永遠への誘い −その8− 投稿者:  パル
   最終話 みさお

 幼い頃、最愛の妹を失った。悲しかった。何故みさおだけが、幸せになれなかったんだろう・・・。
 嫌だった。どれだけ頑張っても、無駄なことがある。その事実が、とても嫌で、認めたくなかった・・・。

 七瀬は、俺に、元気をくれたような気がする。あいつは、元気の塊みたいな奴だから、一緒にいて、明るくなれる。
 みさき先輩は、強い人だ。あの人が、今みたいになるまでには、たくさん辛いことがあったみたいだ。俺には、解らない辛さだけど、それを乗り越えようとしている先輩は、強い人だ。
 繭は、頑張っている。大切な存在を無くして、今までと違う生活の中で、頑張っている。だから、俺も頑張ろうと思う、色々なことに・・・。

 「浩平、あなたが無くしたものは、何ですか?」
 「茜?」
 膝を抱えて泣いていた俺の前に、茜が立っている。俺の姿は、まだ子供のままだった。
 「その、みさおちゃんと暮らした全てを、否定するのですか?忘れてしまったんですか?」
 「・・・」
 「私は、忘れていません・・・。あいつがいなくて、辛いけど、あいつとの思いで全部、覚えています。今でも、覚えています・・・」
 あいつ?茜には、俺の知らない何かがあるようだった。
 「浩平は、楽しい思いでも、否定するのですか?」
 「・・・。」
 あの時の俺に、心の余裕はなかった。ただ辛いだけ、悲しいだけで、楽しい思い出があったことを、忘れていた。ただ、喧嘩しただけでも、それはそれで、楽しい思いでもある。
 「否定は、したくない・・・」
 「なら、思い出してあげて下さい」
 「あぁ・・・」
 「その方が、いいですよ」
 茜は、少し笑ってから、俺の視界から姿を消した。そして、誰かが、俺の後ろから抱きついてきた。
 「澪か?」
 小さな手が見える。片方の手には、スケッチブックを持っている。
  うん、うん
 そう頷いているのが、伝わってくる。
 「何だ、何も書かないのか?」
 いつもみたいに、スケッチブックを広げて、何かを書くかと思ったが、澪は、抱きついているだけで、何もしない。
 「泣いているのか?」
 頭の上に、冷たいものが落ちてきた。澪は、泣いていた。
 「まさか・・・」
 俺の今の姿は、あのころのものだ。だから、澪も気づいたのかもしれない。青色のクレヨンの持ち主のことに・・・。
 澪の、俺を抱きしめている手に力が入る。そして、その手を離して、何かをスケッチブックに書き込んだ。
 『待っているの』
 そこには、そう書かれていた。俺は、何も言い返せない。だから、俺がもう少し心の整理がついたとき、この事はハッキリさせようと思う。
 澪の顔を、俺はじっと見つめた。澪は、笑っている。涙を流しながら笑っている。最初にあったときの澪は、無表情な奴だった。それが今では、表情豊かな、みんなに愛される人物となっていた。
 「もう少し、待っていてくれ」
  うん
 澪は、笑顔で、俺の前から姿を消した。そして、長森が俺の正面に立った。
 「私、浩平のこと、好きなんだよ」
 そして、突然そんなことを言う。
 「だらしなくて、わがままで、いじわるだけど、浩平のこと、好きなの」
 「・・・」
 「だから、ちゃんと、私のことを、見て欲しい。妹さんの代わりではなくて、長森瑞佳として、浩平に見て欲しい」
 「俺は、そう見ていたと、思うぞ」
 「ううん・・・。浩平ね、たまに、遠い目をして私のこと見てたことがあるもん。悲しかったし、その理由を知りたかったもん!」
 「悪かったな・・・。俺は、お前に、甘えすぎていたのかもしれない・・・」
 「悪くないもん。でも、浩平は私を選んでくれないかもしれない・・・」
 「・・・」
 「でも、安心して。私は、幼なじみとして、ずっと浩平と一緒にいるもん。もう、浩平に彼女が出来ても、浩平の前からいなくなろうと思わないもん」
 「ありがとな・・・」
 俺は、それしか言えなかった。確かに、俺が長森を選ばないという、可能性はある。でも、こいつはそれでも俺のそばにいてくれるという。その言葉が嬉しかった。

 茜は、教えてくれた。思いでは、辛いことだけではない。あいつが、何を思っているのかは、知らない。それが、あのあの場所で、悲しそうな顔をしている原因だとしたら、辛いことだろう。それでも、思い出を忘れない、辛いことだけじゃないと言うことを教えてくれた。
 澪は、元気になっていた。あの無表情な子ではない。そして、運命というものが、悪いだけだはないということを教えてくれた。
 みさおが死んだとき、俺は運命を呪った。でも、食堂で、俺の頭にラーメンをこぼしたという偶然が、俺達をあわせてくれた。これも運命としたら、悪いだけではないと素直に思える。
 長森の存在は、俺には非常にありがたい。感謝はしている。毎日のサービスには、努力している。そして、一番長い時間をともに過ごした存在だった。
 確かに、長森を異性として意識したことは余りない。どことなく、家族に近い感情がある。みさおが言うように、長森とみさおを、混同していたことも認める。だから、これからは長森としてみようと思う。現実を認めて、これからのことを判断しようと思った。

 「駄目だったのかな・・・」
 みさおが呟いている。気がつくと、みさおと二人だけになっている。辺りは、暗い世界。どうやら学校ではないようだ。
 「他の連中は?」
 「先に、元に戻ったよ・・・」
 「何が駄目なんだ?」
 「お兄ちゃんの姿だよ・・・」
 「???」
 俺は、まだ子供のままだ。みさおと、大して身長差がない。少し目線を下げるだけで、みさおの顔が見える。
 「お兄ちゃんが強くなっていれば、お姉ちゃん達の励ましで、元に戻るはずだったのに・・・」
 「このままだと駄目なのか?」
 「・・うん。お兄ちゃんは、何かにまだこだわっているみたい・・・」
 俺がこだわっていること?何だろう・・・。心当たりが無い。
 「お兄ちゃん、私がいなくなって、一番強く思ったことは何?」
 「こんな、世界はいらない・・・」
 それしか思い浮かばない。
 「今でも、いらないの?」
 「・・・、そんなはず、無いだろ」
 「だったら、何で子供のままなの!」
 「・・・なぁ、みさお?」
 「・・・」
 「一つ聞いていいか?」
 「なに?」
 「俺は、幸せになっていいのかな?」
 「何で?」
 「お前は、今俺の幸せのために、何かしようとしてくれているんだろ?」
 「うん・・・」
 「お前は、楽しいことが出来ずに、辛いこといっぱいで死んでしまったのに、俺だけ幸せになってもいいのか?」
 「いいに決まってるでしょ!私の今の幸せは、お兄ちゃんが幸せになること、私の今の願いは、お兄ちゃんの幸せだけなの・・・」
 「そうか・・・。ありがとな」
 俺がそう言ったとき、辺りが明るくなったような気がする。みさおの顔との距離が、少し遠くなった。
 「お兄ちゃんの、心残りは、私のことだったの?」
 「そうみたいだな・・・」
 みさおも俺も、大事なことを忘れていた。みさおが俺のことを思う気持ち、俺がみさおのことを思った気持ち、それも大切だった。

 辺りを包み込む光がだんだん強くなる。みさおとの別れの時間が近づいている。何となくそれが解る。
 「お兄ちゃん、これから言うことを、心のどこかに出来ればとどめておいて欲しい・・・」
 真剣な顔をして、みさおが言う。
 「今起きた不思議な出来事、それは、今の世界に戻れば、お姉ちゃん達を含めて、夢のように忘れてしまう・・・」
 「そうなのか?」
 「悲しいけど、私達の力だと、今の世界を変えるほどの影響力はないの・・・」
 みさおは、一瞬悲しげな顔をしたが、言葉を続ける。
 「お兄ちゃんの、純粋すぎる感情が望んだ、永遠の世界。もし、お兄ちゃんが弱いままなら、私達がその存在の全てを使って、消し去るつもりだった世界・・・」
 「もし、そうなったらどうなる?」
 「二度と、お兄ちゃんは私達のことを思い出さない。お兄ちゃんの心の中に、私達の存在は完全に消えてしまう・・・」
 「・・・」
 「でも、お兄ちゃんは強くなった。今の姿が、それを証明している。だから、必ず、今の世界に戻れると思うから、もう、その永遠の世界に行くお兄ちゃんを止めたりはしない」
 「?」
 「もう、時間は動き出しているの・・・。だから、私達は、お兄ちゃんが永遠の世界に行くことを望みます・・・。その結果が、みんなにとって、幸せになることを望んでいるから、必ず帰ってきてね」
 言っていることの意味は、よく理解できない。ただ、みさおは、俺に自分の手で、何かしろといっているようだった。
 「私達が出来ること、お兄ちゃんに、時間をあげること・・・」
 「時間?」
 「うん。お兄ちゃんが、人との繋がりを、深く造る時間。今のままだと、永遠の世界は、明日にも、迎えに来るかもしれない・・・」
 「明日?」
 「だから、それを私達が、延ばします。その代償に、今の出来事をいったん忘れてもらう・・・」
 「お前に会えたことを、忘れろって言うのか?」
 「きっと、また思い出してくれる・・。そう信じて、私は待ちから・・・」
 辺りを包み込む光が、一段と強くなる。
 「みさお!!」
 すでに、みさおの姿は見えなくなっている。
 「お兄ちゃんが、次に私のことを思い出すときは、永遠の世界がすぐ近くまで来ているあかし・・・」
 「みさお!!」
 「・・・お兄ちゃん・・・。必ず帰って・・・来てね・・・」
 声が遠い。小さくて、聞き取りにくい。
 「私・・・・ず・・・・と・・・。待ってるから・・・・・と・・・、いっしょ・・・に・・・、ま・・・・てる・・・・」
 そして光が溢れて、俺は意識を失った・・・。


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 あの時のことを、俺が思いだしたのは、永遠の世界から戻り、数日後だった。何気なくカレンダーを見ると、それは、みさおの命日だったと事に気づいて、全てを思い出した。

 「これでいいかな・・・」
 俺は、辺りを見回して、呟く。
 「はい」
 七瀬が、火のついた線香を俺に手渡してくれた。
 「ありがとな!」
 それは、俺は丁寧におく。
 「その先に段差があります。気をつけて下さい」
 茜が、みさき先輩に注意する。
 「ありがとね。茜ちゃん」
 その、みさき先輩の横で、先輩を支えるように澪がいる。
 「浩平、この花は、何処におけばいいのかな?」
 長森と、繭が、たくさんの花を抱えている。
 「かしてくれ」
 それは、俺は、丁寧においた。
 「喜んで、くれるかな・・・」
 「どうだろうな?」
 俺達は、全員で、みさきの墓参りに来ている。俺が、家を出たとき原価の外に、みんながいた。聞くところによるよ、あの時の事を思い出したのは、少し前で、昨夜、夢にみさおが出て、今日が命日と言うことを教えてくれたようだった。
 「そう言えば、ここに来たのは、初めてかもしれないな・・・」
 みさおの墓の場所を由紀子さんに聞いたとき、由紀子さんは少し驚いて、そして嬉しそうにこの場所を教えてくれた。
 「そうなの?」
 長森が、驚いている。
 「確か、葬式の時は、家で泣いていて、お墓まで、行った覚えがない」
 「酷い兄ね!」
 「本当に、そうですね」
  うん、うん
 「つめたいよ・・・」
 七瀬、茜、澪、みさき先輩が、文句を言う。
 「いじめちゃ、駄目だよ・・・」
 繭一人だけが、援護してくれる。
 みんなここにいる。俺は、幸せだと思った。
 「今度からは、まめに来るようにするからな・・・・」
 「浩平のことだから、あまり期待しない方が良いよ」
 「うるさいぞ、長森」
 「ほんとのことです」
 「茜まで・・・」
 「信用ないね、浩平君」
  うん、うん
 「はぁーーー。でも、盆と正月と、命日ぐらいは、来るからな!」
 「期待しないで、待ってる・・・・」
 「みさお?」
 確かに、声が聞こえた。
 「幸せになってね・・・」
 「あぁ。お前の分まで、幸せになってやるよ・・・」

               −おわり−