終わらない休日 第4話 投稿者: ひさ
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★これまでのあらすじ
 俺、折原浩平は二連休で休みだった為、商店街へ遊びに行く途中でひょんな事
 から捨て猫を拾っちまった。それを長森に押しつけようとしたんだけど生憎長
 森は留守だった。仕方なく俺は自分の家に連れて行こうとしたら、今度は猫が
 逃げ出しちまった。そのままほったらかしとけばいいものを、妙に気になって
 結局いつのまにか追いかけ探してる俺だった。そして猫を見付けた場所で見た
 ものは、かつて猫が住んでいたであろう誰も居ない無人の家屋だった。俺はそ
 れを目の当たりにした時思った。せめて長森に渡すまでは、俺が面倒見てやろ
 う……と。
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「さて、由起子さんにどう切り出すかな……」
浩平は、そんな呟きを漏らしながら重い足を引き摺るようにして歩いていた。
そんな原因を作った当人――いや当猫は、周りの景色が珍しいのか、あっち
こっちに首を回しきょろきょろと辺りを眺めていた。
たまに浩平の方に視線を向ける事もあったが、その大きな瞳からは先程の空家に
佇んでいた時の悲しそうな光は存在してなかった……ように浩平には思えた。
「なあ、おまえ……俺の家でもいいのか?」
当然の事ながら、その質問を投げかけても猫は答えてくれないし、浩平だって
そんな事は十分すぎる程分かっていた。今までだって幾度となく返答のない質問
をしてきたのだから……。
それでも話し掛けてしまうのは、何となくだが自分の言葉を理解しているんじゃ
ないか?という考えが浩平の中に芽生始めていたからだった。
「長森の気持ち、少し分かる気がするな……」
腕に伝わる温もりを感じながら、浩平は猫を抱いてはにかむ姿の幼馴染みを思い
浮かべていた。最初は本当に厄介ものを拾ったと言う感じで、さっさと瑞佳に
押し付けてしまおう――などと思っていたのだが、浩平の腕から逃げ出して必死に
追いかけたあの辺りから、この猫に対する感情が変化し始めていた。
「俺が飼ってもいいかも……な〜んてな。どうせ一日二日で長森に渡しちまうんだし、
由起子さんが嫌って言ったらダメだし……」
しかし、最初に言ったその言葉が浩平の今の本心だった。だから最後の言葉が
続かなかったのだ。叔母にその言葉は言って欲しくない、そんな事は想像したく
なかった……。
「さて、由起子さんにどう切り出すかな……」
もう一度、同じ呟きを繰り返す浩平だったが、その事実はもう、一度目の呟きを
忘れてしまっている頭の中には無かった。
しかし、重い足取りは少しだけ和らいだような気がしていた。



浩平は少し歩いてから立ち止まり、また空を見上げていた。相変わらず雲一つない
爽やかな空が広がっている。何度となくそういう行為をしているのは、別に疲れた
足を休める為ではなく、腕時計をしていなかったので時間を知るには太陽の位置を
見るのが一番手っ取り早い方法だからだった。そろそろ太陽が西に傾き始める時刻
――正確な時間は解からないが、大体2、3時頃といった所だろうか。
それを確認して、また猫の方へ視線を戻しかけたその時……、

「あーーーーっ!プーちゃんだぁーーーー!!」

唐突にそんな甲高い声が聞こえてきたのは、いつのまにその場所まで歩いていたのか、
この猫を拾った"あの"公園に差しかかった時だった。
浩平は、その声の方に視線を移す。と、その公園に猫がいた場所――つまり、浩平が
そのままほったらかしにしてきたダンボール箱の側に、その声の主が居た。
少し離れた所から声を上げたのは、小さな女の子だった。
「プーちゃん?」
疑問符を付けて呟く浩平は少し考えを巡らせてみた。
(回りに歩いている人は見当たらない、そしてあの女の子は俺の方に向かって声を
上げていたよな。ってことは……)
答えが見付かったのと同時に、猫が腕の中からするりと抜け出し女の子の方へと
駆けて行った。その猫の行動は、浩平の答えの肯定を意味するものだった。
「プーちゃん、プーちゃ〜ん!」
その女の子も猫の方へと勢いよく駆け出していた。結構離れた所からよく猫の存在が
分かったもんだなと、半ば感心しながら浩平はそんな風景を見ていたが、もしあの子
が猫の本当の飼い主だったとしたらそれも納得のいくものだった。
「プーちゃん……か」
浩平は猫の名前がようやく判ったという嬉しさと、また自分の腕の中から離れて
しまったいう寂しさが混ざった、複雑な思いで呟きながら公園の中に歩を進めた。


浩平が公園の中に入って行くと、あの女の子が浩平の腕から飛び出して行った猫
――プーを重たそうに抱いて、こちらの方へとことこ近付いて来た。
「プーちゃん、おにーちゃんが拾ったの?」
目の前までやって来て浩平を見上げる女の子は、5、6歳位で肩まで切り揃えられた
髪を揺らしながら、そんな風に訊いてきた。
「ああ。それ、おまえの猫か?」
「うん、そうだよ。でもね、お引越ししちゃって今度のお家じゃ飼えないからママと
一緒に昨日プーちゃんをここに連れてきたの。拾って下さいって紙も入れたんだよ」
「そうか……」
浩平は何か思い付いたのか、ズボンのポケットを引っ掻き回し、その中からプーと一緒に
ダンボール箱に入っていたあの書き殴りのようなメモを取り出して女の子に見せた。
「これの事だろ」
「あっ!うんっ、それだよ!!おにいちゃんが持ってたんだぁ」
「これ、自分で書いたのか?」
「うん。ママに字を教えてもらったんだよ」
「そっか、そうだったのか……」
プーは心無い人が捨てて行ったのではなかった。そして、このメモの『欲しい方貰って
下さい』という文字は書き殴りなどではなく、この女の子が悪戦苦闘しながら書いた
ものなのだと言う事を、浩平はその時になってようやく気付いていた。
「それでね、でもね、あたしプーちゃんが気になったから、ママには会いに行っちゃ
ダメだって言われたけど内緒で見に来たんだ」
「でも俺が拾っちまったからな……」
「うん……。居なくなっちゃてて、拾われたと思って、もう会えないって思ってた。
でもね、もうちょっと待とうって思って、そしたらプーちゃんと会えたの!」
そう言って、女の子は喜色満面でプーをギュッと抱き締める。プーも嬉しそうにされるが
ままのような感じだ。そんな光景を見せ付けられると、この子が本当にプーの飼い主
なんだなと実感させられてしまう。その時浩平の中で、何故だか言いようの無い寂寥感
が込み上げて来てしまった。やはり、プーはこの子に返すべきなのだろうか?
しかし新しい環境では飼えないと分かっている以上、そのあとプーがどうなるかは大体
想像が付く。返したとしてもまた同じ事の繰り返しになるんじゃないか……そう考える
と、自分が引き取りたいと言う気持ちがどうしても強まってしまうのだった。
「はい、おにいちゃん」
「え!?」
浩平がそんな思いを巡らせていると、急に女の子はプーをその小さな両腕で抱きかかえ、
目の前に差し出してきた。そんな女の子の行動に、浩平は少し困惑顔で訊き返していた。
「なんで俺に?」
「だって、おにいちゃんが拾ってくれたんでしょ?」
「ああ、そうだけど……」
「だったらプーはもうおにいちゃんのものだよ。可愛がってあげてね」
差し出されるがままにプーを引き取った浩平だったが、正直な所この女の子の気持ちが
いまいち理解できなかった。長い事一緒に過ごした家族だったろうに、何故こんなに
あっさりと笑顔で別れる事が出来るのだろうか。
「寂しくないのか?プーと別れる事になって」
「うん。だってこんなに素敵な飼い主に拾われたんだもん。きっとおにいちゃんなら
大事にしてくれると思ったから」
「でも、ずっと飼ってたんだろ。だったら……」
そう言いかけた浩平は、女の子の様子が今までと少し違う感じがして、つい言葉を切って
しまった。うつむいて肩を震わせているのだ。そして顔を上げたその瞳には……溢れて
今にもこぼれおちそうなほどの涙が溜まっていた。
「……嘘だよっ!」
「えっ?」
「寂しくないわけ無いよ!だって、だって、プーちゃんとあたしが小さい時からずうっと
一緒だったんだからっ!でも、ママはもう飼えないって……だから……だから……う…
ひっく……ひっく……」
堰を切ったように捲し立て、とうとう頬に涙が伝い、女の子はしゃくりあげてしまった。
浩平は妙な誤解をされないかとうろたえながら周りの視線を気にしたが、幸い見渡せる
範囲に人の姿は無かった。それが分かると浩平は平静さを取り戻すと、少し思案してから
女の子に向かって声を掛けた。
「ちょっと、こいつ持っててな」
「……ひっく……う…ん」
何とか頷く女の子にプーを受け渡すと、そのまま浩平はしゃがんでじっとその子の顔を
見ながらにっこりと微笑む。そしてプーに視線を移すと、何を思ったのか浩平はその首に
付いている首輪をそっと外しに掛かっていた。
「ふにゃあ〜〜ん」
首を振ってくすぐったそうに鳴くプーに少してこずりながらも、青色の首輪を外した浩平は、
それを女の子の小さな掌に乗せてそっと握らせた。そして代わりにプーを女の子から受け
取り、しっかりと両腕で抱き留めた。
「これ、プーちゃんの首輪……」
「それ大事に持っててくれよ。いつかきっとまた飼える時が来るから、な。それまで
俺がこいつを一時的に預かるって事でいいだろ?」
本当はそんな時なんて来る事は多分無いだろう、と浩平自身そう思っていたのだが、この
女の子を前にして出た言葉はその考えと全く正反対のものだった。何故だか分からないが、
そう言わなければならないような気がしたのだった。
「……うんっ!ありがとう、おにいちゃん!プーちゃん大事にしてね、約束だよっ」
「ああ、約束だ」
「それじゃあ、あたしもう行くね。あんまり遅くなるとママが心配するから……プーちゃん、またね」
女の子はそう言うと、最後にプーの頭をくしゃくしゃ撫でて駆け出して行った。お互いが見えなく
なるまで手を振って、やがて女の子が見えなくなると浩平は静かに手を下ろし、片腕で支えている
プーの身体に、やる事が無くなったその腕を添えた。
去って行った時の女の子の瞳に、もう悲しみの色はなかった。そして多分プーの瞳にも……。

「さてと、随分寄り道しちまったな」
先程女の子に言われて気付いたのだが、空を見上げるともう太陽はかなり西に傾いていて、
いつのまにか公園は黄昏色に染まっていた。
「俺達も帰るか……」
浩平は、確認を取るようにプーにそう告げながら公園を後にした。疲れたのか、再び眠りに付こうと
しているプーを見ながら、ようやく長い一日が終わりに近付いている事を感じる浩平だった……。

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「こんにちは!ご無沙汰だったもんで、冒頭にあらすじなんぞを付けてみました」
つっこみ瑞佳:……………。
「回を重ねる事に、どんどん長くなってきています(^^;)」
つっこみ瑞佳:……………。
「……あの、なんかつっこまないの?」
つっこみ瑞佳:……プーって……変な名前だよ。
「ぐあっ、仕事先で飼ってる猫の名前を使ったんだけど……そんなに変かなぁ。結構気に入ってるんだけど」
つっこみ瑞佳:すっごく変だもん。センスの欠片もないよね。
「いいもーん。他人が付けた名前を借りただけだから」
つっこみ瑞佳:……はぁ〜。ところで第5話は?
「まだ全然書けとりません(^^;)」
つっこみ瑞佳:ただでさえ進みが苛つくほど遅い話なんだから早く書くんだもん。
「……いつも通りのどギツイつっこみありがとぉ〜(TT)」
つっこみ瑞佳:それじゃあ、また近いうちに……だ・よ・ね?
「そ、そんな強調せんでも……分かりましたよぅ、頑張ります〜(^^;)。それでは〜」
つっこみ瑞佳:またね〜