いつもありがとう(後編) 投稿者: 藤井勇気
え〜誰も覚えてないと思いますが、とりあえず後編です。
一応繭のお母さんが主役ですが、繭ママファンの人は見ない方が良いと思います。


300メートルほど走ると、少し小高い丘が見えてくる。
さすがにこの辺りになると町外れと言うこともあり、
 電灯の明かりも届かないまっ暗闇となる。
犯人にとっては好都合なことだろう。
その丘の上に小さな小屋がある。
いつ、誰が、何のためにたてたのかは知らない。
だがその小屋の窓からわずかに漏れる明かりが、この寂れた建物に人気がある
 ことを知らせる。
私の予想はどうやら当たりのようだ。
私は物音をたてないよう慎重に、窓の外から中の様子をうかがった。
部屋はそれほど広くはない。六畳もないだろうか。
隅にソファーが一つ、かなり古びたストーブ(どうやらこれで暖をとっているみたい)
テーブルが一つ、そのテーブルの上に唯一の光源であるランプが置かれている。
そしてその隅にちょこんと座っている……繭がいた。
「繭っ!」
はっと、両手で口を押さえる。
辺りはしんと静まりかえっている。どうやら気づかれなかったようだ。
駄目よここで焦っちゃ……。落ち着かなきゃ。
息を整えもう一度中をのぞき込む。
よく見ると繭は寝ているみたいだ。ぴくりとも動いてないが、
 身代金が目当てだと思うから、まさか殺してはいないと思うけど。
部屋を見回してみるが、繭以外の人の気配は感じない。
 犯人は出かけているのかしら?だったら今がチャンスだ。今の内に繭を。
私は物音をたてないように、素早くドアの前へ行く。鍵……はどうやら壊れているようだ。
慎重に、慎重にドアを開けて中の様子を伺う。
部屋にはやはり繭以外誰もいない。
多分犯人は何か食べ物でも買いに出かけているんだろう。
すぐに繭の元へ駆け寄る。
繭は両手をきつく縛られていた。
「繭っ繭っ」
繭の方を揺さぶって起こそうとする。
「繭っお願いおきてっ」
暫くして、繭の目が半分だけ開いた。
「みゅ……?」
「繭っ!よかった……。本当によかった……」
私は思いきり繭を抱きしめた。繭の体は暖かかった。
「ほえ?」
「繭っ説明は後よ。早くここから逃げなきゃ……」

ゴスッ……!!

「ぐっ……」
何か石でもぶつけられたような鈍い音と、突然の鈍痛。
 それとともに私の意識は急速に薄れていった………。


どれくらい意識を失っていたのだろう……。
気がついたとき、私は繭と同じように両手を縛られ、床に倒れていた。
頭が痛い。ずきずきと痛む。
傷む頭を抑えようにも、両手が縛られていてうまくできない。
「お目覚めかい。勇敢な奥様」
私ははっとして、その声のした方……つまり真上に視線を向ける。
「気分はどうだ?」
私を見下し、そいつ……長髪の男はそう言った。気分なんて良いはずがない、最悪よ……。
「あなたが繭を誘拐したのね?」
真上で笑っている男を私は睨みつける。それに対して男はひょうひょうとした顔で答える。
「その通りだよ、奥さん。俺が俺がそこのガキを誘拐した犯人様だよ」
くっくっくっと、その男は笑い私の顔に近づき下卑た笑いを浮かべる。
「でもよぉ……あんたらの家に電話しても、ず〜と話し中だしよぅ、
 どうしたもんかと思ってたら、あんたがこの小屋に入っていくのをみたって訳よ」
再び嘲笑。この男の顔を見るだけで、胸くそが悪くなる。
「それにしても傑作だよなぁ、娘を助けるつもりが自分まで捕まっちまうなんてよぉ、
 と〜んだお笑いぐさだぜ。なあ、そう思わねえか?嬢ちゃん」
「う〜……」
「ごめんなさいね、繭……」
私はただただ繭に謝るしかなかった。

「さ〜てと、無駄口はこれくらいにして、そろそろ交渉に入りましょうか?」
「交渉?」
私のいぶかしげな表情に、男はにたりと笑う。
「そうさ、俺とあんたの交渉。物はもちろんあのガキだ」
と言って、繭の方を顎で指す。
なんて男だっこれのどこが交渉だっていうの。
繭を誘拐しておいてよくもいけしゃあしゃあと、そんなことが言える。
これでは交渉ではなく恐喝だ。
それに繭は……物じゃないっ!
「おいおい、そんな怖い顔すんなって、あんたが出すもん出してくれりゃ
 無事に帰してやるって」
男は虚空を見上げ少し思案してから、くるりと私の方に顔を向けた。
「とりあえず金は五百万ってところだなぁ」
「五百まんっ!?」
思わず私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
そんな大金とてもじゃないが払えない。いくら主人の稼ぎと貯金をあわせても……
 半分くらいしかないと思う。
「ん〜どうした?『私はそんな大金払えません〜』てな顔してんなぁ〜」
「すぐには……すぐにはお金はそろえられません。主人が出張しているし……」
「なら電話でも何でもして、すぐに呼び戻しな」
「そんな無茶なっ」
男は肩をすくませ軽くため息を一つつくと、つかつかと繭の前へ歩み寄った。
「だったらしゃぁ〜ねぇ〜なぁ〜かわいそうだがこのお嬢ちゃんの可愛い指を
 二、三本あんたの旦那のところに送ってやっか。
 そしたら旦那さん、一目散にかえってくるぜぇ」
「みゅ〜……」
いつの間に出したのか男がサバイバルナイフを一振り取り出す。
「うぐぅ……ひぐっ……」
「へっいいねぇその表情、今まで何人も殺って来たがこの瞬間が
 一番たまんねえなぁ」

「やめてぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!!!!」
私は叫ぶと同時に、男の背中に体当たりをかけた。

「ぐあっ!」
不意の一撃に、男がバランスを崩し前のめりに倒れる。
「繭っ今の内に早く逃げるのよっ」
「うぐぅ〜……」
「繭っお母さんの言うことを聞いてっあなただけでも逃げてっ」
「……じゃないもぅん……」
「繭?」
「……あんたなんか……おかあさんじゃないもうぅん……」
「まっ繭っ!?」
一瞬、私の頭にあの夢の映像がよみがえる。
あの暗く冷たい空間の中、私から遠ざかっていく繭の言った言葉……。
あの夢と全く同じ台詞を繭は……私に言った……。

「く、くくく……こいつぁまたまた傑作だ。今度は自分の娘に母親じゃないと言わ
 れちまった。悲しいよなぁ、可愛い娘にそんなこと言われちゃ悲しいよなぁ」
「……」
男は汚れた服をぱんぱんとはたいて、落としたナイフを拾い上げる。
「しっかし足も縛っておくべきだったなぁ。ま、あんたがここに来たこと事態
 予想外なんだがなぁ」
「……」
「ああん?何とか言ったらどうなんだぁ………このクソアマァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!!!!!」
いきなりの怒声とともに、男の右足が私の脇腹を強打した。
「あぐっ……」
返す足で今度は私の顔を蹴り上げる。
「がっ……」

後は……殴る蹴るの連打、連打、連打だった……。

「はあ……はあ……ど、どうだぁ思い知ったか」
「ぐ……う……」
もうろうとする意識の中、それでも私は起きあがろうとする。
口いっぱいに鉄の味が広がり、口の端しから血が流れ出る。
「どうしたぁ?もう喋る元気もないのかぁ」
「……」
無言で男を睨み付ける。
「それとも、あの嬢ちゃんにあんなこと言われて落ち込んじゃってるのかなぁん」
男が相変わらずの調子で私を小馬鹿にする。

「かわい……そうな人……」
痛む腹を抑えながら私は静かに立ち上がった。
「なにぃ……?今なんつったぁ?」
「可哀想な人って言ったの……」
男の目には、明らかに殺意の色が見える。
だが私は物怖じせず、男の目をまっすぐに見返し、言葉を続けた。
「ただつまらない欲望のために、どれだけの人を殺めてきたの?、
 ただ自己満足の為だけに、人の幸せを踏みにじってきたの?
 ……可哀想な人。自分の心の弱さが原因だとも知らないで……」
「このっいい加減にっ……」

「う……うぐ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっっ」
突然の大音響。私のすぐそばにいた繭が、堰を切ったように泣き出したのだ。
「うわあぁぁぁぁぁーーーーーーーーーんっ……………」
繭……。こんな状況なんだ、今まで泣かなかったのが不思議なぐらいだろう。
「くそガキがっ!!!」
私に向けられていた男の視線が横の……つまり繭の方に向かう。
いけないっこのままじゃ繭がっ。

「うるせえんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっっ!!!!」
「まゆーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっっ!!!!」

ズンッッッ…………。

「うっ……はあっ……」
体が……熱い……。そして激しい嘔吐感。もやがかかったように頭がくらくらする。
「こいつっ!?」
「ひぐ……ふえ……?」
私の肩には……男の振り下ろしたナイフが深々と……突き刺さっていた……。
さっきの状況で繭を助けるには、これしか方法がないと思ったから……。
「く……うっ!……はあ……はあ……」
だ、駄目だ……これ以上は……もた……ない……。
「みゅ、みゅっ〜……」
私の下に隠れるように繭がいる。何とか繭を庇えたけれど……私……駄目かも……。

「ひいっ!こいつっな、何でっ?何でそこまでして……。
 何でっ?なんでぇぇぇぇぇーーーっ!?」
男が驚愕の表情を浮かべ、後ずさる。
男の持っていたナイフは未だに、私の肩に刺さったままだ。
もうこの男に先程の殺意は感じられない。
明らかに男は戦意を喪失していた。
「どうして……どうしてっ……?」
何度もうわごとのように呟き、そして……。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっっ……………」
叫び声をあげて、小屋を飛び出していってしまった。
今だ……今しかない……。逃げるなら今しか……。
私は力を振り絞って立ち上がろうとする。だが……。
「あぐっ……」
足が……足が全く動かない……。ピクリとも動かない。
「みゅ〜……」
繭が心配そうに私をみる。
私は痛みで苦痛にゆがむ顔を、無理矢理笑顔に取り繕う。
「だ、大丈夫よ繭……。それより早く逃げなさい……。あの男がいないうちに……」
「みゅ〜」
「私……?私は大丈夫……。一緒にはいけないけど……すぐに追いかけるから……」
「う〜……」
「いいから……はや……ぐっ……はやく……にげ……て」
急速に私の意識が遠ざかる。もう……限界か……。
私は……そのまま意識を失った……。

「おかあさんっ……………!!!」





白い……。白い空間……。存在する物すべてが、汚れ無き純白の空間。

ざわざわ…………。

ここって……天国……?ふうん……天国ってこんな感じなんだ……
 ちょっと騒がしいけど……。
それにしても私……死んじゃったんだ……。
ふう……まだ若いのに……美人薄命って、あれ本当ね……。

がやがや…………。

何だか……さっきからうるさい……。もう、静かにしてよ……。私、死人なのよ……。

ざわざわ…………。

そりゃあ、繭のことも気にかかるけど……でも……やっぱり私じゃ……。

がやがや…………。

あーもうっうるさい!一体何の音?真っ白で何も見えなくって……そうか目を
 閉じてたからだ。私ったら何やってるんだろう。
私は静かに目を開けた……。そしてその視界に入ってきたのは……。

「おかあさんっ!!」

繭の泣きはらした顔だった…………。





ぐつぐつ……ぐつぐつ……。

みそ汁の沸騰する音が、辺りに響く。同時に食欲をそそられる匂いもたちこめる。
手にしたお玉で、みそ汁を掬い味見をしてみる。
「うん。上出来ね♪」
今朝のみそ汁は良くできた。92点ぐらいはつけても良いかもしれない。

何気ない朝の風景。いつも通りに起きて、いつも通りに朝食を作る。
でも、何かが違う。何かが変わった。
「あら、繭。おはよう」
「うんっおはよう」
そう……何かが変わった……。

あの後、私が気を失ってから、すぐに警察が駆けつけて私たちをたすけてくれたらしい。
逃げた犯人も、その途中で捕まったようで、めでたく事件解決となったようである。
ちなみに警察に連絡してくれたのは、折原さんだった。

「びっくりしたぜ。長森と一緒にいってみりゃ、家はもぬけの空。
 テレビはつけっぱなしだわ、受話器は床に転がってるわで、
 何事かと思ったもんな」

と、これは折原さんの証言。はぅ〜…恥ずかしい……。
それから私は病院へ急行。幸い肩のけがも大事には至らなかった。
それまでの間、繭はずっと私の傍らにいてくれたらしい。
瑞佳さんが話してくれたが、どうやら繭はずっ『ごめんね、おかあさん』と、
 言い続けていたみたいだ。

できあがったみそ汁を、お椀に注ぐ。料理をお盆に乗せて、居間へと持っていく。
入院も数日だけで、今ではすっかりと元の体調を取り戻した。

「いただきます」
「いただきます」

二人で挨拶を済ませ箸に手を着ける。
「ほら、繭。おかわりあるから、おみそ汁どんどん飲んで良いわよ」
私は豆腐のみそ汁を繭に勧める。
「うん……」
ずず〜と繭がみそ汁を飲む。
「ほら、繭。このお芋の煮っ転がしも美味しいから、食べてみなさい」
「うん……」
ぱくぱくと繭が煮っ転がしを食べる。
「ほら、繭……」
「おかあさん……」
繭の制止の声。
「ん?何、繭」
繭の制止は別に私が、どんどんおかずを進めるからではない。
なぜだかそう確信が持てた。
「あのね……あの……」
もじもじと、繭が両手を前に持って、指を交差する。その仕草がとても可愛らしい。
繭のそばには、昨日私がプレゼントした、毛糸の手袋がおいてある。
入院中にこっそりと私が編んだのだ。さすがに看護婦さんに見つかったときは、
 大目玉を食らってしまったけれど……。

「何かな〜?繭」
繭の言いたいことが、何となく解った。
だから私はわざととぼけたひょえじょうをして、繭が言うのを待っている。

「あのね……おかあさん……」
繭が意を決して私をみる。
私は今の今まで、ずっとこの言葉を待っていたのかもしれない。
私が言わせるのでなく、この娘が自分の意志で言ってくれるのを……。
私はいつのまにか笑っていた。
ごく自然に……我が子を見守るように……。


「いつも……ありがとう……」



ああーっすいません、すいません。
やっぱ書かなきゃよかったーーーーーーっ!!!
こうゆう話って、ある意味卑怯だと思ったんですけど、ほかに思い浮かばず
 結局この話になってしまいました。
これ見てお気を悪くした方がいましたら、謝ります。すいません。
何か矛盾してるところもあると思いますが、そこら辺もご了承ください。

とりあえず感想をば……。

GOMIMUSIさん
>ONE of the Daydreamers
おおっ!こうぐぐっとくる感じの予告編ですね。かっこいー♪

OZさん
>永遠の盟約
うう〜みずかが可愛すぎる。
こうゆう話を書いてみたいなあ。
瑞佳との新たな盟約を結ぶというのも良いんですが、
 それでみずかの存在が消えてしまうというのも、可哀想な気になってきました。

偽善者Zさん
>我が輩はハムスターである
茜のことだからハムスターにあげるご飯は、ワッフルだとか甘い物ばかりだったりして、
それでハムスターが太っていって、主様みたいに大きくなっちゃったりして(大げさ)
うう……去年死んじゃった家のハムスターのこと思いだしちまったよ。

しーどーりーふさん
>『雨』の歌詞
何で皆さん、こんなに歌詞作るのうまいんだろう、つくづく感心しちゃいます。
しーどりーふさん、どうせだったら繭のお母さんWEEKにしてくれーっ
 と、言うかして下さい。

兎に角これで肩の荷が下りたって感じかな?
それでは!