今を奏でるピアノ 第五話 投稿者: どんぐり
一月十五日

今日は敬老の日。
うちには老人と呼べる人も居らず、何気ない祝日で終わる。そのはずだった。
が、そうも行かなかった。

夢を見た。
オレが空を飛び、草原を歩き、そして、夕日の帰り道を歩く夢を。
そんなオレの隣には、いつも誰かが居た。
が、それはオレをえいえんへと導く少女ではなかった。盟約の主ではなかった。

「浩平君」

そう、ピアノの音色を奏でる少女、いや、女性だった。
オレは飛ぶ。空を、雲一つない空を。
オレは歩く。草原を、青空の下、風が吹く草原を。
オレは帰る。・・・どこへ? どこへ帰るというんだ?
オレは聞く。女性に、いや、ピアノを奏でる女性に。
彼女は何も言わない。が、答えるはずだった。
「えいえん」と。
彼女は突然、ピアノを奏でるのをやめた。そして、夕日を指し示した。
そこには・・・。
「奥野さん・・・なぜ、あんたが・・・」
そこでオレは目覚めた。

目覚めたオレは、すぐに病院に電話をかける。
祝日といえど、病院は病院。二コ−ル目で電話受けの人が出る。
「はい、平石川病院です」
「もしもし、祝日のところ申し訳ありませんが、奥野先生はそちらにいらっしゃいますか?」
「はい。お呼びいたしましょうか?」
「いえ。・・・この後、病院に伺うとお伝え願えませんか」
「分かりました。それでは失礼ですが、お名前は?」
「折原、折原浩平です」
「折原さんですね、分かりました。奥野先生に伝えておきます」
「ありがとうございます、それでは今から伺います」
『がちゃ』
オレは受話器を置いた。
今日はこの冬でも一、二を争う冷え込みだった。
朝からほとんど気温が上がっていない。天気があまり良くないせいだろう。
雪が降ってもおかしくないような空模様だった。
着替えてコ−トと手袋を持ち、下に下りる。
由紀子さんは・・・いない。せっかくの祝日だって言うのに、どういう忙しさなんだろう、あの人は。
顔を洗い、ダイニングへ。
ダイニングテ−ブルの上にあった朝食を食べる。
テレビは・・・もう、朝のワイドショ−も終わりに近づいていた。
朝食を食べ終わり、テレビを消す。身支度を整え、コ−トを着る。
フ−ド付きの緑色のコ−トだ。
『緑色のコ−トは変』という人がいるらしいが、オレはオレなりに気に入っているので、それはそれでいいと思う。
手袋をし、財布を持ち、外に出た。玄関の鍵をかけ、駅に向かった。

駅は祝日という割には人が少なかった。やはり、この天気のせいだろうか。
二、三分ほどして来た列車に乗る。
程なくして目的の駅に着き、オレは列車を降りた。
平石川病院は駅から見えるほど近い。おかげで列車内で少し暖まった体を冷やしてしまう前に病院に入ることができた。

「すみません、先程電話した折原ですが・・・」
受付の人に尋ねる。
「はい、折原さんですね。323号病室で先生がお待ちです」
やはり、先生は何かを知っている。待つ場所を美菜子先輩の病室にしたのが何よりの・・・。
階段を上り、三階へ。

何かが分かる、今日。
何人かの入院患者とすれ違い、美奈子先輩の病室へ。
ドアの前に立ち、ノックをする。
「どうぞ、開いていますよ」
やはり、返事をしたのはこの部屋の主ではなく、奥野先生らしき声だった。
「失礼します」
オレはドアを開けた。

病室の中は以前とほとんど変わっていなかった。
もっとも、変わる要因がないのだから仕方のないことだが。
「奥野先生」
オレの呼びかけに、窓から外を見ていた白衣の男は振り向いた。
「来ましたか、折原さん。彼女を本来あるべき姿に戻すために」
「知っているんですね、先生。全てを」

クリスマスのあの日、先輩は全てを話してくれた。

「私ね・・・意念体なの。今のこの体は」
「いねん・・・たい?」
「そう。強い意思を持った人の人格が、何かの拍子に体外に出て、実体を持つことがあるの。それが意念体・・・らしいわ。前に本で読んだことがあるもの」
「幽霊とは違うのか? 意念体って?」
「幽霊とは・・・また違うものなの。第一、幽霊は人には見えないし、実体がないでしょう?」
「確かにな。でも、強い意思って?」
「それは・・・分からない」

オレには分かった。
先輩に秘められた二つの思いが。

一つは「大切な人を失った悲しみの思い」
   「えいえんを求める心」
そう、オレと同じ心。妹を失ったオレと。

もう一つは「大切な約束を守ろうとする、強い意思」
     「限りある今を生きようとする心」
そう、オレと同じ心。守りたい人がいるオレと、同じ心。

守りたい人、オレにとっての大切な人。
決まっている、美菜子先輩だ。
そして、分かっている。彼女を元に戻す術も。

「・・・これで、ようやく私も意思を遂げる事が出来そうです」
奥野先生の一言で、オレは意識を病室へと戻す。と、同時に、奥野先生の姿が薄れ始めた。
「先生、あんたまさか・・・」
「ええ、察しの通り。私も彼女と同じ意念体としてこの世に留まっていたのです。彼女の事を何とかしようと思い・・・」
「でも、その姿は? あんた、二十歳くらいのはずじゃ・・・?」
「・・・どうやら、私は意志の力のコントロ−ルの能力に優れていたようです。だからこそ、姿を変え、人々の記憶をほんの少し変えて、この病院で『奥野』という医者として、彼女を救う人が来るのを待っていたのです」
「あんたは・・・救う事は出来なかったのか? 彼女を、いや、先輩を」
奥野先生、いや、彼は首を横に振る。
「私では・・・彼女を救う事は出来ません。私はもう、この世の人ではないのですから」
「・・・そうですか」

『ガチャリ』
その時、オレが入ってきた病室のドアが開いた。
そこには・・・。

「美菜子先輩・・・」
ドアの前には、先輩が立っていた。表情は・・・穏やかだった。
「浩平君・・・・・・」
オレと、彼の名をつぶやく先輩。ゆっくりと病室に入ってくる。
「美菜子・・・」
つぶやく様に先輩の名を言う彼。
「俺はもう、この世の人間ではないんだ。分かるよ・・・な、美菜子」
「・・・うん」
「だから・・・もう、俺のことは忘れてくれ。お前自身の意思で生きてくれ」

「それは駄目だ」 「そんなの嫌」

オレと先輩の声が重なる。
「『俺のことを忘れろ』というのは、先輩の中のあんたの存在をみんな消せって事だろ? そんな事・・・出来るわけないだろ。先輩を余計に苦しませたいのか?」
「・・・私は・・・忘れない。あなたの事。楽しかった事も、悲しかった事も、みんな持って生きていく。今を。・・・それが私の意思だから」

突然、空間が歪み始めた。
病室の風景が、どこかの風景へと変わってゆく。・・・ここは・・・。
オレが先輩と出会った場所。今という曲を奏でた場所。

「美菜子・・・」
「私は忘れない、あなたの事。聞いて、この曲を」

部室、いや、部室らしき場所には、本来あるはずのない楽器が一台。
一台の、ピアノが。

オレ達は奏で始めた。オレはサックスで、先輩はピアノで。
今を。



・・・演奏が終わった。
その時、彼は・・・。

もう、既にこの場には居なかった。いや、この世界には、この世には。
・・・オレは決心した。
自らが今を生きるために。
先輩を、いや、彼女を守るために。
オレは決心した。

「浩平・・・君?」
彼女はオレを見ていた。
オレも彼女の顔を真正面から見る。
「先輩、美菜子先輩、今からオレ・・・遠いところに行く。そして、ずっとずっと見ようとしなかった過去を、正面から見てくる」
「・・・うん」
「オレは必ず、戻ってくる。だから・・・」

オレは、彼女の唇に、自分のそれを重ねた。

・・・長い、長いキスだった。

彼女が目を開けた時、オレの姿はもう、どこにもなかった。
オレの気配はもう、この病室には無かった。
だけど、先輩は、いや、彼女は言ってくれた。凛とした、はっきりとした声で。

「待ってるよ、浩平君」

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さてさて、前回、前前回と感想を書けなかったので今回はなんとか。

いけだものさん>
>夏の楽しさを
情景描写がしっかり書かれていて、さらにさくっとまとめてあって、さすがいけだものさんです。
浩平の「いや、これはルールだから」というあたりにいけだものさんの「ニヤリ」感が滲んで来ているような気が(謎微笑)
現在修行中のどんぐり、目指すはいけだものさん〜(^^

WTTSさん>
>一方その頃…広瀬(第10話)
今回も勢いで乗り切っている感がするこのお話(ぉぃ)
でも、この勢いが好きです。
「…約一名、発情期を迎えたらしい男子がいた。 以上」
あたりに、それがよく出ている気が(苦笑)

はなじろさん>
>エリニュスの鬨
仕方なく…ということで出したのでしょうが…うん、すごく言葉の使い方が流れてます。
特に最後の「あかあさん」……母親へ偽善的な笑みを浮かべながらみさおの亡骸を抱く幼い浩平の姿を思い浮かべて……かなりアレです(ぉぃ)

雀バル雀さん>
>おっぱい姫&さっか道
…………これでどう、感想を書けと(苦爆笑)

さてさて、とうとう次回は最終回、ラストはどうなるのか……掲載は夏コミ後!
それではまた〜。

『待つの』
「ん、ああ……澪ちゃんか」
『次回作の予告を出すの』
「予告って言ってもなぁ……今、別のを書いてて忙しいんだ」
『黙るの』
「……分かったよ。あくまでまだ、構想の段階だからな」

ということで、どんぐりの次回作構想〜。

西暦204X年。突如として世界中に蔓延した謎の病原体によって世界総人口は約半数に激減。
生き残った人類は感染者と非感染者で二分し、非感染者である人類でも上流階級と呼ばれる人間は地球の軌道上に建設されたコロニ−へと逃れ、感染者、そして生産階級者は地球に残されることとなる。
感染者は残された生涯を、日常を装って生きていく。
死からの逃避行動。自らが日常を生きていた頃への回帰。
そんな偽りの日常を生きる人類の中で、絶望し、逃避する事もできず、自らの心を閉ざす者がまた一人。

「・・・なあ、目を開けろよ・・・姉さん・・・」

少年と、そしてその姉もまた、感染者であった。
命の灯を消す少年の姉。
自らの無力さ、そして生きていくことへの絶望。少年はそれを乗り越えることも、そこから逃げることもできなかった。

「人を・・・人の心を信じなさい」

姉の残した思いは、少年に何を伝えるのか。
少年はただ生きるままに生き、やがて季節は春へと変わる。
少年は日常を演じ続ける群衆の中で、何を知ることになるのか。
孤独の身となった少年は、やがて学校へと向かう。

・・・残された時間はあと、半年。

えっと……「夕焼け 〜November〜」のSSというか、予想SSを考えてます。

『すごいの』
「全然凄くないんだ……構想が全然思い浮かばないからな」
「頑張るの」
「頑張るのって言われてもなぁ……某社の終末に似て、かなりアレだし」
『書いたもの勝ちなの』
「まあ、構想練ってみるけど……今年中に書き始められれば良いところだな」

ということで、まあ……期待せずにお待ちくださいませ(苦笑)
では、これにて〜。

http://www.cuc.ac.jp/~j810409/