歌姫のティータイム 第三話 投稿者: 高砂蓬介
放課後。まだ歩き慣れない校舎の中を、深錫は演劇部の部室に向かって歩いていた。
「あ、あったあった」
プレートのかかったドアの前に立ち、ノックをする。
「新入部員の高科です。入りますよ」
中にはいると、部員はほぼ揃っていた。新入部員の正式な顔合わせは、今日が最初だった。
「じゃあ新入部員は前に出て、一人ずつ自己紹介をしてちょうだい。名前とクラス、それから経験とか得意なことなんかをいってね」
部長の女生徒の指示で、新入部員たちが自己紹介をはじめていく。すぐ深錫の番が回ってきた。
「一年三組の高科です。演劇は結構よく見るほうですけど、実際に舞台に立ったことはありません。家事全般は得意なので、そういったことでもみなさんのお役に立てればと思っています。どうぞよろしく」
頭を下げ、次の生徒に代わる。全員の自己紹介が終わると、部長が指示を下しはじめた。
「今日ははじめてということもあるし、これといって大したことはしません。とりあえずこれからの活動計画なんかを発表するから、みんな座って」
部室に備え付けの黒板を使って、活動計画や自主練のメニューなどが解説されていった。かなりの数の公演が計画されているらしい。文化祭や県のコンクールなどに加え、定期的な自主公演などまで企画されていた。
「以上で説明は終わりです。何か質問は?」
それに対し、いくつかの質問がおこなわれた。内容はまあ一般的なもので(中にはウケ狙いのようなものもあったが)、すぐに質疑応答は終わった。
「それじゃ、詳しい説明に移るわ。とりあえず次の公演で役者を希望する人は私についてきて。裏方希望の人はあそこにいる副部長のところに集まってね」
わらわらと部員たちが動き始めた。やはり役者希望の人間が多いようだ。というか、裏方希望は深錫だけだった。深錫は彼らとは反対の方向、副部長のところに歩いていった。
「ああ、深錫くんだよね。久しぶり」
副部長を務める二年の女生徒は、深錫と面識があった。以前姉に連れてこられて強引に手伝いをやらされたときに知り合ったのだ。
「お久しぶりです、三宅先輩」
「君が来てくれるのを待ってたのよ。由華先輩がいなくなって、衣装の出来る人がいなくなっちゃってたから」
この春にここを卒業した姉の由華は、家事はしないほうだったが裁縫の腕前は良かった。演劇部の衣装は大体洋服店に注文することが多いが、細かな手直しや補修はやはり部員の仕事なのだ。
「ご期待に添えるように頑張りますよ」
話していると、女生徒たちが集まってきた。
「君が美鈴くん? 変わった名前だよね」
「あ、美しい鈴のほうじゃなくて、深いに金属の錫なんです。よく間違われるんで」
おおかた姉があることないこと言いふらしていたのだろう。あっという間に深錫は取り囲まれてしまった。
「はいはいそこまで。深錫くん、早速だけど一つお願いしてもいいかしら?」
「あ、構いませんよ」
「助かるわ。あそこのかごにね、補修しなきゃいけない衣装が入ってるんだけど、その中にある青いシャツ、明日の練習で使うの。直してくれない?」
本当に早速だった。覚悟していたことではあったが。
「……分かりました。裁縫箱はありますか?」
「あ、今家庭科室に返しちゃってるの。えっと……ん?」
気が付くと、澪が副部長のそでを引っ張っていた。スケッチブックになにごとか書いてある。
『とってくるの』
「そう? じゃあお願い、上月さん。深錫くん、ちょっと待ってね」
澪が教室を出ていき、戻ってくるまでの間に深錫はシャツの補修場所を見ておくことにした。
それなりの値の張りそうなシャツは、そでのボタンが外れてしまっていた。この程度なら簡単に直りそうだ。
少し待っていると澪が戻ってきた。
『持ってきたの』
「ありがとう。じゃあ深錫くん、あとよろしくね」
副部長は何かすることがあるのか、さっさとその場をあとにした。澪から裁縫箱を受け取り、深錫は作業をはじめた。
『直せるの?』
「問題なく。こう見えても裁縫は得意ですから」
適当な針と糸を選び、小さな袋にしまってあったボタンを取りだして針を入れていく。ボタンは実用のものではなくデザイン的なもので、付け方に少し工夫がなされていた。残っているボタンを参考に、見よう見まねで再現していく。
『上手なの』
横で澪が目を輝かせながら深錫の手元を覗き込んでいる。針を運びながら、深錫は澪と話をすることにした。
「……先輩、言葉が話せないんですか?」
こくこく。
「大変ですね」
一応目線はボタンのほうから離さずに、まずは気になっていたことを聞いてみた。少し無神経かとも思ったが、澪は気分を害した様子はなかった。
『どうしてそんなにうまいの?』
澪はボタンを付けている深錫の手際の良さが気になって仕方がないようだった。まあ深錫自身、別にうまくなろうと思ってやっていたわけではないのだが、裁縫好きの母と姉に可愛がられて(遊ばれて)育った彼がこういうことに長けているのはある意味必然といえた。
「いろいろとあったんですよ……」
いろいろと思い出しそうになってしまうのをこらえ、深錫はボタンに意識を集中させた。邪魔をしては悪いと思ったのか、澪もそれっきり静かになる。
その甲斐あってか、補修はすぐに終わった。
シャツをきれいに畳んで副部長のところへ持っていく。澪もついてきた。
「終わりましたよ」
「あ、早いわね。……ぷっ」
後ろにいる澪と深錫を見比べて、副部長は吹き出した。
「兄妹みたいよ、あなた達」
「……念のために聞いておきますけど、どっちが兄なんですか?」
「もちろん深錫くん」
深錫は深いため息をついた。
「やめて下さいよ、そういうの」
『私が年上なの』
「ふふ、冗談よ。……あれ? なんだかこういうことが前にもあったような……」
その言葉を聞いたとたん、澪がびくりと目に見えて動揺した。
「どうしたんですか? ……って先輩!」
深錫と副部長の視線が集中すると、澪は脅えたように部室を駆け出していってしまった。
あとには、呆気にとられた二人が取り残される。
「上月先輩、どうしたんですか?」
「さあ……。深錫くん、追いかけてきてくれる?」
「分かりました」
副部長が何かぶつぶつとつぶやいていたのが気にかかったが、深錫は急いで部室を出ていった。

「どこに行ったのかな……」
まだ慣れない校舎を、人を捜しながら歩き回るのは至難の業だ。まあ部室に戻れなくなるということはないだろうが。
「あれ?」
幾分人影もまばらになってきた廊下を歩いていると、窓から見える中庭に一つの人影がある。スケッチブックを抱えた、小柄な女生徒だ。澪に間違いないだろう。
深錫は急いで階段を駆け下りた。下駄箱で靴を履き替え、中庭に出る。澪はまだそこにいた。
「……先輩?」
声をかけると、澪はゆっくりと振り向いた。目が泣き腫らしたように赤くなっている。
「部室に戻りましょう。みんな待ってますよ」
ふるふる。
澪はかぶりを振った。そのまま、木の根本に座り込んでしまう。
深錫はため息をつくと、そのとなりに腰を下ろした。澪が不思議そうな顔で見上げてくる。
「おつきあいしますよ。置いて帰るわけにもいきませんし」
「…………」
それっきり二人は黙り込んだ。澪はどこか遠くを見るような眼で、校舎の壁を見つめている。
その横顔を見ているうちに、深錫は懐かしい感覚にとらわれた。
(つらいことがあったんだ。きっと、このひとは)
おそらくはあの副部長の一言が、その記憶をよみがえらせたのだろう。
深錫は目を伏せた。それ以上その顔を見ていると、自分までつらい記憶がよみがえってきそうな気がしたからだ。
そうしているうちに、隣から安らかな寝息が聞こえてきた。
「寝てどうするんですか……」
肩を揺すると、澪はおっくうそうに目を開けた。
「帰りますよ」
こくん。
今度は素直に頷いた。深錫は先に立ち上がると、澪の手を取った。

部室に戻ると、もうほとんどの生徒は下校していた。部長にたっぷりと油を絞られ、やっと二人は解放された。
二人で下駄箱に向かう廊下を歩いていると、不意に澪にそでを引っ張られた。
『今日はごめんなさい』
「大丈夫ですよ」
深錫は澪を見下ろしていった。
「それじゃ、さようなら。僕はこっちですから」
一年生と二年生では下駄箱の場所が違う。別れ際に、深錫は聞いてみた。
「明日も、学食ですか?」
うんうん。
「それじゃ、僕もそうします。逢えるといいですね」
『探すの』
それは探して欲しいと言うことだったのか、それとも向こうから探してくれるということなのだろうか?
なんとなくそれを聞かないまま、二人は別れた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はい、高砂です。第三話でした。
今回もまた話が進んでません。最近一本あたりが短くなってるなあ・・・
ああ、明後日から新学期。駄目だ・・・

感想です。

>楓鳥瑠留さん「澪と遊園地で」
 ラヴじゃあ。いいですねえ。
 澪は結構スピード好きですか。お化け屋敷あたりは全く駄目そうだけど・・・

>から丸さん「人魚姫」
 うわああああーっ!? 何故かみんな死んでる!
 住井が出てきたあたりでなんだか怖い感じになってきたと思ったら、すごいこと
 になっちゃいましたねえ。
 次回作期待しております。

>いちのせみやこさん「シンデレラのリボン」
 「息を吐け」のネタは爆笑しました。ほんとにやりそうだし。
 瑞佳のだよもん指数(命名)がかなり高いですね。
 続きがむっちゃ気になります。

>犬二号さん「ある悪魔の呟き」
 むう。難しい。これは一体。
 済みません、僕には感想が書けません。
 僕もこういうものが書ければなあ・・・

今回はこの辺で。はあ・・・新学期・・・(しつこい)