NEURO−ONE 2 投稿者: 天王寺澪
第二話「ソネザキ・セントラル」


巨大な建造物の並ぶソネザキは、光の洪水だった。
マンホールやビルの上から蒸気が吹き出て色とりどりの光を乱反射している。
浩平は少し目が眩んだ。まるでマトリックスのように見えたのか、吐き気がする。

「くそっ…」

かつて自由に電脳の格子を泳ぎ回っていた彼には、こんな当たり前の肉体はただの牢獄でしかない。
すぐ側の汚い壁にもたれて休む。調子が悪いことを悟られないように。
さっきから尾行には気がついていたからだ。

ポリボックスの角から地下に潜ると、その先のメトロの乗り場から折れ曲がってわざと回り道をする。
地下街に並ぶ店の鏡のようなウインドウに目をやる。映る背後の数十メートル、黒い服が目についた。
あいつだ。しかし遠くてよくわからない。それでも追ってこれるのは恐らく普通の目ではないのだろう。
スミイの雇った殺し屋か。

「さて…どうする」

今は何も武器を持っていない。澪のところに行けば何か貸してもらえるだろう。
パラライザとは言わないが、せめてニードルでもあれば。いやナイフでもいい。
だがここから戻る時間は与えてもらえないようだ。劇場に行くまでに何とかするしかない。

不意をついて横の階段を駆け上がる。
屋上で観覧車が回る年代物のビルの横に出ると、信号を渡って高架の横の狭い路地に入った。
そのまま古いホテルの前まで走る。ホテルの入り口で後ろを振り返ると、驚いたことに黒い影が追ってくるのが見えた。
浩平はホテルに飛び込み、受け付けの女にウインクして裏口から反対側の道に飛び出る。
渋滞で止まっている車の間に割り込んで、無理矢理道を横切ると、キノクニヤの前の人込みに紛れ込んだ。
その時、後ろで爆発音がした。

ズゥゥゥゥウウウンッ

並んでいた車が炎の波になって広がる。周りにいた人間が巻き込まれて火だるまになった。
瞬時に辺りはパニックになった。

「きゃああああああああっ」
「うわああああっ」
「なにっ?」

炎の中から黒いコートを着た影が現れた。長髪。女か?
手には長い得物。あれは…。日本刀か。硬質メタルクロームの鈍い輝き。
月面コンクリートもバターのようにぶった切るしろものだ。

浩平は走った。群集に紛れれば何とかなると思ったが、それは甘かったようだ。
爆発で一気に邪魔な人間を蹴散らすとは…。目的のために必要な手段はためらわずに実行する。恐ろしい相手だ。
スミイめ。今回はふんぱつしたってわけか。

「はあ…はあ…」

ハンキュウのコンコースを反対側まで走る。
最近体力が衰えている。肺が焼けて心臓が爆発しそうだ。胃液が口の中に上がってきた。
だいたい普段いいものを食ってない。これ以上逃げていても、いつか追いつかれる。
背中に嫌なものを感じて振り返ると、もうすぐそこまで迫っていた。

「くそ…」

すぐ前の別の人込み。さっきの爆発に何かと近づいてきた野次馬たちだ。有り難い。
浩平はその中にもぐると、その先の道に止まっているエアタクシーに飛び乗った。
運転手の頭に「人差し指」を突きつけると、叫んだ。

「はやく出せ。はやくしろっ」
「はっはあっ」

走り出したタクシー。後ろでまた爆発。振り返るとさっきの人込みが炎に包まれていた。
そしてその炎を高く飛び越えてきた女。膝を曲げ、頭上に刀を振り上げて…。

「いかん」

半ば浮き上がった車体から、反対側のドアを蹴飛ばして飛び出す。
一瞬光がきらめいたと思った途端、タクシーは真ん中から真っ二つに割れて落ちた。

ガコォォオオンッ…ズズズゥゥウンッ

着地して走りだそうとした途端、すぐ背中に気配を感じた。これはまずい。マジにやられる。
だがその時、足元にタクシーからこぼれ落ちた消火器が転がってきた。
浩平は急いでそれを手に取ると、プラグを抜いて振り返りざまにレバーを握り締めた。

プシュウウウウウウウウウッ

「!」

とどめをさそうと刀を構えた女は、消化液を顔にまともに受けた。

「!!!」

目に入ったのか闇雲に刀を振り回している。
浩平は女めがけて消火器を投げつけた。見事に頭に当る。

ガツッ
グラッ…ドサッ

倒れた。ぴくりとも動かない。
やった。やっつけたぞ。

「はあ…」

ため息をつく。膝がもうがくがくだ。
そこにサイレンの音。しばらくはこの女も自由には動けまい。スミイもだ。
だがぐずぐずしているとこっちまで捕まる。スネに傷がある身なのは同じこと。
彼は落ちている刀を拾ってコートに隠すと、急いでその場から立ち去った。
刀は置いたままでもよかったが、凶器を隠せばスミイに少しは貸しをつくれるだろう。
それになにより武器が欲しかった。



セントラル劇場はロフトの斜め向かい、VR放送ビルの横にあった。
本物の肉体をそのまま見せる劇場が、仮想現実のメッカ、VRの総本山と並んでいる。
どちらにせよ、この辺りがセントラルにおけるメディアの中心であることは間違いない。
その真向かいに、どうしてこんな表の場所で営業が許されるのか不思議だが、「ふぇれっと」があった。
もちろん店の看板には「ドラッグルーム」とは書かれてはいない。ただ「新作VR上映中」と書かれている。
店の入り口で受け付けをしている男は、右腕が古いマニュピレーター。ピンク色のプラスチック。
おまけに声もしゃがれた合成で、しわだらけの顔が見えなければ、ただのアンドロイドと思うだろう。

「ダンア…ダンナ…ラッシャイ。ア…ア…」

とりあえず店の中に入ると、案内の女の子が走ってきた。小さい体。男の子のような服。
部屋の番号を書いたカードを持つと、ついてこいと手振りで招いている。この娘も言葉が喋れない…のか。
こういう場所の娘たちが薬で声をつぶされているのはよく聞く話だった。
澪もそうだった。いやはっきりとは聞いたことはないが。たぶん…そうじゃないだろうか。

一番奥の部屋に案内される。少し広い部屋。壁にはVRデッキ。ミツミシの普及タイプだ。
テーブルには最新式のヘッド端末が2つ。

「この部屋かい?」
「みゅ〜♪」

おや。声は出せるのか。言葉が無理なだけかな?
彼女はメニューを見せた。最初にドリンクと薬を選ぶのだ。
とりあえずビール、あと漢方の疲労回復系と、少し強めのピル。新しいピンクの錠剤。
少女はいったん部屋を出ていった。

「ああ…」

とにかく疲れた。夕方あれだけ吸い取られたうえに、さっきの襲撃。
よく走れたものだ。自分でも感心してしまう。

「もうあのパーツ屋へは…行かない。いや行っても絶対に隣の部屋には入らないぞ」

前にも同じ事を言った気もするが、もちろん覚えていない。
そこへ少女が戻ってきた。トレイの上には缶ビールと、薬を入れたケース。
浩平は薬をビールで流し込んだ。やがて軽い興奮状態になった。
背中から下が熱くなっていく。それがだんだん上に登ってくる感じだ。

彼女はVRデッキのスイッチを入れると、ヘッド端末を浩平に手渡した。
これで準備完了というわけだ。後はデッキに再生を指示すれば、仮想SEXが楽しめる。
普通は一人で来るか、カップルで来てお互いに好きなタイプを選んだりするのだ。
一人で来ても横に生身の相手が欲しい場合もある。VRは生々しいので逆に欲望を刺激するらしい。
そのためにどの店も女(あるいは男)を何人か置いているのだ。

しかし…今日はもう正直そんなつもりにはなれそうもないし、第一この娘は幼すぎる。
浩平は少女に帰っていいよと言った。ところが彼女は悲しそうに首を振った。

「みゅ…」
「これが好きなのか?」
「みゅっ」

少女は浩平の言うことを無視すると、再生ボタンを押してしまった。
しょうがない。浩平もしぶしぶ端末をつける。
端末は個人の血圧/体調を読み取って、適当な激しさのソフトをいくつか網膜に投影した。
彼はその中からノーマルなものを選んだ。綺麗な女。VRのトップスター、スノウ・ミヤマの出てるやつだ。
すぐ向こうのVRビルから送られてくるのだ。裕福なクラスならもちろん家にまで線を引っぱる。
考えるだけでソフトが選択され、VR再生が始まった。



「あれ?」

そこで彼は一人の学生になっていた。毎朝起こしに来る幼なじみ。道でぶつかる転校生。
学校の教室。もちろんまわりには女の子がたくさんいる。彼はその中から目指す女の子を攻略するのだ。
おかしい。こんな話だったっけ。メニューでは確かむちむちのミヤマ嬢の映像が横に表示されていたはずだ。
こんなレトロな恋愛シムではなかったはず。だいたいゲームであることがおかしい。

と気がついたところで、舞台がいきなり南の島に移った。目の前でスノウ・ミヤマが笑っている。
はちきれそうな胸。綺麗な足(実物が本当にそうかはわからない。当然修正してあるだろうから)
手を引っ張って海へ連れていかれ、泳いだ後は浜辺で寝転ぶ。横で揺れる乳房。
本当に目の前にあるのだ。この世界では。

夕暮れを眺めて、料理を食べ(空腹率が低ければスキップ)いよいよ夜のベッド。
VRならではの、生々しい、匂いも温かさもナニからナニまで全部リアルな感触が伝わってきた。
彼女の体は素敵で。もうなんというか。夕方のことが少し頭をよぎるが、あれとはまた全然別の感じ。
綺麗に無難につくられたソフト。そんなところだ。
結局最後まで見てしまった。長いようでこれで45分ぐらい。
見ると少女はすっかり眠っていた。

「お〜い」
「…すぅすぅ」
「映画を見に連れてきたお父さんじゃないんだが」

浩平は頭をかいた。確か女の子の方は格好いい男が出ていたはずだが。
そこはやはり幼いのだろう。欲望なんてあるはずがない。無理矢理男達の相手をさせられているだけ。
恐らくさっき残ったのは、そうしないと怒られるからだろう。
VRの後で相手をして金をもらう。その分も店の利益に入っているのだ。
もう少し寝かしておいてやるか。

「…みゅ」
「…?」
「み…ず…か…お姉ちゃん」
「みずか?」

少女が寝言でつぶやいたその名前を聞いた途端、浩平は何か思い出しそうになった。
どこかで。どこかで聞いたことがある。だがどこでだったか。いや…わからない。
そういえばさっきのVR。最初に見たあの世界は何だったのか。ただの混線?
浩平が考えにふけっていると、ドアの前に気配がした。コートの横に置いた刀を握り締める。

「…誰だ?」
「入っていいかしら」

ミラーグラスを着けた女が部屋の中に入ってきた。豪勢な毛皮のコート。フェイクじゃない。
後ろにはボディガードか。筋肉の盛り上がった男が二人。背広の裏にサブマシンガン。
女がグラスをはずした。

「こんばんは、浩平さん。いえ、はじめましてと言うべきよね」
「おまえは……!!」

そうだ。絶対に見間違えようがない。この女だけは。
目の前にいるのは、今さっき相手をしてもらったばかりのスノウ・ミヤマ、その人だった。

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というわけで2つ目です。
何を書いとんじゃあと思われる人もいるでしょう。読みとばしてください(笑)

感想すこしだけ

>KOHさん
感想ありがとうございました。さりげなく解説もしていただき助かります。
サイバーパンクも既に死語になっているのに、何で今さらこんなものをという感じで書いてます(汗)
いつもながら上手なSSですね。澪ちゃん可愛いです。詩子も詩子らしくて好きです。

>藤井勇気さん
感想ありがとうございました。繭ものがあいかわらずいいですね。由依も笑えました。
あと繭パパの方が強くなって良かったねと(笑)つい思ってしまいましたが。