第7話 −記憶−
膝を抱えて泣いている男の子がいる。それは、遠い昔・・・。私が、死んでから、毎日泣いている男の子・・・。
「お兄ちゃん・・・」
その子のそばで、ずっと名前を呼んでいるのに、お兄ちゃんは返事をしてくれなかった。悲しかった・・・。
「お兄ちゃんが、元気になってくれて、私は嬉しかったんだよ」
私の周りには、お兄ちゃんと関わり深い6人のお姉ちゃん達がいる。
「学校はね、いくつもの出会いと別れを見ているから、多くの思いが集まる場所だから、奇跡が起きる場所だって、ある人が教えてくれたの・・・」
私が死んでから、出会ったその人は、私に色々なことを教えてくれた。その中に、お兄ちゃんのこと、お兄ちゃんに迫っている出来事があった。
「だから、私達は、ここの力を借りて、この場所を作ったの」
いま、いるこの場所は、学校じゃない。限りなく学校に近い場所。仮初めの世界。お兄ちゃんが外に出ようとした瞬間、弾き飛ばされたのではなく、吸い込まれた場所。
「だから、私を案内してくれたんだね」
盲目のお姉ちゃんが、話しかけてきた。
「うん・・・。お姉ちゃんの場合、少しのことで、大変なことになるから・・・。お兄ちゃんの運命を左右するかもしれない人に、怪我でもさせたら、お兄ちゃんに嫌われるから・・・」
「みさおちゃんは、優しいね」
そう言って、私の頭をなでてくれた。ここは、現実とは違う場所。だから、幽霊な私に、直札触ることが出来る。
「ありがとう・・・」
「でも、私達に、何が出来るのですか?」
三つ編みのお姉ちゃんが聞いてきた。
「この場所で、お兄ちゃんはお姉ちゃん達が消えたことで、昔に戻ったの・・・。いつまでも、泣いていたあのころ・・・」
「私に出会う前?」
今度は、優しいお姉ちゃん。
「うん。お兄ちゃんは、あの時、現実から逃げることを選んでしまった・・・」
「浩平は、逃げてないと思うよ。だって、浩平たまに私じゃない誰かを、私に重ねていたけど、それでも、笑ってたもん!!」
「気づいていたの?」
「・・・。認めたく無かったけど、たまにね、浩平が違う人と、私の知らない誰かと、話しているんじゃないかなって、思ったことはあるの。みさおちゃん・・・、妹さんだったんだね」
「うん。でも、お兄ちゃんは、私を忘れてしまった・・・。でも、あの時より、今のお兄ちゃんは強くなったと思うの・・・。だから、お姉ちゃん達で、お兄ちゃんを励まして欲しいの・・・」
「励ます?」
「そう・・・。お姉ちゃん達は、お兄ちゃんの運命を左右する強い心を持った人達なの・・・。だから、今の世界の良さをお兄ちゃんに教えて欲しい・・・。お兄ちゃんが、今の世界から消えてしまわないように・・・」
「消える?」
三つ編みのお姉ちゃんが、呟く。何か知っているみたいだけど、私は気にしないことにした。私の存在は、お兄ちゃんの為だけにあると言っても良いから・・・。冷たいかもしれないけど、他の人に構うだけの、力と、時間が、私にはもう残されていなかった・・・。
「最初は、短気なお姉ちゃんから・・・」
「誰が短気よ!!」
「・・・」
「あんた、えーと、みさおちゃんだっけ?」
「はい・・・」
「やっぱり、あんた、こいつの妹よ。口の悪いところがそっくり!」
そう言いながら、うずくまっているお兄ちゃんの所に移動する。
べし!!
近づくなり、お兄ちゃんの頭をぐーで叩いた。
「いつまで泣いているの!こんなに良い妹に思われているんだから、もっとしっかりしなさい!!」
そう言いながら、短気なお姉ちゃんは泣いていた。
「私が、言えるのは、これだけよ!!」
最後まで、強気で、お兄ちゃんに言う。お兄ちゃんは気づいているのかな?このお姉ちゃんの中にうまれかけた感情があることに・・・。後はお兄ちゃん次第だと思う・・・。
「次は、私だね」
盲目のお姉ちゃんが、お兄ちゃんに近づく。今のお兄ちゃんは、あのころの姿をしている。幼い子供の姿をしたお兄ちゃんの横に立つと、しゃがんで、お兄ちゃんの顔を、その瞳を見つめた。本当は、見えていないはずなのに、正確に、お兄ちゃんの瞳を、捕らえていた。
「泣いてちゃ、駄目だよ・・・。あのね、確かに、辛いことは多いけど、いつか、必ず笑える時が来るんだよ・・・。本当に、辛いけど・・・、でも、今の私は、君のおかげで、結構幸せだよ。友達も増えたし」
リボンのお姉ちゃんが、うんうん、と大きく頷いている。
「いつまでも泣いていると、今度から、浩平ちゃんて、呼ぶよ」
その言葉に、お兄ちゃんは首を振って否定した。
「だったら、元気だそうね・・・。何となくだけど、浩平くんは、強いと思うから、大丈夫だよ・・・。本当に、何となくだけどね」
お兄ちゃんは、気づいているのかな・・・。このお姉ちゃんは、ある一線を越えることを恐れている。大切だから、大好きだから、越えられない線を、自分で作っている。お兄ちゃん次第で、この線を越えることが出来ると、私は思っている・・・。
盲目の先輩が、そばから離れると、小さなお姉ちゃんが、お兄ちゃんに抱きついた。
「・・・繭?」
「みゅーー!!!」
そのお姉ちゃんは、お兄ちゃんに抱きついて、ただ泣いているだけだった。それでも、お兄ちゃんには、そのお姉ちゃんの気持ちが伝わっているみたいだった。
「泣くなよ・・・」
そう言いながら、そのお姉ちゃんの頭に手を置く。
「みゅ?」
「お前も、頑張っているんだもんな・・・」
小さいお姉ちゃんは頑張っている。辛いことを乗り越えて、頑張っている・・・。お兄ちゃんにも見習って欲しい。そして、悲しいのは、お兄ちゃんだけではないということを、知って欲しかった。
「お前は、本当は、強い子なんだよな・・・」
お兄ちゃんが、呟く。
「俺は、強くなったのかな・・・」
その答えが知りたくて、私は今ここにいる。お兄ちゃんが、消えて無くならないために、私が出来ること。それを、確かめるために、もう少し、時間が必要だった・・・。
−−続く−−