NEURO−ONE 27 投稿者: 天王寺澪
第二十七話「葉子・オーバードライブ」



ホテルの部屋。両手で顔を覆った茜。
目をつぶっても仕方がないのだが…実際あの部屋との接続は切れてしまっていた。
監視システムから取り込んだ光の負荷が許容量を越えたため、回路が自動的に接続を切ったようだ。
横を見ると浩平が座ったまま呆然としている。とりあえず何とか抜け出せたらしい。でも葉子さんは…。

「浩平…」
「ああ」

恐る恐る月の本部に再アクセスしてみる…驚いたことにシステムはそのまま動いていた。

「無事…なのか?」
「カメラを!」

部屋の監視カメラに切り替える。

「あっ!」

二人を驚いた。そこに映った不思議な光景。
部屋の中央で光が輝いている。眩しい橙色の…光の珠。中で炎がちろちろと動いている。
それをお手玉でもするように手で浮かべている女。白い寝間着。金色の長い髪が珠の光を受けて輝いていた。
横には蓋の開いたカプセル。

「いったいこれは…」

珠はだんだんその輝きを失いつつあった。浩平にもそれが何かやっとわかった。
そうか…どうやらこれが爆発の光と炎…衝撃のエネルギーらしい。広がる前に彼女が力で押え込んだのだ。
それがこの光の珠の正体。

「これ…が…」

これが不可視の力。本物だ。桁外れのサイコキネシス。見えない巨大な手。
炎の珠は小さくなったところで、すっと開いた窓から外に出ていった…しばらくして軽い爆発音。

「良かったな。無事で」
「はい…」

茜が彼女を見て涙ぐんだ。彼女は生きている。目を開けているのだ。

「あなたたち…」
「!」
「ありがとう。とりあえず…礼は言っておきます」
「葉子さん…俺たちにアクセスできるのか?」
「不思議ですか?あなたたちもテレパシーでしょう?」
「いや…これは…」

浩平はこの力について説明した。今までのいきさつも。
驚いたことに葉子はあのシムの記憶を完全に保持していた。だからこそ苦しんでいた…そういうことだ。
話を聞きながら、彼女は椅子に座って体の具合を確かめている。何年も動かしていない筋肉。手足の関節。
少し細いかなというだけで普通に動いている。リハビリもなしに…。

「それで…あなたたちの目的は達せられた…そういうことですね」
「とりあえず…半分は…」
「晴香たちがどこにいるか…わかりますか?」

浩平は軍の施設の場所を教えた。
彼女は壁に設けられた棚を開けると、中から教団のスーツを出して…着替えはじめる。

「浩平…見てはだめです」
「…う」

でも彼女…確か三十代後半のはずだが…。
今ちらっと見えた体はどう見ても…二十代だった。

「私は晴香たちを助けに…行ってきます」
「あっ…待って!もうすぐ迎えがそっちに…」

止めようとした瞬間に葉子の姿が消えた。カメラを切り替えてもどこにもいない。まさか…一瞬で…。
監視システムの分析システムを利用してみたが…質量の完全な移動。流れ込んだ空気の動きだけが確認できた。
移動先では事前に空間が確保されるのだろうか。でなければ原子レベルでの衝突が起こるはずだが…わからない。
呆然としたまま回路をクローズする。ふと気がつくと寂しそうな茜。

「どうした?」
「私…何も言ってもらえませんでした」
「…茜…きっと後で」
「はい…」

だが浩平にも気になることがあった。あの時教えてくれた声は…いったい…。
どこかで聞いた声だったが。





「…我々は新しいエリアの創造に向け、輝かしい一歩を踏み出し…」

演説も終わりに近づいていた。後は首相就任式だけだ。だが彼は会場の先で異変が起こっていることに気がついた。
最初は何かわからなかった。少し張り出したドーム型の屋根。ちょうどステージから反対側の辺り。
その屋根の上に大きな物体が現れたのだ。それが屋根を崩しながら会場の端に転がり落ちた。

ズガアアアアアアアッ!!

「キャアアアアアッ」
「何だ?」

会場の中に落下してきた物体。近くで見れば装甲車のマークらしきものが識別できただろう。それも数台分の。
スクラップ処理場のハンマーで押し潰して…綺麗にボールにした…そんな感じだった。直径は5mぐらいだろうか。
見る間に次々と同じようなボールが現れた。屋根を崩しながら落下してくる。全部で…1…2…3…。
それらが床の傾斜に沿ってゆっくりと転がりはじめた…ステージへと向かって。

「危ない!」
「逃げろーっ」

会場の中は大騒ぎになった。出口へと殺到する人間でパニックになる。

ゴロゴロゴロ…ガタン…ガタガタン…。

巨大なボールは椅子や階段を押し潰しながら、会場を転がって行く。

「つまらんことを…」
「落ち着いてるわね」
「スノウ。これはいったい何の趣向だ?」
「…知らないわ。でも逃げなくていいのかしら」

周りの連中はみな我先にと避難していた。

「?」

スノウの手を引っ張る者がいる。一人の兵士。彼女はその顔を見ると、笑ってその場を離れた。
今や会場に残っているのはタカツキと兵士、ニンジャ。それと危険を省みずに放送を続ける報道関係の連中ぐらいだった。

「タカツキ殿!お逃げ下さい」
「構わん。おい…吹き飛ばせ」

兵士たちがバズーカを撃った。

ズゴオッ

鉄屑のボールは少し削れただけでびくともしない。そのままステージまでゆっくりと転がり続ける。

「仕方がない…タランチュラ!」

ガシャンガシャンガシャンッ!

ドームの屋根にへばりついていた数体の多脚砲台が降りてきた。機体の上にある大きな単眼がぎょろっと動く。高出力レーザー砲。
それが突然光を放つと赤い軌跡がボールを切り裂いた。

ジュッ…
ズズゥゥゥウンッ

ボールは真っ二つにされて、その場に倒れる。次々とレーザーがボールを破片に変えていく。
全てが破片に変るとやっと騒ぎが納まった。マイクの前で叫ぶタカツキ。

「おい…どこにいる!姿を現せ!」

声がエコーになって静まり返った会場に響く。
やがて…広い会場の真ん中…ボールの軌跡でぐちゃぐちゃになった場所に影が現れた。
黒いコート。金色の髪。

「ネズミめ…よくもセレモニーを台無しにしてくれたな」
「こんな茶番劇などどうでもいい。おまえの命さえ奪えれば」
「ふ…おまえに俺が倒せるとでも思っているのか?テロリストめ」
「クーデターの張本人に…言われたくはない」

再び多脚砲台が動き出した。彼女にレーザーの照準を合わせる。

ジュ…!

女がいた場所の床が蒸発して穴が開いた…が、既に彼女はステージの側まで移動していた。
護衛のニンジャが襲い掛かる…が、一瞬で切り刻まれるとみな倒れた。刀が見えない。

「随分恐ろしい力を持ってるじゃないか?装甲車をお手玉に丸めるとは」
「…ほんの挨拶だ」
「もう満足しただろう?この辺で帰った方がいいぞ…調子に乗るとろくなことにならん」
「おまえを倒さないと…帰れない」
「面白い。やってみるがいい」

バシュッ!

レーザーで再び撃たれる。だがルミィはタカツキの頭上に飛んでいた。
メタルクロームの刀を振り下ろす。避けきれない。床ごと真っ二つになる…はずだった。

バリバリバリ…!!

「うわあああああっ!」
「馬鹿め」

まるで見えない壁に激突したようだった。電撃が体中を走る。ルミィは崩れ落ちた。

「ぐ…く…」
「死ね」

残っていたニンジャが切りかかる。だが刀は空を切った。
見上げるとルミィは空中に浮かんでいる。まだ少しふらふらして…。

「…」

彼女の前で光が屈折する。超高圧で圧縮された空気の固まり。

「くらえ…」

下に向けて放った。

ズガァァァアッ…。

爆発。ステージは木っ端微塵に破壊され、ニンジャたちの大半が吹っ飛ぶ。
ところが…粉塵が納まった後に立っている男。何事もなかったかのように。

「えっ…」
「ふ…そんなものは効かない。効かないんだよ」

彼の体から一定の距離を覆っている特殊なフィールド。それが衝撃も圧力も全て無効にしているようだ。
指輪に手を触れているタカツキ。あの指輪。あれが。

「名倉の小娘からちょっと拝借したものだが…なかなか役に立つ」

対衝撃シールド。それは由依がいつも身につけていた指輪だった。ちりちりと静電気の光が彼の周りを覆っている。

「さて…遊ぶのはここまでだ。失礼する」
「待て」
「いずれおまえたちはゆっくり片づけてやるからな」

去ろうとするタカツキ。追いかけようとしたがレーザーで狙い撃たれる。
次で確実に仕留めなければこちらが殺られる。ここは一旦引き下がるしかないのか。
いやまだ手があるはずだ。

「…」

ルミィは自分の周りに再び空気を凝縮し始めた。タカツキが振り返る。

「無駄なことを…まあいいだろう…もう一度だけ相手をしてやる」

シールドを張った。余裕の笑みを浮かべて。だがそれが命取りになった。
彼のすぐ横にもう一つの輝きが現れたのだ。





観客とは別の通路からアリーナの外に出る。そこにはジープが待っていた。

「早く乗って。ここから離れないと」
「シュン…」
「すぐ先で仲間が待ってる。できるだけ遠くへ行くんだ。ここはたぶん…もう終わりだから」

アリーナことを言っているのだとスノウは思った…が、実は違っていたのだと後に知ることになる。
急発進するジープ。外は避難してきた人間で溢れている。大変な騒ぎだった。混雑した道を避けて裏に回る。

「途中で葉子さんを拾って行くことになってるんだ」
「葉子さんが?じゃあ浩平君たち…」
「昨日から戻ってる。迎えに行った連中に僕の組織の人間がいたんだ。連絡はつけておいたよ」
「そうなの…良かったわ」
「今ごろ意識が戻ってるはずだ。ちょっと待って…」

車に乗せた軍用回線。端末を頭に着けて、ある周波数に合わせる。それから暗号を特殊なデコーダーにかけた。

「えっ消えた?…いったいどこに…何だって!」

今出てきたばかりのアリーナを振り返った。





「おまえ…」

白いスーツ。胸には鹿と月の紋章。金色の長い髪。
タカツキの顔が歪む。

「鹿…沼…」
「元気そうですね…」
「意識が…戻ったのか」

ドシャァァァアッ…

新たな標的を狙おうとした多脚砲台…それが軒並みひっくり返った。女が片手を上げただけで。
ニンジャが彼女の周りに殺到して団子状態になる…が、簡単に跳ね飛ばされる。

「ぐわあっ!」
「げふっ」

ゆっくりと彼の側まで近づいてくる女。青い瞳。
まるで今日の空のような明るい青。

「晴香たち…返してもらいました」
「ちっ…あの連中…本当ならとっくに…」

人質が減らなければ…スノウと取り引きさえなければ…。
それを聞いて女は立ち止まった。静かな…だが悲しげな微笑み。

「どうして先に…私を殺してくれなかったのですか?」
「…葉子…おまえ…眠ってさえいてくれたら…眠ってさえ………おっ?」

ドグァアッ!

空気玉ごとタカツキに体当たりを仕掛けたルミィ。再びシールドに跳ね返されそうになるが今度は粘る。
何とかそのまま中に潜り込もうと…していた。衝撃の余波が辺り一帯を包む。突風。電撃。

バリバリバリバリ…。

徐々にルミィが押し返される。

「ぐっ…駄目か…」
「何回やっても同じ事だ…あきらめろ」
「…くっ…」
「ふはははは…無駄だ無駄だ無駄だあっ」

だがその時…葉子が手をかざすのが見えた。シールドが歪む。

「何っ!…や…やめろっ!」

瞬間、指輪から火花が散って弾け飛んだ。彼女の力が加わった負荷に耐え切れなかったのだ。
ルミィとタカツキが激しくぶつかり合う。吹っ飛んだタカツキが壁に叩きつけられた。

「…ぐ…くそっ…」

銃を取り出すと歩いてくる葉子に向けた。

「それ以上…近づくな…」
「お兄さんのこと…まだ怒っているのですね」
「言うな!」

ドゴォッ
…カラカラカランッ

弾は床に転がった。葉子の前にできた見えない壁。
レンズのように後ろの風景が歪んでいる。

「あなたは…似ている…私と」
「黙れ!」
「死んだ人が…忘れられない」
「黙れ黙れ黙れ!」

ドゴォドゴォドゴォッ…

続けざまに撃つ…が、どれ一つとして届かなかった。

「忌まわしいぞ…その力…」
「…そう…ですね」
「何が殺して欲しかっただ。嘘をつくな!」
「いいえ…」

風景が元に戻った。何も遮るものがなくなったのだ。

「本気…か?」
「はい」
「…葉子…」

虚勢…だ。虚勢に決まっている。

ドゴォッ!

弾が髪をかすめた。彼女は少しも避けようとしない。

「…なぜ…わざと外したりするのですか?」
「おまえ…本当に…うわあっ!」

見えない力で吹っ飛ばされる。残っていた床から…下に転がり落ちた。
葉子のすぐ側で…片膝をつきながら立ち上がるルミィ。

「おまえの相手は…この私だ」
「ぐっ…これで勝ったと思うなよ…」

転がったまま…ポケットから携帯端末を取り出す。いくつかキーを叩いた。

「ふ…もう終わりだ」
「何…?」
「ウイルスだ。セントラルの主要なシステムに仕組まれた『doppel』が動き出す。すぐに世界中に…」
「!」
「わははははは…」

ガシャンッ

その時不意に多脚砲台が起き上がると、レーザーで辺りを無作為に撃ち始めた。
どうやらメインシステムが汚染されたようだった。

「ぐあ…」
「あっ!」

レーザーがタカツキの体を貫いた。何度も。

「馬鹿…な…」

体が燃え出した。アリーナも鉄骨や屋根が切り裂かれて崩れ始める。
落ちてきた壁に多脚砲台も死体もみな下敷きになった。爆発。やがて炎がアリーナ全体を覆い尽くす。

上空からそれを眺める葉子と…彼女に肩を借りたルミィ。舞い上がる強い風に二人の髪が激しくなびいた。
葉子はしばらく男のいた辺りをじっと見つめていた。炎に照らされたその顔は彫像のように美しく、動きがない。
自分の顔を見つめるルミィの視線に気がつくと、彼女は口を開いた。

「ありがとう…」
「いや。こちらこそ…」
「お互い危ないところ…でしたね」
「でも…どうしてさっき…自分から…」
「…」

答えない。また炎を見つめている。
それから思い出したように顔を上げた。

「その刀…少し貸していただけませんか?」
「?…別に構わないが…」

葉子は自分の髪を後ろで束ねると…刀をあてて引いた。

シャッ…

「!」

炎に向かって落ちて行く金色の切片。きらきらと輝きながら。舞うように。

「…」
「ウイルス…早く浩平君たちに連絡しないと」
「浩平…知っているのか?」
「一緒に来て…もらえますね」

微笑む葉子。短い髪も彼女によく似合っていた。
だがルミィは…その姿に記憶の深い部分を揺さぶられたような気がした。

「七瀬さん…そう呼んでもいいのかしら?」




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27個目


あと少しです。