いつもありがとう(前編) 投稿者:藤井勇気

私にとって繭とは、どのような存在なのだろう?
決まっている。私にとって繭は、あの人の娘。
たとえ血のつながりがないにせよ、繭は私の娘。
私にとってかけがえのない大切な娘。

繭にとって私はどのような存在なのだろう?
母親…。そう、繭にとって私は母親という存在。少なくとも私はそう思っている…。
しかし…繭が私のことを一度たりとも『おかあさん』と呼んでくれたことは…無い…。

繭にとって私は、母親でも何でない、ただの他人なの?
繭は私のこと、嫌い…なの…?

「繭っ!繭ったら!」
暗い、暗い空間。一寸先も見通せないような闇の中、私の前から繭が、
 ゆっくりと遠ざかっていく。
すべてが黒一色に覆われている空間。自分の手も、足も、顔も見えないほどの暗闇。
その中で繭の姿だけが、明確に浮かび上がっている。
まるでこの暗闇の主でもある私から逃れるかのように、繭が遠ざかっていく。
「どこへ行くの繭っ!」
あわてて連れ戻そうと、繭のいる方へ駆け寄ろうとする。
だが、足が思うように動かない。足かせでもかけられているかのように、前に進めない。
「どうして…」
どんなに手足をもがいても、決して前には進まない。私はたまらず繭の名を叫ぶ。
「繭っ!繭っ!お願いお母さんのところへ戻ってきてっ!!」
私の必死の呼びかけに答えてくれたのか、繭の歩みがぴたりと止まる。
そして静かに私の方へ振り向く。
私は安堵のため息をもらした。よかった繭は私のこと…。
しかし、次の繭の発した言葉に、私の心は粉々に崩されるのだった…。

「あんたなんか…おかあさんじゃないもぅん…」

「!」
私はものすごい勢いで、掛け布団とともに上半身を起こした。
「夢…?」
荒い呼吸を整えながら、胸に手を当て、今おかれている
 自分の状況を整理しようとする。
汗でまとわりついた前髪をうっとうしく払う。
肌にまとわりついた寝間着が気持ち悪い。気分は最悪だった。
「また…あの夢なの…」
まだ薄暗い天井を見上げながら、ぽつりとつぶやく。
あの夢…。繭が私をおいてどこかへいってしまう夢。
私を…母親じゃないといってしまう…夢。ここのところ毎晩みる。
「疲れてるのかな、私…」
小さなため息とともにうなだれる。
わかっている。繭が私のことを母親と認めてくれては、いないというものを。
でも私にはたとえ義理の母親と言えど、繭を見守り育てる権利と義務がある。
でもそんな上辺だけのことじゃない。私は繭を本当の娘として愛し、大切に思っている。
その気持ちに嘘偽りはない。

でも…でもたとえ夢でも繭にあんな事いわれたら、正直落ち込んでしまう…。
もしこの夢が現実になったとしたら…私は正気でいられるだろうか?
「あーもうっだめだめ、弱気になっちゃ」
無理に大声を出して、ぶんぶんと首を横に振る。
母親の私が弱気になってどうするのよ。
こんな調子だから、繭が心を開いてくれないのよ。もっとしっかりしなきゃ。
棚におかれた時計を寝ぼけ眼の瞳で、時刻を確かめる。

七時十一分…。
そろそろ起きてご飯の支度をしないと、遅れちゃうわね。
だるい体を何とか起こし、ベットを降りる。
体が異様にだるい…。あの夢を見た後はいつもそうだった。

ベッドは人二人分は楽々と収まる、ダブルベッドである。
前は主人と二人でよく寄り添って寝たものだ。
いつ頃だったろう?最後にあの人と一緒に夜を過ごしたときは…。

私とあの人との出会いは、母の進めたお見合いの席だった。
気さくで大らかで優しそうな人。それが私の感じた第一印象だった。
彼にはすでに子供がいて、奥さんは別れてしまったのか、
 それとも不慮の事故にあったのかはわからないけど。
でも私にはそんなこと関係なかった。彼はとても優しく、私のことを強く思ってくれた。
私たちの関係はさほど時間もかからずに深まってゆき、半年後、私たちは結婚した。
でもあの人の仕事は出張が多く、滅多に帰ってくることがない。
永いときは、二ヶ月も三ヶ月も家を空けることもある。
いつしか私は、この広いベッドに一人で寝ることが多くなってきてしまった。
繭と一緒に寝ようと誘ったこともあるが、繭はかたくなにそれを拒否した。
そして今に至る…。
この広いベッドに横になる度、私はなんだかやるせない気持ちになってくる。
そんなことを考えながら、着ていた寝間着を脱いでタンスから服を取り出しきる。
脇に置いてある髪留めで、無造作に後ろ手に縛る。
そのまま私は少し重い足取りで、台所へ向かうためドアを開けた。

ぐつぐつ……ぐつぐつ……。

みそ汁の沸騰する音が中たりに響く。同時に食欲をそそられる匂いもたちこめる。
手にしたお玉で、みそ汁を掬い味見をしてみる。
「うん。まあまあね」
濃くもなく、薄くもなく、辛くもなく、甘くもない。はっきり言えばおいしいのである。
自慢じゃないが私は料理がうまい。別に料理学校に通っていたわけじゃない。
ただ私の料理を食べてもらいたい人がいるから。あの人と繭に食べてもらいたいから。
ただそれだけ…。
ちなみにこのみそ汁は私の母直伝のみそ汁であり、
 私の一番得意とする料理の一つである。

トン、トン、トン……。
二階から階段を下りる足音が聞こえる。繭が起きたようだ。
「おはよう繭。もうすぐできるから、待ってて頂戴ね」
「……」
私の朝の挨拶に、繭は答えない。
それはいつものことだとわかっているのだが、私はあきらめずに何度も呼びかける。
返事をしないからするのはやめようという考えは、間違いである。
だからといってしつこいのも駄目だろうけど…。
それでもたまにはおはようと返事をしてくれるときもあるので、
 私はあきらめずに続けている。

朝食の用意もでき、テーブルに出来立ての料理を並べる。
当然ながら繭は、先に椅子に腰掛けて待っていた。
私も向かい合うように椅子に腰掛ける。
二人でいただきますの挨拶をして食べ始めた。

「ほら繭。大根のおみそ汁美味しいわよ」
「……」
「ほら、この焼き魚も美味しいから食べてみなさい」
「……」
繭はなにも答えない。視線も私と合わせないようにしている。
「ほら繭…」
「テリヤキバーガーが良い…」
突然、繭が口を開く。視線は合わせないまま。
「テリヤキバーガーが良いんだもぅん…」
「繭。テリヤキバーガーばかりじゃ栄養が偏っちゃうでしょう。
 魚とか野菜とか食べなきゃ」
「テリヤキバーガーッ!!」
一際大きな声で、繭が叫ぶ。
「もう、しょうがないわね…解ったわ。でも今度にしましょうね、今度に。
 だから今は我慢して頂戴。ねっ」
「う〜…うん…」
どうやら納得してくれたようだ。ほっと胸をなで下ろして食事を再開する。
今までだったら、ここで泣き叫ぶところなのだが折原さんたちと出会ってから
 繭は変わり始めた。繭は少しづつ成長している。ゆっくりとだが確実に。
集団生活にも慣れ始めてきたようだ。本当によかった。
依然、私に対する態度は変わらないけれど…。
「ほら、このきんぴらゴボウも美味しいから食べてみて、ちょっと自信作なのよ」
「うん…」
こうして私たちの朝の食卓はすぎていった…。

「いってらっしゃい繭。気をつけていくのよ」
家の玄関前。私は繭を見送るため、一緒に外へでていた。
登校時間ということもあり、外には様々な制服の少年少女が、歩いている。
繭は折原さん達からもらった(借りた?)制服に身を包み、
 白いスニーカーを履いている。
「うん…」
そう呟き繭は学校へ続く道へと、とてとてと歩いていった。
私はその後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとその方向を見つめていた…。

朝食の後片付けを終わらせ、洗濯物を洗濯機に放り込む。
その間に部屋の掃除掛け、窓拭き等をする。
洗濯が終わると、庭へでて洗濯物を干しにかかる。
空は雲一つ無い快晴だった。
「ふう…」
私は額の汗を拭い、居間に腰掛ける。お昼時ということもあって、軽く昼食をとった。
後は夕食の時間まであまりすることがない。と、いうか何もない。
専業主婦にとって一番大変な事は、炊事洗濯家事全般をこなせれるより、
 この無駄に長い時間をどうやってつぶすかが問題ではないかと、私はふと思った。
「パートでもやってみようかな…」
いや駄目だ。そんなことをしたら、繭といられる時間がさらに少なくなってしまう。
それはいやだ。それに金銭面は主人が、毎月定期的に銀行に振り込んでくれるので
 不自由はしていない。
何にもすることがないのでとりあえずテレビを見る。
なれた手つきでリモコンをとり、同時にスイッチを入れる。
ブラウン管に映し出されたのは、毎度おなじみのお昼の娯楽番組である。
おなじみの司会者は、ゲストに向かって軽い冗談を飛ばし、観客から笑いをとっていた。
私はぼ〜とそのテレビを見ながら、頭の中では繭のことを考えていた。

繭が別の学校に通い初めて、数日がたとうとしている。
折原さんや瑞佳さん達のおかげで、繭もだんだんと自立を始めてきているようだ。
でも、いつまでもあの学校にいさせるわけにはいかない。
繭が本来いくべき学校は、別にあるのだから。
少し…後もう少ししたら、元の学校に復学させよう。折原さん達には悪いけど…。
そうだ、今度あの娘の為に手袋でも作ってあげよう。
あの娘寒がりだから、毛糸の手袋を編んであげよう。
きっと…喜んで…くれ…る…と…思…う…。
そのまま私は深い眠りへとついた…。


こんちは〜藤井勇気です。
繭のお母さんSS書いてみました〜。
とっとと続き書きま〜す。
その前に感想いち。

だよだよ星人さん
>奥様は魔女
郁未っていいお母さんになりそうですよね。
でも晴香って一生結婚しないような気がするのは僕だけかな?
>七瀬トップ祝SS
でもTOPページの七瀬って樋上いたるさんが描いたんじゃなくて、
 新人さんが書いたみたいですね。この人の絵もかわいいけど。
>おつまみSS
いや…まあ…何というか…一言でいうと瑞佳の「にゃあああんっ」が良いかなって…。
>ワッフル星人あらわる
澪のチビナノ星人のネーミングに、笑っちゃいました。
さしずめ詩子だったら、オキラク星人かな?

しーどーりーふさん
>留美ぱんまん
『指名手配』て言うのが面白かった。それにしても住井てばいつもこんな役ばかり。
>私の想い
くう〜詩子SS良いですね〜。ONEはサブキャラも味があって大好きです。
>ドッペルな午後
確かに茜と葉子さんて似てますよね。
>届け…この想い
七瀬SS続きますね〜。ちびみずかの役回りが良いです。

GOMIMUSIさん
>あなたのいない世界で
瑞佳が幸せになってよかった。でも茜が何か可哀想。

雫さん
>剣豪!宮本七瀬
毎回雫さんのお話は楽しく読ませていただいてます。
ここでも浩平って外道。何か浩平=外道の図式が成り立ってしまってますね。
>剣豪宮本七瀬(巻之外)
「住井・シャイニング・ナックル・フォーエバー」に大爆笑させてもらいました。

いちごうさん
>日常そしてにちじょう(第一回)
それにしても浩平もよく財布のこと覚えてますね。

天丿月絃姫さん【DTK02】
>みさき先輩の謎
みさき先輩コウモリですか。寝るときもぶら下がって寝て足りしたら、
 可愛いかも(血が上るって)
>わっふるな午後(その1)(その2)
七瀬が無理して食べてる姿が、何かすぐに想像できます。
「乙女になら食べられないわけはないわー」とか言いそう。
澪凄いです。いいのか?それでいいのか澪?。

静村幸さん
>夏の日
いや〜ほのぼのしてて素敵です。
しかし瑞佳、ピンクのワンピースですか…。鼻血もんですね(笑)

ああ〜さっさと続き書きますです。ではっ。