茜色の姉妹 第五章 「動揺 〜unsettled〜」  投稿者:高砂蓬介


《前回までのあらすじ》
永遠の世界に消えた浩平を待ち続ける茜の前に現れた、茜とうりふたつの少女、里村紅。茜の双子の妹を名乗る彼女を、何故か周囲は当然のように受け入れていく。
一人動揺を隠しきれない茜に対し、不可解な言動や行動を繰り返す紅。
一体彼女の目的は何なのか?
では、本編です。

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「紅さん、今帰り? これから佐織たちと一緒にパタポ屋に行くんだけど、よかったら一緒にどう?」
「もちろん。ぜひ御一緒させてもらうわよ」
新学期を迎え、夏休みボケも収まらぬうちに授業は始まっている。全くもって憂鬱な限りだが、放課後の友人たちと過ごす時間は紅にとって楽しみな時間のひとつだ。
(まさか、こんな風に生きることを楽しめるときが来るなんて思ってなかったけどね……あのころは)
生まれたばかりの自分は、毎日を生きることで――いや、存在を保つといった方が正しい――、精一杯だった。それから気の遠くなるような苦痛を重ね、この世界に現出したのだ。
夏の終わりに茜がいった言葉……『あなたは変わった』。その言葉に紅は余裕という言葉をもって答えた。それは普通の意味での余裕ではない。己の存在そのものに生まれた余裕だ。
「茜さんは帰っちゃったのかな」
「そうみたいね。昔っから付き合い悪いのよ、姉さんて」
「そうなの?」
瑞佳の問いに、幼い頃の茜の逸話をいくつか語って聞かせてやる。ただし、一部を差し替えて。
そのときいて今はいない人間のポジションに、あのころいなかった人間である自分を変わりに据えている、その一点だけをのぞけば、それは本当にあった話なのだ。彼女の記憶は、茜の記憶なのだから。
「笑っちゃうでしょ? ……っと、そろそろ行かないと佐織に怒られるわね」
「あ、ほんとだ。それじゃいこっか」
瑞佳と連れ立って教室を出る。誰にでも優しい、母性的なクラスメートの少女の横顔を見ながら、自分をこの世界にくくりつける錨として彼女を利用していることに少しだけ罪悪感を覚える。
だがそれも、一瞬のことだ。いつかはこの思惑も、ただの友情に変わるだろう。たった一人の人間を、この世界から追放すれば。

一人で家路を辿りながら、茜は漠然と物思いにふけっていた。
混沌とした思考が、半年ほど前に突如姿を現した自称双子の妹のことに至ったとき、茜ははっきりと自嘲の笑みを漏らした。どうせ紅のことだ。今日も瑞佳あたりと楽しい時間を過ごしているのだろう。
自分もそうすべきだということはよく分かっている。ただ浩平のことをを待ち続け、他の一切を拒絶した生き方などできるはずもない。かつてそういった生き方をしようとしていた茜にはそのことがよく分かっていた。
(あのとき、浩平が救ってくれなかったら……私はきっと、孤独に喰いつぶされていたのでしょうね)
その浩平も、今はいない。そして自分は今、彼がただしてくれた過ちを再び犯そうとしている。
(でもね、浩平……私は、こんな悲しみに二度も耐えられるほど……強くはないんです)
いつの間にか、茜は雨の日を待ち望むようになっていた。
「お帰りなさい、茜。あら? 学校で何かあったの?」
「何でもないです。……大丈夫ですから」
「そう? ならいいけど……悩み事があるんだったら、遠慮なくお母さんに相談してね」
その言葉を、茜はほとんど聞いていなかった。
早く、雨が降ればいい。
雨の日は、浩平のことだけを考えていられるから。
流れ落ちる涙も、雨の中に溶けて消えてしまうから。

茜の望みを天が聞き入れたのか、次の日は雨だった。
工事が始まってしまったせいで空き地には入れなくなってしまったが、茜はお構いなしである。工事現場を囲むフェンスの前で、いつもと同じピンクの傘を差して立つ。時折前を通り過ぎる通行人が奇異の視線を投げてよこすが、それも無視した。
「まーたこんなとこにいた」
視界を自分と同じ高校の制服がさえぎる。顔を上げてみれば、案の定そこにいたのは紅だった。
「……何か用ですか」
「何を今さら。姉さんを迎えに来たに決まってるでしょ」
「大きなお世話です」
紅は露骨に気分を害したような顔色を見せた。
「何よその言い方。そういうこったから浩平に愛想尽かされたんじゃないの?」
「……っ!」
思わず右手が動きそうになるのをこらえ、茜は傘の柄をぎゅっと握りしめた。
「あなたに……あなたに何が分かるっていうんですか!? 大好きな人に、二度も置き去りにされた私の気持ちが、あなたになんか分かるはずないじゃないですか!」
「当然じゃない」
激昂した茜の怒声を一気に凍り付かせるような冷たい声色で、紅がつぶやく。
紅が珍しく見せる、本気の表情。底冷えのする怒りが、茜の感情を急速に冷ましていった。
「あんたのことはそこそこ理解してるつもりだけどね、悪いけどあんたのそういうとこだけは本っ気で分かんないわよ。絶対に、分かってなんかやるもんですか」
紅は吐き捨てるように言うと、茜に背を向けた。
「大体お互い様じゃない。あたしのことだって、姉さんこれっぽっちも分かっちゃいないくせに」
ポニーテールの背中が遠ざかってゆく。その背に声をかける気になれなかったのか、かける言葉がなかったのか……自分自身にも分からなかったが、茜は遠ざかる妹の姿を黙って見送った。

一人で学校への道を辿りながら、紅はさっきの茜の姿に感じたどうしようもない哀れみと怒りの感情を持て余していた。
茜には、分かっていないのだ。分かられても困るが。
(焦る必要はないとはいえ、もどかしいもんなのよね……結構時間がかかるもんだわ。夏の様子から見てそう長くは持たないと思うんだけど……今年中には無理かしらね)
今考えていても仕方のないことだが、なにか冷静な思考を巡らしでもしないと感情に流されそうになる。まだ感情らしい感情すら持ち合わせていなかった生まれたばかりの自分では考えられなかったことだ。ましてや自分が茜を哀れむことができるなど、半年前の紅には想像もできなかったことである。
(ちょっと待ってよ……あたし、あいつのことを哀れんでるの? 冗談じゃないわ)
だんだんと思考の迷宮にはまっていく自分がもどかしい。
「ああっ、もう!」
苛立ちに任せて道路標識を殴りつける。右手に激痛が走った。
「痛たたた……」
右手を抱きしめるように引き戻し、熱くなる目頭を押さえる。
馬鹿馬鹿しい。こんなのは自分らしくない。
この心のわだかまりを制御するには、きっと自分は幼すぎるのだ。まだじんじんと痛む右手に傘を持ち替え、紅はわざと軽い足取りで学校への歩みを再開した。瑞佳の姿が行く手に見える。
挨拶しよう。彼女は自分の友人なんだから。
「おはよう、瑞佳っ」
「おはよう、紅さん。茜さんは?」
「今日は雨だもの。ほっときゃいいのよ、あんなの」
そう、放っておけばいいのだ。あとはこの雨が何とかしてくれるはずだから。

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わお! 今回は結構早く投稿できた高砂でっす!
「アシスタントに雇われた紅です」
まずはお詫びから。前回投稿のあとがきにて不穏当な発言があったことを深くお詫びいたします。
「まあ、確かに場違いだったものね。指摘して下さったWTTSさんに感謝すんのよ?」
どうもありがとうございました。

「さて、今後の展望は?」
たぶん次回は前回の予告通り「彼女の扉を叩く者」を書きます。ところで紅、お前ちょっと態度でかくないか?
「いいじゃない。あたしのが・・・だし」
年功序列なんて嫌いだ(いじいじ)。
「さて、一応次回以降のことも聞いときましょうか」
人の話聞きなさい。・・・もうすぐテストがあるから、冬休みに入ってから本格的に書くことになるかな。テストまでに運が良ければ一本ぐらいは書けるかも知れないけど。
「ってことは、12月半ばから投稿再開ね?」
そゆこと。
「はあ・・・また遅れたりしなきゃいいんだけど」

それでは今日はこの辺で。
「次回のアシスタントは多分ちーちゃんよ」