第二十三話「ニューロ・エンジン」 「おかえり」 マトリックスを抜けると、2NDが待っていた。二人の顔を覗き込んで笑っている。 「どうだった?瑞佳に会えたの?」 「うん。もちろん…って、その体…!」 「ikumi…さん…」 茜が手で口を押さえた。2NDの体…あちこちに傷があったからだ。 腕の穴から配線が見えている。 「ああこれ?…たいした事はないわ。ちょっとロボットをけしかけた馬鹿がいたの」 レーザーによる傷だった。部屋の中も結構荒れていたが、浩平たちの体は人形の台の影に隠してくれていた。 タイマーを見るとやはり2時間ぐらい…その間にいろいろあったのだろう。 「ごめん…あっちに長くいすぎた」 「何言ってるの。来るまでにかかった時間と労力を思い出しなさい。これぐらいは当たり前」 ただね…レーザーはちょっと苦手。空気集めて曲げるぐらいしかできないから。 まあクラスターの中だから、あまり高出力じゃなかったのが幸いだった…。今はまたレディが押さえてくれている。 「デッキのバッテリーが切れそうだったけど何とか間に合ったわね」 「ありがとう…2ND…それと…レディ」 「詩子…いますか?」 「はい」 「ありがとう」 「…いいえ」 「地上に降りたいんです。どこへ行けば」 「今は…だめです。エアロックも封鎖されましたから」 先ほどの騒ぎ…そしてみなさんが猫に会ったこと…。 「じゃあ…もうここから俺たちを出さないってことか」 「はい…」 「長老に会わせてくれ」 「…それは…たぶん無理です…え?」 はい…承知しました。 「長老がお会いになるそうです…ご案内します」 「…?」 「どういうことだ」 三人が部屋を出ると、左の方の廊下に照明が点った。とりあえずそちらへと進む。 照明は彼らが進む道の先に順番に点っていき、通り過ぎると消えた。それをただ追って行くだけでよかった。 「詩子?」 返事がなかった。 「…何かあったのか」 「いやな雰囲気ね」 「まあいいさ。どうせ他に行く所はないんだから」 いくつか角を過ぎたあたりで三叉路に来た。驚いたことに照明は三つの道の全てに点った。 「…何だ。いったいこれは」 「まさか三人分かれろと言う意味では…」 「いや…正解は一つだけだろう。他は罠だ」 「まいったわね。私の記憶データでは確か一本道のはず」 「ここではデッキも接続できません…」 「よしっ…いい機会だ。例の力を試してみよう」 浩平は廊下の床に胡座をかいて座ると瞑想に入った。2NDが不思議な顔で見ている。 「どうしたの?何を始めるつもり?」 「…静かに。彼に任せてください」 トランス…頭の後ろで何か別の意識が動く感じがする。 VRでは気がつかなかった…感覚がとても鮮やかになったような…。 さらに深みへ潜ると、浩平の意識にあの不思議な『場』が現れた。あまりにすんなりと現れたので驚く。 ここでファンクションを選択…マトリックスを出現させる。この世界…自分のいるこの世界の…。 「!」 フェイズが変わった。 真っ黒な空間が広がっている。遠くにデータ群の星の散らばり。どうやら上がり過ぎたようだ。 自分のいる場所を意識する。星の一点に意識が繋がる…クラスター…あそこか…一瞬ですぐ側に近づく。 その中に見慣れた黒い立方体…あの一族のデータ群を見下ろしている…見下ろして!それも真上からだって? おまけにイメージするだけで簡単に侵入できる。いや…最初はそのまま立方体を透り抜けてしまった。何の抵抗もなく。 距離感がまったくない。2NDのものとも質が違う。彼は初めて核実験を目にした人間のような恍惚と恐怖を感じた。 これはかなりとんでもない力のようだ。 浩平は立方体に侵入すると私有地の監視システムを探した。回路は彼が望むだけで適切な対象を選択、侵入を行う。 すぐに自分たちの映像を見つけた。やはり監視されている。床に座っている自分と茜、2NDが見えた。 同時に現れたマップ…見る角度によって3Dにも2Dにもなる…の中の自分たちの位置は…ここだ。 警備システムを探して同じ位置に重ねる。ワイヤーフレームにすると、どこに何があるか把握できた。 この分かれ道の先は…左の道はどこにも繋がっていない。右は…この仕掛けはレーザートラップだ。そうか。 浩平は立ち上がった。 「行こう。真っ直ぐだ」 「はい…」 「…大丈夫なの?」 半信半疑の2ND。だが進んでいくうちにだんだん表情が変わっていく。 何しろ浩平は同じような分岐に来てもほとんど迷わずに正しい道を選ぶのだから。 「驚いたわね…」 慣れて来ると歩きながら処理ができる。頭の中に浮かぶ道から次の方向を選択。こっちだ…次はこっち。 目はちゃんと廊下の光景を映しているが、同時に脳の中の回路はマップと警備システムを独自に追いかけていた。 「待てよ…」 「どうしたの?」 よく考えてみると…あの照明が確実にゴールへ導いているという保証はどこにもない。 ここらで爺さんの居場所を確かめてみるか。 「茜…」 「はい」 既に回路を作動させていた茜は、あっさり浩平にシンクロしてきた。二人でレディと長老の居場所をチェックする。 茜がすぐにレディを見つけた。彼女はある部屋の監視カメラに映っている。案の定、部屋の扉はロックされていた。 どうやら監禁されているようだ。勝手な行為が処罰の対象になったのだろうか。 さらに警備システムの数が半端じゃない場所…今いる場所から少し先…広さから考えても間違いない。長老の部屋だ。 やはり案内された方角から外れていた。しかも部屋の手前にあるトラップ…近づいても解除される気配がない。 「…そっちがその気ならこっちにも考えがあるぞ」 浩平は立ち止まると基幹システムのいくつかに侵入した。パワーユーザーを自分と茜に書き換える。 茜は外部および各端末とのリンクを遮断…一切の他からの割り込みを拒否。瞬く間に主要なコントロールを掌握した。 山の入り口で異常に気がついた外の連中が慌てていたが、難攻不落の分厚い扉が逆に災い…缶詰状態だった。 システムのみに依存していた屋敷は、今やまったくの無防備となり、その全てが浩平たちの意識下にあった。 自分の手足を動かすように思いのままになる。ここまでにほんの数分。もう二人の独壇場だった。 「俺が…正しい道順を照らしてやろう」 浩平がそう言い終わらないうちに、廊下の先まで一度に照明が点った。 「いったい何が起こっているの?」 「ikumiさんは…肉弾戦をお願いします」 茜が微笑んでいる。2NDは肩をすくめた。 「わかったわ。もう何も言わない…」 今や各部屋の中はパニック状態と化していた。それも無理からぬ事だった。 一族の間で密かに『死の廊下』と呼ばれた道を、堂々と進んで来る連中がいる。各部屋の端末を使うことさえできない。 浩平はいたずら心を起こして全ての部屋の扉を開けたり閉めたりしてやった。バタンバタンバタン…。 あちこちで悲鳴が上がっている。ついでに部屋の照明を明滅…お化け屋敷のようだった。 「浩平…やり過ぎです…」 「開けてやってるのに誰も出てこない…体を張って爺さんを守ろうとする人間はあの一族にはいないようだな」 この屋敷は彼らの聖地。そこでかつて起こったことのない出来事に彼らは部屋で震えているのだろう。 結局は茜が全員の部屋の扉を閉じてロックしてしまった。まあ浩平も最後にはそうするつもりだったのだが…。 しばらくしてレディが閉じ込められている部屋の前に来た。ロックを外し扉を開ける。 中で椅子に座ってうなだれていた女が顔を上げた。 「!」 「詩子」 茜が駆け寄った。手を握る。 「助けに来ました。詩子」 「…いったい…これは…」 茜はレディの顔を見て喜んでいた。やっぱり詩子です。やっぱり…。 「さあ行くぞ。長老の部屋へ」 「え?…でもあそこに行くのは…危険すぎます」 「大丈夫だ」 茜に手を引かれて部屋を出る。キョロキョロとして落着かない感じ。 だがそれはやがて驚愕の表情に変わった。いくら奥へ進んでも何も起こらないからだった。 「私も…まだここまで入ったことはありません。なのにみなさんはまるで…何度も来れらたように堂々と…」 そしてやっと私有地の最深部…目的の部屋へとやってきた。 紋章が刻み込まれた樫の扉。念のため2NDが先頭に立って扉を開く。 銃声。 「!」 2NDが残りのメンバーをかばった。だが弾は彼女の手前で転がっている。一瞬早く力を使っていたのだ。 部屋の中で銃を構えた男…大きな深い椅子に座っている。白髪に皺だらけの顔、眼の光だけが妙に鋭い。 あのデータによれば二百歳は超えていたはず。かなりあちこちをいじった移植だらけの体。 おまけに冷凍睡眠…かちかちに凍らせるのではなく低温により代謝を遅らせる…による数年のスキップの繰り返し。 法律的に彼はいったい幾つになるのだろうか。世界の半分を握る一族のその頂点。 だが今は…普通のパジャマに毛のカーディガンを羽織っている、ただの老人だった。 「おじい様…失礼します」 「あんたが長老か?」 「…驚いたものだ。まさかここまで入り込むとはな」 「いきなり鉛の弾か。ずいぶんなご挨拶だ」 「ふ…どうせ当たらんことは分かっていた。さあ頼むから扉を閉めてくれ。部屋が冷えてかなわん」 それにしても…直接人に会うのは久しぶりだ…もう50年近く誰にも会っとらんからな。 「…もっともスリープを勘定に入れてだが…」 彼は銃を降ろすと、側の古めかしい机の上にそれを置いた。浩平たちは2NDの影から出ると部屋の中に入った。 置いてある家具や調度品は…よく目にするパターン化された高級さではなく、本物の持つ重さがある。 小綺麗ではないが、決して真似のできない時間の重み。この部屋にある分だけでも恐ろしい値段になるだろう。 「おまえたちはここがどういう場所か…わかっておらんようだな」 「おじい様…申し訳ありません」 「レディ…おまえが謝る必要はない。猫が与えた力がここまでとは思わなかった…誤算だった」 いったいどんな魔法を使ったのだ?いや知れたことだ。あの猫の不思議な力に決まっておる。 しかし…世界中でこの屋敷に来れた人間はほとんどいないのだ。ましてわしに直接会った人間など…。 「もう地上にも…残ってはおらん」 「…俺たちはその地上へ降りたいんだが…」 「好きにしろ…もうそれだけの力があれば何でもできるだろう。わしに頼むことではない」 「安全を保証して欲しいんだ。余計な争いは避けたい」 「…争いとはな…坊や。自己保存の本能から生み出されるものだ。わかりやすく言い換えれば…恐れだ。わかるか?」 命を…富を…失う。負ける。昨日よりも何かが減る。全て恐れ…争いにつながるのだ。 「簡単になくせる物ではない…」 「…世界の半分を握っても…まだ足りないのか?」 「絶対量など関係ない。時間の推移…その間の相対的な優劣、増減が全てだ…」 恐れを減らすにはどうしたらいい?どうにもできないもの、予想できないものを極力排除すればいい。 それらを取り除くための一番優れた方法は…。 「…それらをぶつけ合って消滅させること…あの猫とおまえたち、あるいはおまえたちとあの連中…」 「あの…連中?」 「クーデターを起こした…連中ですね」 そう答えたのは茜だった。彼女にはわかっていた。 この一族は兵器産業と密接に繋がってきた…そして実際彼らは局地的な紛争をよく利用している。 それが新たな需要と供給を生み出すからだ。もちろん全てを把握し、結末を用意した上でのこと。 「リスクは最大限に取り除く必要がある…」 「…あのクーデターも…本当は…」 「ああ…今回に限って言えば…連中が勝手にもくろんだことだ…わしらではない」 「だが止めようとすれば止められた…そうなんだな?」 「…より高い山に登ろうと思えば…今いる山をいったん下りなければならん。子供でもわかることだ」 浩平は首を振った。結局終わりなどない。この馬鹿げたレースには…。 「…予定していた物は全て手に入れた」 「何だと?」 「あの小さなエリアは我々の息のかかった者が治めることになる。そして新しいウイルスも…」 「ウイルス?」 「おまえたちのことも…これ以上…わしらが手を出す必要はない」 地上でおまえたちを狙う者は大勢出て来るだろう…ちょっとした情報を流してやるだけでな。 「ふん…そんなことができると思ってるのか?今自分がどういう状況かわかってないみたいだな」 「ああ…わかっているさ、坊や。わしをぼけ老人だと思いたいのだろう?いいとも。殺してみるがいい…」 ただこれだけは言っておく。この私有地の端に…バイオチップをぎっしり組み上げた広い一角がある。 一つの世界のデータがまるごと入る場所だ。まだその1割も使われてはおらんが…。 「そこが何のための場所か…わかるな?」 「…!」 「わしの死亡が確認された場合…あの場所は撤去される手筈になっている」 「!!…畜生っ…そういうことか…やり方が汚いぞっ」 「何を言う。あの場所を猫に提供すると決めたのはわしだ。わしが死ねばもう取り引きを続ける意味はない…」 もちろん猫が外で暴れればまたあの騒ぎが起こるだろうが…死んでしまえばもう知ったことではない。 それにここにおる他の連中…あの馬鹿者どもは…毎年撤去を提案してくるのだ。莫大な維持費のことだけで頭が一杯らしい。 浮いた分を自分たちのつまらん趣味のスペースに回したいのだろう。無重力プールやスカッシュ…まあそんなものだ。 あの猫の価値をまったくわかっておらん。 「しかしまさかそれが…こんな形で役に立つとはな」 「…くそっ…」 「もう話すことはない。これを持ってさっさと出て行くがいい…」 机の引き出しを開けると何か取り出した。浩平たちに投げてよこす。 金色に輝くそれは…ゴールドキー…。 「おじい様…これは…」 「レディ…おまえは才覚がある。だがそれは…ある日突然開花したものだ。あの馬鹿げたシムとやらに巻き込まれた日に」 あの事故には不思議な力があった。おまえは着々と能力を発揮してここまできた。それは素晴らしい物だった。 長い年月で幾多の天才を見てきたわしでさえほれぼれしたぐらいだ。それゆえにおまえを可愛がってきたのだ。 「だがこんなことになるとは…思わなかった」 「おじい様…私は…」 「今回の件は…おまえが責任をとるがいい。その鍵の意味はわかっているな?」 「はっ…はい…」 「あの腰抜けども。わしがここを本拠地にしてから…一族はすっかりひ弱になってしまったようだ」 こんなはずではなかった。軌道上で生み出される利益も大きかったが、それだけではない。 「宇宙で…この場所で生きるということに意味があったはずだった。まあ今さら何を言っても遅かろう…」 一族が数人減ったところで…主要な産業複合体には何の影響もない。巨大な組織は頭をすげ替えるだけで続いていくものだ。 それを聞いたレディの顔色が変わった。 「おじい様っ…私そんなことは…」 「もしおまえが殺らなければ…逆におまえが殺られる…非情になることだ」 どうせいつかはそうなる。あの馬鹿どもとおまえではうまくいくはずがない。 いったいどれだけ同じ一族からの殺し屋を退けたか…もう忘れたのか? 「…はい」 「さあ終わりだ。使いたければ宇宙船でも何でも使うがいい。喜んで送ってやろう…ただし地上までだ」 「…失礼します…おじい様…」 「浩平…行くわよ」 「いや…でも…このままじゃ」 「いいから…」 「おい…システムを復旧して行かんか」 「調子に乗るなっ!そこまでしてやるにはまだ早いっ」 「ふん…まあよかろう…好きなだけゆっくり考えることだ」 老人の言葉が浩平の背中に突き刺さる…まだ踏ん切りのつかない浩平の背中を2NDが押して外に出た。 レディが複雑な表情で金色の鍵を見つめている。 「…その鍵は…いったい…」 「とりあえずみなさん…私の部屋までおいでください」 「わかった…」 歩きだす…だが廊下を少し歩いたところで…茜が振り返った。 「どうした?」 「…ikumiさんが…いません」 「!!…まさかっ」 急いで戻ると扉を開けて部屋に飛び込む…が、中の光景を見て立ち尽くした。 椅子に座ったままの老人…その目や口から血の泡が吹き出している。 2NDが腕を組んだままそれを見下ろしていた。 「殺したわ」 「…誰か来たみたいだね」 『なの』 入り口に影…二人は緊張した。すっかり珍しくなった訪問者。しかも兵士の格好。 ドシッ 「え?」 『おかしいの』 信じられないことに勝手に磁気ボルトが開いた。 みさきは澪を部屋の隅に連れて行く。指輪のスイッチ押すと、天井の全レーザーの照準を入り口に合わせた。 …入ってこない。 「…?」 目の前にひらりと何かが落ちた。 ジュッ レーザーで焼けこげる音。でもそれはただの紙切れだった。 「…危ないなあ」 「その声…」 「僕だよ。みさき大人」 兵士が手をあげて入ってきた。笑っている。独特の色の瞳。格好はそれらしいが、雰囲気は軽い。 そうだ。この扉を外から開けられる人間は三人しかいない。みさき、スノウ、そして…。 「シュンくんだね」 『伯爵さんなの』 「やっと来れたよ。ここは危険だ。もうすぐ連中が捕まえに来る。一緒に行こう」 外に出ると道の反対側にいる見張りの兵士に合図をする。みな彼の組織の人間だった。 シュンは二人を軍用トラックに乗せると、木箱に入らせて防水布で覆った。すぐに発進させる。 「連中の親玉が変わったんだ。前のは死んで今は違う奴が指揮をとっている。危険な男だ」 「…ふうん。そいつが私たちを殺しに来るの?」 「ああ。だから繭の方にも一人行ってもらってる」 「誰?」 「強力な助っ人だよ…と言っても二人はまだこの世界では会ってないだろうけどね」 「この世界?」 「ああ隠れて…検問だ」 一旦停止させて許可証を見せる。通過するとそのまま旧ルート2に入った。 箱の中の二人に話しかける。 「あまり遠くへは行けないんだ。次の検問はさすがに許可がもらえない。味方がいるニシノミヤで降ろすけどいいね?」 「ありがとうシュンくん…今度相手をしてあげるね」 「…こりゃどうも(汗)」 『助かるの』 「ああ澪ちゃん箱から出ちゃだめだよ…字は見せなくていいからね」 ずっと潜伏していたんだが…いよいよ臨時政府ができるらしい。軍の上層部にコネがあってよかったよ。 スノウもそのセレモニーに駆り出されるみたいなんだ。 「僕はスノウを守らなければならない。だから…」 「がんばってね。シュンくん」 『頑張るの〜』 「…でもみさきさん…お願いだから…」 「何?」 「これから行く隠れ家の食料…食べ尽くさないでくれよ」 「…ううう。ひもじいよぉ…」 『我慢我慢なの』 「それに…」 『?』 「最近浩平君も食べてないよ〜っ」 『♂○#&♪♀▲%!!』 アッチョンブリケなのっ!!言語道断なの〜っ!! 中で澪が暴れだした…電脳スケッチブックがめまぐるしく点滅している。 「ごめんごめん…お願いだから叩かないで〜っ」 「あはは…失言だったね。みさきさん。でも可哀相だから食料の方は好きなだけ食べてくれていいよ」 「わあい。嬉しいよ〜」 『大甘なの』 「いっぱい食べていいよ、みさきさん」 …最初からそのつもりで、食料も多く貯めてあるんだから。 あの頃…暴走シナリオの手がかりを見つけるために、みさきは自分から何度もVRフィードバックに入ってくれた。 その過程で体は薬漬けになり…おかしくなった。もともと異常な食欲は加速され、あっちの方も…みんな自分たちのせいだった。 だから彼もスノウも…彼女にできるだけのことをするつもりだった。それは当然のことだと思っていた。 もちろんみさきの前では顔にも出さなかったが。 「大変だねこれから…」 『なの』 とにかくあと少し。正念場って気がするの。 狭い箱の中でぎゅっと小さな拳を握り締める。もちろん銃を持って戦うわけではない。 でも逃げることが今の自分たちの役目だとしたら、とにかく精一杯逃げ回るだけだった。 「あっ!…川だよ。澪ちゃん」 走る音が変わった。車はヨド・リバーに来たのだ。大きな橋に銀色の鉄塔が並ぶ。 箱からぴょこっと顔を覗かした澪が後ろを振り返る。 川の向こう側、彼方に遠ざかるセントラル。青空に浮かぶ高層ビル群。 心残りは一つだけ。 『あそこで待っていたかったの…』 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 23個目。 ………。