終わらない休日 第9話 投稿者: ひさ
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★これまでのあらすじ
 俺、折原浩平は連休の一日目に商店街へ遊びに行く途中で、ひょんなことか
ら『プー』という名前の猫を拾う事になってしまった。猫の名前は家に帰る途
中で出会った、元の飼い主の女の子から聞いて知ったんだけど。
 もともと幼馴染みの長森瑞佳に押し付けようと思ったんだけど、生憎家族旅
行とかで居なくて、その後逃げ出してしまったプーを探して奔走したりして、
俺は奇妙な親近感をプーに感じていた。
 そんな成り行きで家に連れ帰ったプーを交えて、久々に早く仕事が上がった
叔母の由起子さんと夜の団欒を楽しく過ごす事が出来た。
 そしてその夜……俺はプーの夢を見させられるという、まるで夢の中でまた
夢を見ているような何とも不思議な光景を目の当たりにした。
 だけどそれはプーが俺のもとから去ってしまうという、余り寝覚めの良くな
い夢だった。しかも、リアルで現実的だった為、目が覚めてからもなかなか俺
の頭の中から消えてくれなかった……。
 結局そのもやもやが消えないまま、受話器を取る直前で切れてしまった電話
のコールに起こされてしまい目が冴えてしまった俺は、仕方なく腹を空かせて
いるプーと朝食を取る事にした。
 残念ながら、由起子さんは突然の早朝出勤で一緒に食べる事はできなかった
けど、わざわざ朝食を用意して行ってくれたんだ。それをまずプーに上げて、
それから俺の分を温めようと思ったその時、また電話が鳴り出した。
 今度は切られないように、急いで取った受話器の先から聞こえてきた声は、
俺の予想もしなかった人物――長森のものだった。
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「もしもし、長森か?」
『うん、おはよ〜浩平』
 電話越しから浩平にとってよく聞き覚えのある、のんびりしたような声――
幼馴染みである長森瑞佳の声が聞こえてきた。わざわざ誰かを確認しなくても
声を聞いただけで分かるような相手なのだが、まさか普段毎朝耳にする声を電
話で聞く事になろうとは思っても見なかったので、つい瑞佳本人かどうか問い
掛けてしまっていた。
「なあ、もしかしてさっきも電話掛けたか?」
『うん。結構待ったんだけど出なくて、それで浩平多分寝てると思ったからま
た時間を置いて掛け直してみたんだよ』
「あのなぁ、その時受話器取り掛けてたんだぞ。もうちょっと粘って待ってろ
よな」
『えっ、浩平あの時もう起きてたの!?』
「……そんなに驚く事ないだろ」
『だって、いつも学校行く時わたしが起こそうとしてもなかなか起きないのに
……』
「あのさ、それよりどうしたんだよ? こんな朝っぱらから電話なんてさ」
 どうも話が変な方向に行きかけてしまったので、浩平は多少慌てて会話を本
題へ軌道修正させていた。休日――しかも電話越しでいつもの出来事をあれこ
れ話されたのでは、気分的に平日と変わらなくなってしまうような気がしたか
らだった。
 瑞佳とはもう長い付き合いなので、声の感じから次にどんな話が来るのか浩
平には何となく解かってしまうのだった。もちろんそれがいつも当るとは限ら
ないが、大体の場合は当らずしも遠からずといった具合だ。
 しかし、そんな浩平でも瑞佳が一体どんな用件で電話を掛けてきたのかまで
は、さすがに声を聞いただけで思い当たるには至らなかった。
『ちょっと浩平にお願いがあって電話したんだけど……』
「お願い?」
『うん。浩平、わたしの家で猫飼ってるの知ってるよね?』
「ああ、たしか何匹もうじゃうじゃといたっけ」
『こ、浩平〜。そんな虫が群がってるような表現しないでよ〜』
 そう言いながら、受話器の向こう側であうあうと困った表情をしている瑞佳
の姿が、浩平には容易に想像できて何だか可笑しくなってしまった。
 浩平の感覚では別に普通の表現だったつもりなのだが、瑞佳は何を想像した
のかどうやら虫を連想させてしまったらしい。
 だが、浩平が瑞佳の家に行った時に何匹もの猫達を見ると、頭の中に浮かぶ
表現がいつも『うじゃうじゃ』なのだ。それは何度瑞佳の家に伺って目の当た
りにしても同じだった。
「で、その猫達がどうしたんだ?」
『うん、実は家族みんなで旅行に出かけたのはいいんだけど猫達の世話を誰か
に頼むのを忘れちゃって……』
「おいおい、それってまずいんじゃないか? 猫達腹空かせちまってにゃ〜に
ゃ〜鳴いてるんじゃ……」
 浩平はそこまで話してピタリと言葉を止めていた。
「……もしかして、俺にその役目を押し付けようとしてんじゃないだろうな?」
『違うよ〜。押し付けじゃなくて、お土産買ってくるからその代わりにお願い
しようとしただけだもん』
「それって同じ事だぞ……」
 浩平は、一つ心の中で大きな溜息を吐いていた。今日は朝から色々予定を立
てていたのだが、それを何一つ実行する事なくいきなり崩れてしまいそうな雰
囲気だった。
『本当は隣りの家の人に頼むつもりだったらしいんだけど、お父さんもお母さ
んもてっきりお互いが頼んだものとばかり思っていて結局忘れてしまったんだ
って』
「だったらそのお隣りさんにでも電話して頼めばよかっただろ」
『それが……ごめんっ、浩平。わたしが浩平に頼んでみようかってお母さんに
漏らしちゃったから、満場一致であっという間に『じゃあ浩平君に頼みましょ
う』っていう事になっちゃって……』
「満場一致って……俺の名前をお前んちの家族会議の場に出すなよ……」
 浩平は、今度はわざと電話越しの瑞佳にも届くように深い溜息を吐いた。ど
うやら勝手に白羽の矢を立てられたとはいえ、そこまで話を進められてしまっ
ては引き受けない訳には行かなくなってきたようだ。
『浩平お願い、お土産奮発するから』
「もうお土産の事はいいって……はぁ〜、わかったよ……。お前んちの猫達に
餌をやりに行けばいいんだな?」
『うん、ありがと〜浩平! あっ、お母さんがついでに猫のトイレ掃除と食べ
終わった後片付けもよろしくねっ、だって』
(聞こえてるって……)
 実は受話器越しに瑞佳の母親の囁き声が、浩平の耳へと既に届いていたのだ
った。本当は勝手に名指しされた上に、これ以上仕事を増やされるのは不本意
だったが、どうせ断る事など出来そうに無かったので仕方なく浩平はその要求
も受け入れる事にした。
「はいはい、トイレ掃除に後片付けだな。でもお前んちって今鍵掛かってんだ 
ろ? どうやって中に入ればいいんだ?」
『えっとね、玄関の横に置いてある牛乳入れの箱の中にスペアキーが入ってる
からそれ使って中に入ってね』
「えらく物騒な場所に置いてるなぁ。泥棒に入られたらどうすんだよ……いつ
もそんなとこに鍵入れてんのか?」
『ううん、誰も家に居なくなる時だけ念の為にだけど。でも大丈夫だよ! 今
まで一度も泥棒に見つかった事ないから』
「……そういう問題じゃないと思うぞ」
『えっ?』
 どうやらボソッと言った一言が瑞佳には聞こえなかったようだ。
「いや、後の事は任せておけって言ったんだよ」
『ホントにいきなり押し付けちゃって……ごめんね浩平』
「まあいいって。あ、そうだ、あのさ長森……」
『何? 浩平』
「……いや……お土産、ちゃんと猫達の世話やっとくからお土産忘れんなよ」
『うん、わかったよ。楽しみに待っててね』
「ああ……それじゃそろそろ切るぞ」
『うん。じゃあまたね浩平』
「おう、またな」

 ガチャン

「…………」
 受話器を置いた音が、静かな朝の廊下に妙に大きく響き渡ったと感じたのは
果たして浩平の思い込みだったのかも知れない。
「何で俺、長森にプーの事言わなかったんだろ……」
 置いた受話器からしばらく手を離せず、浩平は答えが返る事のない呟きを電
話に向かって漏らしていた。それは、つい数分前に自分が何を話したのか分か
らなくなってしまったような、まるで自分じゃない誰かが会話していたかのよ
うな……そんな曖昧な感情が込められた呟きだった。
 そう、確かに浩平は瑞佳にプーの事を話そうとしていた。そもそもプーを見
つけて拾った時、瑞佳の家に引き取ってもらおうと思っていたのだから。
 それが、少なくとも今電話で会話した時点ではこの事は頭の中からすっぽり
抜け落ちていた。
 もう既に浩平の気持ちは、拾った当初思っていた『プーを瑞佳に押し付けよ
う』から『プーと一緒に過ごしたい』に成り代わっていたのだった。
 話せばプーを渡してしまう事になってしまうかもしれない、表面上はそうい
う感情が表れてなかったとしても潜在的にそういう事を意識してしまった……
だから浩平は瑞佳に話す事を躊躇ってしまったのだ。
「自分で思ってる以上にプーの事好きになっちまってるみたいだな、俺……」
 浩平はその言葉が今の正直な気持ちだという事に、本当はとっくに気付いて
いた。でもそれを認めてしまうと夢で見たような、いつ待っているとも知れな
い『別れ』が訪れた時に辛い気持ちが残ってしまう。そう思うと、どうしても
プーと一定以上の距離で接しにくくなってしまっていたのだが、
「だけど……出会って間もないのに、別れの事を考えたって意味無いのかもし
れないな」
 結局……そう思う事で、浩平とプーとの意思の疎通は為されていた。それも
普通では考えられないような早さで、だ。
 やがて浩平は、頭の中のもやもやを吹っ切るかのように受話器から手を離し
朝食を済ませる為、再び台所へ足を向かわせた。


「にゃあ〜ん」
 台所に戻った時、プーは満腹なのかすっかりご満悦のような声を上げて浩平
を出迎えてくれた。プーの朝食が盛られていた容器に目を移すと、ご飯粒ひと
つ残されておらず綺麗さっぱり無くなってしまっていた。
「お前、食うの早いなぁ」
 そう言った浩平だったが台所の壁掛け時計を見やると、さっきプーに朝食を
上げてから既に三十分程経過していた。
「……でもないか、結構時間経ってたんだな。ったく長森のやつ、せっかくの
休日だってのに余計な手間を……」
 浩平はしばらくプーの事を考えていて忘れてしまっていたが、長森家の猫の
世話を請け負ってしまった電話の内容を思い出して、ぶちぶち文句を言いなが
ら先程温めかけていたスクランブルエッグと野菜炒めを再びレンジに入れて温
めに掛かった。
「ま、どのみち商店街に行く予定だったからその途中で寄って行けばいっか」
 本当はゆっくり昼前から出かけるつもりだったのだが、先に瑞佳の家に行っ
て猫の世話をしようと考え、少し早めに出掛けようと思っていた。
 数分後、電子レンジが小気味よい音を立てて中のものが温まった事を知らせ
ると、浩平は手早くそれを取り出しようやく少し遅めの朝食を取る事にした。
 普段は、いつも遅刻ぎりぎりまで寝ている事が多くて自然と朝はパンが主食
になる事が多いので、こうやってご飯におかずという朝食は浩平にとって珍し
い事だった。もっとも、由起子自身いつも出掛けるのが早いので、浩平の分は
おろか自分の分までこんなに手の込んだものは作っていないだろう。
 そう思うと、休日であるにもかかわらず早朝出勤だというのに、わざわざ朝
食のおかずを作っていってくれた事が浩平は嬉しかった。
「もしかして約束した事で悪いと思ったのかなぁ」
 昨日、由起子は浩平に朝食を作ると約束してくれたが、もしかしたら一緒に
食べれなかったのを悪かったと思って、仕事なのに無理して作っていってくれ
たのかもしれない。あくまで浩平の想像なのだが……。
「後でちゃんとお礼言っとかなきゃな、プー。……あれ? プー!?」
 しばらく、久々のまとも(?)な朝食に喜びを感じていたせいで、プーの姿
が見えない事に気付かなかった浩平だったが、よく辺りを見ると何の事は無い
――テーブルの下で気持ち良さそうにうたた寝しているだけだった。
「ったく……しばらくそうやって気持ち良さそうにしてな」
 浩平は、その姿に苦笑しながら朝食を終わらせに掛かっていた。
 

「さてと、お金も持ったし……ちょっと早いけどそろそろ出掛けるか」
 朝食を終えた浩平は、それからしばらく一杯になった腹を休める為に自分の
部屋でくつろいでいた。そして十分腹が落ち着いた頃、商店街へと出掛ける準
備に取り掛かった。
 まだ、今から行っても商店街の店が開くには少し早い時間だったが、先に瑞
佳の家に寄る事を考えるとこのくらいが丁度良い時間に感じられた。
「でも、問題はプーをどうするか……だよな」 
 玄関に向かいながら階段を降りている最中に、浩平はそんな事を考えていた。
本来なら、プーはもう子猫と呼べるほど小さくもないし、どうしても買物の邪
魔になりそうなので家に置いて行くべきなのだが……浩平はまだ昨日の夢が頭
の中から離れていなかったのだ。家の中で居なくなる心配はまずないのだが、
目を離すと消えて無くなってしまいそうで、どうにも不安だった。
「あっ、そうだ! 長森の家にしばらく預けておく事にしよう」
 名案だとばかりに、浩平はうんうんと頷いて軽い足取りで階段を降りた。猫
が多い家なので、この家に一匹で居るよりも安心だと思ったのかもしれない。
 しかし玄関まで来た浩平は、プーを連れて行くかどうかでわざわざ悩む必要
など無かった事を知った。
「プー……お前、最初っから付いてくつもりだったんだな」
「にゃん」
 『そうだよ』とばかりに一声鳴いたプーは、さっきまで確かに台所のテーブ
ルの下で眠っていたはずなのだが、ちゃっかり玄関の前にちょこんと座って浩
平が来るのを待っていたのだった。
「そっか。それじゃ出掛けるぞ……っと」
「にゃ〜ん」
 浩平がプーを抱きかかえながら鍵を掛けているとまた一声鳴いていた。今度
は『行って来ます』という言葉だったのか……もしかしたら違うのかもしれな
いが、浩平にはそれがまるで出掛ける合図のように聞こえていた。

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 どうも、こんにちは。
 作中の進行は非常に遅いですが、書くペースは上がって来ました。本当は毎
回このくらいのペースでの投稿を維持できればいいのですが……なかなか難し
いですね。
 前回、行頭を一行開けて一行の文字数もキッチリ揃えて書いたのですが、
『自動スペース自動改行』で投稿したら見事に崩れてしまったので、今回は多
少文字は小さいですが『入力した通りに表示』で投稿してみました。今度はキ
ッチリ揃っていると思います。
 最後に、かなり間が開いたにも係わらず前回の話を読んでくださった方、感
想を書いて下さったシンさん、SOMOさん、どうもありがとうございました。

 それでは。