投稿者: 藤乃そら
 彼は帰ってきた。私の所へ。……いや、私が無理やり連れてきたんだ。
 彼はもうあの時の彼じゃない。彼はもう、私を必要とはしていないんだ……
 今、この世界を望んでいるのは私。
 あの時の、ただ泣く事しか知らなかった彼のように、私は今、ココにいることしか知らない。

「……ずっとココにいるの?」
 最初に口を開いたのは彼だった。時のない世界で流れる、沈黙。
「いつになったら、話せるのかな」
 ただ立ちつくす私に話しかけてくる。私は口を開かない。ただ、立ちつくすだけ……
 もう何をすることもない。ただの人形だ。
 それにもかかわらず、彼はそこに居続けた。いったい、彼が何を待っているのか、私には分からない。

「……あなたは何を待っているの?」
 初めて、私は話しかけた。
「キミが話すの。ゆっくり話がしたいから」
「話したって無駄だよ」
「どうして……?」
「悲しいことがあったの……ずっと続くと思ってたの。あなたの想いが。でも、あなたは変わってしまったの……」
 私の想いが、言葉で伝わるとは思わなかった。でも、彼は言った。
「キミも変われるよ」
 そして私の頭は、彼の胸の中にあった。
「僕がいっしょに居てあげるよ、キミが答えを見つけるまでは」
 言って、私の髪をさらさらと優しく撫でる。
 変わる? 私が?? この世界の住人が??
「この世界は永遠なの。変われないの」
「そう思ってるだけだよ。僕は変われた。……今はココにいるけどね」
 優しい微笑み。私はこれを待ってたんだ。彼の笑顔。
 この笑顔を守りたくて、この世界を選んだんだ……
「キミはもう、自由になっていいんだ」
「……じゆう?」
 何のことか分からない。
 彼の顔が、ふと険しくなる。
「ああ。キミをこの世界に縛りつけていたのは、俺だ」
 縛りつける? 私は、この世界の住人。ずぅっと前から。そう、この世界ができたときから。
 ……この世界が、できたとき?
「私を、創ったのは……」
「……俺だ。小さい頃の、そうすることでしか自分を守れなかった俺だ」
「私がココにいるのは、あなたを、あ……」
「言うなっ! それも創りごとだ。悪かった。無責任だとも思う。だけど、キミに自由になってほしい」
「私が、じゆうになる?」
「ああ。自由だ。それが、本当の永遠だ」
「本当の、永遠?」
 どうすればいいの? 私は……
「俺を殺せ。そうすればいい……」
「でも、この世界が……」
 分かった。今、分かった。自由、それは、私が、無くなること……
「違う! それは違うんだ。無くなるんじゃない。本来の姿に戻るんだ」
 彼の瞳に、光る雫が浮かぶ。
「ずるいと思われるかもしれない。俺はあの世界に戻れるから。でも、違うんだ。キミもあの世界に戻れるんだ。そうすれば……」
「私が、戻る?」
 彼に、優しい微笑みが戻る。
「そうだよ。キミは、心。僕を愛する、心」
 私が? じゃあ、なぜ彼女は彼を……
「不完全なんだ。だから僕はココに戻ってきた。キミを、そして彼女と僕自身を助けるために……」
 彼の笑顔は、さらに優しく、哀しくなる。
「キミをココに連れてきたのは僕のエゴ。そして、キミを連れ戻すのも、所詮は僕のエゴなんだ……」
「違う。私も、この世界を望んだもの……」
「そう、だね……」
「心が欠けてるのね。彼女も、私も……」
「半分なんだ。ただ、キミは僕が勝手に連れてきた。だから罰があたったんだ。彼女を傷つけたんだ……」
 分かった。彼にこの世界を終わらせることはできない。だって、彼は罪人だもの。
 そして今、彼を救えるのは、私……
「そうなんだよ。僕は、罪人。……誘拐、かな?」
 哀しく微笑む、彼。
「ありがとう。私、自由に、なれるのね……」
 声が、かすれる。
「そして、あなたも、彼女も……」
 ……泣いちゃ、ダメ。
「ぼくをころすんだ。そうすれば、いい」
 彼の笑顔は本物。私は彼の細く頼りない首に手をかける。そして、彼に優しくキスをする。そう、あの時のように……

 永遠の盟約。永遠の盟約だ。

 手に力をこめる。嫌な感触。でも、彼の優しい腕が私を抱いている。

 ……世界が、白く包まれる。

 えっ? ……今の、何?
 この気持ち……
 帰ってくるの? あの人が……

 そして、あの人が、私の前にいた。