いつもありがとう(中編) 投稿者:藤井勇気

寒い…。体が冷たい。震える体を両手で抱きしめる。
はっと、意識が戻る。最初に目に入ってきたのは、居間の天井だった。
そっか、寝ちゃったんだ私…。ぼ〜とする頭を振って辺りを見回す。
体が驚くほど冷たかった。十二月なんだ、何もかけずにいたんだから当然かな。
寝室からカーディガンを持ってきて羽織る。
今何時だろう?テレビの上にある時計をみてみた。

四時十五分…。
やだ、こんな時間まで寝てたの!夕飯の買い出しにいかなくっちゃ。
あわてて身支度を済ませようと、廊下を出ようとして、ふと気がついた。
そういえば、繭は帰ってきたかしら?この時間なら帰ってきても言い頃だと思うけど…。
 寝てる間に帰ってきたのかしら。

「繭ー帰ってきたのー?」
二階へ続く階段に向かって、呼びかける。
だが返事は帰ってこない。今度は下駄箱を調べる。帰っていれば靴があるはずだ。
だが繭の靴は見つからない。あるのは私のだけだ。
折原さん達と遊んでいるのかしら?悩んでいてもしょうがない。
早く買い出しにいかないと、売り切れてしまう。今日はお肉の特売日だったっけ。
多少の不安を残しつつも、私は身支度を済ませ戸締まりをする。
繭には一応合い鍵を持たせてあるので、大丈夫だろう。
そして私は、近くのスーパーへ買い物に出かけた。

カンッカンッカンッ…。サンダルとアスファルトの打ち付け合う音が暗い夜道に響く。
時刻は五時二十三分…。ずいぶんと遅くなってしまった。
繭おなか空かしているかしら。
私は買い物袋を両手に下げ、駆け足で帰路に着く。
今夜の料理は手作りハンバーグにしようと思い、
 肉やタマネギその他諸々の材料を買ってきた。
テリヤキバーガーとまではいかないけれど、私なりに何とか頑張ってみようと思う。
繭、喜んでくれると良いな…。
あたりはすでに真っ暗になっており、街灯の明かりが夜道を照らす。
いい加減繭も帰っていることだろう。
あっという間に家につき、ドアノブに手をかける。

ガチャガチャ…。
あれ?鍵がかかってる。いぶかしく想いながらも鍵を外す。
家の中は人のいる気配が感じられない。下駄箱にも繭の靴は見つからない。
私は台所に買い物袋をおくと、とりあえず今に腰掛け、繭の帰りを待ってみた。

時刻は六時…。
繭は、未だに帰ってくる気配はない…。遅い。いくら何でも遅すぎる。
何か、あったのかしら?迷子にでもなったのかしら?それとも…。
私の頭の中で悪い方悪い方へと考えが言ってしまう。
こうして入られない。私は勢いよく立ち上がると、そばにある電話機に手をかける。
受話器を取り傍らのメモをに目を移す。
え〜と瑞佳さんの電話番号はと…。
メモをみながら一つ一つダイヤルをプッシュする。
もしもの時を考えて、折原さんと瑞佳さんの電話番号は教えてもらっていたのだ。

プルルルルル……プルルルルル……。

呼び出し音が受話器の向こうから聞こえる。繭、いてくれると良いんだけど…。
プルル…ガチャッ。三回目途中の呼び出し音でつながった。

「はい、長森です」
「あの、夜分遅く失礼します。私椎名繭の母親ですけど、
 長森瑞佳さんはおりますでしょうか?」
「繭のお母さんですか、どうしたんです?何かご用ですか?」
「あ、瑞佳さんだったんだ。あのね、今瑞佳さんのところに繭がきていないかしら?」
「繭ですか?いいえ来ていませんけど…」
「そう…だったらいいの。こんな夜遅くに電話してごめんなさいね」
「い、いえ、別にかまいませんけど」
「それじゃあ…」
チン。

受話器を電話機に置く。と、同時にすぐさま受話器をもう一度取る。
今度は折原さんの家に…。
メモをみながらダイヤルをプッシュする。

プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……。

こういうときは数秒間の時間さえも、じれったく感じる。
プルルルル…ガチャ。今度は四回目途中でつながった。
「もしもし、折原ですが」
「あのっ折原さん?今そっちに繭が来ていないっ?」
「は?椎名のおばさんですか?」
「あ、ごめんなさい私ったら…ちょっと慌ててて…」
あう〜恥ずかしい…。
「椎名がどうかしたんですか?」
「あ、そうなの。今折原さんのところに繭が来ていないかしら?」
「いや、来てませんけど椎名とは長森と一緒に校門前で別れたきりですから、
 てっきり帰ったものかと」
嘘。じゃあ繭はいったいどこへ…?
「叔母さんっしいなに何かあったんですかっ?」
受話器越しから聞こえてくる折原さんの声。
でも今の私の耳には、その言葉は届かない。
もう頭の中は繭のことでいっぱいだった。どこ言っちゃ他のよ繭…。

「…番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします」
テレビの音さえも今の私には遠く聞こえる。
「今は言った情報によると、◯◯市付近に指名手配中の、
 幼女誘拐犯が現れたとの情報が入りました」
◯◯市ってここじゃなかったっけ…?
「年齢は二十代後半。全身を黒いコートと黒い帽子で覆っており、
 黒ずくめの格好をしているとのことです」
「……」
「反抗はいずれも残虐きわまりないもので、幼い子供を誘拐しては、
その親に身代金請求の電話をかけ、少しでも遅れた場合には、
 誘拐した子供をバラバラにして送りつけるという、
 非道な行為を行うとのことです。今までの事件で犠牲になった子供は、
 十人以上にも上ると…」

ガタンッ…。

受話器が大きな音を立てて、足下に転がる。手が震えていた…。
手だけじゃない、肩も、足も、体中が震えている。顔が蒼白になるのが解る。
歯ががちがちと鳴った。
今だ帰ってこない繭。そしてテレビのニュース。
あまりといえばあまりにも安直すぎる考えだったと、言えただろう。
…繭は誘拐されたんだ…。もうそれしか結論に結びつかなかった。
「繭っ!」
私は駆け出した。一目散に玄関をくぐり、外にでる。
「たしか、折原さん達の学校はこっちだったはず…」
とりあえず探して…探してみるしかないっ。
あまりといえばあまりにも軽率すぎる行動だと思う。
せめて警察に捜索願を出しておけば、よかったかもしれない。
でもそのときの私には、まともな思考を持ち合わせるほど冷静ではなかった。
「繭っ無事でいてっ」
私はカーディガンを羽織るのも忘れ、夜の街道へ姿を消した。
後に残ったのは、つけっぱなし之蛍光灯とテレビ。
そして開けっ放しの玄関と、受話器から聞こえてくる折原さんの声だけが残った…。

「はあ…はあ…」
もうどれくらい探し回っただろう。私は痛む足を押さえ息を整えた。
足が棒のように動かない。まるで自分の足ではないみたいだ。
家を出てからずっと走りっぱなしだったんだ、無理もないか。
かじかんだ手に息を吹きかけ暖める。寒さのため手も顔も真っ赤になっていた。
「…繭。どこいっちゃったのよう…」
私は寒さと不安の板挟みに疲れ、その場にへたり込む。
夜の冷気はそんな私にも容赦なく吹き付ける。それがよけいに私を惨めにする。
もう…どうでもよくなって来ちゃった…。
何で私がこんな思いをしなくちゃならないのかしら。
このまま家に帰って、温かいスープでも飲んで、
後は警察にでも連絡しておけばいいじゃない。
そうよだって繭は、あの娘は…。

「あんたなんか…おかあさんじゃないもぅん…」

…そう、私の実の娘ではないのだから…。
私はすっと力無く立ち上がる。家に…帰ろう…。
もしかしたら繭が帰ってるかもしれない。そう決めて思い足を引きずるように歩く。

コツン…。
ん?何かしら。歩きだそうとした足に何かが当たった。
私はその何かを拾ってみる。
「くつ…?」
私の足に当たったそれは白いスニーカーだった。
片っぽしか落ちてないようだったが、まだ新しいもののようだ。
あれ?このスニーカーどっかでみたような…。

(行ってらっしゃい繭。気をつけていくのよ)
(うん…)

突然私の脳裏に、朝の光景が浮かぶ。間違いないこれは繭が履いていた靴だわ。
じゃあ、繭はこの近くで?。
靴を持った手が小刻みに震える。
馬鹿だ。馬鹿だわ私っあんな…あんな事考えるなんて…いくら実の娘じゃ
 ないからって、あんなこと…馬鹿だ…。

(椎名を…いや繭さんを俺達の学校に通わせてもらえないでしょうか?)
(…でも、そんなことができるんですか?それにご迷惑かとも思いますし…)
(いえっ私たちの方は全っ然大丈夫ですから。
 それに繭ちゃんも、いきたがっているみたいですし)
(うんっいきたい…)
(でも、やっぱり…)
(おばさん。今のままじゃ子の娘はずっと自分の殻に閉じこもってしまう。
 それはあなたが一番よくわかっているはずだ。
 そして子の娘は今、親友の死をきっかけに自分の殻を破ろうとしている)
(……)
(俺はその手助けがしたい。こいつの力になってあげたいんだっ。
 …だからお願いします)
(私からもお願いします。このままじゃあ繭が可哀想です)
(そんな…お二人とも)
(みゅ〜…)
(繭…。解りました折原さん、長森さん。繭をよろしくお願いします)
(本当ですかっありがとうございます。よかったね浩平)
(ああ…)

馬鹿だ…馬鹿だわ私…。何が保護しゃっよなにが母親よっ
 私…何一つ繭に母親らしいこと何かしてない。
あげくに折原さん達に繭を押しつけて自分だけ逃げようとしていた。
なんて馬鹿なの私は…。
血の気の引いた顔に、暖かいものが流れる。涙…。
でもその涙は悲しみの涙。後悔の涙。そして自分自身に対する罪の涙…。
だが、私は両手で涙をぬぐい取り、毅然とした顔を上げる。
泣いて何かいられない。後悔なんか、謝罪なんか、後でいくらでもできる。
今は繭を探す。それが、今私があの娘にできる唯一のこと…。
椎名繭の母親としてできること。
両手でぎゅっとスニーカーを握りしめて、辺りを見回す。
確かこの先にしばらく使われていない小屋があったはず、もしかしたら…。
私は足をかばいながらも駆け足で、その小屋がある場所へと向かった。

「まってて繭っ今お母さんが助けにいくからっ」



うう〜無意味に長くなってしまいました。すみません。
感想いきますその2

よもすえさん
>トップページリニューアル記念
さりげなく同棲のネタも入っているところが良いと思いました。
椎名澪面白かったです。『みお〜なの』
>ガ・ン・バ・レ・!
同棲のキャラをうまく使いますね〜うらやましいです。

11番目の猫さん
>七瀬トップ記念SSその1
ファンタジーものですね。浩平の職業が盗賊+遊び人というのが笑えます。
>七瀬トップ記念SSその2
うう…ええ話や…。僕の七瀬SSとは比べものにならないです〜。

まてつやさん
>茜シナリオif
詩子シナリオも良さそうだけど、繭のお母さんシナリオあったらなぁ…。
>茜シナリオif2〜目覚まし時計〜
浩平哀れです。哀れすぎます(涙)
>カラオーケストラ
窓ぶち破って二階から飛び降りたって言うのも、
 七瀬らしいというか何というか…。

偽善者Zさん
>浩平旅行記98夏
始め格闘ネタできたと思ったら、最後はみさき先輩で
 びしっと決めましたね。ほのぼのします。
>おでかけ!
澪健気です〜。やっぱり料理教室でも包丁振り回してるのだろうか。


それでは。