第二十二話「瑞佳・REV3」 「みっ…瑞佳…」 「浩平…驚いてる?もしかして…」 「当たり前だっ…ただの主婦がいきなり…あくうかんがどうとか…」 「そっそうかな…やっぱりおかしいかな(汗)」 「ああ…むちゃくちゃおかしいぞっ」 だいいちそんな物騒なものどうやって使うんだ?またあの騒ぎになるんじゃないのか? 「今度は俺に…飛行機落とさせる気か?」 「だっ大丈夫だもん。それに…安全だよ………ボソッ…たぶん…」 「だああああああっ」 「たぶん…なのか?おまえ…昨日俺と話した時は絶対大丈夫だって…」 「使い方だって簡単なんだよ〜…私だって…使えるもん…」 「「おまえはプログラムだろうっ!」」 「そっそんなあ…二人同時に突っ込まなくたって…あれ?」 「茜…?」 茜が下を向いて肩を震わせている。 「…笑ってる…ぞ」 「あのシムの茜に…笑う表情やデータが用意されてたなんて…驚いたな」 「ずるいです…」 浩平が二人もいるなんて…反則です。 そう言って顔を赤らめている。恥ずかしそうだ。 「それじゃ…始めるよ」 瑞佳は回路の使い方を簡単に説明した。二人は彼女に意識をシンクロさせた状態で実際にファンクションを試す。 瞑想して…本当に眠っちゃだめだよ…トランス…うんそれでいいよ…そこからもっと深い層へ。 「ここは…」 数回繰り返しているうちに突然違う世界が現れた。意識のさらに奥。光に満ちた場所。 そこで声がした。男の子の声だ。さっきより側にいる感じ。 お兄ちゃん…聞こえる? ああ。よく聞こえるよ。 普段のVRより頭の動きが軽くて何も抵抗がない。高さも奥行きもない不思議な広がり。 気がつくと他のメンバーも同じ『場』に入っている。みんなの存在がわかる。 うん。さすが飲み込みが早いね。二人とも。 浩平はあの世界でダイバーだったし、茜ちゃんはあの力があったから。 俺にはその辺りの記憶がないんだが。 そうか…あれはタワーの中だったからな。 この人にできたってことはあなたにもできるはずだよ。 茜ちゃんがVRに関心が強かったのも。 …えっ? 失ったものをこの世界に探そうとしてたんだね。 そう…か…。 そう…かもしれません。 ホントにこれを渡したかったんだ。 あの世界での…お詫び…。 それはもういいよ瑞佳。 うん…ごめんね。 一休みしてまた瑞佳がお茶を入れる。 「本当はこちらから渡しに行けたら良かったんだけどね…でも…」 私が外に空間を開くと…本当に…システムが暴走する危険があるから…あの一族にも見張られているし。 もちろん今渡した回路には何の問題もないよ。ただ私の場合…他のいろんなものと絡み合ってるからね。 「…重たい主婦だな」 「えへへ(汗)…だからここに来る前に由依さんのデッキに現れたのが…最後だよ…」 「その時に彼女に自分を探してくれと…依頼したのか?」 「うん。ただ当時はまだ居場所も決まってなかったから」 メインメンバーに手がかりを残したことだけ伝えて…消えたんだ…。 本当に探してもらえるとは思わなかったから…ここまで来てくれるって聞いた時は嬉しかったよ。 「この子が…情報を集めて事前に教えてくれたの。さっきも迎えに行こうって…」 「そうだったんだ…」 「では…記憶も?」 「大丈夫だよ…その石とリンクさせてあげるだけでいいから」 「そうか」 ただ…思い出したくない人もいると思うから気をつけてね。シムのキャラクターじゃない人がいたでしょう? 私が開けた穴のためにデータが変質して、みんなが自分の記憶や願望で姿を変えてしまったんだよ。 そういった人たちは…よりリアルで辛い経験をした…はず。 「葉子さんも…彼女自身のキャラクターがそのまま現れて…そして…」 「…大丈夫です。あの人なら」 「茜…」 「うん。きっとそうだと思うよ」 他の人についても…二人にその辺りの判断をお願いしてしまうことに…なるんだけれど。 「そろそろ…自力で思い出しかけている人たちもいるかも」 「そうなのか?」 「…もしかすると…あの中で身につけた力も…一緒に…」 「?…まさか…」 そこで茜が時計を指差した。 「浩平…時間…」 「あっ!」 腕時計を見るともう2時間近く経っている。いけない。 「茜…そろそろ行かないと…」 「はい」 「送って行くよ」 「でも…遠いし…」 「一番近いアクセスポイントはね…実はすぐ向こうの土手にあるんだよ」 「え?どうして最初からそこに…」 「ごめん…ちびちゃんがそうしたんだと思うの(汗)」 たぶんその時に誰も周りにいない場所を選んでポイントを開いているんだと思う。 でももしかすると…二人にこの世界を見てもらいたかったんじゃないかな。 「じゃ…出ようか…」 そうして、二人の浩平、瑞佳、茜、子供たち。 みんなでアパートを出ると、夜の道を川の方へと歩いていった。 みゅーを抱いたまま…そっと目を開ける。自分が今どこにいるかわからなかった。 「…?」 足元には何もない。ずっと下の方に車が走っているのが見える。横の窓は手を伸ばしても届かない位置。 空中に浮かんでいる…そのうち体が上昇し始めた。 「みゅ〜?」 一気に屋上まで上がると、フェンスを越えたところで体が降ろされた。そこは広いヘリポート。 とりあえず助かったようだ。でもどうして? 振り返るとフェンスがある。そこから下を見下ろす。さっき間違いなくあそこに浮かんでいたのに。 「もう一度試そうなんて思わないこと…まだ力の使い方に慣れていないのだから」 「みゅ?」 声のした方を見る。そこには見覚えのある影。 「…!」 たたたたっ 思わず走って行って抱きつく。 「寂しかったか?」 「みゅ〜…うああああああん!」 よしよし。頭を撫でる女。長い髪がきらきらと金色に輝いている。 繭は女の顔を見上げた。前よりも優しい微笑み。どこか雰囲気が変わったように思えた。 「上から呼んでいるのに…そいつばかり見ていたな…」 「みゅみゅ…(汗)」 「さあ一緒に行こう…さっきの部屋はもう危険だ」 「…みゅ?」 「他の仲間もいる。大丈夫だ」 そういうと繭を抱えたまま。 フォンッ 空へ飛んだ。 「…で?私に何をしろっていうのかしら…」 女はVR社の一室で兵士たちに囲まれている。ここは以前よく来ていた場所。 VR社の株を握っていたシュンの部屋だったから。 二人で座ったソファーに、今は蛇のような目をした男がふんぞり返っている。 「三日後に臨時政府が樹立される。そこでぜひスタッフとしてあなたもご参加いただきたいのだ」 「ふうん…」 「ご存知のように…VRを駆使したイメージ戦略は今や政治の世界でも不可欠だ…」 今度のセレモニーでは…我々がこのエリアの危機を救ったこと、新しい出発を約束することを高らかに宣言するつもりだ。 「トップスターであるミヤマ嬢に参加していただければ…我々の政府にとってこの上ないイメージアップになる」 「我々の政府?…嬉しいでしょうね?こんなちっぽけなエリアを手に入れて…お山の大将って感じだわ」 男は皮肉などまったく気にしていない。 「もちろん謝礼ははずむ」 「断ったら?」 「ああ…断りはしないさ。あなたは…」 さっき隣のビルに迎えに行かせたよ。繭とか言ったかな。他にも何人かいたね。 スノウの目が険しくなった。 「ふん。女一人言うこと聞かせるのに人質か…腐った男」 「俺は必要であれば何だってする…最悪の場合…あなたの首だけ使ったっていいんだよ」 「あら…恐いことを言うのね」 彼…ikumiの犠牲を利用してここにいる。とんでもない男。色仕掛けは通用しなさそうだし…どうするか…。 だがそこにやって来た側近からの連絡…男の顔が一瞬歪んだのをスノウは見逃さなかった。 おやおや。どうやらうまくいっていないようだわ。 「どうしたの?繭を連れて来るんじゃなかったの?」 「…貴様。何か知っているな」 そのまま顔に出てるわよ。でも今がいいタイミング。こちらが優位にたった時こそ…相手に頭を下げる時か。 「いいわ。協力してあげる」 男は凄い形相で睨んでいたが…すぐ元に戻った。 「…ふ…まあいいだろう」 俺はプロセスは気にしない。協力してもらえるならそれ以上聞くまい。 「早速VR撮りといこうじゃないか」 「今からやって間に合うの?」 シナリオはもう用意してある。あなたはただ言われた通りにやればいい。 「…つまんない仕事ね」 川へと向かう途中、子供たちは走り回って瑞佳と茜にじゃれている。 それを後ろから見ている二人の浩平。 「たいしたもてなしも出来なかったね」 「いや…この世界で飲み食いしても…だから気持ちだけで」 「そうか。そりゃそうだ」 でもどうも他人のような気がしない。当たり前か。 「瑞佳見てどうだい?惚れ直したかい?」 「う…何をいきなり…でも確かにいい女に…」 「いや…正直に言うと…俺も茜ちゃん見てると…やっぱり何かこう…ぐっとくるものがある」 「あれを招いた要因だな(笑)」 「そうだよな(笑)…でも…茜ちゃんだって俺の方を意識してるような…恐ろしいものだね」 「うん…」 「さっきだって本当ならあんたをひっぱたくと思うじゃないか。でもそれはあくまで男の側の考え方らしい」 「…なるほど」 「でもしょうがないよな…俺たちはあの世界でぐちゃぐちゃだったんだから」 世界を壊す力を持った者が何人かいて…その連中の間であれこれ関係がこじれたら…結局世界を救うのは…。 「…ミサイルでも戦車でもない。連中の悩みを解決してやれるカウンセラーなんだろうな…」 途中で道を曲がる。その先の坂道を登るとすぐ土手の上に出た。 「うわあ」 「涼しいね」 夜の川沿いは風が気持ちよかった。対岸の町の灯りがきれいに瞬いている。 振り返ると土手の下には瑞佳たちの住んでいる町の夜景が広がっていた。思ったより小さな町だった。 すぐ近くから向こうの端まで…手につかめるような町。でもそれが浩平を暖かな気持ちにさせた。 いつのまにか横に瑞佳が来て話しかける。 「小さいでしょう?」 「…ああ…でも…幸せそうな町だな」 「うん。でもここでもいやなこととか…やっぱりあるんだよ」 「そうか…そうだろうな」 男の子と女の子は草むらに何か見つけたようだ。お父さんお父さん…ほらここ。何かいるよ…。 一緒に茜も横でしゃがんでいる。ああいうところはちっちゃい子みたいだ。 気がつくと浩平の腕に瑞佳が腕を絡ませてきた。 「こらこら」 「うふふ」 嬉しい。本当に。だって懐かしいんだもの。浩平見てると。 瑞佳のひんやりして柔らかい腕が浩平をどきどきさせた。 「毎朝起こしに行ったんだよ。覚えてる?」 「さっき部屋で思い出した」 「…浩平は外の世界では…もっと年上なんだよね」 「ああ…」 「でもここにいるのは…私にいっぱい世話を焼かせた浩平だよ」 時間があったら…私と浩平…茜ちゃんと旦那で別行動とっちゃうのに…。 「…瑞佳…(汗)」 「ふふ…冗談だよ…たぶんね」 「まいったな。あの頃と全然違う…」 「そんなこと…ないよ…」 腕を組んで歩きながら言う。少しうつむき加減に。 「私はずっと…浩平の知っている…瑞佳だよ」 「…そう…か」 気がつくと少し先で茜たちが待っている。茜は腰に腕を当てて睨んでいた。 「いけね…」 「怒られちゃうね。茜ちゃんに」 「ううっ…」 でも追いつく頃には茜も『浩平』と腕を組んでいたりする。結構まんざらでもない感じ。 ちぇっ。やっぱり言った通りだ。浩平は苦笑した。 そして…やっとその場所に着いた。男の子が叫んでいる。 「ここだよ。この灯の下」 土手の道沿い。何もないように見える。ただの街灯だ。 「ここから行けるよ」 「瑞佳…」 「お世話に…なりました」 「それじゃあね」 「またな。二人とも」 もし良かったら…また来てね。力を使えば大丈夫。いつでも待ってるから。 にっこりと笑う瑞佳。寂しそうだった。 「うん」 「ありがとう…」 二人は街灯の下に入った。景色が歪む。 振り返ると一瞬だけ…瑞佳たちの姿が目に入った。みんな手を振っている。 ただ浩平には気のせいか瑞佳が泣いていたように見えた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 22個目。