今を奏でるピアノ その四 投稿者: どんぐり
----------------あらすじ(求・図書館収録時削除)-------------------
ある日、浩平は訪れた軽音部の部室で杉原美菜子と名乗る先輩と出会う。
後日、浩平はみさき先輩と美菜子が知り合いであるという事、美奈子は現在、病院に入院中であることを知る。
病院に駆けつける浩平。そんな彼を待っていたのは、奥野と名乗る担当医と、ベットで眠りつづける美菜子であった。
クリスマスの日の夜、二人だけのクリスマスパ−ティ−を開く二人。
そこで浩平は気付くのであった。自分の美菜子に対する気持ちに・・・。
浩平は自らの気持ちを、美菜子は真実をそれぞれ告げ合うのであった。
浩平の、もう一つの世界に気が付くこともなく・・・。
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 1月1日

 朝。
『ジリジリ』と鳴る目覚まし時計を止め、床から起き、「う・・・ん・・・」と背伸びをする。
午前9時。
これまでのオレの性格から考えると、起きているのが不思議な時間だ。
普通ならば正月の間、いや、冬休みの間は、午後に起きて明け方に寝るという朝と夜の逆転した生活を過ごしていたはず。
けれで、今年は違った。
冬休みが始まってからのこの一週間、オレはほとんどの日を学校で過ごしたし、これからの一週間もそうなるだろう。
普段着に着替え、階段を下りる。
今日、オレが向かうのは学校ではない。
由紀子さんはまだ、寝ているようだった。簡単にインスタントで朝食を済ませ、家を出た。
まだ人通りの少ない、正月の街を歩く。
商店街の入り口。そこが待ち合わせの場所だった。
9時40分。まだ約束の時間まで、20分ほどある。
が、待つ必要はないようだった。
「浩平君」
横を見ると、美菜子先輩が街路樹の側で手を振っていた。
「美菜子先輩、早いな」
「ううん、私も来たところよ」
そのとき、ふと大切なことを思い出す。
「美菜子先輩、あけましておめでとう」
「うん、浩平君、あけましておめでとう」
お互いに、新年のお約束の挨拶を交わす。
「それじゃあ・・・先輩、少し早いけど行こうか」
「そうね。早い分には困らないでしょうから」
そしてオレ達は歩き出した。
近所の神社へ。

あの日・・・。
美菜子先輩から真実を聞いたあの日・・・。
オレは一つ、先輩と約束をした。
「先輩、元旦は朝から空いてるか?」
「空いているけど…どうして? 学校は先生も居なくて入れないはずだけど」
「学校で会えないなら、一緒にどこかへ行こう。そうだな・・・せっかくだし、神社に初詣に行くってのはどうだ?」
「そうね。せっかくのお正月だし・・・ね」
にっこりと微笑む美奈子先輩の笑顔が、オレまで移ってきたようで、オレまで思わず微笑んでしまう。
「それなら決まりだ。朝の十時に商店街の入り口・・・って、分かるよな」
「浩平君、それくらい子供でも分かるわよ」
「それなら、その時間、場所で待ち合わせしよう」
「うん。でも私、晴れ着姿は見せられないわよ」
「オレはいいぞ。見られるようになったら、十分に見るからな」
「もう・・・浩平君ったら」

神社は既に初詣客が二十人ほど居た。
この神社はこの地区で一番大きい神社で、境内の広さはかなりある。
おかげで先輩と一緒でも、悠々と歩く事が出来た。
早速、お賽銭を賽銭箱に入れ、鐘を鳴らす。
『パンパン』
目を閉じて、祈る。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・よし、これでいいだろう」
「浩平君は・・・何をお願いしたの?」
「知りたいのか? 先輩」
「ん・・・少し気になるかな」
「秘密だ」
「ふ−ん。やっぱり、秘密にしておきたいものなの?」
「まあ・・・な」
さすがに言えなかった。こんな所じゃ。いや、場所が神社でなくても。

美菜子先輩と、ずっと一緒にいたい・・・だなんて。
自分で思ってて、顔が赤くなりそうなくらいだし。

「あ、浩平君。あの社務所でお守りなんかを売ってるよ」
先輩が指で指した社務所で、破魔矢やお札、お守りなんかの正月の神社、お約束の品物を売っていた。
「先輩、ちょっとここで待っててくれ」
オレは先輩を待たせて、社務所に向かう。

お守りを二つ買い、戻ってくると先輩は鳩と遊んでいた。
鳩の顔やら背中を撫でている。
この時、オレは生まれて初めて、鳩がうらやましいと思ったり・・・もした。
「美菜子先輩、これ、持っててくれ」
そう言って、オレは買ってきたお守りの片割れを先輩に渡す。
「美菜子先輩は少し心配なところがあるからな。そのためのお守りだ」
「私の心配なところって?」
「オレなんかと一緒に居ることかな。まだまだ子供みたいなオレと」
「浩平君、本当にそう思ってる?」
「もし・・・本当にそう思ってるんなら、もう少し自分を見なおした方がいいと思うよ」
「そうか?」
「ふふっ。もしかしたら、本当は浩平君の方が必要かもしれないね、このお守り」
ほんの少し微笑んで、先輩は言う。
「だって・・・人って、自分が思っているよりもずっと強い存在だと思うもの」
「強いって・・・そうなのか?」
「少なくとも、私はそう思うよ。自分自身じゃ分からない自分自身の事って、けっこうあると思うし。もしかすると・・・人って自分のことが一番分からないのかもしれないね」
「自分のことが一番分からない・・・か」

「・・・ちゃん」

「ん? 美菜子先輩、何か言ったか?」
「どうしたの浩平君。私は何も・・・」

「…お兄ちゃん」

オレは・・・いや、ぼくは一体・・・。

「・・・君」
「・・・浩平君」
「どうしたんだ、美奈子先輩」
「それは私の科白よ。どうしたの? ぼ−っとしてたみたいだけど、何か考え事?」
「いや、別に何でもないぞ」
「・・・そう?」
「ああ。先輩、初詣も済んだし、その辺を歩こうか」
「そうね」
オレ達は初詣客で賑わう神社から、商店街の方へ。
商店街の店舗の多くは正月休みのため、コンビニくらいしか開いていなかった。
「学校へ・・・行こうよ」
という提案もあり、昼食用の食料を買って、学校へ。
学校の門は当然閉ざされていたが、門を飛び越えるくらい、朝飯前。門に手をかけて、飛び越え・・・。
「ちょっと待って」
美奈子先輩に止められる。
「防犯装置があるんじゃない?」
言われてみればそうだ。
「なら・・・こっちだ」
オレは先輩を連れて、学校の裏へと回る。
「こっちからなら大丈夫だ」
オレ達が来たのは裏山。以前、長森や七瀬と一緒に通った道だ。
人もあまり来ないせいか、七瀬がぶち当たったフェンスの曲がりもすっかり残っている。
「ねえ、このフェンス・・・ずいぶん曲がっているけど、つかまっても大丈夫かな?」
「ま、まあ・・・大丈夫だろう。オレも何度か越えたことがあるし」
なんとか二人でフェンスを越える。
「ここから先も大丈夫だ。既に情報を仕入れ済みだ」
学校一のスパイと本人は言う住井から、昼飯一食と引き換えに手に入れた情報だったが、意外なところで役に立つもんだ。

あの日、オレと住井は勝負をした。
学食で好きなメニュ−を食べて、教室まで戻ってくる。早く帰ってきた方の勝ちで、遅かったやつは早かったやつの昼食の代金を払う。つまり、おごりとなるわけだ。
住井の奴は相当自信が有ったようだったが、オレにはかなわなかった。
四時間目終了。
『バン!』
オレと住井の心の中だけで鳴ったピストルの音を合図にして、二人はダッシュをかけた。
スタ−トダッシュは両者とも好調。
足の早さもオレと住井ではそんなに変わらないため、ほぼ二人同時に学食に到着。
住井はボリュ−ムがあり、なおかつ高価格の、この学食では高嶺の花とされる天丼を頼む。そして、学食のおばちゃんから手渡されたどんぶりと箸を持って、
席に座り、ものすごいスピ−ドで食べ始める。
ボリュ−ムのある天丼を頼んだ事と、この食べるスピ−ド、住井は相当な実力を身に付けたようだった。
そう踏んだオレは、正攻法の作戦を止め、まさしく勝ちにいく作戦を実行に移した。
「おにぎり四つ!」
とにかく、値段よりも腹の内を満たす事に専念する作戦だ。
おばちゃんから紙のお皿に乗った四つのおにぎりを持って、オレは走った。教室へ。
住井が天丼を食べながら何かを言っていたみたいだったが、無論、気にせず走る。
ひたすらおにぎりをほおばりながら、教室へと走る。
……。
『ゴ−ル!』
教室に着いた時、オレの手には紙のお皿が一枚、残されるだけだった。
「浩平、どうしたの? そんなに慌てて。しかも、そのお皿は何?」
長森がオレのただならぬ気配に気が付いたようだ。
「今、一生一大の大勝負をして、相手を打ち倒してきたところだ」
「相手って?」
「住井だ」
「一生一大の大勝負って?」
「昼飯の早食いだ」
「はあっ…」
長森が長いため息をつく。
「そういう勝負は一生一大の大勝負とは言わないんだよ」
「そんな事ないぞ。昼飯代をかけた、世界で一番スリルのある勝負だ」
その時、ちょうど住井が教室に入ってきた。
「折原、はあ、それは無しだぞ。はあ、走りながら飯食うなんて」
息を切らせながらも、言いたいことは言ってくる。
「なら、お前もそうすればよかったじゃないか」
「走りながら天丼は食えないだろ。それに、どんぶりを返さなきゃいけないからな」
「なら、オレの戦略勝ちだ」
「・・・しょうがない。俺の負けだ。で、ものは相談なんだが…そのおごり分で一つ、情報を買わないか?」
「どうしてだ?」
「・・・もう、金がない」
「と、いうことはお前、オレにおごらせて急場をしのごうとしたな」
「もう月末だろう? もう、昼飯一食分の金しかなかったもんでな。頼む! この情報と引き換えてくれ!」
「しょうがないよ、浩平」
「しょうがない。で、その情報って、何だ?」
「学校の侵入方法だ」
「…学校の侵入方法って、正門から入ればいいじゃないか」
「休みの、しかも長期の休み中は無理だろ? そういう時のための侵入方法だ」
「…なんでお前、そんなの知ってるんだ?」
「まあ、俺は学校一のスパイだからな。それくらいは朝飯前さ」
「スパイって・・・まあいい。で、いつ教えてくれるんだ?」
「今日の放課後はいいか?」
「分かった。じゃあ、正門前だな。…とんずらこくなよ、住井」
「こくかっ!」

こうして、オレは住井から情報を仕入れたのだったが、こんな時にその情報が役に立つとは・・・世の中、分からないものだとオレはつくづく思った。

往井から手に入れた情報を元に、オレと先輩は校内へ入った。
当然、校内に人の気配はなく、日の光が窓から入る廊下は、オレと先輩の足音が響くだけだった。
「学食へ行きましょ」
「どうしてだ?」
「近頃行ってなかったからね」
「そうだな。こいつもあるしな」
そう言って、先輩に昼飯にと買った食べ物の袋を見せる。
「それは…向こうで食べましょ」
「ああ」
さして時間もかからず、学食に着く。まあ、かかっても困るが。
「久しぶりね…ここも」
「先輩、ひとつ聞いていいか?」
「何? 浩平君」
「どうして学食へ行こうと思ったんだ? てっきりオレは部室に行くものとばかり思ってたぞ」
「もう一度、来ておきたかったんだ、ここに。ここがみさきと初めて会った場所だから」
「ここで知り合ったのか? みさき先輩と」
「うん。私・・・みさきと会うまでは友達らしい友達って、彼しかいなかったから」
彼・・・むろん、あの人だろう。
オレは・・・追いかけているのか? あの人を。
先輩は・・・彼に捕らわれたままなのか? あの人に。
いや、彼は彼、オレはオレだ。彼には彼なりのやり方があって、先輩を守った。そしてオレにも、オレなりのやり方がある。先輩を守るのには。
「・・・!」
そうか、・・・あの人はそれを伝えたかったんだな。
オレと同じ目を持った青年。
今までの最短でオレと友達に、いや、親友になった青年。

「どうしたの? 浩平君」
「・・・いや、何でもない。ところで先輩、みさき先輩と初めて会ったとき、みさき先輩はやっぱり・・・」
「うん、テ−ブルにお皿がいっぱい・・・」
苦笑しながら言う先輩。
「ま、まあ・・・あの人らしいといえばそうだけどな。それじゃあ、ここでこいつを食べよう」
そう言って、オレは先輩に袋を見せた。

昼食を終えたオレ達は再び、校内を当てもなく歩いていた。
「話は少し戻るけど・・・みさきは元気にしてる? この頃会ってないから、少し気になるな・・・」
「ああ、相変わらず元気だ。この前、学食ですごい食べっぷりも見せてたからな」
「それじゃあ・・・雪見さんは?」
「雪見・・・さん?」
「あれ? 浩平君、会ったことないの? 深山さん」
「あ、雪見って言うんだ。あの人の名前。大丈夫、演劇部の部長をやってるから忙しいみたいだけどな」
「やっぱり雪見さん、部長になったんだ。前から頑張ってるって聞くと、楽しそうな顔をしてたし」
「先輩、そんな寂しそうな顔するなよ。先輩だって、部長で頑張ってるじゃないか」
「私が? 私はどこの部の部長でもないよ」
「いいや、立派に軽音部の部長をしてるじゃないか」
「ううん、私はこんなだから。それを言ったら浩平君が部長…」
「なら、先輩は幹事長だ」
先輩の言葉を封じるようにオレは言う。
「オレは先輩が一番だと思うぞ。軽音部で」
「何で一番なの?」
「・・・とにかく一番だ。
「でも、なんかぱっとしないね」
「よく言うだろう? 『縁の下の力持ち』って。そういう点で先輩は一番だ」
「『縁の下の力持ち』…ね。それも悪くないかもね」
「だろ? 結局先輩が一番だ」

でもな、先輩。
縁の下もいいかもしれないけど、そろそろ日のあたる場所に出てきてもいいと思うぞ、オレは。

「・・・ん?」
「どうしたんだ? 先輩」
「何か・・・音がしない?」
先輩が何かの物音に気がついたのは、一年生の教室の前を歩いている時だった。
『ぺた・・・ぺた・・・』
「何かの足音みたいだな。こっちの教室からのようだぞ。・・・先輩、ちょっと見てくる」
そう言って、オレは謎の足音のする教室に向かった。
足音は・・・これは・・・上履きの音だ。つまり、この学校の生徒・・・?
すぐに足音のする教室に着く。
オレは・・・意を決して、その教室のドアを開けた。
そこにいたのは・・・

「澪!」

はっとし、足音の主はオレのほうに振り向いた。
両手でスケッチブックを持つ人物、澪に他ならなかった。
澪は机から古いスケッチブックを取り出し、自分の持っていたそれと一緒に持つ。
「またスケッチブックを忘れたのか。でも何で今日・・・」
少し怪訝そうな顔をする澪。
「どうしたんだ? 澪」

「澪! オレだ! 浩平だ!」
オレは澪の怪訝そうな顔の訳を考え、恐れていた一つの理由に考えが行った。そして・・・叫んでいた。

えいえんの世界、夕日の帰り道、ただ草が、雲が、風に流れる世界。何もない世界…。

「・・・み!」
オレはとっさに出かかった一人の人物の名を、封じ込めた。
それがオレの口から出されたとき、オレは消える。この世界から。
そう、確信していた。

気づくと、澪がオレの腕に抱きついていた。
これ以上にないような笑顔を見せる。
だが、オレは澪に笑ってやることはできなかった。
・・・ほとんど、澪の存在は上の空だった。

オレは・・・どこに行こうとしているんだ? どこに・・・。
それしか頭にはなかった。それしか・・・。

その後、オレは澪と先輩に別れを告げて家に帰った。
いや、帰ったらしい。
澪や先輩によると、オレはずっと何かを考えていたらしい。無論、オレに先輩と澪に別れを告げた記憶はない。
その疑問が晴れぬまま、いや、その確信がオレの中に存在し続けたまま、新学期を迎えた。
みんなはオレを、オレのことを覚えていてくれた。
みんなの中のオレは、まだ、存在していた。
だが、オレはこう、確信していた。

『オレは……消える』

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さてさて、後書きですが・・・。

『何か落ちてるの』
「ん? 澪ちゃん、何かって・・・手紙? だよな・・・これ」
どんぐりの目の前の床には一枚の封筒が無造作に置かれていた。
封筒はごく普通の茶封筒で、どんぐりが手に取り、中を透かして見ると、中には紙らしき物が一枚。
「ちょっと開けてみるな」
そう澪に告げて、封筒をはさみで開封し始めるどんぐり。
封を開け、はさみを置き、手紙を取り出す。その一挙一動にどんぐり、澪、二人の神経が集中する。
「開けるぞ・・・」
そう告げて、どんぐりは折りたたまれた手紙を開き、目を通した。

『次作の予告をそろそろするの By 澪 』

(どんぐり、石化・・・)


ということで、この現在連載中の「今を奏でるピアノ」・・・あと二回分のストックがどんぐりの手持ちにはあります。
ラストの回と、エピロ−グなのですが・・・その後のどんぐりの執筆状況というのが非常〜に分からない状況です。というのもどんぐり・・・ほんの少しだけ修行中です。以前ここに掲載しました短歌などは何とかならないことも無いのですけど(どっちや!?)、長編のSSとなると・・・現在の所は分かりません。(爆)

「だからな、澪ちゃん。予告は勘弁してくれな」
『嫌なの(即答)』
「・・・うぐぅ(爆)」

・・・・・・お開き。

http://www.cuc.ac.jp/~j810409/