想い、貴女だけに…  第二話  投稿者:高砂蓬介


「一つ聞いていい?」
「何なりと」
「メイド?」
とりあえず聞いてみる。
「はい」
即答だった。
「なんで?」
「お聞きになってらっしゃらないのですか?」
その言葉に、つい最近の記憶を引っぱり出してみる。父が仕事の都合で一年ほど海外へ渡ることになり、母もそれについていって……自分はこの街を離れたくなかったので――もちろん浩平との約束のためだ――、ひとり中崎町にとどまることになった。それを心配した父が身のまわりの世話のために人を雇ったとは聞いていたが。
「あたしの記憶だと、メイドって言うのはもっと豪華なお屋敷で働いてて地下室で調教とか受けてたりとか、そういうものだと思ったんだけど」
「まあ、それじゃいかがわしいゲームですわ」
それもそうかも知れない。
「それで、えっと……?」
「雛森香苗です。香苗とお呼び下さい」
「そう。香苗ね、香苗……。って、雛森香苗!?」
「お気づきになられましたか?」
そう。雛森香苗とは、先日留美のもとにとどいた謎のラブレターにあった署名なのである。すなわち、ラブレターの送り主。そして浩平を待っているときに公園で出会った少女でもある。
「いやあの、あたしそういう趣味はあんまり……」
「今はそれ以上はおっしゃらないで下さい。私は留美様のお世話が出来るだけでも幸せですから……(ぽっ)」
口にしてから恥ずかしくなったのか、顔を赤らめる香苗。
「あ、お食事の準備が出来ていますの。冷める前に召し上がって下さいね」
誤魔化すようにそう言うと、香苗は着替え一式を留美に差し出して部屋を出ていった。
「洒落になってないわよ、ちょっと……」

着替え終わった留美がリビングまでおりてくると、食卓の上では焼き魚に味噌汁といった定番の朝ご飯が湯気を立てていた。豪華ではないがなかなかに美味しそうな献立である。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
食卓の向かい側には、にこにこと満面の笑顔を浮かべた香苗が座っている。相変わらずメイド服のままで。
とりあえず焼き魚をつつきながら、留美は少しこの奇妙な少女とコミニュケーションを図ることにした。
「それにしても、何でメイドなのよ?」
「これといって理由はございませんが……お気に召しませんか?」
「別にそういうわけじゃなくて」
ふと香苗の顔から手元に視線を移すと、彼女の前には食事が並んでいない。
「食べないの?」
「いえ、私は別に済ませますから。留美様はどうぞお気になさらずに」
どうやら留美に気を使っているらしかったが、逆にこっちが気にしてしまう。
「いいから一緒に食べましょ。あたしに気を使う必要なんてないから」
「……分かりました。では失礼して」
香苗は席を立ち、自分の分の朝食を運んできた。
「結構美味しいわね」
「本当ですか!? 光栄です」
たったそれだけのやりとりなのに、香苗は最高に嬉しそうな表情を見せた。愛くるしい顔立ちのせいもあり、本当に「可憐な乙女」の表情だ。
(普通にしてれば可愛い娘なのになあ……)
同性の留美から見ても惜しいと思うほど、彼女は魅力的な少女だった。
「それにしても、こんな朝早くから通ってるわけ?」
「いえ。お父上のご厚意で、住み込みで働かせていただいております」
「……嘘……」
住み込み。
つまり一つ屋根の下。レズビアンの少女と。
(何考えてんのよ馬鹿親父っ)
とはいえそれを口にするわけにもいかず、留美はただ乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「あちらの空き部屋を頂きまして。生活費等は留美様の分を含めて給与のうちとさせていただいております」
どうやら事は留美の知らないところで大きくダッシュしていたらしい。
「でも本当に夢のようですわ。こうして留美様と差し向かいでお話出来るだなんて」
その口調には少し不釣り合いな、幼さを残した容貌の少女はそう言って微笑んだ。

学校の制服に着替えた香苗に見送られて教室の前までやってきた留美は、香苗を振り返っていった。
「わざわざここまで見送りに来なくても良かったのに。あんたの教室は二階でしょ?」
「いいんです。こうして留美様をお見送りさせていただくのも私の義務ですから」
香苗の『留美様』という言葉に、近くを歩いていた住井が振り返る。
「七瀬さん、舎弟が出来たの?」
  ごすっ
とりあえず裏拳で住井を黙らせ、香苗に念を押す。
「こういう誤解をされちゃうと困るから、学校で留美様はやめてね」
「そうですね……承知いたしました。別の呼び方を考えておきます。では私はこれで」
留美に深々と頭を下げ、香苗は二年の教室に戻っていった。
「今の、香苗ちゃん?」
後ろから瑞佳に声をかけられる。
「瑞佳の知ってる娘なの?」
「そっか、あのラブレター香苗ちゃんだったんだ。オーケストラ部の後輩だよ。あ、元後輩かな。最近退部したから」
「まさかこのために退部したのかしら」
留美の冗談に、瑞佳は真剣な顔で答えた。
「多分そうだと思う。一つのことに打ち込むと一直線な娘だもん」
「冗談じゃないわよ……」

昼休み。瑞佳と昼食をとろうとした留美は、自分の鞄に弁当が入っていないことに気が付いた。今朝はいろいろと会ったから忘れていたのかも知れないが、肝心なことを忘れるメイドもいたものだ。
「ごめん、ちょっと購買で何か買ってくるわ」
「うん、待ってるよ」
そう言って留美が席を立とうとした刹那、教室の入り口から弾んだ声が響いた。
「お弁当をお持ちいたしました、ご主人様あっ!(はあと)」
この言葉に、教室中が石化したのは言うまでもない。

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あははははははははははっ。ついにやっちゃいましたご主人様。
まあ男の夢ですよね、「ご主人様」は。
というわけで、十日後にテストが控えているので少し投稿をお休みします。
数学が結構やばいし・・・うちにも気の利くメイドさんが来ないかなあ。レズビアンじゃなくて勉強を教えてくれるメイドさんが。
テストが無事終わったらまたお会いしましょう。ではまた。