ぼくはまだここにいた。 きえかけていくけしき。きえかけていくおもいでのばしょ。 そして、きえかけていくだいすきなひと。 それでも、まだぼくはここにいたかった。 けれど…もうひとりのぼくは、あきらめていないようだった。 ただあいそわらいをうかべて、さながらにんぎょうのようにふるまいながらも、 なにかをひっしになってさがしている。 そこにはないはずなのにね。わかっているはずなのにね。 ほんとうのぬくもりは、ここにしかないってこと。 たぶん、ぼくはもうすぐきえるだろう。 むだなことだとわかっていても、そういうことをきゅうしゅうして、りかいして いきていくってことは、そういうことなのだから。 だから、ぼくらはけっしてひとつにはなれない。 いきているせかいがちがうから。 「だいすきなひとはおなじだったんだけどね」 わすれちゃったのかな?…あのときのこと。 あのときのかなしみ。あのときにきづいたおもい。 そして、あのときのやくそく。 そんなわけないよね。わすれてなんかいないよね。 たぶん、ぼくはもうすぐきえてしまうだろう。きえかけていくすべてとともに。 どうか…ねがわくばもうひとりのぼくに、しあわせがおとずれますように。 自分で自分を慰めるなんて、馬鹿げていると思われるかもしれません。事実、確か にそうなのでしょう。少なくとも、自分の弱さをひけらかしたり(僕は弱いから… とか)しても、それをいいと感じる人はなかなかいないと思うし。こういう表現を したのは僕の単なるエゴですので。余り気にしないでください。全部、ひらがなに してしまって読みにくかったでしょうが、読んでくれた方…ありがとうございました。 > 時の影さん 恋愛の形なんて、人それぞれですから。学校で教えられる訳でもないですし。もし も、提示された愛が本当に提示されている愛だとしたら、それを受け入れないのは いい事だと思います。 はじまりも…おわりも…ぜんぶぼくがきめることなのだから。