最終話 宝物
劇が始まる前、お兄さんに手渡した手紙。
”公園で、待ってるの”
場所は書いてない。今私がいる所。思い出の公園。
お兄さんがあの子なら、この場所に来てくれる。手紙の意味を分かってくれる。そう信じて私はここで待っている。
あの時、お兄さんは来なかった。1週間が過ぎても来なかった・・・。
私は、泣いた。待ちながら泣き続けた。あの子が来ないことが悲しいのではなく、あの子と会えない事が悲しかった。
そんなことを考えながら、ブランコに揺られていると、誰かが近づいてきた。
私が顔を上げるより早く、その誰かは私の頬をむにっと、つねった。
「ほんと、お前は馬鹿だよな・・・」
お兄さんだった。
「ずっと、待ってたのか?」
うん
私は、小さく頷いた。
「そうか・・・」
手を離して、お兄さんは隣のブランコに座った。
「言い訳してもいいか?」
”???”
不思議そうに私がお兄さんのことを見ると、お兄さんはその意味を理解してくれたようだった。
「全く、あの時はほんと無表情だったのにな・・・」
これは、お兄さんのおかげ。お話しできるようになって、私に戻ってきたものの一つだった。
「あのころ、俺の家で辛いことが続いたんだ。でもそれで、来れなかったんじゃない。あの時、俺はお前がここで待っているのを知っていたけど、これなかった・・・。ずっと待ってると思うと、逆に、どんな顔してあったらいいのか、子供心に罪の意識みたいなものがあったんだ・・・」
お兄さんの家のことは、この前お姉さんから聞いていた。大切な妹さんと、お父さんを亡くされて、大変だったと言うことも知っている。
「で、お前が俺にラーメンをこぼしたとき、また逢えたんだよな」
うー、それを言われると辛い。私はドジだから、色々失敗をしてしまう。でも、今思えばこれは嬉しい偶然だった様な気がする。
「あの後で、澪の事を思い出した。あの時の、小さな女の子が澪だったと解っても、俺はどうすればいいのか解らなかった」
お兄さんは、少し笑って、こう言ってくれた。
「でも、不思議な縁で出会えたから、嬉しかった。あの時の、無表情な女の子が、これだけ元気良く、精一杯色々なことをしていると知って、嬉しかった」
なら、何で教えてくれなかったんだろう?
「でも、澪が、ずっと待っていることを知って、ちょっと腹が立ったのも事実だ。多分、澪に対してではなく自分にだけどな。あの時、一度でも会いに行けばよかった。そう思うと、今更、あの時のことを言う勇気がでなくてな。今まで遅れて、悪かったな」
”悪くないの”
「本当に、そう思うのか?」
”だって、来てくれて、嬉しいの”
本当に、嬉しかった。あの時の男の子がお兄さんだったこと。これからは、同じ思い出を共有することができること。確かに、恋人にはなれなかったけど、それは自分で決めたことだから、私は、お兄さんの妹みたいな存在でいたいから・・・。
「なぁ、そのスケッチブックは、お前が持っていていいぞ」
”返すの”
「ずっと、大切にしていたんだろ?」
”約束なの”
お兄さんの言葉は嬉しかったけど、これだけは渡したかった。
「・・・・」
暫く、無言で見つめ合ってしまった。そして、お兄さんは溜息を一つついて、スケッチブックを受け取った。
「これだけは言っておく。あの時、返してくれなんて言ったのは、もう一度、お前に会うための口実だったのかもしれないな」
うん
私も、もう一度会えると思って、嬉しかった。
「じゃぁ、これからバイトだから俺は帰るぞ」
”バイバイなの”
新しい、スケッチブックにそう書いて、お兄さんの後ろ姿を見送る。
「泣くぐらいなら、意地張らなくても良いのに」
後ろから声がする。茂みの中にずっと隠れていたえんちゃんだった。
”泣いてないの”
「なら、その涙は何?」
えんちゃんの言う通り、私の瞳からは涙がこぼれていた。
「まったく、意地っ張りなんだから・・・」
えんちゃんがそう呟いたときだった。私達が見ている中、お兄さんがわざとらしく転んだ。そして、落としたスケッチブックを拾い上げ、中を確認している。
そして、こちらに戻ってきた。私は、急いで涙を拭いた。
「何だ、お前もいたのか?」
「いいじゃない。それに心配だったから」
「何がだ?」
「こーちゃんが澪に変なことしないかどうか」
「馬鹿なことを言うな!こいつは、妹みたいな奴だからな」
そう言いながら、私の頭に手をおいてお兄さんは言葉を続けた。
「なぁ、今このスケッチブックを拾った」
「落としたの間違いじゃないの?」
「拾ったんだ。で、持ち主の名前がないから、中身を確認したら、持ち主の名前を見つけた」
そう言って、スケッチブックの最初のページを開いた。そこには、私の字で、「澪」と書いてあった。
「お前の物だろ?」
そう言って、スケッチブックを私に戻した。こう言われると、もう返せなかった。
お兄さんの優しさが伝わってきた。だから、これは私が持っていても良いんだと、実感出来た。
「それとだ、上手な使い道を見つけたな。俺も、そう思う。お前は可愛い妹かもな」
それだけ言うと、お兄さんは公園から出ていってしまった。私の手にはスケッチブックが二つある。
「ねぇ、上手な使い道って、何のこと?」
えんちゃんが不思議そうに聞いてきた。
”これなの”
私は、白いクレヨンをえんちゃんに見せた。
「これをどうしたの?」
そして、スケッチブックの最後のページを見せる。そこには、白色のクレヨンで、
”大好きな、お兄さんなの”
と書いておいた。私の、心の中を、気づかれないように書いたつもりだったけど、お兄さんはそれを見破ってしまった。
「よかったね」
うん
私は、持っていた別のクレヨンを取り出して、そのページを塗りつぶした。
「あ!きれいな空だね」
そのページは、空の色になって、隠した言葉が浮かび上がってきた。
「澪、それ気づいて欲しかったの?」
”多分そうなの”
「なら、良かったじゃない。これからもこーちゃんと一緒だね」
”えんちゃんとも、一緒なの”
「ありがと」
それは、穏やかな秋の日のことでした。私達は、暫く公園でお喋りして家に戻りました。お喋りできる事が、他の人には当たり前かも知れないけど、私には嬉しい事。
あの時、私が言葉を取り戻せなかったらと思うと、少し怖い。きっかけはお兄さんがくれた。あの時じゃなくて、違う時に、この方法を知ったらな、えんちゃんとは多分友達になってなかった。もしかすると、ずっと私は一人でいたのかもしれない。
この時から、時が経っても、私はこのスケッチブックを大切に持っている。お兄さんには、どこかにしまっておけと言われるけど、いつも私は、持ち歩いている。これは、私の大切な宝物だから。このスケッチブックという物ではなくて、これは私の言葉だから、いつも大切にしていたい。だって、もっとお話ししたい。色々なことを聞いてみたい。このスケッチブックという言葉を使って・・・。
空色のクレヨン おしまい
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ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。
それと、感想を書いて下さった方々、本当にありがとうございました。
今日の所は、この辺で、失礼しますね。では、またです!