終わらない休日 第3話 投稿者: ひさ
――公園がある。

そこには砂場があって……ブランコがあって……滑り台があって……
ベンチがあって……別に何の替わり映えもなく、特に目を引くような
ものもなく……つまりは、ごく普通の何処にでもあるような、さほど
大きくもない公園だった。
それは彼が学校の登下校、あるいは休日に商店街へ出掛ける時などによく
通る道の途中で横切って行く、見慣れた場所だった。
だからなのかもしれない、"それ"がその日の彼にはとてもよく目に付
いたのは……。
その公園には、誰が見ても、そこに存在する事自体どう考えても不自然
な物体――ダンボール箱が、ポツンと寂しそうに佇んでいたのだ。
砂場の中でも、ブランコの側でも、滑り台の上でも、ベンチの上でも
なく、本当に何も無い空間に置いてあった。だからこそ、余計に違和感
のある存在が際立っていたのだが……。
彼は、それを無視して通り過ぎる事が出来なかった。好奇心なのか、それ
とも単なる気紛れか……ともあれ公園の中に入って行き、ゆっくりと少し
警戒気味にダンボールへと近付いて行く……一歩……また一歩……。
そして、幸か不幸か彼はその奇妙なダンボール箱の"中身"を最初に見付ける
事になってしまった。
いや、もしかしたら彼より先に他の誰かが目撃していたかもしれないし、
実際に側まで行って確認した人もいたのかもしれない。
しかし、その"中身"を手にとって、そして連れ出したのは紛れもなく彼が
最初だったのだ。なぜなら、もし彼が最初でなければその"中身"――牛の
ような模様の、一匹の猫を目撃する事など無かったのだから……。


…………………………


浩平は必死になって微かな猫の鳴き声を聞き分けながら走っていた。
「おいっ、ねこっ!近くに居るんなら返事しろ!」
名前すら分からない探しものが、答えてくれる筈も無い事は分かり切って
いるのに浩平はそう叫ばずにはいられなかった。

なんでだろう?

ふと、走りながらそんな疑問が頭に浮かんでいた。なんで俺はこんなに一生懸命
になっているんだろう……と。最初は単なる好奇心、そして拾ったのは可哀想だった
から……そうだ、それなら瑞佳にくれてやろう――そんな軽い気持ちからだった。
しかしそれが叶わなかった今、浩平はやっかいなお荷物を背負い込んでしまったと
思っていた。向こうからいなくなってくれて清々するはずだったのに、猫が腕の中
から去ってしまって、その時心の中に残ったのはどうしようもない喪失感だけだった。
「お、俺は……はぁ、はぁ……なんで、こんなに必死になって走ってんだよ……」
息を切らしながらそれだけ呟いて、ただその鳴き声に導かれるかのように走り続けた。
でもその答えは、本当はもう浩平の中で出ていた……手放したくないからなのだと。

「……にゃあ〜〜ん」

また声が聞こえる。今度はもっとはっきりと、より明確に浩平の耳に届いていた。
徐々に鳴き声に近付いている、という確信を持った浩平は棒になりかけてる足に
力を入れて、その声だけに集中して走り続けた。
そしてその十字路を曲がった所に……そいつがいた!
見紛う事のない白地に黒の染み模様、やはり間違いではなかった。浩平は、いつも
登校時に鍛えられている脚力が限界に達していたが、それを無理やり引き摺るよう
にして近付いて行く。そして……、
「おいっ、ねこっ!」
勢いよく声を掛けた為、一瞬ビクリと全身を震わせた猫だったが、やがて何事も無かった
かのように、真っ直ぐただ一点だけを見つめながら断続的に鳴き続けていた。
「はぁ、はぁ、ず、随分探したんだぞ。おまえこんな所で何を……」
激しく呼吸を乱しながらもなんとか言葉を発した浩平だったが、それは途中で
途切れてしまった。続けることが出来なかったのだ。
猫が見据える視線の先にあるもの――それを目撃した瞬間、浩平は全てを理解していた。
あの公園でダンボールの中に入って捨てられていたのも、ここで鳴き続けているのも……。
そこにはどうという事の無い、ごく普通の2階建ての一軒家が建っていた。
だが、その空間に人の気配というものは全く存在していなかった。

そう、猫が鳴き続けている目の前にあったもの……それは誰も住んでいない空家だったのだ。

「にゃあ〜ん、にゃあ〜〜ん、にゃあ〜〜〜ん」
もう何度繰り返し鳴いたのか浩平には分からなくなっていたが、猫の隣りに立ってじっと
その無人の家屋を眺めていた。おそらくここがこの猫の育った場所、そして幸せに暮らし
ていた空間だったのだろう。
それは全部浩平の想像に過ぎなかったが、隣りでいつまでも鳴き止む事を知らぬ牛模様の
猫の姿を見ていると、そう考える事しか出来なかった。


……どのくらい時間が経ったのか、浩平はまだ誰もいないその家をずっと見ていた。
待っていたのだ、いつまでも静かな住宅街に響くその声が止むのを……。
そして、その隣りにいるそいつは――まだ鳴き続けていた。
しかしその鳴き声はかなり弱々しいものになっていて、鳴く間隔も段々間が開いてきて
もうほとんど途切れそうな感じだった。
ふと浩平は視線を足元の猫に移す……と、猫はかつて自分が住んでいた家を見るのを止めて、
いつのまにか顔を上げてこちらの方を見つめていた。
「……にゃあ〜〜」
浩平の方に向かって力なく声を上げる猫の、その大きな瞳はとても悲しそうだった。
ようやくその場所から腰を上げた猫がこれからどうするのか、浩平はそこから一歩も動かず
身じろぎもせずにただその行動のみを見ていた。
やがて……猫は浩平の足元に、その身体を摺り寄せてきた。何度も、何度も絶え間なく……。
「そっか……一緒に来るか?」
そう言いながら、しゃがんで猫の方へ両手を差し出した。猫がとてとてと近付いてきたので
その頭を撫でてやると、甘えるように顔を浩平の手に擦り付けてきた。まるで、寂しさを
紛らわせるかのように……。
そして、ようやく浩平のその腕の中に猫の身体がすっぽりと納まった。ふわふわの毛並み、
ずっしりと感じる重量……それらが浩平には随分懐かしいものに思えてならなかった。
「さあ……もう、行こうぜ」
鳴き疲れたのか、ただ静かに抱かれている猫に浩平は語りかけると、去り際にもう一度
その場所を振り返って見てから、背を向けて静かに歩き始めた。

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つっこみ瑞佳:この話、進み具合がとっても遅いんだもん。
「まあいいじゃん。ゆっくりじっくり書いてゆこうよ」
つっこみ瑞佳:誰に言ってんの?
「さあ?(^^;)しっかし普通、猫の為にここまで深く考えるもんだろかと、ちょっと
書いてて疑問に思ったりして……」
つっこみ瑞佳:そろそろ浩平と猫だけじゃ苦しくなってきたんでしょ?
「う〜ん、ちょっとね(^^;)。それに仕事が忙しくなって来てるんで、今度こそ
投稿ペースが落ちるかもです」
つっこみ瑞佳:それなら、睡眠を削ってでも書き続けるんだもん。
「そんなのやだー!(爆)寝不足でへろへろになってまで書きたくないもん」
つっこみ瑞佳:はぁ〜、わがままだもん。
「なんでそうなるの(^^;)。それではちょ〜っと間が開くかもしれませんが、いずれまた……」
つっこみ瑞佳:それじゃあ、またね〜。