それは、浩平がこの世界から消えて間もない新学期のこと。 「……何よ、これ?」 その日、登校してきた留美は自分の下駄箱におさめられた紙片に気付いた。 手に取ってみる。綺麗な純白の封筒に、百合の花びらをかたどったシールで封がされている。 一瞬、かつての嫌がらせの悪夢が脳裏をよぎる。だが、広瀬真希はあの一件で懲りたらしくそれ以来留美にちょっかいをかけてくるようなことはない。 だとすれば、何なのだろう? 封筒を裏返してみる。 “七瀬 留美様” そこにあったのは、丁寧で可愛らしい字で書かれた自分の名前だった。 「それで、七瀬さんは心当たりはないの?」 謎の手紙のことをまず相談してみたのは、瑞佳だった。 ちなみに話題が話題なのでいつもの教室ではなく昼休みの屋上である。まだ封も切っていない手紙を片手間にもてあそびながら、瑞佳の問いに答える。 「心当たりって言っても……人から手紙を貰うようなことはないと思うんだけど」 「でも、ラブレターみたいだよ」 確かにそう見える。というか、それ以外の何物にも見えない。 「良かったじゃない」 瑞佳はそういって微笑むが、留美にとってはいい迷惑である。 最近はクラスの男連中にも留美の本性は知れ渡っているらしく――それは浩平のせいなのだが、当然ながらそれを覚えている者はいない――、今さらラブレターと言うこともなかろう。他クラスの男子という可能性はあるが、それにしてもいくらラブレターとはいえ男が封筒に百合の花のシールまで貼って少女風の文字で宛名を書くだろうか。留美としては、浩平のことがなかったとしてもそういう男とのお付き合いは遠慮したいところである。 「だってこれ、どう見ても女の子の字よ?」 「そうだよねえ……」 不思議そうに首を傾げる瑞佳。 「とりあえず、開けてみたら?」 もっともな指摘にうなずき、封をといて中を見る。そこにあったのは、封筒と同じく純白の便箋だった。 書かれていた内容は……作者の指がタイピングを拒否したので伏せさせて貰おう。 「冗談じゃないわよ……」 心なしかげっそりとした表情で、留美が便箋を封筒に戻す。 「これって、完全に女の子だよね……」 気まずそうに言う瑞佳。 確かにそうである。一人称「私」の使用。少女風の文字。乙女チックな文面。 とどめに「雛森 香苗」の署名。 正真正銘、どこからどう見ても女の子のラブレターだった。 「イタズラ……かなあ……」 「そうだと信じたいわ」 ため息と共に手紙を懐におさめ、留美と瑞佳は昼食を食べ始めた。 その日の放課後。 留美はいつも通りドレスに着替えて待ち合わせの公園にやってきていた。 (どこ行ったのよ……折原の馬鹿……) 春を迎えているとはいえ、公園を吹き抜ける風はまだ冷たさを残している。肩やうなじに容赦なく襲いかかる夕暮れの寒さに身を震わせつつ、誰もいない彼方に視線を向ける。 (そろそろ帰ろう) そんなことを考えはじめたとき、視界の隅に人影が映った。別にそれだけなら珍しいことではない。誰もいない公園の片隅でドレスをまとっって立つ奇妙な女に好奇の視線を向ける人間は、今まで腐るほど見ている。 その人影は留美のことを見ている――もとい、見つめているように見えた。噴水の陰に隠れるように、留美のほうをうかがっている。 「何か……用?」 戸惑いながらもその人影に近づき、声をかける。人影は少女だった。留美よりいくらか年齢が下に見える。栗色の大きな瞳が照れたように留美を見る。亜麻色のショートヘアに留美と同じ高校の制服がよく似合う、なかなか可愛い印象の少女である。 「やっと……気付いてくれた」 「はい?」 「ごめんなさい、失礼しますっ」 少女はいきなり身を翻すと、ぱたぱたと走り去ってしまった。 「……何なのよ、一体?」 涼風吹き抜ける無人の公園で、留美のその問いに答える者はいなかった。 それから、一週間ほど経って。 「おはようございます、留美様っ」 突然耳元で声がした。部屋のベッドでまどろんでいた留美に、何者かが突如声をかけたのだ。 「な、ななななな」 「おはようございます。よく眠れましたか?」 そこにあったのは、満面の笑みをたたえた栗色の瞳。 「あ、あんたは……」 白いレースのエプロン。襟元には赤いリボンタイ。そして亜麻色の髪を飾るレースのカチューシャ。 ひらたく言えば、メイド服。 「はじめまして、留美様。今日からあなたにお仕えすることになりました、雛森 香苗(ひなもり かなえ)と申しますっ!(はあと)」 「……冗談……でしょ……?」 ******************************* ぐはあっ! ま、またもや新シリーズ!? というわけで、連載増やすより投稿ペースをあげた方がいいような気がする高砂でっす。まさか四本目に突入とは。 さて、本作は留美シナリオで浩平が消えている間の一年間を舞台としたレズビアン・ラブコメディ(しかもメイド)・・・になる予定です。ううう、自分の脳味噌(腐敗度70%)が怖い。 これからも人格崩壊まっしぐらの高砂を暖かく見守ってやって下さい。それではもうすぐ中間テストっ! ちょっと書き直して再投稿の高砂でした。