第二十六話「トランス・ヨーロッパ」 ベルリンからLinear−ICEに乗る。二人ともスーツ姿。 浩平はグレーのアルマーニ。茜のジバンシーは白地に薄緑の細いストライプ、タイトスカートだった。 列車に乗る前にレディの手配した車で市内の店に連れて行かれたのだ。ビジネスマンに見える格好をという指示。 駅ではサングラスまでかけていたのでちょっと怪しかった。 車内での数時間…葉子についての段取りを打ち合わせる。もちろん会話は回路を使って。誰にも聞こえないように。 でもそれ以外の時の茜はどこか楽しそうだった。二人でこうやって旅行をしている…それが嬉しいらしい。 気がつくと車窓から見える風景…山や森、グリム童話に出てくるような家々…それらを一生懸命見ている。 時々振り返っては指をさすのでその度に浩平は肯いてやらないといけなかった。 本当はもうひと眠りしたかったが許してもらえそうにない。 「浩平…」 「ん?」 「このままずっと…旅行して…いたいです」 「…うん」 そうだな。やっと二人っきりになれた。近くにレディの見張りがいるかもしれないが…それでも構わない。 残された澪たちのことが頭に浮かぶ。でも二人でこのまま…どこかへ行ってしまいたい…行ってしまえたら…。 それはかなり強力な誘惑だった。 「で…しばらくしてから…ほとぼりが冷めてから…戻ると」 「いいえ。戻りません」 「…おいおい(汗)」 「ずっと…ずううううっと」 頬が赤い。自分の言った言葉が恥ずかしいらしい。大胆なお嬢さんだ。しかもそのまま無言で見つめたりするから始末が悪い。 まさか…逃げる段取りを打ち合わせたいのか?俺が回路を使って『話しかけ』るのを待っている…?そんな…本気で…。 思わず目をそらした。少し間を置いて違う話をしてみたが、茜のじと目にプレッシャーを感じる。胃が痛くなりそうだった。 だからフランクフルトに列車が着いた時、浩平は正直ほっとした…が、残念な気もした。ちょっと惜しかったかな。 見ると茜はさっさと迎えの車の方へ歩いていく。なあんだ。考え過ぎて損した…そう思った途端…。 意気地なしっ!頭の中で響く声。思わずこけそうになった。 「本当にいい天気だな」 「はい…」 車の外を過ぎる街の風景。浩平はただぼんやりとそれを眺めた。昼間の通りはたくさんの人で賑わっている。やけに人が多い。 そうか…今日は日曜日だ。いつのまにか曜日の感覚さえなくしていたのか。すぐ横を歩く家族連れやカップルの姿。 紙袋を抱え、あるいは風船を持って…。広場に入ると噴水の前に大道芸人がいる。みな笑っていた。ホームレスまで一緒に。 元気に走って行く子供たち。そういえば瑞佳の世界でも同じだった。子供が元気な場所は幸せな場所。 日の光、水のきらめき、子供の笑い声。幸せの一つの形。昔見た風景。あれは…夏の日のプールだ。 どうして自分たちは…あの穏やかな街中にいないのだろう。 「…え?」 茜が手を握り締めてきた。 彼女を見ると反対側…窓の外を見ている。そこにはやはり同じような風景。 「茜…」 「…」 手が震えていた。 わかってる。そんなことはしない。しないんだ。 俺たちは。 空港に着くとすぐ手続きを済ませる。ルフトハンザのSST、ファーストクラス。 ようやく乗り込んだ機内の、各席に備えられたディスプレイ…何気なくつけたニュースチャンネル。 そこで二人の顔色が変わった。 『…警備ロボット暴走による不運な死去。問題のロボットはクラスター外で破壊され…』 「これは…」 「嘘…です…」 ためらいながら回路を動かしてみる…が、いくら探してもクラスターにAIは見つからなかった。 真空を漂っているだろう破片…たとえ彼らでもアクセスはできない。2NDだったもの。もう動いていないものだ。 「どうして…」 茜の唇が震えている。 浩平はレディのシステムに回路を繋いでみた…が、なかなか話ができない。 ただ彼女が私有地のあの部屋にいるのは確認できた。世界中からの問い合わせ…その間接的な対応に負われているようだ。 強制的に割り込むことも出来たが、今は誰が見ているかわからない。 …おや? 浩平はシステムの中…レディしか読めないメモリーの中に『2ND→XXXX』と書かれたメッセージを見つけた。 それは彼女しか見ることの出来ないリンクアドレスだった。そして二人が指定されたアドレスへ入ると…。 『ごめんなさい/2ND』 たった一言。ただそれだけの…言葉。 「…茜」 「やっぱり…ikumiさんは…」 レディの力の限界…いや…彼女のシナリオに入っていたことではないのか? 恐らくそれが密かに交わされた『条件』だったのだ。浩平たちとではなく、2NDとの『条件』。 「命まで…条件にすることは…ないのに」 「…」 肩にもたれてきた茜。閉じた瞳から涙が零れ落ちる。浩平は気がつかない振りをして窓の外を見た。 超音速で飛ぶ機体の外。濃い群青色の空はとても美しい。目を貫く太陽。普通のエアから見るよりも宇宙に近い空だ。 あの上に今朝までいた。そして今真っ直ぐセントラルへと帰って行く。 さっきまでの雰囲気はどこかに消えてしまった。みんな地上に…あの街に置いてきた…そんな気がする。 懐かしささえ感じていた。短い夢のようなもの。もう引き返すことはできない。 「茜…葉子さんの意識を取り戻す段取り。向こうに着いてから…」 「はい…」 今朝から繰り返し流される臨時政権の宣伝放送。スノウ・ミヤマがVRを使ってセレモニーの開催を告げていた。 それは最近若手のプロデュースにばかり力を入れていた彼女自身の…事実上の新作だった。 その素晴らしい美貌と声、肢体を見事に使いこなす伝説の女神の復活…世界中の人間が政権よりこちらに興味を示していた。 昔から全てのメディアがセックスを柱にして広がっていった。VRも例外ではない。スノウもデビュー当初からその方面での活躍が目立った。 そのため一般には単に色気だけと思われやすい彼女だが、実は一部の間では以前からその非凡な力を認められていたのだ。 VRシムでは単に演技力だけで成功することはできない。 相手になった男を女神のごとく包み込み、一体となった女に女王の優越感を与える…力。 アクセスした者を高みへと引き上げ、絶頂へと。そのシンクロ率の高さ、深さ、確かさ。巫女の能力にも似た驚くべき才能。 T社時代にスタッフの彼女が遊びで参加したVRシム、彼女の今の名前の由来にもなったキャラ、深山雪見。 その裏画面での遊びの…あの伝説的なログは闇で数百万新円もした。 軍の若手の中にも彼女を敬っている者が多かった。そして彼女に会えただけでクーデターを喜んだ兵士までいたほどだ。 みさきがVRデッキの端末を装着してチャンネルを合わせる。そろそろCMが始まる時間だった。 「…ん〜っ」 『なの…』 「あっ…始まったよぉ」 澪もデッキのスイッチを入れて端末を頭に着ける。パルスが脳波と同調するように微調整されると、リアルな感覚が飛び込んできた。 『なの〜っ』 「…雪ちゃん元気そうだね…これだったら心配いらないよ」 『なのなの〜っ♪』 VRのスノウが新政府の概略や大儀を美化しながら説明している。わざとらしく自分の胸に手を当てて。 今まさに大勢の男がデッキの前で同じ感触を味わっているのだろう。澪も自分の胸に手を当てて…それからため息。 『全然違うの』 「くす…」 いつ危険が訪れるかわからない状況の中では、完全にVR以外の情報をカットするわけにはいかない。 だから今はデッキをオープンモードにしてあった。みさきと会話もできるし、手を当てれば自分の胸の大きさもわかる。 いくらVRがスノウのリアルな胸の感触を伝えても、すぐに違いに気づいてしまう。澪は膨れた。神様は不公平なの。 笑うみさきはゆったりとしたセーターを着ている。隠れ家にはブラがないので直接肌の上に。 Vネックのセーターの襟元。彼女の豊かな胸の…谷間。澪がうらやましそうにため息をついた。 放送が終わった。いつものスノウの作品と比べれば水準は落ちるが、それでもよく作ってある。時間もなかったはずなのに。 端末を外す二人。澪がまだ胸の辺りを気にしている。 『…しょんぼりなの』 「うふふ…」 『の?』 澪の体を引き寄せるとぎゅっと抱きしめる。大きくて柔らかいみさきの胸。包まれた澪はリボンだけがちょこんと飛び出ている。 見上げる彼女の顔を人工の青い瞳がじっと見下ろしている。結晶に光が吸い込まれて…表情が見えない。 時々みさきの目は本当に見えているのか澪にはわからなくなるのだ。 「可愛いね。澪ちゃん…」 『絶対絶命なの(汗)』 「雪ちゃん…大丈夫かな」 『…』 澪は気がついた。みさきはVRが伝える感触にスノウの無事を確かめようとしていたのだ。 でもどれだけリアルでも所詮記録されたデータでしかない。繰り返し流されるその中にはスノウはいないのだ。 澪を抱きしめながら不安を紛らせようとしている彼女の…でも暖かな胸。澪は目を閉じた。そしてみさきの心臓の鼓動を感じた。 それから…顔を上げた。にっこり笑う。みさきを安心させようとするかのように。 『お願いしたの』 「お願い…?」 『今朝流れ星を見たの』 「そうなんだ…良かったね。澪ちゃん」 『でも…すぐ燃え尽きたの』 「見たかったな」 『とても…綺麗だったの…』 それは明け方の空。クラスターの方角。誰かに呼ばれたような気がして目が覚めた。 窓を開けたら空を落ちていった美しいルビー色の輝き。 「それで…何をお願いしたの?」 『それは…』 澪は恥ずかしかったので…下を向いた。 『内緒なの』 全くの別人として空港のゲートをくぐる。手配されていたはずだが何もチェックがない。 関連するデータを消しておいたせいもあるが、そもそも通るゲートが他の人間と違っていた。 到着口から出るとレディの会社の人間たちが迎えに来ていた。彼らは社交辞令的な挨拶をするだけで突っ込んだことは何も聞かない。 他にもそういう類のお出迎えが多いのだろう。かなり手慣れた扱いだ。表に止まったベンツに乗ってそのままオータニへ。 例のアリーナは目と鼻の先だった。久しぶりに帰ってきた町。だがあちこちでやはり崩れたビルが目につく。 セントラルへも行ってみたいが…不用意にうろうろするのは危険だった。レベルが下げられたとはいえ戒厳令は敷かれたままなのだ。 それに当面の目的は…VRシムで意識を失った人間の覚醒、そしてレディとの契約である…新ウイルスの抑制だ。 とは言うものの澪たちが心配なことも確かだった。 「みんなの居場所をチェックできるかな」 「…やってみましょう」 晴香や由依は軍のデータから施設に拘束されていることがわかった。 スミイたちは見つからない。澪もみさきも…よほどうまく隠れているのか。 最後に葉子。これは簡単だった。動かされていないとすれば…場所は一つしかない。月の本部だ。 回路でアクセスしてみると、教団のシステムはある部屋の辺りに集中していた。茜は回路の接続を監視カメラに移す。 「!」 部屋の中央。何人かの兵士に見張られているカプセル。その中で眠っている顔。 それを見た茜の目が潤んだ。 「…間違いありません」 「そう…か」 案の定、彼女の周りは厳重に警備されていた。脳波や心拍などの監視モニター。その前に陣取る兵士たち。 そこまで恐れているのにどうして殺さないのか不思議だった。まだ利用できるとでも思っているのだろうか。 「兵士をどこかにやって、葉子さんの意識をリセットする…」 「…ですね」 目覚めさせるまではまだ検討がつく。問題はその後だ。 いったい彼女はどう動くか。どうやって救出するか。それが一番の問題だった。 カプセルは定期的な電気パルスによって、彼女の筋力が衰えないようにしているようだ。それでも歩けるという保証はない。 あるいは筋力など頼らずに例の力で堂々と出て行く可能性だってある。それはそれでとんでもないことになるだろう。 「どうするかな…」 そこで扉をノックする音がした。使いが持ってきたメモ。それを読む二人。 「なるほどね」 「彼に…お願いしましょう」 「よし。とりあえず今日は他の連中から始めるか」 「はい」 スノウにもらっていたデータからピックアップする。あの日から植物状態になった人たちのリストだった。 脳は有機的なだけでマトリックスのデータ構造物やAIと変わらない…はずなのだ。 だが普通の人間にはなぜか力の類があまり役に立たない。ESP能力者、または二人のような回路がないとうまく接続できない。 構造が複雑なため何らかの干渉が発生するのかもしれない。無理に強制接続すればその人間にとって危険だった。 ただ眠っているか…植物化した状態であれば何とかできる。 浩平は回路をオープンにすると、まず一人目にアクセスしてみた。 「彼女は…ええと…YAKUZAのボスの…」 「スミイさん…喜びます」 翌日。セレモニーの当日。会場では爆発物などのチェックが入念に繰り返されていた。 アリーナ。正確にはキャッスルパーク・アリーナ。都会の中心部にある広い公園。近くにそびえる城は昔に建てられたレプリカ。 運河を挟んだ反対側にはオフィスビルと浩平たちの泊っているオータニ。北にはセントラルの高層建築が見える。 街は久しぶりの喧騒に包まれていた。道を普通に人が歩き、車も走っている。 セレモニーのために部分的ではあるが戒厳令が解かれ、今日まで一切外出を許されなかった一般の人間もみな外の空気を楽しんでいた。 ただしアリーナに近い場所はさすがに警備が厳しく、見かけるのは招待客と兵士だけだった。 会場の中には新政府の中核をになう連中や各国からの来賓を始めとして、強制的に集められた軍関係者や企業の人間が既に待機済。 かなり強引な日程と政情不安のため招待客は誰も来ないと噂されていたのに、予想を裏切ってその八割が出席を表明したのだ。 恐らく全部で数万人はいるだろう。裏で大きな力が動いたことも一部で噂されていた。 もっともそれでも広いアリーナのほんの一部しか埋めることができなかったが。 会場の内と外は軍の精鋭が警備。おまけに隠れて見えないところには多数のニンジャ。 そして周辺の道路には多脚砲台や装甲車が各所にこれでもかというぐらいに配備されていた。 「たいしたものだな」 城の天守閣からそれを見下ろす一人の影。いかにも怪しい黒コートに身を包んだ女。 ここまで来るのに誰にも問い詰められなかった。彼女の動きは常人の目には見えないからだ。 高速で動く彼女はたとえ注意しても淡いもやのようにしか見えないだろう。オーバードライブ状態。センサーの類だけ注意していれば良かった。 今はわざと目立つようにてっぺんに立っている。複数の影が既に気がついて近づきつつあった。罠だとも知らずに。 「さて…ここで少し片づけておこう」 AM10:00。チャイムがキャッスルパーク全体に鳴り響く。いよいよ時間だ。 照明が暗くなる。壇上にぽうっと光が現れるといつのまにかその中からスノウが現れた。 パールレッドのドレス。観客が美しさに息を飲んだ。彼女の動きに合わせて舞台で色とりどりの光が舞う。 このまま歌の一つでも披露すれば世界中が喜んだのだが…今回はあくまで司会であった。取り引きの中に入っていた仕事。 「それではいよいよ…解放セレモニーの始まりです」 スノウのナレーションとともに会場のあちこちで花火が揚がった。無数の風船が空高く上がると、晴れ渡った空に舞い上がった。 嵐のような歓声。観客席できらめくフラッシュ。 TVカメラがあちこちで構えている。全世界に中継されているのだ。同時にVR放送でその場の熱気と興奮が伝わるようになっていた。 もちろんかなり作為的な効果を加えてはいる。しかもスノウの体に着けられたVRモニターからのデータも放送されていた。 スポークスマンである政務次官の挨拶。そして来賓の挨拶…国連の次期事務総長と言われている男だった。次にスイス銀行の頭取。 それから軍事産業のトップ…何人もうさんくさい連中が仰々しい美辞麗句を並べ立てた。ブラックマネーの人脈。 一通り挨拶が終わるとスノウが声を張り上げた。 「皆様…拍手でお迎え下さい。クーデターからこのエリアを救った…Mr.タカツキです」 紹介とともに問題の男が大勢の拍手で迎えられた。驚いたことに軍服ではなかった。少し押さえめな…スーツ。 彼が壇上に立つと、同時にすぐ上に設置された巨大なスクリーンにその姿がアップで映し出された。 誇らしげだ。しかも厳しい目。独裁を試みる人間はいつの時代もみな同じだ。彼を認めない人間をチェックするかのように。 そして彼はおもむろに…ゆっくりと…演説を始めた。 「このエリアが国家というものを失ってから…はや5年が経過し…」 会場周辺にいるニンジャたちからの連絡が少し前から途絶えていた。おまけに城の天守閣が崩れ落ちたとの報告。 セレモニーの中止が打診されたが彼はそれを握り潰した。 ふん。来るなら来てみろ、ネズミどもめ。俺が何も準備していないと思うのか? 「セレモニーが始まった。こっちも始めるぞ」 「はい」 ホテルの部屋に残った二人。体調不良のため欠席ということになっていた。 回路でアクセスして例の部屋の監視カメラを覗く。見張りの兵士たちは壁のプロジェクターでセレモニーの様子を見物していた。 浩平は入り口の赤外線センサーを作動させた。鳴り響く侵入者のコール。兵士たちが何人か走って行った。 もちろん誰も入ってきたわけではない。浩平たちが鳴らしているのだから。 「どうした?」 「誰もいませんでした」 「誤動作か…?」 「ハッキングされたのかもしれん…調べろ」 データの履歴を見る。外部からのハッキングの履歴はない。回路の誤動作…? 緊急警戒体制に移行した。銃を持ち廊下を慎重に進みながら調べる。こちらは異常なし…こちらも…。 ところがセンサーは切っても切っても鳴り響いた。彼らは苛々しだした。 「メインシステムはどこだ?」 「確か地下だったと…でもさっきから連絡が取れません」 「…よし。おまえとおまえ…ついてこい。残りは散開して見張りにつけ」 リーダーらしい男が兵士を集めて出ていった。 だがある程度持ち場に分散したところでいきなり防火壁が下りはじめた。 ガガガガガ…ガコォォオン…。 「何だ?」 「閉っていくぞ」 次々と閉る壁。あちこちで孤立した兵士たち。スプリンクラーが作動し、水浸しになる。 開いている部屋に飛び込むが、結局閉じ込められるか、窓から外に脱出するしかなかった。 カプセルを見張っている兵士が葉子の様子をチェックする。脳波…異常ない。目覚めの兆候もない。いったいこれは…。 そこでリーダーからの指示。 「装甲車でミサイルを撃て。まず入り口の壁を破壊しろ」 「了解」 建物の外に止まっていた装甲車。だが乗り込んで動かそうとした途端、いきなり違う方向へと走り出した。 オートドライブ機能が勝手に稼動しているようだ。他の装甲車も動き始めた。みな操縦が一切効かない。 おまけにその辺りにミサイルを発射しはじめた。 バシュバシュバシューーーッ ドガアアアアアンッ 兵士が逃げ惑っている。 「…危険です。浩平」 「ちょっとやりすぎたかな」 装甲車はそのまま中庭を爆走して教団の敷地の外に走って行ってしまった。 カプセルの部屋にはもう兵士が二人しか残っていない。窓際の壁に隠れながら、外の様子を伺っている。 一人が舌打ちした。 「くそ…一体どうなってんだ。いったいどこのどいつが…?」 「おい…本部からの指令だ。いったんここを放棄して体制を立て直せとのことだ」 「そうか…」 「カプセルは手筈どおり爆破していく」 「馬鹿な。他の部屋にまだ…閉じ込められてる連中がいるんだぞ?」 「仕方がない。俺たちがここを出て行く時の最低条件だからな」 「…了解」 爆弾をカプセルに設置する。時間は5分に設定。 「あばよべっぴんさん。悪く思わないでくれ」 「どうせ植物人間なんだ。わかりゃしないさ」 兵士たちは窓から脱出。とうとう誰も部屋からいなくなった。もちろん本部からの指令は浩平たちが入れたものだった。 だが今度は彼が舌打ちする番だった。仲間がまだ残ってるのに爆弾とは…くそっ…予想外だ。 「そっちはどうだ?茜」 「…だめです。いくらリセットしても目覚めません」 「何だって?」 「変です」 「まさか…戻りたく…ないのか?」 「そんな…」 浩平は考えた。そうだ。彼女ならありうる。でも…。 「茜…爆弾を押さえてくれ。俺が潜って連れてくる」 「でも…深く潜るのは危険です」 「…とにかくやってみる」 「はい…」 浩平は回路で葉子の意識にアクセスした。無意識の意識。さらに奥に潜る。 かつて『浩平』がやったこと。瑞佳が言ったように力の素養は同じだったようだ。 ブオン…。 粘っこい空気のような粘体を通り過ぎると…急に開けた場所に抜けた。 「ここ…は…?」 広い暗闇。宇宙のような…星がきらめいている。他の人間の時はここまで降りなかった。途方もない広さ。 いったい彼女の中はどうなっているのか。いや違う…これは誰もが持っている第何層かの深層意識。 全ての人間が共有すると言われる場所だ。しかもこれでまだ途中。 「底知れない世界だな…」 そこで茜の声が聞こえた。彼女にリンクを繋いだまま潜っている。いわば命綱、潜水夫の空気チューブのようなものだ。 「浩平!爆弾が解除できません」 「えっ?」 「途中にアナログスイッチがあります。直接ボタンを押さないと解除も変更もできません」 「くそ…時間は後何分だ?」 「…3分切りました」 まずい。早く彼女の意識を探さなければ。けれど潜っても潜っても埒が明かない。どうしたらいい? 浩平は焦りはじめた。 『呼んでごらん』 「!」 何だ…今の声は? だが彼はそれで何かに思い当たった。落ち着いて心を研ぎ澄ませる。それから…。 「葉子さん!葉子さん!」 大きな声で呼びかける。何度も何度も。すると…。 微かな…もっと先の方。暗闇の奥。深淵の底に光っているものがあった。あれだ。 浩平はそれを目指して潜っていった。苦しい。かなり冷たく重い。本物の深海はこんなところだろうか。 近づくにつれて意識が朦朧としてきた。葉子さん。葉子…あと少し…。 目の前で光が揺れた。声が聞こえてきた。 「誰…?」 「葉子…さん。はやく目覚めて…時間がないんだ」 「どこかで聞いた声…でも放っておいて」 「爆弾だ。死んでしまうんだよ」 「目覚めても…もう何も残ってはいない…」 「そんなことはない。あなたを必要としている人がいるんだ」 「今までたくさんの人の悩みを…もう十分なはず」 「違う。まだ救われていない。あなたが」 「私はあの人を救えなかった。もう誰のためにも動かない。動きたくない」 「そんな…」 「…私は死ぬこともできない。生きることも。早く終わらせて」 「生きるんだ。誰のためでもない。生きてくれ」 茜が叫んでいる。 「浩平…時間が…」 「葉子さん。茜が…茜が来てるんだ」 「え…?」 「晴香さんたちも死んでしまう。頼む」 「…」 「葉子さん!」 閃光。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 26個目。 流れ星の正体は…二人のサイボーグ(違)