終わらない休日 第8話 投稿者: ひさ
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★これまでのあらすじ
 おっす! 俺、折原浩平。
 連休の一日目に商店街へ遊びに出掛ける途中で、俺はひょんなことから一匹
の猫を拾う事になってしまった。この猫の名前は『プー』っていうんだけど、
 その事は拾って家に帰る途中で出会った、元飼い主の女の子に教えてもらっ
 たんだ。この女の子は家で飼えなくなった為、やむなく捨ててしまったんだ
 と告げた。だから俺は、また飼えるようになるまで一時的にプーを預かって
 やるって約束を女の子と交わしたんだ。でも口には出さなかったけど、とて
 も曖昧な約束で、正直言ってまたプーを返す事になる日が来る事はないだろ
 うと思っていた……。
 その日の夜、珍しく早く仕事から帰ってきていた叔母の由起子さんに事情を
 話し、無事プーは家族の一員として迎えられ、久し振りに『家族の団欒』と
 言うものを感じる事が出来た夕食の時間を過ごす事が出来た。
 そして深夜……眠りに就いた俺は不思議な夢を見た。それはあまりにリアル
 で現実的なものだった。プーが少女の声でしゃべった事でメス猫だというの
 を知った時も驚いたけど、その夢が俺の夢じゃなくて彼女――プーの夢を見
 せられているのだという事にはもっと驚いた。そして……その驚きも束の間、
 プーは突然の別れを告げて俺の前から去っていってしまった。俺にはそれが
 これから遠くない未来を示しているように思えてならなかったけど、そんな
 事を考える間もないまま、意識は深く静な場所へと沈んで行った……。
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 トゥルルルル……トゥルルルル……

「ん……う…ん……」
 その音は、眠っている意識を微かに揺らした。

 トゥルルルル……トゥルルルル……

 それはやがて体全身に少しづつ染み渡り、深く静かに泳いでいた意識を確実
に浮上させて行った。そして……、

 カチッ

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリーーーーーーーーー!!

「うおっ!」

 トゥルルルル……トゥルルルル……
 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリーーーーーーーーー!!

 浩平はベッドから跳ね起きると、あわてて枕元でジリジリ鳴っている目覚し
時計のベルを止めていた。どうやら寝惚けて、先程から階下で鳴っている電話
のコール音と聴き間違えたらしい。
 ちぐはぐな二重奏のような音の片方が止むと、そこでようやく浩平は電話が
鳴っている事に気が付いた。
「ふあ〜、由起子さんまだ寝てんのかな」
 どうせすぐ切れるだろうと思っていた浩平だったが、その音はなかなかの粘
り強さを見せ、一向に止もうとしなかった。由起子が電話を取ってくれるだろ
うと期待したが、どうやらまだ寝ているらしくその気配も無さそうだった。
 こんな朝っぱらからこれだけ長く鳴っているという事は何か大事な電話なの
ではないか……そう思った浩平は、眠い目を擦り面倒臭そうにぶつぶつ呟きな
がら階段を降り始めた。

 トゥルルルル……トゥルルルル……プツッ

 しかし、電話のベルは浩平が手を伸ばして受話器を取ろうとした瞬間に切れ
てしまった。
「……この根性無し」
 電話機に向かって一言文句を言うと、浩平は大きな欠伸をしながらもう一眠
りしようと、自分の部屋に戻るべく階段を上がろうとした。
 その時、ハッとなって思い出していた……昨日の夢を。
「あの夢……プーは!?」
 浩平は一刻も早くプーの姿を確認しようと、早朝であるにもかかわらず迷惑
な程ドタドタと音を響かせながら、一目散に階段を駆け上がった。
 正夢というのはあまり信じない方……というより、目が覚めてもはっきり頭
の中に残っている夢など今まで見た記憶が無かったので、正夢がどうこうとい
うのを考える機会も無かった浩平でも、昨夜の夢をただの『夢』で終わらせる
事が出来ない程だった。
 それくらい妙にリアルな夢で、しかも何故か猫であるプーの夢を見させられ
ていたので、浩平が慌てるのも無理のない事だった。
 なぜならそれは、プーとの決別を意味する夢だったのだから……。

「プー!!」
 浩平は勢い良く部屋のドアを開け放ち、真っ先にプーの名前を呼んで、ぐる
りとあまり片付いていないその部屋を見まわしてみたが、もう見慣れてしまっ
た白黒で牛によく似た模様の猫を確認する事は出来なかった。
「おい……嘘だろ……」
 半ば呆然としながら部屋の中に一歩足を踏み込んだ浩平は、しかし次の瞬間
その姿を目撃した時、全身の力が抜けてその場でへたり込みそうになってしま
った。
「……何やってんだ、お前は」
「うにゃ〜ん」
 何となく眠く気だるそうな声を上げながら、その猫――プーがベッドの下の
隙間から、もぞもぞと這い出てきた。
 飼い主の心知らずといった感じで、そのまま浩平の方をちらりと見ただけで
毛繕いを始めてしまった。
「まあ、正確には飼い主じゃないんだけどな」
 そうぽつりと呟きながら、浩平はマイペースでぺろぺろと毛を舐めては整え
ているプーの仕種をじっと見つめていた。
 正直な所、浩平は自分でそうだと思い返すまで忘れ掛けてしまっていたのだ
が、プーはただ『預かっている』だけなのだ。ただ、その期限がいつまでなの
かは分からないが……明日かも知れないし、もしかしたらずっと浩平が預かる
事になるかもしれない不確定な約束。
 だが、それは小さな心と交わした確かな約束……プーを失うという事は、そ
れを破る事になってしまう。
 浩平は、夢で見た光景を頭から消す事が出来ないでいた。プーと別れてしま
うなど考えたくもなかったが、だからこそ逆に意識しすぎてしまい今でも脳裏
に鮮明に残ってしまっているのかもしれない。
「お前、なかなか美人だぞ」
 浩平は夢の中で、プーの声――頭の中に響く意識が少女のそれだった事を思
い出して、"彼女"に話し掛けていた。
「にゃあ〜ん」
 それで気を良くしたのか、プーは毛繕いを止めて浩平の足元に近寄って来た。
朝食の催促をしているのだろうか、ともかくプーの気を引く(という意図で声
を掛けたのかは分からないが)言葉は功を奏したようだった。
「なんか休日にしちゃ起きるのは早い気もするけど、まあいっか」
 平日なら、幼馴染みの少女が日常行事のように起こしに来るか来ないかとい
う時間で、今日のような休日ならまず確実に熟睡モードに入っているはずだっ
た。
 しかし昨日疲れ果てて早めに寝たのと、今朝プーの事で落胆したりホッとし
たりしたせいか、すっかり目が覚めてしまっていた。
 二度寝しようと部屋に戻ってきたのだが、どうもこれから布団をかぶっても
眠る事が出来そうに無かったので、プーを連れて下に降りる事にした。
「でも、由起子さん今朝は朝食の支度するって言ってたけど……まだ寝てるよ
なぁ」
 浩平は階段を降りながら昨日の叔母の言葉を思い出していたが、先程の電話
に反応しなかった所を見るとまだ眠っているようだった。普段なら大体これく
らいの時間に出掛けるはずだが、休日なので出勤時間が遅いのだろうか……。
 ともあれ、後ろからとことこ付いて来るプーは朝食を待ち望んでるようだっ
たので浩平は台所に向かう事にしたが、いつも朝早く出勤し深夜まで仕事をし
ている由起子は、今日みたいにゆっくり寝てられる時くらいそっとしておいて
やりたかった。少し空腹を覚えていたが、自分の朝食は由起子が起きてからで
も作ってもらえばいいのだから。その方が久々に作ってもらう朝食への期待が
膨らむというものだ……浩平はそんな事を思いながら、ゆっくりと階段を降り
ていった。

「あれっ、プー?」
「にゃ〜ん」
 その鳴き声は、台所の奥の方から聞こえてきた。少し考え事をしていたせい
か、浩平はいつのまにやらプーが自分を抜き去ってさっさと台所に行ってしま
った事に気が付かなかったようだ。
「はいはい、今行くから待ってろよ」
 そう自然に受け答えをしている自分が妙に可笑しく感じて、浩平は苦笑を洩
らしていた。プーが飼い猫だった事もあるかもしれないが、出会ってたった一
日足らずでこれほど意思の疎通が出来るとは思ってもみない事だった。
 普通見ず知らずの人間に拾われて、一日二日で猫が懐くとはとても考えられ
ないのだが……、
「よっぽどプーとフィーリングが合ってたんだな、きっと」
 浩平は、その事はあまり深く考えずそれほど気にしていないようだ。
 台所をくぐると、プーがちょこんと座っていてもう食べる準備は万端といっ
た感じだったのだが、浩平はそれよりも何かテーブルの上に乗っているのが真
っ先に目に付いた。
 テーブルに近付いて確認すると、それは一枚のメモ用紙、そしてそれに添え
て置かれていた二枚の一万円札だった。


  『早朝から急に仕事が入ってしまったので、浩平がこれを見てる頃は
   もう出掛けてしまっています。朝食は冷蔵庫の中に用意しておいた
   ので、温めて食べてね。プーちゃんの分も冷蔵庫の中です。朝ご飯、
   一緒に食べれなくてごめんね。       
   それとお金も置いておくので、もし暇があったらプーちゃんに必要
   なものは、それで買い揃えてね。
                           由起子より 』


「由起子さん、そんな気にする事ないのに……」
 メモ用紙を見付けた時点で、浩平には大体何が書いてあるのか予想はついて
いて、そしてそれは予想通りの内容だった。
 しかし、いくら言葉で由起子を気遣ってみても、久し振りに朝食を共にする
事を楽しみにしていた浩平の落胆はさすがに大きかった。
「どおりで電話にも出なかった訳だよな」
 先程の電話に由起子が反応しなかったのを思い出して、浩平は力無く呟いた。
どうやらその時間には既に仕事に出掛けた後だったようだ。 
「んにゃ〜」
「あ、悪い悪い。今用意するからな」
 朝食の催促をするようにプーが一声鳴きながら寄って来た。その声がまるで
自分を慰めているように聞こえてしまうのは都合の良い解釈かな、と浩平は思
ったが、そう感じる事で少しは沈んだ気持ちから立ち直った気がした。
 プーの頭を優しく撫でながら、浩平は冷蔵庫に用意されていた朝食を取り出
した。中には、ポテトサラダにスクランブルエッグ、それに野菜炒めなどがラ
ップに包まれて入っていた。
 プーの食事はどうやら昨日と同じで、サンマをほぐしてご飯にまぶし、味噌
汁をその上からかけたものだった。サンマの小骨まで丁寧に抜き取ってあるの
を見て、由起子の細かな心配りが感じられた。
 本当はキャットフードなんかの方が嬉しいのかもしれないが、昨日同じもの
を食べていた様子では特に嫌いという訳でもなさそうだったので、浩平は冷め
切ったその食事をレンジで再加熱してプーに出す事にした。
「キャットフードか……今日商店街に行って買ってくるかな」
 どのみち今日も休日で家に居ても特にやる事がないし、幸い由起子がお金を
用意してくれていたので、浩平は後で色々買ってこようかとこれからの予定に
考えを巡らせていた。
 やがて電子レンジが『チンッ』という小気味よい音を立てて、プーの朝食が
温まった事を知らせてくれた。
「ほい、お待ちどうさま」
「んにゃ〜」
 その鳴き声が『いただきます』という言葉だったのか、プーの前に朝食を差
し出した途端、勢い良く食べ始めた。どうやら相当腹が減っていたようだ。
「そんながっつかなくても食べ物は逃げやしないぞ」
 そう言いながら浩平はその様子を苦笑しながら眺めていると、なんだか自分
も段々腹が減ってきたような気分になってきた。
 とりあえずテーブルの上に乗っている一万円札が目に付いて気になるので、
それをズボンのポケットに突っ込みながら、浩平も自分に用意されていた分の
朝食のおかずを温めようとした。すると……、 

 トゥルルルル……トゥルルルル……

 同じ相手か、それとも違う相手なのか、先程同様また電話のコールが廊下か
ら聞こえてきた。
「また電話か? はいはい、今行くよ」
 浩平は、温めようとしていたスクランブルエッグの盛られた皿を一旦テーブ
ルの上に置いて、今度は切られる前に取ろうと足早にコール音のする方へと向
かった。

 トゥルルルル……トゥルルルル……ガチャッ

「はい、折原です」
 二度目の電話でようやく受話器を取る事が出来た浩平は、その向こうで意外
な人物の声を聴いていた。
『あっ、浩平おはよ〜』
 電話の向こうから聞こえてきた声は、毎朝その言葉を掛けらている浩平にと
って絶対に聞き間違える事の無い――長森瑞佳のものだった。

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 どうも、初めまして&お久しぶりです。およそ二ヶ月ぶりの投稿になります。
 もうあらすじ書いてもこれだけ間が開いてしまっては、どんな話だったか忘
れられてると思いますが……三月頃から書き続けているこの連載をいいかげん
ペースを上げて終わらせに掛かろうと思っています。

 それでは、また近いうちに……。