喜待 〜マツコトノヨロコビ〜【後編】 投稿者: ひさ
私が家に帰って公園に辿り着いた時、腕時計の時刻は3時20分を示していた。
浩平は……まだ来ていない。
念の為に公園の周りをぐるりと見回したけど、やはりそれらしき姿は見当たらなかった。
私は近くのベンチに座りながら、浩平が来るのを待つことにした。

……………………………………。

再び腕時計を見ると、丁度約束の3時半を回った所だった。
浩平はまだ来ない……。
私はふうっと軽い溜息を吐いて、足元へ向けていた視線を公園全体へと移した。

砂場で遊んでいる子供達……、
犬の散歩で逆に引っ張り回されている青年……、
別のベンチで談笑している若いカップル……、
赤ちゃんを連れて話し合っている母親達……、
散歩がてらに立ち寄った老夫婦……、

そんな光景を見ていると不思議に心が安らぎ、待つ事への辛さが軽減されていくような気がする。
「……そういえば、あの時と似ている」
但し、私と浩平の立場は今と逆だったけれども……。
そしていつしか私は、浩平がはじめてデートに誘ってくれた時の事を思い返していた。


「……嫌です」
頑なまでに拒否した私。
それでも結局雨の中、浩平の元へ向かった私。
待っているはずがないと思った。
ずぶ濡れになりながら「馬鹿だな……」と思った。
それでも信じたかった……浩平が「待ってくれている」事を……。

あの時、あの雨の中、浩平はどんな気持ちで待っていてくれたのだろうか……。
その姿を見た私は、悲しみと胸の痛みと悔恨と……感情がごちゃ混ぜになっていた。
浩平が待ち続けていられたのは、私が来る事をずっと信じていたから……?
でもそんな事を私が思うのは、浩平にとても申し訳ない気がする。

「茜!もし、万が一俺が遅れたとしても必ず行くから待っててくれよ!」

不意に、さっき別れ際に発した浩平の言葉が頭の中にこだまする。
その時になって、ようやく私は気が付いた。浩平はいつだって約束を守ってくれていた事に……。
「待っている」と言えば、雨の中いつまでも待ち続けてくれた。
「必ず帰ってくる」と言い残し、そして約束通り私の元に帰って来てくれた。
どんなに時間が掛かろうとも、待ち続けていればきっと浩平に会う事が出来る。そこに、2人が交わした約束がある限り……。
そう信じれば、待つ事だってきっと喜びに……かわる……は…ず……。

…………………………………………………。

「……う……ん」
まどろみから徐々に意識がハッキリしてくる感覚……どうやら私は、いつのまにか眠っていたらしい。
夕暮れ時が近いのか、ぼんやりと瞳に映る公園の景色に人の姿はまばらだった。
「目が覚めたか?」
その予期せぬ声で、私は初めて誰かの身体にもたれ掛かっている事に気付いた。
「こ、浩平!?」
「どうしたんだよ。そんな驚いた声出してさ」
「……いつからそこにいたんですか?」
「ああ、10分くらい前からかな。あんまり気持ち良さそうに寝てたんで起こすの悪いと思ってさ」
そう答えた浩平の眼差しは、とても穏やかなものに感じた。
私は浩平に預けていた身体を起こして腕時計に目をやる。もう時刻は4時半を過ぎていた。
「……遅いです」
「ごめんな、結構待たせちまったか?」
「……はい」
わざとそっけなく答える私……素直じゃない。本当は嬉しいくせに……。
「……でも、待っている間いろんなことを考えていたから……時間は気にならなかったです」
「どんな事、考えてたんだ?」
「浩平が初めてデートに誘ってくれた時の事です。今日は、あの日と立場が逆ですね……」
「そういえばそうだな。でも、雨じゃなくて良かったな」
浩平は、苦笑しながらそう言った。

それからしばらくお互い無言のままが続き……私の方から沈黙を破った。
「……浩平。答えてください」
「ああ、昼休みのことか?」
「……はい」
「う〜ん、そうだな……」
私は、そんな浩平の横顔をじっと見つめて言葉を発するのを待つ……。
ドクン…ドクン……ドクン……
心拍数が早鐘のように、どんどん上昇して行くのを感じる。
……そして、浩平は口を開いた。


「茜は……自分が待つ事よりも、人を待たせる事の方が嫌なんじゃないのか?」


しばらく何も答えられなかった……。
浩平の言葉を心の中で何度も何度も反芻して、そうしてようやく意味を理解した。
「あれ、違ったか?」
そう言った浩平は少し戸惑ったような顔をして、黙ったままの私を見る。
私は少し呼吸を整え、そして静かに口を開いた。
「……人に待たされるのは嫌です」
浩平は、黙って私の話を聞いてくれている。じっと私の瞳を見据えて……。
「でも……人を待たせる事の方がもっとずっと嫌です。……知っているから、待たされる事の悲しみや辛さを……。
知っているから待たせたくない、私を待ってくれている人を……」
一気に想いを出し切ってから、私は無意識の内に浩平に問い掛けていた。
「……どうして、分かったんですか?」
「そんなの当たり前だろ。茜を長い間待たせて、悲しませ、辛い思いをさせたのはこの俺なんだから……」
嬉しかった。私の心を言い当ててくれた事も、その言葉も……。
「でも、また待たせちまったな」
と、浩平は苦笑した。
それを聞いた私は、もう一つ気になっていた事を思い出し浩平に訊いてみた。
「……ところで浩平。どうして今日はこんなに遅かったんですか?」
「ほら、これ」
「これは……」
「ああ、今日だけ半額セールってやつだったんだよ」
そう言って私に見せたものは、山葉堂の包み紙だった。
それを見て、ようやく帰り際に浩平が妙に急いでた事に思い当たった。
「行ってみたらものすごい行列でさ……」
「普段も混むのに、半額なら当たり前です」
私は、思い切り拍子抜けしてしまった。
あの真剣な言葉は、こんな事の為に出たものだったなんて……。
「茜に黙って買って来て喜ばせよう思ったんだけど、もしかして知ってたか?」
「はい、知っていました。一緒に買いに行こうと思ってましたから」
「な、なんだ、そうだったのか」
少し素っ気無い私の言葉に、浩平はガッカリしたようだった。
私は、そんな浩平の気持ちがとても胸に沁みた……。
「……でも、浩平との約束のほうが大事でした」
「そっか。ホントに待たせちまってごめんな」
「……いいんです。それより冷めない内に早く食べましょう」
「そうだな」
そうして私達のデートは夕暮れ時にようやく始まろうとしていた。
2人して、ワッフルの入った袋の中を探りながら……。


「なあ、茜」
「はい」
「今でも待つ事は嫌か?」
「……嫌です」
「そうか……」


「………………嘘です」


私にとって「待つ」という事は、辛く悲しいもの……だった。
もし待ち続けたその先に喜びがあるなら、それはきっと「喜待」に変わるはず。
今はただ、そう思いたい……。

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「や、やっと終わったぁ〜」
つっこみ瑞佳:中編での浩平の真剣な言葉が、こんなつまんない理由からだとは思わなかったよ。
「ひ、ひどい……。でも言われてみれば、大した事でもないのにあの言葉はシリアス過ぎたかなって気も…(^^;)」
つっこみ瑞佳:それにしても、見事に前・中・後編と長さがバラバラだよね。
「う〜ん、これは書いた時点ですぐ投稿したのと後編が予想以上に長くなったのが原因かな。
 こんな事なら前編と中編をひとつに纏めりゃよかったな…」
つっこみ瑞佳:初心者の癖に長い話を無理して書こうとするからだよ。
「はいはい、言われなくてもわかってるって(^^;)」
つっこみ瑞佳:それで、結局「喜待」ではなにが書きたかったの?
「ゲーム中での茜が待つシーンは悲しそうなものばかりだったから、待つ事も状況次第で
 辛くなくなって、それが期待に変わる…ってなことを書きたかったんだけど…」
つっこみ瑞佳:でも、あんまり上手く書けてないもん。
「自分でも、書いててよく解からなくなってたよ(^^;)。ただ、茜が待つ事と待たされる事のどっちが嫌か
 ってのは個人的見解であって、考え方は千差万別だと思うんだよね。それを自分なりの考えで書けた
 事は良かったかな」
つっこみ瑞佳:なんだか未熟もんの癖していっちょまえのこと言ってるよ〜。
「ぐっ。なんでそういう返答ばっかしなんだよぅ」
つっこみ瑞佳:だってわたし、つっこみ瑞佳だもん♪
「ぐあっ!以前とおんなじ台詞を……」
つっこみ瑞佳:次は「斜陽【浩平SIDE】」、2日後にお会いするんだもん。
「こ、こらぁ!勝手に決めんなーーーーーーっ!!絶対無理だっての!」
つっこみ瑞佳:それじゃ、またね〜
「そ、それでは〜(^^;)。お、おい!ちょっと待てーーーーーーーー!!」