人の想い 投稿者: ブラック火消しの風
 カシャッ
浩平はベッドから出てカーテンをあけた。
朝にしては暗い・・今日は雨が降っていた。
しばらく外を眺めてから学校に行く準備をした。
準備を終え玄関を出て傘をさして2、3歩、歩いたところで遠くから
長森の姿が見えた。浩平は長森の歩いている姿を止まったまま黙視していた。
ある程度浩平と長森の距離が近づいたところでお互い目があった。
・・・・・・・
長森は、?という顔をしてかるく会釈をして通り過ぎていった。

浩平「それでいいんだ、お前のために。」

浩平は自分の存在がうすくなっていることにうすうす気づいていたが
今、ここではっきり認識した。そして消えることが近いことも・・・

浩平「さて、行くか。」

浩平は学校に向かった。
学校につき下駄箱に茜の姿があった。浩平はいつも通り挨拶をする。

浩平「おはよう。」

茜から帰ってくる反応は予想を裏切った。

茜「・・・・・おはようございます。・・・・浩平?」
浩平「・・・まだ、おぼえていたか。」
茜「なんですか?」
浩平「いや、一瞬、考えていたから、茜。」
茜「はい。一瞬あなたを忘れてました。」
浩平「そうか・・・もう俺、行くぜ。」
茜「はい。お先にどうぞ。」

浩平はさっさと教室に向かう。
そして茜は足を止め考えていた。

茜「この感じ、前にもありました。浩平、あなた・・・」

茜は独り言をつぶやいたあと静かに教室に向かった。
クラスの生徒が全員あつまり授業が始まる。
退屈な授業が一つ、また一つと終わりいつの間にか今日の授業がすべて
終了していた。今までこんなに授業を早く感じたことがあっただろうかと
思わせるくらい時間は早く過ぎていた。
茜は帰りの仕度をしている長森にゆっくりと近づいた。
瑞佳は目の前に人の気配を感じ顔を目の前の人物にむける。
数秒向き合うと茜が喋りかけた。

茜「長森さん、話があります。少しつき合ってもらえませんか?」
瑞佳「・・うん、別にいいよ。」

茜と瑞佳は屋上に移動してしばらく沈黙が続く中、瑞佳が先に口を開いた。

瑞佳「里村さん、お話って、何?」
茜「・・・浩平の、ことです。」
瑞佳「浩・平?・誰?・・」
茜「本当に忘れてしまったのですか?」

瑞佳は屋上のフェンスまで歩き後ろ向きで答えた。

瑞佳「本当に・・本当に、忘れたいよ。」
茜「長森さん?」
瑞佳「数日前から私の中の折原浩平という人物の記憶がうすくなっていくの。
   でも次の日会えば、こんなことが消えると思っていた。だけど、いつも
   会えなくて、今朝も話すことができたのに・・・」

瑞佳の頬から涙がつたってきた。

瑞佳「でも・・・話せなかった。そして・・・話しかけてくれなかった。」
茜「長森さん・・・浩平はあなたのことを思ってわざと話しかけなかったと
  思います。それが浩平のやさしさだったんだと思います。」
瑞佳「なんで、そう思うの?」
茜「浩平はこの世界から歴史上から抹消されるからです。つまりはじめから
  この世界に存在しない人間になるから・・・だからそのときあなたに
  浩平の思い出を残しておきたくなかったんじゃないですか?」

瑞佳はポケットからハンカチを取り出して自分の涙を拭き茜の方へ体を向けた。
そして悲しい表情で口を開いた。

瑞佳「私は、浩平の一番の人間でいたいから、・・・だから、
   忘れるよ。浩平のこと。あったときから今までをすべて。
   それが浩平の望むことなら・・・」

茜は何かを思い出すように考え、そして話した。

茜「そうですか・・・一つだけ言っておきます。好きな人の望みを
  すべて受け入れることが自分の幸せとは限りません。
  そのことをよく考えて、結論を出してください。」

茜はくるっと後ろを向き歩き出した。しかし、屋上の出口の少し前で
瑞佳が呼び止めた。

瑞佳「里村さん!」
茜「はい?」
瑞佳「なんでそのことを?」
茜「・・・私も・・私も、似たようなことがあったからです。」

茜は再び瑞佳の方を向いて言った。

茜「そして、私も、・・・浩平のことが好きだから。」
瑞佳「!?里村さん・・・」

それを言うと茜は屋上を後にした。
一時やんでいた雨が再び降り始める。まるで茜の想いが
泣いているかのように・・・




ブラック火消しの風「読んでくれた方々、ありがとうございます。また、迷惑で
          なければ読んでください。」