今を奏でるピアノ 第三回 投稿者: どんぐり
------これまでのあらすじ(求・図書館収録時削除)------------
軽音部を訪れた浩平の前に現れた謎の先輩、杉原美奈子。
彼女はみさき先輩の知るところでもあったが、それと同時に彼女は病院で
病に臥せっている身でもあった。
病院で眠る美奈子に会う浩平。浩平はある事を決意し、クリスマスを迎える・・・。
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12月24日

朝、オレを起こしに来た長森を、オレはベッドに座って出迎えた。
無論、準備は既に出来ている。
「浩平、早い〜」
「オレだって、やろうと思えば出来るさ」
「来年もこの調子でお願いね、浩平」
「まあ、やるだけはやるさ」
などとやり取りしている間に、長森がオレの鞄がやけに膨らんでいるのに気がついた。
「浩平、今日は荷物がやけに多くない?」
「ん、そうか? いつもこんなもんだぞ」
「だって浩平、教科書なんかみんな教室の机の中に置きっぱなしだもん」
「この間、みんな持って帰ってきたんだ」
そう? と聞いた後、長森はオレの鞄についてはそれ以上、詮索しなかった。
が、今日が終業式って事くらい、気付けよな・・・。

学校に着き、すぐに終業式。
退屈な時間を冬休みへの思いでなんとか乗り切り、教室へ。
HRが終わったオレは急いだ。
美菜子先輩の待つ軽音部の部室へ。
膨らんだ鞄を持って。

部室のドアを開ける。
毎日の日課であるように振り向く女子生徒。
「美菜子先輩」
「こんにちは。浩平君」
いつもと変わらず、部室にいたのは美菜子先輩だけだった。
「ところで浩平君」
「ん?」
「この間は…どうしたの? 早退したって聞いたけど」
「ああ、病院に行ってきたんだ」
「病院・・・浩平君、何処か悪くしたの?」
「いや、オレは何処も悪くはしてないぞ。見舞いに行ってきたんだ」
「お見舞い・・・知り合いの?」
「ああ。少し元気が無かったが、励ましてきたからきっと良くなるさ」
「うん、そうだといいね」
「先輩、そろそろ始めないか、練習」
「そうしましょ。あ、浩平君。そろそろ基本は出来てきたから実際に一曲練習してみたら?」
「そうか? それならやってみるか。って、どんな曲がいい?」
「ん・・・そうね、この曲は?」

実際に曲の練習を始めると、美菜子先輩はこれまでのように、やさしいながらも、真剣な眼差しをする。
先輩に教えられながら、練習は進んだ。
そして、空が夕闇に包まれた午後五時・・・。

「浩平君、暗くなってきたし、そろそろ終わりにしましょ」
「ん、もうそんな時間か。正直あっという間だな」
「浩平君、熱心に練習してたからね」
「美菜子先輩」
「何、浩平君」
「せっかくのクリスマスだから、部でクリスマスパ−ティ−を開こうと思うんだが、美菜子先輩は参加できるか?」
「え・・・? だって、部のパ−ティ−って言っても、わたし達二人しか・・・」
「オレは二人でも楽しいパ−ティ−になると思うぞ」
「そう・・・ね。せっかくのクリスマスだし・・・ね」
「そうと決まれば、早速準備だ。美菜子先輩、オレの鞄から大きな包みを出してくれ」
「この包みね?」
美菜子先輩がオレの鞄から文字通り、引っ張り出すように包みを取り出す。
「はい」
「ありがとう、先輩」
そして、オレは包みを開けた。
包みの中身は小さなクリスマスツリ−だった。
「あっ、かわいい」
「だろう? 昨日、家の中を捜して持って来たんだ」

嘘だった。
オレの家はもとより、長森の家にもツリ−がない事を知っていたオレは昨日、商店街で探したのだ。
ツリ−の無いパ−ティ−はどうかと思ってのことだったが、なぜだか、先輩にわざわざ調達した事を知られたくなくての嘘だった。
・・・どうして嘘をついたんだろう。
自問自答してみる。
だが、その問いが今という時においては、答えられるものではないという事と、答える必要が無いという事に気が付くまでに、さして時間がかけられる事はなかった。

「次は・・・食べ物だな。よし、なんとか調達してこよう。先輩、少し待っててくれ」
「うん」
オレは学校を出て、商店街へ向かった。
クリスマスの夜の商店街は活気に満ち溢れていた。
さしあたり、オレは近くのコンビニに入り、手ごろな食べ物を買う。
「後は・・・と」
ケ−キ屋に入り、クリスマスケ−キ・・・ではなく、苺のショ−トケ−キを買う。
「先輩が剛の人でなくて良かったよ」
とある先輩の顔を思い出し、オレは苦笑する。
オレは闇に包まれた道を学校へと急いだ。

「浩平君、お帰り」
部室に戻ったオレを先輩が出迎えてくれる。
「後は…これかな」
そう言って、オレは机にロウソク立てを置き、そこにロウソクを立てる。
先輩にマッチを渡す。
「点けても・・・大丈夫かな」
「ロウソク立てもあるし、大丈夫だろう」
「それじゃ、点けるね」
「あ、少し待ってくれ」
オレが部室の電気を消すと、部室の中は暗闇に包まれた。
「よし、つけてくれ」

シュポ・・・

ロウソクに火が灯り、部室の中がロウソクの暖かい灯りに照らされる。
「それじゃ・・・始めるか、先輩」

二人だけのクリスマスパ−ティ−が始まった。
だが、寂しい雰囲気はこの場には微塵も感じられなかった。

「先輩、ごめんな。オレのわがままに付き合わせちゃって」
「わがままなんかじゃないよ。浩平君がパ−ティ−しようって誘ってくれたとき、私も嬉しかったから」
「・・・ありがとな、先輩」

窓の外はすっかり闇に包まれた。
食べ物もおおかた平らげたオレ達(と言っても、大部分を平らげたのはオレだが・・・)は、ただ、燃え続けるロウソクを見るばかりだった。

「ねえ、浩平君」
「ん、なんだ? 美菜子先輩」
「誰かが私達の事を見たら、クリスマスのパ−ティ−をしてるって、すぐに分かるかな?」
「大丈夫だよ。誰が何処から見たって、クリスマスパ−ティ−だよ」
「そう・・・よね。ツリ−もあるし、それに・・・」
「それに?」
「ううん。なんでもない。」

そして、時刻が午後十時を回った頃・・・。
「先輩、そろそろ帰ろうか」
「・・・・・・」
「先輩?」
「・・・もう少し、このままでいたい・・・」
「先輩、もう帰らないと・・・」
「浩平君・・・」
今にも消えそうな、弱々しい声だった。
普段、オレと交わしていた声から考えれば、信じられないほどの。

「私の居場所は、もう、ここしかないから・・・」

「どういう・・・事なんだ? 病院にいる先輩とはどういう・・・」
「浩平君、知ってたんだ・・・。だから今日、せめてと思って・・・」

「それは違う!」

オレは大声で叫んでいた。
ここが夜の学校であるという事は、頭には無かった。
無意識に声が出ていた。
うつむいていた先輩が、オレの大声でオレの方を向く。

「そうじゃ…ない。オレは先輩とクリスマスを一緒に祝いたかったんだ。今日は先輩と二人で居たかったんだ」

この時やっと、どうして先輩に嘘をついたのかが分かった。
先輩に、余計な心配をかけたくなかったから。
・・・大切な人を、不安がらせたくなかったから。
・・・そうか・・・そうだったんだ・・・。
この時やっと、オレは自分の想いを見つけた。

オレは・・・好きだったんだ、先輩の事が。
だから・・・オレは言った。先輩に。美奈子先輩に。

「美奈子先輩の事が、好きだったから」

先輩が俺の胸に飛び込んできていた。
「ごめん・・・浩平君・・・。私・・・」
先輩をぎゅっと包む。
「先輩が謝る事なんて・・・ない」
「ううん、私、怖かったの。本当の事を知ったら、浩平君、ここから・・・」
「何処かに行ってしまう・・・とでも思ったのか?」
先輩は無言のまま。
「オレはそんなに薄情じゃないし、憐れみの気持ちで先輩と一緒にいたんじゃない」
「・・・みさき先輩と、担当医の奥野さんから話は聞いたよ」
「じゃあ、この前、病院に行ってたのは・・・」
「みさき先輩に聞いてな。先輩は病院に居るって」
「そう・・・みさきが・・・。うん、分かった。浩平君にだけは全てを話す。信じられないかもしれないけど・・・」
「オレは先輩を信じる」
「・・・ありがとう」

そして先輩は語り始めた。
真実を。

「先輩、外に出ないか」
真実を知らされたオレの第一声はこれだった。
「・・・外?」
「さっき買い物に行った時、月が綺麗だったからな。先輩はずっと月を窓から見ていたんだろ? 今日くらいは外で見なきゃもったいないぜ」
「・・・うん」

先輩と見るクリスマスの月は綺麗だった。
ただ二人で何も言わず、月を見る。
ふと横を見ると、先輩の横顔がある。
この季節外れの月見も、オレにとっては小さな幸せだ。
ビーダマみたいにきらきら光る、小さな幸せ。

だが・・・

「・・・あるよ」

「えいえんは・・・あるよ」

何かが変わろうとしていた。

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お久しぶりになります。今を奏でるピアノの第三回をお送りいたします。
感想・・・この頃、妙に規則正しい生活していたもんでネットから
離れていたため、現在、書けないです(^^;;
なんとか次回には・・・ということで、またです〜。

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