NEURO−ONE 3 投稿者: 天王寺澪
第三話「スノウ・ドラゴン」


巨大な部屋。

他に形容できない。50階を超えるセントラル劇場の最高層。その大半を占めるこの部屋。
壁一面の窓から先にまた広いベランダ。その先に広がるオオサカの夜景。
ただのトップスター、劇場支配人ではない。裏からメディアを牛耳る女の部屋だ。
しかし落着かない。以前はこんな部屋ぐらい何とも思わなかったが。周りにいる男達のせいだろうか?
ただ不思議なことにさっきの少女も一緒に来て、向こうの部屋で遊んでいる。
いったいどういう関係なんだ?この二人は。

「どうしたの?はやく座んなさい」
「あっ…ああ…」
「とりあえずコーヒーでも飲む?」
「自分で入れるのか?」
「そうよ。一時期は人に入れてもらったりしてたけど、どうもね」

浩平の返事を聞かずに彼女はコーヒーを二人分入れて持ってきた。
高級なコクと香り。澪のとこでいつも飲まされてるやつとえらい違いだ。
まああれはコーヒーの出し殻をさらに何度も炒って使ってるからな。
もうコーヒーじゃない。

「話をどこから始めましょうか。あなた時間はあるの?」
「ああ…死ぬほど時間はある。それにないといっても信じてもらえないだろう?」
「そうね」

女は笑う。胸元の開いた白いシルクのドレス。磨かれた肌。豊かな膨らみ。
この体ならVRでデータ修正は必要なさそうだ。かなり金がかかっていることは間違いない。
浩平が見ていると、女は驚くことを口にした。

「でもいつまでも時間が余ってると思わないことね。今日だって危なかったでしょ?」
「!!」
「知ってるわよ。当たり前じゃない」

彼女は壁を指差した。指輪に反応してプロジェクターが作動し、映像が現れる。右下には時間表示。
ハンキュウのコンコース。逃げ惑う人々。爆発。カメラはクローズアップされ、浩平と女の姿が映った。
次に画面は分割されて、同時にいろいろな角度から追いかけて切り替わっていく。最後に女が倒れるシーンまで。
カメラは各所に何台も設置されていたようだ。

「…これ…」
「ああいう重要な場所では映って当たり前。それに今日はあなたを追いかけていたし」
「VR社のカメラか」
「そうよ。ここをどこだと思っているの?」

この女。隣のビルと密接につながっている。当然か。
ソフトの供給と販売。新しいVRスターのスカウトや教育。知名度が上がれば劇場に出す。
さっきの店もこの女の店だ。だから営業が許されているんだな。

「みさき元気だった?」
「ああ…て、まさかあの店のベッドまで撮ってるんじゃないだろうな」
「あら、撮ってるわよ」
「!」
「もっともあの子に頼まれてだけどね。ほら」

画面が切り替わった。白い体が上になって…揺れ動いているところ。
上気した頬。流れる汗。肌が光り輝いている。長い黒髪を振り乱して夢中で腰を使う女。
腰の動きが激しくなった。まさに絶頂に達しようとしているところだった。

「やめろっ」
「はいはい…」

静かになった。白い壁に戻る。浩平はため息をついた。
こいつらの前ではプライバシーもへったくれもない。

「大丈夫よ。あの子にしかデータは渡さないから」
「信じられるもんか。…そうだ。彼女はあんたと知り合いなのか?」
「そうよ。同じ学校だったの。いつも一緒だった」

みさきが心配なの。最近会えないし。だからあの子に黙って家にCCDつけちゃったの。
最新型の小さいやつ。普通は絶対わからない大きさ。だって鏡のネジをレンズに替えたのよ。数ミリぐらいのやつ。
だけどすぐばれちゃったわ。すっごく怒られた。絶交だって。でも次の日笑って許してくれたわ。
いつでもあれははずせるのよ。あの子が望めばね。スイッチだってあの子が持ってるし。
今日だってみさきがONしたのよ。びっくりしちゃったわ。

見たことのないタバコを吸いながら話す。浩平にも進めたが、匂いが気に入らなかったので断った。
変な薬が入ってるかもしれない。

「さっきのだって、私のものだから食べちゃだめだよぉって言いたかったのね。あなたと会う前に牽制してるのよ。可愛いわ」
「…私のもの…ね…」
「寝る前にはいつもレンズに向かっておやすみなさいをしてくれるのよ。うふふ」
「…そいつは…よかったな」

あきれてしまった。何を考えているんだ。
浩平はついていけなくなった。

「あの子たくさん食べるでしょう?昔からそうなの」
「昔から?薬の副作用だと思っていたが」
「あれさえなければ、もっと早く目が手に入ったのにね。あんなに食べてたらお金が貯まらないもの」
「金か…そういえばまだ依頼の内容を聞いてなかったな」
「せっかちな人ねぇ。みさきの言う通りだわ」

コーヒーを飲みながら話し始める。
ゆっくりと。じらすように。

「私たちはこの数ヶ月の間、あなたを徹底的に調べたわ。行動。性格。そして先を予測した」
「それで?」
「あなたはいつ死んでもおかしくない状態にあるわね」
「それはさっきのでわかったはずだが?」
「意味が違うわ。明らかに狙われている場合は逃げ回るけど、そうでなければさっさと殺して欲しい。違う?」
「俺の人生相談でもしてくれるってのか?大きなお世話だ」
「あなたは死にたがってる」
「…ああ…そうさ」

もう十分だと浩平は思った。
大体、俺みたいな役立たずに何ができると言うんだ。
立ち上がり帰ろうとする。止めようとする男達。
女はそれを制して言った。

「マトリックスに戻りたくないの?」
「正気で言ってるのか?今の俺に?」
「馬鹿ね。あなたを『治してあげる』って言ってるのよ」
「何?」
「ただし私たちに協力すること。今度の計画が終わるまでね」

どういうことだ。俺を治すだと。治せるだって。
世界中で一番進んだこの町のどの専門家も匙を投げたんだ。
徹底的に調べた。いくら金がかかったと思ってるんだ。
心を読んだかのように彼女は微笑んだ。

「ええ。治せるわ。どう?協力する?」
「…嘘だ。嘘に決まってるっ」
「あなたはYESと言うわ。絶対にね」
「仕事の内容は?」
「それはまだだめ。治療がうまくいってから話すわ」
「うまくいかなかったら?」
「うまくいくわよ。ただし万一のことがあるから話はその後」
「内容も聞かないで受けると思うのか?」
「あら…」

女は笑って答えた。

「あなたはこのままでは帰らない。それが答えでしょう?」
「…くっ…」

その通りだ。確かに答えは決まっていた。浩平は観念した。
仕事の内容など関係なかったのだ。あの世界にさえ戻れるなら何でもする。
それが彼の正直な気持ちだった。

「…わかった。言う通りにする」
「うふふ。そうよ。それでいいの」

そこで何かを思い出したように。

「ああそうだわ…あなたのパートナー兼ボディガードを雇ったの。紹介しなきゃ」
「へえ…そりゃ有り難いね」

何だそれは?ボディガード?あんなごつい男達か?
彼女は横にいた男を呼ぶと、何かを伝えた。

「すぐ来るわよ」
「…?」

扉が開く。男達に連れられて入ってきた者がいる。
それ見た浩平は死ぬほど驚いた。思わず立ち上がって逃げだしそうになった。

「座りなさい」
「…ぐ…ぐ」
「この娘と初対面じゃ…ないわよね」
「…あ…ああ…」
「とりあえず紹介するわ。彼女はルミィ。まあ七龍とも呼ばれてるけれど」
「七龍…だと?ドラゴンか?」
「聞いたことは…あるわよね」

目の前にいるのはさっき浩平を殺そうとした女。彼が持っている刀の持ち主。
ドラゴンといえばセントラルでも有名な殺し屋で、命を狙われたものは絶対に助からないと言われている。
だからその姿についてはまったく謎だった。見たものは死ぬしかないのだから。
しかし…まさか女だとは。いやそもそも自分が狙われるなんて。
今こうやって生きているのは奇跡に近いのだ。

「…驚いたぜ」
「………」
「無口ねルミィ。いいからあなたも座りなさい」

女は黙ってソファに座った。青い髪を後ろで束ねている。
しかし…さっきはコートを着ていてわからなかったが…。
体に密着した黒いボディスーツ。引き締まって均整のとれた体は体操選手のようだ。
驚くほど端正な顔。時々異様に輝く碧の目。毛並みの綺麗な黒い雌豹といったところか。
刀を下に預けといてよかった。いやこのまま二人っきりにされるのもごめんだ。
素手でも軽く食われそうな気がする。

「あの後すぐにうちの連中に拾わせたの。まあこっちも腕利きが欲しかったし」
「恐ろしい女だな」
「Mr.スミイは了解済よ。好きにしてってことで」
「何?」
「大丈夫。あの人たちは今私たちといざこざは起こせないの。お金がいるみたいだから」
「…なるほどね」

浩平はあきらめた。全部もう決まっているのだ。
大きな借りができたってことか。しばらくただ働きってわけだな。
しかし…YAKUZAと話をまとめただって?
旧日本エリアを中心に、香港、台北まで勢力をひろげる大組織。
自家用スペースシャトルを2機所有し、ニンジャ、サムライを従える強大な戦闘集団。
末端組織とはいえ、そのYAKUZAと対等に取り引きをするとは。この女…。
バックに絶対誰かがいるはずだ。それも強力な。

女は壁の発光時計を見ると、つぶやいた。

「さ…もうこんな時間…終わりにしましょう」
「そうだな…」
「下に部屋を用意したから、今日からそこで寝るといいわ」
「そっちも広いのかい?」
「アジアカプセルよりは広いわよ」

寝場所まで知ってやがる。スミイにもまだばれてなかったのに。
でもそういえばあそこに置いてある荷物どうするかな。まだ次の客に渡してないブツがあったはずだ。
それに澪のことが気がかりだった。命を狙われているのは自分だが、巻き添えを食らってたら。

「今日は一回帰るよ」
「あら…そうなの?」
「ああ…もう大丈夫だろう。それにちょっと野暮用があるんだ」
「わかったわ。じゃあその用事が済んだら…必ず戻って来てね」
「うん」
「さっきの追いかけっこまでは…あそこであなたが死んでも私には責任はなかった。だけどこれからは違うのよ」
「約束するよ」

浩平は立ち上がると、男達に連れられて出口へと向かう。
それを後ろから呼び止めた。

「まだ店で見たものの感想を聞いてなかったわね」
「…本物を食べてからにしたいんだが」
「考えとくわ(笑)」

みさきにばれたらまた絶交だわね。
彼女は笑った。

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3つ目が終わりました。疲れました。ってまだ序盤も序盤。本筋に全然入ってない(汗)
間違いなく年は越してしまいそうです。
感想いただいた方ありがとうございました。励みにして頑張ります。
しかし浮いている…。このコーナーでぽつんとこれだけが(涙)まあアクセントぐらいに思ってもらって。
あとみさきさん…一番好きなのにどうしてこうなっちゃっうんでしょう。ああ言い訳だ。
きっと何かの間違いです。僕の欲望が出ているんです。ちっとも言い訳になってないじゃないか(涙)
しかもこんなに深山さん喋ってるし(汗)いやまさか一話分使うとは…。良く喋る女だ。それが仕事だから(違)
それと繭が向こうの部屋で遊んでいたのは、彼女の獲物(誰だそれは)が来るのを待ちかまえていた…と。
この後が本当の惨劇だった…と(笑)いや嘘です。

また少しですが感想いきます。

>WILYOUさん
面白いです。毎回楽しみですが、前回と今回はかなりパワーアップされてますね。
ワックス、ワックス…のところは爆笑ものでした。

>スライムさん
リボンの謎。色の整理から入る丁寧さ。2つ目と3つ目の見事な分析まで。素晴らしいです。
これは定説になるかもしれませんね。

>もももさん
うまいです。眠りの森の美女に絶妙の配役。みさきさんもいい味だしてますね。
とても楽しいのに、ちゃんと考えて書かれているのがわかりました。次も楽しみです。

>偽善者Zさん
郁未が出てきて俄然盛り上がってますね。詩子大活躍だし。郁未が味方でよかったです。
友里(涙)助けてくれるとうれしいのですが。あっSS農場へのご招待ありがとうございます。
でももう少し暖かくなってからにしたいんですけど(笑)そちらは雪が多そうなので(^^;

>GOMIMUSIさん
南格好いいです!最近いろんな女の子とひっついてますが、詩子とは驚きました。
とてもしっかりした南。CGをあげたくなりました。う〜ん格好いい。

>吉田 樹さん
南くんにビスケット食べさせてあげたかったです(笑)ちびみさお可愛いです。感想どうもでした。