NEURO−ONE 25 投稿者: 天王寺澪
第二十五話「オービタル・エレベーター」



レディはディスプレイにクラスターのエアロックを全て映し出した。停泊している船舶データが別の画面に表示される。

「使えるシャトルはいくつかあるけど…」
「宇宙港はまだ警備が厳しいわ。一部解放されたと言っても素直に上陸させてくれるかしら?」
「レディ。軌道エレベーター…ホントは動いてるんだろう?」
「…えっ?」
「よく知ってるね」
「それを使わせてもらえないか?」
「うんいいよ。あちらの管制室には連絡をしておくから」
「下に降りてからの手筈は?」
「エアで行くしかないだろう。問題は入り方だが…」
「二入には私の持っている企業の社員になってもらえば…それでエリア内の関連会社からセレモニーに招待された形にして」
「有り難い。じゃあクラスターの船全部に囮の予約を入れとくか…こっちは俺が…」

再び回路を作動させる…あのホテルをわざと経由して…航路センターの顧客管理システムにアクセス。
前にも使ったパスポートの架空の名で予約…もちろん軍にチェックされるのは間違いない。
レディは降りてからのルートの確保や、新たな名前でのパスポートカードの発行を部屋の端末で行う。
さすがは一族の部屋だった。部屋からできないことは何もないように見える。
別の部屋から2NDが適当に揃えた荷物を運んできた。サングラス…レディに借りたようだ。

「ikumiさん。無理しないで」
「私がいなかったら…誰がエレベーターまであなたたちを乗せて行くの?」

それにあなたたちを送ったら…すぐここに戻るわ。彼女にお願いされているし。
レディの顔を見る…気のせいだろうか。浩平にはレディが目をそらしたように見えた。

「…そうだな…じゃあ頼む。それと…あいつ…南のこと…」
「レディ…この二人と一緒に来ていた男…」
「ええ。大丈夫」
「…お願いします…レディ…」
「詩子で…いいよ」
「…詩…」

にっこり微笑むレディを見て…茜の涙腺がまた緩んだ。扉のところで彼女を抱きしめる。

「詩子…ごめんなさい…ごめんなさい」
「茜…また会えるよ…きっと」





エアロックまで来ると、小型艇が既に車庫から自動搬出されて待っていた。
中に乗り込み、エレベーターまでの航路データを船のCPUに転送する。操縦はもちろん2NDが受け持った。

「今度は少し優しく操縦してくれよ」
「当たり前でしょう?茜ちゃんがいるんだから」
「…」

GOサインを伝えるとエアロックが開く。2NDが船を発進させた。来た時とはまったく違う方向に進む。
さっきの砲撃の記憶が浩平たちを緊張させたが…今度は何も起こらなかった。
巨大な紡錘形…居住区をぐるっと巡って…そのまま地球側へと向かう。

「詩子…大丈夫でしょうか。今ごろ話し合いに…」
「どうでしょうね。あの娘が本気を出したら…誰も太刀打ちできないとは思うけど」
「だけど…あの鍵はあくまで象徴的な意味だって…」
「あら。老人はそんな程度には言ってなかったでしょう?」
「…そう言えばそうだな」
「あの小さな鍵…使うべき人間が使えば…自分が使えば終わってしまう。彼女もそれはわかっていたの」

ただ…もう義理を果たす相手もいないし危険も増える。血なまぐさいのも嫌だし、財産なんてどうでも良かった…。
いい加減あの場所にうんざりしてたから、ばっくれようと思ってただけ。だから使いたくなかった。

「あの鍵にはちゃんと開けるものがあったのよ」
「そうか…」

彼女自身を開ける鍵だった…ってことか。

「あの娘は只者じゃないの。あなたたちも油断してると…彼女の駒にされるかもしれないわよ」
「私は…詩子を信じます」
「…茜」

浩平はレディの言葉を思い出した。『…好きな人が…みんな消えていった…』
シムでの記憶がある程度蘇っていたにもかかわらず、彼女は茜の静止を振り切って2NDを撃った。
辛い思い出でも…やはり現実世界の記憶の方が大きかったのだ。そういうものなのかもしれない。
本人からの申し出でシムの記憶を全て戻しはしたが…安心できない…でも信じるしかない。難しいな。

「それにしても…」

それにしても…どうしてレディはあんなことを言ってきたのか。

『…条件があります。これはあくまでもビジネス…』

彼女の条件を聞く…ただそれだけのために三人は瑞佳の部屋…例の一角まで連れて行かれたのだ。
紡錘形の居住区の一番端。軸の先端とはいえかなり広い。遠心力が弱いせいか体が浮きあがった。
そこに整然と組み上げられた巨大で無機的なオブジェ。無数のバイオチップの連結。重力のある地上では組み上げられない存在。
この中にあの世界が入っている。瑞佳や子供たちがいる。そう思うと不思議な気持ちになった。

それを眺めながらレディが説明した…条件。
一つ目…この部屋のことは彼女に一任すること。二つ目…瑞佳に彼女が単独で会えるようにすること。
そして…三つ目。新ウイルスの件も含めて、二人の力の特定分野での独占権。これが不可解だった。
クーデターの後始末がうまくできなかったのだろうか。そう言えば新しい総理…画面で見た2NDの顔が一瞬歪んだように見えたが…。
報酬は…浩平たちにとって目玉が飛び出るほどの金額…でもその一部を…あの部屋のレンタル料としてレディに返す。
やはりただの駒にされてるのか…な。単に爺さんが若い娘に変わっただけで。

考え込んでいるうちに…目の前に信じられない光景が近づいてきた。青い地球から伸びる巨大なタワー。
エレベーターの一番上に広大な円盤…発着所だ。船が何隻か停泊していたが旅客用ではない。貨物か整備船の類。
やはりエレベーターは動いていたのだ。

「完全に止まっていたのでは…なかったんですね…」
「そりゃあそうよ。本当に止めちゃったらその次に動かすの大変だもの」

定期的な試験運転って名目でね。たまに動いているみたいよ。
結局…造るときは国際資本を集めるだけ集めて…あの一族だけで使ってるってこと。
しかも使うたびに地球の自転エネルギーを食うから…徐々に一日が長くなるっていうおまけつき。

「とんでもないな…」
「降りるまでいったいどれぐらい時間が…」
「まあエレベーターの平均時速が300kmとして…4時間ぐらいかしらね」
「そんなにかかるのか…」
「何言ってるの。中で少しは眠っておきなさい。これから忙しくなるわ」
「そうか…そうだな」

下に降りたらやることはいっぱいある。そうだった。





冷たく固いベッド。汚れた便器に開けっ放しの窓。鉄格子から吹き込む冬の冷たい空気。
でもあの施設よりはましだ。それに彼女の体に手を出そうとする人間はここにはいない。
それに手を出そうする人間にはそれなりの覚悟が必要だということを誰もが知っていた。
もっとも彼女は決して若いとは言えない。もう三十…云々になる。

晴香は暇さえあれば瞑想にふけった。石がむき出しの固い床の上で座禅を組む。
こんな場所でさえ…いくらでもすることは見つけることが出来た。何しろ体一つあればいいのだから。
食が足りない分体は痩せたが、神経は研ぎ澄まされていく。体の内側が絶えず燃えている感じがする。
そもそもこういった世界に足を踏み入れたのは、あの事件で不安定になった自分の精神をなんとか支えたかったからだった。
何とすれば自分の中に蘇りそうになる暗い記憶、自分自身をも押しつぶす殺意。死んで行く良祐の顔。

一度は回復したように見えたけれど…それほど軽い体験ではなかった。
心の奥に深く険しい真っ暗な谷間があって、時々そこに落ち込むとしばらくは這い上がれないままうずくまってしまう。
神など信じてはいなかった。その辺の宗教が見せる奇跡の類。自分の方がまだいろいろできるではないか。
力など問題ではないのだ。力では自分を救えない。救うのは力ではない。

そして行き着いたのが…葉子だった。晴香は彼女と語り合っているうちに気持ちが楽になっていった。
心の谷間を埋めることは決してできないけれど、少しだけそこに日の光が当るようになった。やさしい風が吹くようになった。
そう言えばあの頃…久しぶりに会った郁未が驚いていた…あれは…あの公園だ。天気のいい日だった。

「郁未…?」
「晴香。いい顔になったね」
「何それ?どういう意味」
「ふふ…本当に…いい感じ」
「?…あんた相変わらずわけわかんないわね」

横で見ている由依が笑っている。わかっているような顔。

「そう言えば…あんたいつ日本に帰ってきたの?」
「忙しいんじゃなかったの?由依」
「ふ…天才たるものたまには息抜きが必要…」
「何が天才よ。ちゃらちゃらした格好で…あんた本当にミットとかグローブとか行ってたの?」
「MITですMIT(汗)」
「いいのよそんなことどうでも…で?何か見せたいものがあるって言ってなかった?」

待ってましたと言わんばかりに取り出した招待状の葉書。いかにも自分のPCで打ち出しましたって感じの文字。

「私が今度つくるラボの開所記念…パーティーです」
「何これ?…名倉…ラボラトリーズ?」

それが後で名倉インダストリーズを経てナックラーになるのだが…もちろん知ったことではない。

「それで…当然何かおいしいものは…出るんでしょうね?」
「え?…何言ってるんですか?晴香さん。当たり前じゃないですかぁ」

でも当日行ったら…宅配ピザだったのよね。資金は設備に全部つぎ込んだからって。
学生時代から取りまくったVR系統の特許、あれで稼いだ金が全部すっからかん。信じられないことするわ。

そして私は…いつのまにか葉子の手伝いをするようになっていた。
そうだ。ただ彼女と語り合っていると…不思議に落ち着いた。郁未と会う時の楽しさとまた違う。不思議な安らぎだ。
それがいつのまにか大きなものに膨れ上がっただけ。最初はただのフォーラムに過ぎなかったのに…。

「…葉子」

楽しかった。あんな事故さえなかったら…葉子さえいてくれれば…。
皮肉にも宗主が植物化してからの方が入信者は多かった。誰もが彼女の目覚めを救いの時と勘違いしている。
そして葉子ではなく彼女の方をよく気にしてくれたのが…あの元気娘だった。

「由依…」

そろそろ様子を見てやるか。
心を静め何も考えないでいる。そうすると由依の顔や…姿が心に浮かんできた。
やはり監獄の中。白いシーツのベッド。よく見ると動かない…いや…頭が揺れている。居眠りしてるようだ。

「あの馬鹿娘…」

側にいたら頭を小突いてるわね。まあこれがあの子の大物なとこなんだけど。
どうやら捕まってるのは二人だけらしい。いいかげん放っておいて逃げることもできた。
でももちろんそんなことはしない。ただ少し離れた建物にいる彼女のことが…心配だった。

「…しょうがないな」

もういいかげん私たちも若くはない。あまり無茶はしないことだ。
いつのまにか窓の外は薄い紫色に変わっていた。雲は少しだけ空の向こうに見える。
眺めていると窓から白い物がはらりと入ってきた。雪だ。どうりで冷えると思った。
風邪ひくわよね…このままじゃ…。

『由依…』
「…」
『由依!』
「…は…はっくしょんっ…ん?」

目を覚ますと顔を上げる。辺りを見回してからにっこり笑った。

「…晴香さん…ですね」
『毛布被りなさい』
「はい。すびばせん。ありがとうございますぅ」

由依が毛布にくるまって寝たのを確認してから…晴香も同じように横になった。雪が毛布に少しかかっている。
さっきから昂ぶりが際限なく意識の深みから湧き上ってくる。もうすぐ何かが起こる。それだけは何となくわかった。
いいわ。何でも起こってちょうだい。私はそれを楽しみに待とう。大人しく。ただ静かに。





着いてみると発着所はかなりの広さがある。小さな町ならすっぽり入るほどの円。目をこらしても端が見えなかった。
小型艇はそのまま小さなエレベータで下へと降りてゆく。頭上で扉が何重か閉ると空気が入る音がした。
グリーンのランプが点灯。船を出るとアナウンスが聞こえた。

「ようこそ皆様。詳細は承っております。ご案内いたしますのでそのまま廊下までお進み下さい」

さっきの私有地を思い出した。とりあえず回路を動かしてみる。
だが怪しい仕掛けは今のところ動いてはいないようだった。
案内のまま進む…やがて広い場所まで来た。巨大なシャフト…その中に浮かぶ円筒。

「これが…エレベーター…」
「本当に動くんでしょうか?」
「どうかな…あっ…あの連中は…」

向こうから何人か作業着を着た連中が近づいてきた。どうやらここのスタッフらしい。
一般の人間が来るというので喜んで説明に来たようだった。稼働率が低いのでサービスも彼らが兼ねているのだろう。
浩平たちと一緒に待合室に入る。お茶を飲みながらプロジェクターでのオリエンテーション。
みな久しぶりの客が嬉しいらしく、これでもかというぐらい親切に説明をしてくれた。入れ替り立ち替り…。

「…途中まではリニア推進で加速します。地球の遠心力を受けなくなったところで重力による加速に切り替えて…」
「ええ…もし飲み物や食べ物のサービスはちゃんと設備が…それに係りの者も一緒に乗っていますから」
「貨物室の方はクラスターの無重力特産品…農業島や工業島のものが主ですね」
「クラスターの賓客はみなこれで上がってこられるんです」

その他諸々の説明…結構豪勢な造りのようだ。旅客…特にあの一族の関係…を考慮して造られたせいだろうか。
貨物としておんぼろなシャトルで上がってきた時と全然比べ物にならない。かなり快適なようだった。

「やっとまともに眠れるな…」
「そうですね」
「今度は縛らないでくれよ…痛いっ」
「…知りません」
「あら二人とも…本当に眠っちゃうの?」
「まるで南みたいなことを…」
「若いのに元気がないわねぇ」
「ikumiさん(汗)」
「さっき眠っておけって言わなかったか?」

そうしてるうちにアナウンスが入った。時間が来たようだ。荷物を持ってエレベーターの入り口まで向かう。
プラットホームからエレベーターまでゆっくりと伸びるブリッジ。渡る前に2NDと握手。

「いろいろありがとう」
「二人とも…気をつけてね」
「2ND…あんたも…」
「ありがとう…ございました」
「葉子さんの記憶…取り戻せるといいわね」
「ああ。大丈夫だ」
「二人の力なら…いつでもどこからでも話はできるから…」
「そうだな」

2NDが茜を抱きしめた。次に浩平…。
それから二人が…ブリッジを渡る。後ろで手を振る2ND。
エレベーターに入る間際で、不意に茜の胸に何かが込み上げてきた。思わず振り返る。

「…ikumi…さん」

その時のAIの顔を…何年経った後でも茜は思い出すことが出来た。
二人を瑞佳に会わせて無事に地上まで。もう何も思い残すことはない。
そんなやさしい笑顔だった。



係の人間に案内されて短い廊下を歩く。クリーム色の壁に囲まれた扇形の部屋に入った。
一方の壁には二段ベッド。そしてもう一方には給仕設備を始め面白そうなものがあちこちに備えてある。
スクリーンには外の壁に並んでいるカメラからの映像が映る。各カメラを通過するたびに映像が入って来る趣向だ。
だんだん地球に向かって降りてゆく様子が見えるようになっているのだ。

「それではごゆっくり」

残された二人。浩平は設備には目もくれず真っ直ぐベッドに向かった。
一瞬アジアカプセルを思い出したが、ふかふかして全然寝心地が違う。横になるとすぐに睡魔に襲われた。

「茜」
「はい…」
「俺は寝る。すまん」
「別に…謝らなくても…いいです」
「あはは。でも…本当に眠いんだ」
「そうですね…疲れましたから」

前に眠ってから実際にはまだ一日も経ってはいない。2NDに出会ったのだって…すぐ前の晩のはずだ。
なのにもう何日も前のような気がする。不思議だった。
やがて微妙な振動と音が辺りを包んだ。巨大な機械が静かに下降を始めたようだ。ゆっくりと…徐々に加速する。
上がる時とは違い…吸い込まれるような果てしない下降感が二人を包み込む。


「おやすみ…茜」
「おやすみなさい…」

そうして彼らは重力井戸の底へと降りていった。





レディは今長老の部屋にいる。既に絨毯は新しい物に替えられ…荷物も運び込まれていた。
今やここは彼女のための場所に代わりつつある。私有地内のシステムは立ち上がったとは言え…彼女一人が掌握していた。
遺体の処置を済ませ…一族の主要なシステムも復帰させた。もちろん彼女の支持者から順番に。同時に指示を与える。
それから然るべき法的…冗談じゃない…手続きに従い、クラスターと地上の関係する場所全てに『後継者』として長老の死を報じた。

「次はここの…書類を…そう…」

浩平たちとの契約に関しては…最初誰もが不平を言った。私有地を貸し出すなどもっての他だと。
だがレディの提案…しかるべき機関にメモリーの空きをVRシミュレーションの場として提供する…例えば月開発などの。
結局最後にはほぼ全員が賛成した。とりあえず損をしなければ…金さえ儲かればいいのだ。あの連中は。
中のシステムは浩平たちと…そして月にいる彼に何とかしてもらえばいい。
実際にさっきあの世界まで行ってみたがあれだけリアルなVR世界は地上の誰にもつくれないだろう。
莫大な開発費がもともと払うべき維持費のみでペイできるのだから安い物だった。
そう。彼らは猫と浩平たちを手に入れたのだ。もっとも本当は自分だけ…契約はあくまで彼女一人が相手なのだから。

「この銀行は…ええ…彼に代えて下さい。私の方からも伝えておきます」

それにしても…鍵を見せた時の連中の狼狽ときたら…見物だった。まあ無理もない。
蹴落としたと思った黄色いサルに土壇場で引っくり返されたのだから。それと大祖母…長老の末の娘が味方になってくれたのが幸いした。
彼女は長老の最後を見取った自分を…正確には違うのだが…信用してくれた。まあ表向きにはそういうことになった。
何より鍵の効果…実質的な力よりもああいったものの方が実はこういう古い閉鎖的な集団の中では大きな力を持つものだ。
ただ問題は…どういう手段や経緯であれ、鍵を手に入れた人間はその力と資格を持っているとみなされたこと。
すなわち次の代も同じことが許される。彼女自身さらに危険を背負ったことになった。こんないくらでも偽造できる鍵一つで。
だからこそ恐ろしいものだった。受け取りたくなかったのに。

「シティはこのメンバーで。ウォール街は…」

本当のところ長老が殺されることまで予感していたかどうかは確信がない。だがAIは鍵の意味に気づいていた。
そして私にそれが渡された時点で彼を殺すことに決めたのだ。私なら交渉相手にできると踏んでいた…それは間違いない。
彼が自分自身を見限ったことで、AIに殺されたとも言える。でもどうして急にそうしたのかがわからなかった。
直接人に会えて思い残すことがなくなったか…あるいは新しい力を見て時代の終わりを感じたか…。
とにかくあの時の長老が口ではブラフを言いながらも実際に胸の内で何を考えていたのか、それは永遠の謎となったわけだ。

「分配は遺言通りに…ええ…みな『均等』ですわ、叔母様。それでは…」

小型艇が戻ってきたと連絡が入った。最後の仕上げだ。AIも了解済。
瑞佳もレディの提案を受け入れてくれた。少し憂うつな段取りだけど仕方がない。
一族もこれだけは譲ってくれなかった。でも死ぬって何だろう。意識って何だろう。

不意に彼女は自分がまだ一度も老人のために涙を流していないことに気がついた。
そしてそれはもう少し先になる…そう思った。




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25個目。


こっそり終わりたい今日この頃。