みゅーが帰ってくる日3 投稿者: ひろやん
どちらを選んだのですか?
・そうする
・いつも通りの通学路をゆく

  最終話「『ミュウ』が帰ってくる日」

 繭ちゃんはミュウと一緒に外で遊ぶことが多くなった。もちろん学校には行く気配すら見せない。
 彼は出張が長引いてまだ帰ってこない。だから今は、この家には本当に私と繭ちゃん(とミュウ)しかいない。
―おかあさんはいつ帰ってくるの―
 最初から無理だと思っていたし、時間が経つほど限界を感じていた。でも、私がいるそばで言った繭ちゃんのあの言葉は、まだ残っていた私のわずかな希望もあっけなく崩してしまった。
 どうやって彼女と接していけばいいんだろう。それが分からないまま、繭ちゃんの方がこの家を出て外に遊びに行くようになってしまった。
 なんだか全てが悪循環しているみたいだ。

 雨の日は嫌いだ。嫌なことばかり起こるから。
 その日も雨だった。12月の冷たい雨の中、あの子とミュウはそれでも外に遊びに行った。傘を持っていったとはいえ、やはり行かせるべきで無かったとすぐに後悔した。その二人が遊ぶのに、傘をさして行儀良く遊ぶわけがない。
 探しに出たのはいいが、普段ほったらかしにしている証拠に、あの子達がどこで遊んでいるのかも分からない。公園を中心に近所をしらみつぶしに探す。たとえ母親と思われてなくても、なれなくても、このくらいの心配はするし、させて欲しい。
「繭ちゃん!ミュウ!」
 結局見つけたのは最後にまわった公園だった。案の定濡れてしまっている二人を自分の傘の中に入れる。
「風邪ひくから、帰ろ」
 私が来て驚いていた繭ちゃんだけど、素直に言うことを聞いてくれた。そんな事で嬉しかったりするけど、もっと早くここに来ていれば、そんなに濡れなくてすんだのにと思うとちょっと辛かった。
 大きい公園だけど、少し高台にあるので繭ちゃんは行かないだろうと最初の候補から外してあった。ここは木や花や自然の多い公園だ。ミュウが喜ぶと思ってここに来ていたのだろうか、この子は。全く、やっぱり母親失格だ…。

「みゅーが!みゅーが!」
 朝、私はなんと繭ちゃんに起こされた。でも、それは私が待ち望んでいたものではなく、ミュウの様子がおかしいからだった。
「ミュウ、どうしたの?」
 ケージの中で明らかに体の異変を訴えているミュウ。いつものように寝ているわけではない。元気がなくて動けないのだ。
「みゅー!みゅー!」
 繭ちゃんの呼びかけにも答えることが出来ない。これは私達じゃどうすることも出来ない。
「お医者さんに見せましょ」

 その日の夜、ミュウは静かに息を引き取った。
「ただの風邪ですが…このフェレットももうだいぶ年のようですから、寿命と思う覚悟もしておいてください」
 親切な獣医さんは私にだけこう教えてくれた。
 どうしてそんな事言うんだ、と思った。そんな事言われたら、ミュウが助かる可能性を信じられなくなる。たとえ絶望的であっても、こんなときは奇跡を信じたいのに。
 そんな覚悟をすでにしていた私だから、ミュウが死んでも意外と落ち着いていられた。けど、それじゃミュウやミュウを一生懸命看病していた繭ちゃんが可哀想だ。
「ミュウは、死んだの」
 まだミュウの生存と回復を信じている繭ちゃんにこんなにも簡単に現実を言うことが出来る。こんなこと私の口から言いたくないのに。
 何を言っているのか分からないという顔で繭ちゃんが私を見る。悲しい目。その目から逃げるように私はもう一度言った。
「ミュウは、死んだの。明日、お墓を掘って埋めてあげなくちゃ」
 繭ちゃんはやっぱり分からないといった感じで「みゅーみゅー」とまだ呼びつづけた。私は、そんな彼女の声を遮るように、ミュウの体をせめてこれ以上冷たくならないようにとマフラーで包んだ。

 その日、ミュウの夢を見た。内容は覚えていない。

 翌朝、ミュウのお墓を作らなくてはと早く目が覚めた。
 しかし、昨夜マフラーで包んだミュウの体はマフラーごと無くなっていた。そして、繭ちゃんの姿も。繭ちゃんはミュウが死んだということを認識していなかった。もしかしたら、いつものようにミュウを連れて外に遊びに行ったつもりじゃ…。

「裏山通っていこうか?」「裏山?どうして?」「ほら、前に通ったときは急いでたけど、ゆっくり歩いてみたいよ」「そうか?」「うん、そうしようよ」
「いや・・・いつも通りにいこう。先週雨降ったばかりだからな。足場が悪いぞ」

 先日繭ちゃん達がいた公園に今度は真っ先に向かった。途中、近くの高校の制服を着たカップルとすれ違った。彼らに繭ちゃんを見かけたかどうか聞こうかと思ったけどやめた。
「繭ちゃーん!」
 公園に入り、中をくまなく探す。いない。そんな…。
 そのとき、さっきの高校生達の会話を思い出した。たしか、この丘の向こうに高校があった。そして、そこに抜けるための道が…あ、あった。
 私は迷わずその道に入った。舗装などはされていないけど、よく生徒達がこの道を通るのだろう、ケモノ道のような道ができていた。そして、少し道を進んだところに、見覚えのある小さな後姿を見つけた。
 
ざくっ・・・ざくっ・・・
 小さな木切れが地面に刺さっては土を少しだけ掘り起こす。繭ちゃんは、ミュウのお墓を掘っていた。やっぱり私は彼女のことを何も分かっていない。繭ちゃんは、しっかりとミュウの死を認識していたではないか。
「ここをミュウのお墓にするの?」
 なるべく優しく声をかけたつもりだ。繭ちゃんは驚いた様子もなく微かに首を縦に動かした。
「穴はもういいから、埋めてあげよう」
 繭ちゃんの穴を掘る手を止めて、傍らに置いてあったマフラーの包みからミュウの体を取り出す。その白い毛は確かにミュウのものだけど、その体はもう重みと弾みを失っていた。さすがに繭ちゃんもミュウの姿を見て体を震わした。
 私は丁寧にミュウの体を穴の中央に置いて、土をそろりそろりとかけていった。土をかけるたびにミュウに懺悔をしながら。
「みゅー、みゅーっ」
 突然、繭ちゃんが泣き叫んでミュウの体を拾い上げた。
「みゅーーっ、みゅーーーっ」
 まだミュウの死を受け入れられないのだろうか。泣きながら一生懸命ミュウに呼びかける。

 この子はどうするのだろう。学校にも行かず、親もいないも同然。唯一の友達であったミュウが死んで、この子は一体どうするのだろう。
 私は、どうするのだろう。この子のために何をすればいい?何ができる?教えて、ミュウ。ミュウ…。
 もしかして、それはものすごく簡単なことなのかもしれない。しかし、それはものすごく難しいことだった。でも、まだ間に合うのであれば…。
 私はバカだ。ミュウが死んでからこんなことに気付くなんて。何が、まだ間に合うのであれば…、だ。でも、ここで何もしなければ、もっとバカだ。

 繭は相変わらずミュウを抱いて泣いていた。私はミュウを抱くその小さな手に自分の手をそっと重ねた。一瞬繭がびくっとする。そして、その悲しい目を私に向ける。でも、私は、そんな繭の痛く悲しい瞳も逃げずに包んでやれると思った。
「ミュウはね、しばらく眠らないといけないの。ミュウは、とっても疲れたから、休ませてあげなくちゃ。ね、繭」
 初めてだろうか。『繭』と直接呼んだのは。
「…みゅー、寝ているの?」
 泣き続けたせいで、かすれてしまった繭の声。
「そうよ、起こしたらかわいそうだから、ゆっくり寝かせてあげましょう。土の中だと安心してよく眠れるから」
「いつになったら起きるの?」
「すぐには無理だけど、1年とか10年とか、もっと先かも」
 繭が手の中のミュウをじっと見る。そして、自分の手でミュウを穴の中に寝かせた。
「また…起きたらまた会いに来てね、みゅー」
 繭がミュウの体に土をかけ始める。
「らいねんのおたんじょーびには会えるかな?」
 繭の言葉に答える代わりに私も手伝って土をかける。 
「それとも…クリスマスかな…」
 土をかける繭の手元に涙がぽとぽとと落ちた。それを見ていた私の目にも涙が浮かんで、ミュウも繭も世界が全て滲んだ。

みゅーが帰ってくる日
それが永遠に来ないことを繭もいつか知るだろう。
そのとき、私は繭の母親になれているだろうか。

ミュウが帰ってくる日
それが永遠に来ないことを私は知っている。
でも…。

ミュウの体が土に隠れ、二人で「おやすみなさい」と言った。

私と繭が母娘になる日
そのとき、
ミュウが帰ってきてくれる、
そんな奇跡を少しだけ、
信じている。

お・わ・り
(ひろやん&光夜じんB)

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これでSS4作目なんですが、全部繭物です。
皆さんのようにもっと一杯書きたいんだけど、全然書けない。
繭だけでもまだまだ書きたいネタがあるのに。

引越しのためしばらくネットにも繋げないので、感想を下さっても読めないかもしれません。
書き逃げみたいな形になりますが、それでもメールなんかで感想もらえると後でも読めるので嬉しいです。
自分は感想も書かずにいて申し訳ないです。