第十話「ファイル・ミズカ」 「…『VR−ONE』は新しいタイプのネットゲームです。現実と見まごう空間の中で魅力的なヒロインたちと暮らすことができる…。 さあ貴方もこの世界を体験してください…サーバーへの加入権がついたソフトの発売日まで後…」 「…話題の恋愛シムの特集です。ネットでVR空間に没入して参加するこのシステムは昔ヒットした恋愛ゲームをベースに…」 「本当に目の前に茜がいるんだ。いるんだよ。喋ってるんだ。でもそれがAIか他のメンバーかはわからないけど…」 「詩子になって澪ちゃんおもいっきり抱きしめちゃった…うふふ…そうよ。参加している中には女の子もたくさんいるわ」 「みさきさんになったらとにかくたらふく食べられるんだけど…VR抜けた後でもそのまま食べてる感じが残ってたな」 「…VR空間におけるリアリティとは…全てを現実のまま用意することではない。持ち上げた時に石であるとうまく感じること。 極端な言い方だが暗示こそが全てであり不可欠ということなのだ。この新しいVRシステムはそれをうまく…」 「今日も何度も入ろうとしたけど失敗。いつもいっぱいだよ。それに必ずしも望んだキャラクターとは限らないし…」 「ふっ…みんな甘いね。やっぱり住井だよ。住井。その次に南だな。これで楽しむのが『通』ってやつさ」 「ひどいやつがいるんだ…俺の澪ちゃんが『ぶっとばすなの』ってセリフを(涙)えっ俺? 俺はその時みゅーみゅー言ってた(笑)」 「…弊社では早急にサーバーの増設を検討していますが、なかなか追いつかない状況です。いましばらく…」 「嫌なキャラだと途中で抜けちゃうわね。うん。それは自由だって書いてあったから。後はAIがやってくれるし」 「…浩平になかなかなれないんだよな。もう何十回七瀬になってるか。つい憂さ晴らしに浩平をドカバキッて(笑)」 「シナリオの枠の中にいるから結局はちゃんとエンディングまで進むんだ。終わるまで…そうだな…3〜4時間ぐらいかな」 「パスワードがあるの。一旦抜けてもそのシナリオが終わってなかったらまた戻れるのよ」 「ここにきてVRデッキの売れ行きが一気に跳ね上がっています。アキハバラではしばらく入手困難な状態…」 「…他のグループとかけもちするやつがいるんだよな。たぶんデッキとIDを複数持ってるんだ」 「あっちのグループで茜をやってたから、こっちで詩子なのにワッフル食べちゃったよ…甘さにフィルターかかってない(涙)」 「新情報よっ。サーバーに記録されてる経験値が貯まるといろいろお遊びができるみたい」 「経験値か…それだけプレイしないといけないってことよね。これで途中で抜ける人が減るかも…」 「…デッキに接続したまま眠りますと危険な場合がありますので、必ずタイマーをセットしてから稼動してください。繰り返します…」 「他社も同様のソフトの発売を決定しておりVR熱はさらに加熱しそうですね。ただXシーンに一部の団体からクレームが…」 「与えられたシナリオを楽しむのもいいけど…ネットの中を泳ぐ方が俺は楽しいね」 「…システムへの侵入を容易にしたインターフェースがあるって知ってるかい?VRを応用したものだそうだ」 「連中は平気でセキュリティを乗り越えて来る。ファイアーウォールなんてもはや意味がなくなってしまった…」 「ああ持ってるよ。『misao』だろ?…って、顔映さないでくれよな。ばれたらやばそうじゃん」 「…一斉摘発されました。この会社はセキュリティを越えて他のシステムに侵入できるVRソフト『misao』を開発、販売…」 「知ってるか?あの開発グループの連中、みんな警察から軍部に身柄を移されたらしいぞ」 「…新しい侵入ソフトがあるんだが…何だったらそっちにも回すぜ。そのかわりちょっと値が張るが…」 「侵入対抗ウイルスを迎撃するらしい。おまけに自分である程度判断するんだとさ」 「やめとけよ、ここでその話は。『misao−e』か本当に存在するかだって?あんたも捕まりたいのか?」 「どうやら『misao−e』は単なる2番目ではないようだ。それは『misao』とはまったく違う構造で…」 「符丁だよ。わかんないかな。出所がバレルとまずいんだ。だから『mizu…」 「もしもし?あれ…おかしいな…さっきから全然つながらないよぉ」 「畜生。端末が使えない…どうなってんだ?ん?なんだこの猫みたいな模様は…」 「あなた!ちょっと!はやく来て!この子いくら呼んでも目を覚まさないのよっ」 「…一切動きませんっ!電話も緊急回線に切り替えましたがだめですっ」 「…報告S−210227。X日X時X分よりXX市を中心とした半径約30km以内の地域で、全ての電子システムに異常が発生…」 「あの一帯に入っただけでだめだ。空も同じ。エアプレーンがじゃんじゃん落ちてるらしいからな」 「塔よ。塔。シムしてたらいきなり塔が立ってるんだもの。びっくりしちゃった。眺めてたら強制終了で追い出されちゃうし…」 「知ってるかい?VR空間に出現したあのでっかいデータ構造物…近づいたら終わっちゃうらしいよ」 「…行方不明になっていたXXX便は本日午前X時X分頃、XX市内に墜落したもようです…生存者はまだ確認が…」 「いったい誰があれを外に持ち出したんだ?どうせケチな金もうけのためだろう…馬鹿なことを…」 「…猫の鳴き声がしたんだ。そしたら機械がアウト。化け猫の仕業だね、絶対…」 「ウイルスがどんどん侵食を始めていますっ…もはや手がつけられません!」 「塔の大きさは数億Gバイト…いや数十億Gバイト?…冗談じゃないぞっ数十万Tバイト、数百万Tバイトだろっ…いっしょか…」 「軍が電子回路を一切使わない車輌で向かったらしい。今回はなかなか動きが早いじゃないか。妙だな」 「OSの機能を併せ持った侵入プログラム…そのうえAIだって?なんでそんなものをつくったんだ…」 「猫が…魔法を使う猫がいる…あの中に…うぐっ…」 「あのビルがこの巨大な円の中心にあるのは間違いない…が、本当に例のシムと関係があるのか?」 「…既にVR部隊の数人が神経を焼かれました。これ以上あのデータ構造物への侵入は無理です!」 「問題の地域は徐々に広がりつつある…60kmエリア、すなわち原発到達まであと数時間…」 「原因は不明ですが…例のVRシムのAIと結合した可能性があります」 「ふっ…これは責任問題ですなあ。軍の研究施設から例の物が流出とは…。どうやって揉み消されるおつもりですかな…」 「制御できないものに直面した時に、その人の本性が現れるものだわ」 「ナックラーからの紹介ってあんたか?いったいそのカセットは何だね?」 「驚いた…このシム用サーバーはどこから電力を得ているんだ…電源は全て切ってるはずなのに…」 「まだ恋愛シムに参加している人間がいるらしい。端末をはずしても戻らない。いや神経には損傷は見られないんだって」 「数年前のAIを投入だと?本気かね?いったいそんな旧式が何の役にたつというんだっ」 「意識だけ中に取り残されるってことがあるんだね。意識って何だろう…」 「もはやこれまでだな。あの周辺にミサイルを打ち込むんだ。制御できない?数撃てば一発ぐらい当るだろっ!」 「これは他のAIとは違いますよ。世界で唯一存在するものです。ええ。『彼女』に任せてみましょう」 「…避難をしてください。付近の住民の方はすみやかに避難をしてください…」 「投入したAIが捕捉できなくなりました…中で何が起こっているのか…まったくわかりません」 「一瞬で消えただとっ!あの構造物が!?あんな巨大なデータが履歴も残さずに消えたなんて…そんな馬鹿なことが…」 「XX市で発生した原因不明のシステム・ハザードは鎮静化したようです。お知らせします。XX市で発生した…」 「例のVRシムに参加してた連中…かなりの数が意識不明のまま重体らしいぞ…」 「…犠牲者の中に宗教団体『月』の代表である鹿沼葉子氏も含まれていたとのことです。 『月』の本部では急ぎ問い合わせ窓口を設置するとともに、信者への呼びかけと混乱の収拾を図るとの…」 「各社ともに恋愛シムから撤退とはな。でもどうせ形を変えてまたやるに決まってるさ」 「…ここでハザード関連のお知らせです。T社ではVRシムの開発責任者、他スタッフ数名が退職したと発表しました」 「これは当時VR接続していたユーザーに意識不明者が出たことへの社会的責任を考慮した結果であるとも言われていますが、 同社はあくまで本人たちの希望による退職であるとの姿勢を崩しておりません」 「弊社がハザードに関係しているとする一部の説は、まったく根も葉もない噂です。否定させていただきます」 「…あそこ儲かってるようなあ。軍から優先して仕事がもらえるのは、例の件で身代わりになったからだそうだが…あっいけね(笑)」 「VR最大手のT社はBell社との合併を発表。これにともない、通信面での強化と市場の独占を図るものと見られ…」 「いよいよ今日からVR放送が開始です!」 「この間デビューしたスノウ・ミヤマっていい女だと思わないか?でもどこかで見たことがあるような…」 「…VRデッキの非合法使用者は法律で罰せられます。ご注意下さい。VRデッキの非合法使用者は…」 軍用システムから持ち帰ったデータファイル。 流され続ける膨大な量の画像と証言。 際限なく繰り返される問いと答え。 ソファで眠る茜。 冷めてしまったコーヒー。 そして夜明けがきた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 10個目です。 謎の解明に役立ててもらえればと思います。 余計にわからないかも(^^;