうやら突然逃げ出す事は無さそうだと判断した浩平は、とりあえずプーか
ら目を離し、目の前に突き付けられた現実に向き直ってみる事にした。
「ったく、猫達が餓死しちまったらどうすんだよ」
 玄関ドアを見つめながら縁起でもない事を言っている浩平だが、実際にはた
った二日間餌を抜いただけでそんな事態には成り得ないだろうと思っていた。
 だが、少なくとも丸一日何も餌を与えられてないわけで、とにかく腹を空か
せてる事は間違い無いだろう。
「さて、どうしたもんかな……」
 まず瑞佳の家に入れないとなると、頼まれた餌をあげる事も出来なければプ
ーをここに置いて買物に出掛ける事も出来ないし、なにより今から商店街へ行
ってもまだ開いてないだろうし……つまりは、ここで全ての予定が大狂いして
しまう事になるのだ。
 とりあえずは無駄な事と知りつつも、玄関のドアノブを回してみる事にした。
本当は窓などを調べた方が効率がいいのかもしれないが、そういった行為は何
となく気持ちのいいものではなさそうだったので、まず浩平の手は自然とドア
ノブの方へと伸びていた。そして軽く捻ってドアを引いてみると……、

 ガチャッ

 あっさりと開いてしまった。
「…………」
 言葉を失って何も言えなくなってしまった浩平は、そっとそのまま玄関の中
まで体を進ませていた。
 すると、玄関の上がり口の脇に肉球形のキーホルダーがついた鍵が無造作に
転がっているのが目に付いた。浩平はそれを拾い上げると、じっと眺めながら
素早く考えを巡らせてみた。
(おいおい、この状況……まさか本当に泥棒か? でも靴は無いみたいだし、
でも土足で上がってんのかも……)
 さすがの浩平も、緊張した面持ちで家の中の状況を把握しようと何か物音が
無いか、じっと耳を凝らしてみた。
 しかし、どうもここからでは人の気配があるのかどうか窺い知ることが難し
かった。どうやら一階には人の気配は無さそうだが、もし泥棒が入っているな
ら猫達の事も気になっていた。
 プーもこの状況を理解しているのか、不思議と物音一つ立てずに浩平の足元
にぴったりと寄り添っていた。
 やがて浩平は、意を決して家の中に乗り込む事にした。物音を立てないよう
細心の注意を払いながら靴を脱いで片足が上がり掛けたその時、

 パタパタパタ……パタパタパタ……

「な、なんだぁ?」
 急に奇妙な音が聞こえてきて、浩平は心臓を鷲づかみにされたようだった。
その音は一階から二階から、まるで反響しあっているかのように幾つも聞こえ
ているのだが、どうも人間の足音とは違うような感じだった。
「ん? この音ってもしかして……」
 そして、ある事に思い至った浩平の考えを証明するかのように、その『答え』
が勢いよく目の前に飛び出してきた。

 パタパタパタパタパタパタパタ……

「にゃ〜ん」
「んにゃぁ」
「なぁ〜ん」
「うにゃあ〜」
 浩平の前で、次々に自己主張するかのように鳴いているそれは、長森家の猫
達――つまりこの奇妙な音は、この猫達の足音だったのだ。
「はぁ〜、なんだお前等か。びっくりさせんなよな」
 ホッと胸を撫で下ろして話し掛けた浩平だったが、その猫達は急に鳴き声も
足音もピタリと止めて何故かその場から後退りしているようだった。
「おい、どうしたんだよ?」
 何となく浩平の顔を確認した時にそんな反応をしたように見えたので、思わ
ず身を乗り出して声を掛けたのだが、

 パタパタパタパタパタパタパタパタパタパタ……

 一目散に逃げられてしまった……。
「な、何なんだよ一体……」
 どうも、猫達はこの家の誰かが帰って来たのだと勘違いして喜んで駆けて来
たようだった。浩平がちらりと奥を見やると、ドアからぴょこっと顔だけ出し
て恐る恐るといった感じでこちらを伺っている猫もいた。
 しかし、これだけ猫達が家の中を駆けているのだから、泥棒が中に居るとい
う心配は無さそうだった。
 それならば何故玄関のドアが開いてたのか……考えたくはないが、もう既に
泥棒が入ってしまった後なのか、それとも……、
「……まさか、開けっぱなしで出掛けたんじゃないだろうな」
 ぽつりと呟いてみてから浩平はそれもありうるかも、と思わず考えてしまっ
た。
 とりあえず、開いていたドアの事は帰って来てからでも瑞佳に聞く事にして、
スペアキーを拾い上げ家の中に入る事にした。
「しっかし、この猫達……せっかく餌をやりに来てやったってのに逃げる事な
いだろうが」
 浩平は自分の顔を見た途端に猫達が逃げてしまった事が気に入らなかったの
か、ぶちぶち文句を呟きつつ猫達に餌を与えるべくスタスタと台所へと向かっ
た。勝手知ったる幼馴染みの家とでもいった所か、最近は随分ご無沙汰だった
が小さい頃は頻繁に遊びに来ていたので、大まかな部屋割りは今でもよく覚え
ていた。
「えっと、餌は缶詰のやつなのか? どこにあんだろ……」
 台所に辿り付いて、そう言いながら回りを見てみると程無くして冷蔵庫の脇
にそれらしき缶詰の入った箱を見付ける事が出来た。
 そしてそのすぐ隣に皿が幾つか重ねられていたのだが、どうやらそれが餌を
盛る為の皿のようだった。しかも皿の数が多い事から、どうやら猫の数分の皿
が用意されているらしい。
「一匹一皿なのか? 贅沢だなぁ」
 またも文句をタレながら、浩平は面倒臭そうに一缶開けては皿に盛るという
作業をこなしていった。
「おーい、餌だぞー猫どもー……って言っても俺がここに居たらどうせ来ない
だろうな」
 ようやく一皿ずつ餌を振り分けた浩平は、明らかに食べに来る事を期待して
なさそうな声で猫達を呼んでみた。
 しかし、反応が無かったので次にトイレの掃除をしに台所を去りかけた浩平
脇を物凄い早さで通りすぎたものが複数、目に付いた。それは紛れもなく長森
家の猫達だった。
「ったく、やっぱりお前達『うじゃうじゃ』だな」
 相当腹が減っていたらしく、見ていて気持ちが良いくらいの食べッぷりを発
揮している猫達の姿を、浩平は多少呆れ顔で眺めながら台所を後にした。

 続いて、瑞佳の家族から余計に頼まれた猫のトイレ掃除をしようと一階を探
してみたが、それらしきものは見当たらなかった。
「二階にあんのかな?」
 そう言いながら浩平は階段下から2階を見上げていた。もしかしたら泥棒に
入られて荒らされているかもしれないと思うと、どうにも階段を上がるのが躊
躇われた。
「でもトイレは二階にあるだろうし、一応見ておいた方がいいよな……」
 そう自分に言い聞かせるように呟くと、浩平は覚悟を決めて――と言うほど
の心構えでもないのだが――ゆっくり二階へと続く階段を上がり始めた。
 

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 どうも、こんばんわ。
 ようやくというか、ついにというか、この物語も話数が二桁に乗ってしまい
ました。だらだらと長く続いてますが、第1話を投稿した時点でこれほど続く
とは思っていませんでした。
 中盤は話の先が見えなくて書くのに苦労した記憶がありますが、最近はどん
どん先が見えてくるので書いていて結構楽しかったりします。
 今回、本当は商店街へいく所まで進めたかったのですが、長くなりそうだっ
たのでここで切りました。
 まだ続きを全然書いてないので何とも言えませんが、あと片指で数える程の
話数で終わらせるつもりでいます。
 読んでくださった方、感想を書いて下さった雀バル雀さん、どうもありがと
うございましたm(_ _)m

 それでは…。