第十三話「シャトル・フライト」 「スミイ…おまえ…何故?」 「オヤジの命令さ」 「オヤジ?YAKUZAのボスが?」 髭を触りながら俺にいいやがったのさ。シャトル一本使ってやれってな。理由は俺にだってわからん。 「ただ…オヤジんとこのお嬢さんが…数年前から意識が戻らないことと関係があるようだが…な」 スミイはそのまま手前のビルへと入っていた。他の連中が手招きしているので一緒についていく。 ビルの奥…いきなり管制塔の設備。本当に飛べるのか? 「あまりぐずぐずしてられんぞ。チケットを出すまで連中が我慢してたのは行き先を確かめるためだろう」 浩平たちが見ている前で、スミイはその辺りにいる男たちを大声で怒鳴りはじめた。 荷物を二つ積んで早く飛ばせと言っているようだ。二人のことらしい。 しかし…集まっている白衣のスタッフ。どれも怪しい連中だ。おまけに年寄りが多い。 さっきから口々に言い合いをしている。 「燃料はどうなっとる?」 「質が少し…悪いようだ」 「だからシベリア直送のは止めとけって言っただろう」 「文句は言えんよ。非合法だからな」 「部品が着いたぞ〜っ」 「今ごろ何言っとるんだ!」 二人がぼんやり眺めていると白衣の一人が近づいてきた。よぼよぼの爺さん。生きているのが不思議なぐらいだ。 浩平は持っているドラッグで気合を入れてやりたくなった。 「あんたたてぃ…『あっち』にぃ…いったことは…あるのかねぇ」 「嫌…」 「…ありません」 「ほうかねぇ…ほれじゃあ…まあ…がんばりなさいよぉっ」 そのまま向こうへゆっくり戻っていく。誰かネジを巻いてやってくれ、と浩平は思った。 「大丈夫なのかな」 「…どうでしょう」 二人は横にあったソファ…これがソファと呼べるものなら…でしばらく待つことにした。 茜はもう涙も乾いて、気分が戻ったみたいだ。 浩平はそれをじっと見ている。茜が気がついて顔を上げた。 「…?」 「元気になったみたいだな」 「…はい」 「笑った方が可愛いじゃないか」 「くどきモードですか?浩平」 「…そうそう(笑)」 茜が笑っている。うん。笑っている方がいい。可愛いと思う。 もっとも茜の笑い方は声を上げない。ただ静かに笑うのだ。 いつか思いっきりげらげら笑わしてやろう。 それが俺の次の仕事だな。 浩平はそんなことを考えながら、茜の栗色の髪、綺麗に巻かれたそれを見ていた。 それにしても不思議なものだ。俺たちは今まで会ったこともないのに…あのVRの空間で知らないうちに話をしてたわけだ。 おまけに…これから一緒に…宇宙へ行こうとまでしている。初めて宇宙に行く…正直恐くないと言えば嘘になる。茜も同じだろう。 でも…もう引き返せない。ここまで来たら何としてでも猫に会ってやろう。そう思う。 あっちに行ったら早速どこかでデッキを接続しなければいけないな。貰った見取り図はと…。 「あっ」 「…どうしました?」 「荷物…ターミナルに捨ててきた」 「そう言えばそうですね…」 まずいな。あの中にデッキとかいろいろ入っていたのに。あっちで買えたとしてもセットアップからやり直しか…。 いや問題なのはウイルスだ。一から組み直すのは時間がかかるぞ。 「参ったな…」 「これだろ?」 「!?」 いつのまにか男が横に立っている。手には二人の鞄。 デッキも入って結構重いはずなのに片手で軽々と。 「拾ってきてくれたのか?」 「ああ…それと女も一緒だ」 「…!…ルミィか?」 「ああ…ただちょっと…具合が悪いようだから別のところに運んである。今は眠ってるが」 浩平と茜の顔色が変わった。 「具合って…まさかあいつにやられた…?」 「いや…前に受けた傷が開いただけみたいだ」 今日はかすり傷一つ負ってない。彼はそう付け加えた。 静か…だが油断のない身のこなし。それに強靭な体。肩や胸の盛り上がりがすごい。 なんていうか…やっぱり普通じゃない感じ。ニンジャかサムライだろう。 「ありがとう。もしかして彼女も助けてくれたのかい?」 「運んだだけだよ…まあドラゴンをおんぶできて光栄ってもんだな」 あいつは伝説だからね。そう男は言った。 「眠ってるけど会うかい?」 「ああ」 「…はい」 男は二人を別棟の方へと案内した。 「ここだよ」 「…ルミィ」 ルミィは寝ている。点滴を受けてはいるが顔は穏やかだ。 寝顔はとても可愛らしく、普通の女の子に見える。 「何百人ぶった切ってきたお人には…見えないね」 「…まったくだ」 「ルミィ…」 茜が横でまたぽろぽろ涙を零している。気持ちはわかる。 まだ完全に治ってもいなかったのに助けに来てくれたのだ。一つ間違えば死んでいた。 「ありがとう…ルミィ」 「…ありがとう」 聞こえてはいないだろう。でも礼を言わずにはいられなかった。 浩平たちは静かに部屋を後にした。 もとのビルの前まで来るとスミイが中から出てきた。横にいる男を見てにらみつける。 「こらおまえ…勝手にどこ連れて行ってやがる」 「いけね…」 「ああ丁度いい…紹介しとくぜ。こいつは…ええと…何だったっけ?」 「…表の名前は…まだ…」 「そうか…そうだったな。でも何かと不便だ。いま決めろ」 男は笑いながら辺りをきょろきょろと見回す…と、南の空の上にさっきのクラスターを見つけた。 「…そうだな…俺のことは…南でいい。南と呼んでくれ…」 「適当だねぇ。あいかわらず」 まあいい。こいつは腕は立つ。あっちまで一緒に連れていくといい。っていうかパイロットも兼ねてるんだ。 それから上の部屋を使ってくれ。どうせ今日はあのガラクタは動きやしない。 爺さんたちあと3日待てとか言いやがる。明日までに仕上げろって言ってあるんだが。 スミイは一人で一方的に話すとまたどこかへ行ってしまった。 「恐い恐い」 「…一度殺されかけた」 「兄貴に狙われて生きてるんだ…驚いたね」 まああの人は敵に回すと恐ろしいが…味方にすればたのもしいこと限りない。頼りにしていいさ。 あんたには何か運とか巡り合わせってのがあるみたいだな。それがとにかく宇宙へと引っ張ってるわけだ。 だからここまで無事にこれたってことだな。 「おっと…もうこんな時間か。それじゃ」 南…と呼び名が決まったその男は、奥の建物へと消えていった。 浩平たちも指示された部屋へと向かった。 晩。 仮の病室。 月の光だけが部屋の中を照らしている。 目が覚めた。 「…?」 ここはどこだろう。 いや…私はいったい…誰だ? 「!?」 横に人がいる。椅子に座った女。髪の長い。 それを見て思い出した。 「…茜?」 返事がない。眠っているのか。 身を起こそうとしたが、体が痛む。 「…ぐっ…」 「!…ルミィ…起きたんですね」 「…ああ…」 ルミィ?私の名前か? 違う。私は…。 「ありがとう…ルミィ」 「…何のことだ?」 「だって…助けてくれたでしょう?」 「そう…だっけ…」 記憶が混乱している。今はいつだ。何故こんなところに。 猫は?あれからどうなったんだ。 「茜…猫は?瑞佳はどうした?」 「…?」 「母さんが…それと…みんなどうなった?」 「ルミィ…どうしたんですか?」 「…ルミィ…留美…私は…」 私は…留美のはず。留美。母さん…。母さんは? 「ルミィ…今は横になった方がいいです」 「茜…」 おとなしく体を戻した。わからない。いったい…。 そう言えば葉子さん…葉子さんはやっぱり死んでしまったのか。茜…。 「ルミィ…私が軍に連絡をしたせいで…ごめんなさい」 「…軍?」 「今は…ごめんなさいとしか…言えません。でも…帰ってきたら…私を好きにしてください」 軍…ああ…宇宙港でのことか。そうか。ターミナルから運ばれてきたんだ。私は。 だんだん記憶が戻ってきた。 「……気にする必要はない。茜が連絡してたことを知らないのは…あいつ…浩平だけだよ。それに…」 あれは私がケリをつけるために行ったこと。あのニンジャが現れると踏んでいたから…ね。 「スノウだって私にちゃんと頼んだわけじゃない。ただ宇宙港に行ったことだけ教えて…ずるい女だ」 あの女が一番上手だったってこと。茜もつらいことがあったじゃないか。気にしてないよ。 「つらいこと?」 「…葉子さん死んじゃったじゃないか」 「?」 「ドッペルなんて…もう嫌だね」 「??」 記憶がまだ混乱しているようだ。 「寝るよ…」 「はい…」 「それと…もう大丈夫だ…ここにいなくても…」 「はい…」 でも茜はそこに座ったままだ。 そしてルミィは…見守られているせいか、安心して眠ることができた。 そんな眠りは久しぶりだった。 二日後。 やっと準備ができたようだった。スミイの使いが来て案内される。 貨物船という触れ込みでステーションに入るらしい。 昨日も一通り説明を受けたが、もう一度スタッフが復習してくれた。 民間の整った旅客シャトルと違って、何かと気にしないといけないことが多い。 通常こういった場合は数ヶ月の訓練が必要なのだ…。正直頭に入りきらない。 「お二人は向こうへ着くまで眠っててもらいます…まあその方が何かといいんです。酸素とかいろいろ」 簡単な検査を受けてから、服を着替えてシャトルへ。 鉄骨の横のエレベーターで昇る。高くなるにつれ茜が恐そうに周りを見下ろす。やはり大きい。 入り口に着くと、まさに貨物部屋のような場所に入れられた。 その中に設置されたベッド。温度と気圧を管理してあるようだ。クッションの中に潜り込む。 頭と手に身体モニターを兼ねた端末をつける。後はVRフィードバックが眠りに誘うのだ。 南が様子を見に来た。こまめに部屋をチェックしている。慣れた手つきだった。 「次に起きた時は宇宙だ。簡単でいいだろう?」 「このまま宇宙遊泳はいやだぜ?」 「大丈夫だ…たぶん(笑)これでもしょっちゅう上には行ってる」 「…お願いします」 「おう!」 美人に頼まれると張り切っちゃうんだ。そう言うとハッチを閉めた。 外で数回シールがされる音。 「ニンジャ…だよな?…あいつ」 「…そう…ですよね」 あんなおしゃべりなニンジャは見たことがない。それほど何人も見てきたわけではないが。 普通連中に会うときは仕事を依頼する時か、逆に依頼をこなしに来る時だ。 こちらが頼んでない時にニンジャを見たら…逃げた方がいい。まあ逃げられたらの話だが。 恐らく南は相当の腕だろう。底知れない余裕を感じるからだ。 発射時間まであと数分となった。隣のクッションの中の茜に話しかける。 「茜…」 「…はい」 「頑張ろうな」 「はい」 そうだ。ここまで来たんだ。彼らを信じて任せるしかない。 やがてVRの作用で意識がもうろうとなった。そのまま深みへと沈んでいく。 眠っている間も加速のGを感じていたようだった。体にのしかかって来る重み。 重い振動と強力な力の脈動。巨大な存在に包まれて上昇していく。 それは浩平から昔の夢を引っ張り出した。 白い部屋。いや白い朝の光。 瑞佳。 カーテンを開ける。 そうだ おまえは毎朝迎えに来る。 ああ。 そうだった。 おまえはどこかへ消えてしまった。 俺を連れて。 そうだったな。 じゃあ俺は誰なんだ。 瑞佳。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 13個目です。 やっと宇宙に飛びました。