終わらない休日 第7話 投稿者: ひさ
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★これまでのあらすじ
 俺、折原浩平は連休の一日目にひょんな事から一匹の猫を拾ってしまった。
 そのせいでホント大変な一日だった……。最初、その猫を押し付けようと思
 っていた幼馴染みの長森瑞佳は家族旅行で留守だったし、俺の家に猫を連れ
 て帰ろうとすれば逃げちまうし、やっと捕まえて帰れると思ったら、今度は
 元の飼い主だという女の子に出会うわで……なんか思い返しただけで疲れち
 まったぞ。
 だけど、俺の叔母で居候させてもらってる由起子さんが猫好きだったのは嬉
 しい誤算だった。しかも、普段仕事が忙しくて夜の早い時間になんて滅多に
 居ないのに、その日は早く帰って来ていて、おまけに久々の手料理まで披露
 してくれたんだ。何か、忘れ掛けてた『家族の団欒』ってヤツを感じる事が
 出来て嬉しかったな、うん。
 そして、ようやく部屋のベッドまで辿り付いた俺は、疲れ果ててもう寝る事
 しか頭になかったら、すぐに眠りに就いた。今日一日行動を共にした猫――
 プーと一緒に……。
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…………夢?

そう、浩平にはそれは夢だという事がはっきりと分かる夢だった。
実際に夢というのは目が覚めてしまえば、『見た』という事は分かっていても
内容は忘れてしまっているか、朧ろげながらでしか覚えていない事が多い。
夢を見ている時、その内容の細部までもが理解できて、さながら夢で見たもの
をビデオカメラで録画して、その映像を現実の世界で見ている――そんな感覚
になる事など滅多に無いはずだ。
浩平にとってもその事は例外ではなく、そんな風に夢を見る事など今まで一度
も無かった。いや、本当はかつてそういう夢と現実の区別がつかない感覚に陥
った事があったのだが、その原因があまりに耐え難く悲しい出来事だったので、
無意識に心の奥底に仕舞っているのだった。
しかし、今の浩平はまさにその『まるで現実を見ているような夢』という状況
に置かれていた。まず浩平が空中に"浮いている"というのが、これが夢と判る
決定的な原因だった。なぜそういう状態なのかについてはよく分からなかった
が、まあ夢だから何でも有りなのか……浩平はそんな風に思っていた。
(あれは……)
そこから見下ろす視線の先には、一軒の何処にでもあるような二階建ての家が
映っていた。
だが、浩平はその家にはっきり見覚えがあった。
(プーの家……だった場所か……)
そう言葉にしたつもりだったが、それが声になることは無かった。考えてみれ
ば夢なのだから当たり前かもしれないが、どうやらこの場所では言葉を発する
事が出来ないらしい。
その家の庭先に、一匹の猫がいる。遠目でもよく分かる、白地に黒の染みが幾
つも付いた牛を連想させる模様――それがプーだった。浩平はプーの事もよく
知っていた。何故なら、捨てられていたその猫を拾ったのは、他ならぬ浩平だ
ったのだから。ただ、浩平が以前見たその光景と明らかに違っている部分があ
る。それは、プーを取り巻く環境――かつて見る事の出来なかった『家族』の
姿だった。公園で出会ったあの少女の姿もある。そして側には、少女の両親が
優しそうな眼差しでプーとじゃれているその姿を眺めている。
(これは……プーの過去の事なのかな)
(……そうよ)
(へっ!?)
突然の声に浩平は驚き、つい間抜けな声を上げてしまった。正確には声が出せ
ないのだから、浩平は心の中……そして何処からか飛んできた声は直接頭の中
で響いていた。
(もしかして……今の声、おまえか?)
少し辺りを見回して、すぐその存在に気付いた。いつからそこに居たのか、眼
下に見えるプーと全く同じ容姿の猫が、浩平をじっと見ながら足元にちょこん
と座っていた。
(うん……驚いた?)
(ああ、おまえが女の子だったって事がな)
そう、おそらくプーから発せられて浩平の頭に届いているその言葉は、紛れも
なくかわいらしい少女の声だったのだ。猫の姿からその声をイメージすると、
何となく奇妙な感じがした。
浩平は次の言葉を待ったが、プーはその家の光景に釘付けになっていて、それ
はなかなか届いて来なかった。
仕方なく視線を眼下の家に戻してみたが、そこに先程見た家族の光景ははもう
無かった。それはつい数時間前に浩平が目の当たりにした時と同じく、いつの
まにか、ただ寂寥感だけが漂う場所に成り代わっていた。
(どうして、俺の夢にこんな光景が幾つも出て来るんだ?それにおまえも……)
浩平は半ば独り言の様に呟いたが、実際にはさっきからずっとその家を見つめ
続けているプーに向けたものだった。
(それは、これがわたしの夢だからよ)
(プーの夢?猫も夢を見るのか?)
(うん。猫だけじゃないよ。この世で生を受けたもの全てがいつでも夢を見て
るの……、回りに漂っている空気たちだってそうよ)
(空気が……ね)
そのプーの言葉はどうにも突拍子の無いものだったが、空気が一体どんな夢を
見るのか知りたいもんだ、などと浩平は真剣に考えたりもしていた。
(で、なんでおまえの夢を俺が見てるんだ?)
(……わかんない)
答えを期待していた浩平は、それを聞いて肩透しを食らったような気分なって
しまった。
(わかんないって……おまえの夢なんだろ?)
(うん。でもね、本当にこんなこと初めてなの。わたしから言わせれば、この
夢を感じられるあなたの方が不思議なんだけど……)
プーはそう伝えて、浩平の方を見ながら首を傾げている。
(う〜ん、なんでだろ?)
浩平も、同じく首を傾げてみる。その仕種が可笑しかったのか、くすくすと苦
笑を洩らすプーの声が聞こえて来た。
しかし、猫の姿で少女の声を頭の中に飛ばしてくるものだから、最初は結構違
和感があったはずなのだが、浩平はいつのまにか慣れてしまっていた。それど
ころか、心に言葉を浮かべるだけで意思の疎通が出来ると分かると、プーとの
会話ですら自然な感じになってしまっていた。
(もしかしたら……俺が現実でもプーとこんな風に会話したいって思ったから、
それが夢で実現したのかもしれないな)
(………………)
そう言ってから少し照れてしまった浩平だったが、その直後に今まで頭居の中
に響いていたくすくす笑いが不意にピタリと止まってしまった。浩平は気にな
り、視線を足元に向けるといつのまにかプーは何か思い詰めたように、うつむ
きがちになってしまっていた。
(ははは……なんか俺、らしくない事言っちまったかな)
まるで重苦しい沈黙が一人と一匹を支配するのを防ぐかのように、浩平は頭を
掻きながらそんな事を言ってみた。何となく無理があるようなぎくしゃくした
感じだったが、その言葉に呼応するかの様に、プーはゆっくりと顔を上げて浩
平の方を見上げた。浩平と視線が重なり合う……そして、プーは今にも泣き出
しそうな悲しい瞳を向けたまま、ぽつりと一言だけ言葉が意識となって、浩平
の中に聞こえて来た。
(……ごめんね)
その言葉の意味が、浩平にはしばらく理解出来なかった。いや、理解しようと
する事を無意識のうちに拒絶していたのかもしれない。
(どうしたんだ、急に。なんで……謝るんだよ)
浩平は動揺を隠せぬまま、プーにそう問いかけていた。謝られた、という事は
当然あまり歓迎すべき事柄ではないのだろう。そして、浩平にはそれ何なのか
大体見当が付いていた。だから余計に、これから起こると予想される事を考え
たくないのだ。全てはそれが心の揺らぎ――動揺に繋がっていた。
(本当は、わたしがあなたに呼びかけた……夢に誘ったの。ただ……こんなに
明確に答えが返って来るなんて思ってなかった。それは本当に初めての事なの)
(ちょっと待てよ、だったら謝る必要なんてないぞ。俺はたとえ夢の中でだっ
て、おまえと話せてすごく良かったって思ってんだからな)
(それなら、なおさら謝らなきゃ。だってわたし、あなたにさよならを言う為
に呼び掛けたんだもの)
プーのその声を聞いた時、浩平は認めたくない現実を眼前に突き付けられたよ
うな感じだった。
(さよなら……って、なんで……)
(私の……帰るべき場所を見付けたから……)
今まで絡み合っていた視線を先に逸らしたのは、何も言えなくなった浩平の方
だった。帰るべき場所……そうなのだ、浩平はいつかその場所へ、プーを送り
届けなければならない事をようやく思い出していた。何故なら、そう約束した
のだから……あの公園で出会った名前も分からぬ少女――プーの本当の飼い主
に『必ず』と……。
(ばいばい、やさしいご主人様。束の間の触れ合いだったけど、嬉しかった……)
プーは最後にそう告げると、浩平に背を向けて、かつて住んでいた自分の家へ
と帰って行く。
(おいっ、行くなっ!そんな理由で納得できるかよ……勝手に離れてくなんて
俺は認めないからな!!……くそっ、なんでこれ以上近付けないんだよ!)
必死になって離れて行くプーとの距離を縮めようとした浩平だったが、後少し
で手が届くかという所で、そこにまるで見えない壁でもあるかのように、それ
以上先へ進む事が出来なくなってしまった。やがてプーは、家の中に吸い込ま
れるように浩平の視界から完全に消え去ってしまった。
(俺は……俺は……おまえを……)
浩平はただ呆然とそのさまを眺めながら、途切れ途切れの声を、頭の中に響か
せていた。自分以外誰も居なくなってしまったこの場所で、続かなくなった声
の先に何を伝えたかったのか……浩平自身、分からなくなっていた。それどこ
ろか、これが『夢』だという事実さえ希薄になってしまっている。それ程、こ
の出来事はあまりにリアルで現実的なものに感じていた。
プーの消えて行った先へ視線を外せぬまま、浩平は決して届かないと分かって
いながら、迷子になりそうな小さな声で呟いた。

(そこには……その場所には、もう誰もいないんだぞ……)

その瞬間、浩平の意識も眠りに就いた時と同じく再び深く静かな深淵へ、ゆっ
くり、ゆっくりと沈んで行った……。

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「……また、あいだ開いちゃったね」
つっこみ瑞佳:他に言いたいこと、ある?
「……読んで下さった&感想書いて下さった皆さん、ありがとうございました(^-^)
しばらく感想書けそうにないです。本当に済みません……」
つっこみ瑞佳:……はぁ〜。
「いつも以上におもーい溜息に感じるんだけど(^^;)」
つっこみ瑞佳:感じる、じゃなくてホントに重くなってるんだよ。
「ははは……でも、感想はいずれ必ず書きたいと思ってます」
つっこみ瑞佳:いつになるやら、だもん。
「ぐっ…。と、ところで今回、一行一行を同じ間隔で揃えてみたのですがどうでしょうか?
私はすっきりして感じで割と気に入ったので、しばらくこの書き方でいこうと思ってます」
つっこみ瑞佳:書き方云々以前に、早く書けない事の方が問題だよ……。
「こ、今回つっこみが激しくない?」
つっこみ瑞佳:そう思うなら、もっと早く続きを書くんだもん。
「……はい」
つっこみ瑞佳:それじゃあ、またね〜。
「今度こそ近いうちに……書けるといいなぁ(爆死)」
つっこみ瑞佳:……はぁ〜。
「それでは〜(^^;)」