新世界だよもん教!劇場版 6 投稿者: だよだよ星人

カシャアッ!
目もくらむ白い陽光。

「ほら、起きなさいよーっ」
うーむ…そうか、朝か…。
だからまぶしかったのか。
「ん?」

ガバァッ。

「瑞佳…瑞佳か?」
「もう…何寝ぼけてるの?浩平」
「ここは?」
「自分の部屋を忘れちゃったの〜?」
「おまえ…無事なのか?」
「頭でも打ったの?大丈夫?」

あれ?何か忘れてるような
あれは夢だったのか?

「早く着替えないと時間がないよ〜」
「いや…おまえが…だよもん教をつくって」
「もう…わけわかんないこと言ってないで…早くほら〜っ」

浩平は服と鞄を受け取ると下へ降りた。
やっぱり夢だったのだろうか?
だったら…本当に良かった。
もうあんな世界で戦わなくていいんだ。

靴を履こうと玄関に行く。

「早く早く〜っ」
「わかってるって」

わかって…

「…」

ゆっくりと

振り返った。

見つけてしまった。
視界の端にそれを。
決して見間違えようのないものを。

「浩平っ何してるの」
「…瑞佳」
「早く早くっ」
「瑞佳っ!」
「なっ何?浩平」
「…あれは何だ?」
「?」
「あれは……なんだ?」

浩平が指差す方向…リビングの壁の下。
TVの上。

カメレオンのおもちゃ。
キャラメルのおまけ。

「…」
「…なぜあれがここにあるんだ?」
「…」
「なぜだ?」
「浩平…あれ欲しいかなって思って」
「…瑞佳」
「…」
「馬鹿だなおまえは…」
「行こうよ浩平」

瑞佳が腕を引っ張る。力ずくで玄関の外に連れて行こうとしている。

「やめろっ瑞佳」
「早く出ようよ浩平」
「そこを出たら…戻れないんだな?」
「違うもん。学校だもん」

腕を振り解くと、離れる。
部屋が歪みはじめた。
さっきまでドアがあったところには、ぽっかりと黒い穴が開いていた。
深い闇。何も見えない。

「瑞佳…帰ろう。俺たちの世界へ」
「どうして?どうしてここじゃだめなの?」
「ここは…」

浩平は見回した。

「ここは…生きている人間がくるところじゃない」
「それでもいいよ。それに…」

瑞佳が闇を指差す。

「もうすぐあの世界もこうなるんだもん!」
「瑞佳…」
「みんな…みんないなくなっちゃえばいいんだっ」
「瑞佳…やめろ…」
「みんなこれで終わりだよ〜っアハハハハッ」

パシッ

瑞佳の目が大きく開いた。
浩平は瑞佳を…ぶっていた。

「浩平…」

瑞佳の体から黒い闇が広がりはじめる。
それは大勢の瑞佳に変わっていった。

「私のこと…構ってくれないくせに」
「あの女と一緒に住んで」
「許せないよ」
「浩平なんか戻ってこなければよかったんだ」
「浩平なんか…死んじゃえ」
「あっちに行けっ」
「嫌いだよ」
「嫌い」
「もういいもん」
「帰ってよ〜っ」

一人一人が浩平を取り囲んで罵る。だが…彼は嬉しかった。
そうだ。俺はこれを望んでいた。
これが俺の望んでいたことだ。
おまえに責めて欲しかったんだ。
俺は。

「馬鹿〜っ」
「私には浩平しか…いないんだよ…」
「やさしくして…くれたって…うっ…ううっ…」

泣きながら叫んでいる瑞佳。一人一人を彼はあやしていった。
うまく言えないが、そうしたかった。どの瑞佳もみんな愛しかった。
嫌がる瑞佳。暴れる瑞佳。浩平を引っかいたり蹴飛ばしたり。
一人一人繰り返し繰り返し抱きしめてキスをした。
そうしてるうちに…気がつくと瑞佳は一人になっていた。

「こ う へ い …」

浩平の膝枕ですやすやと眠っている。
泣きはらした目が赤い。
瑞佳…
まるで子供に戻ったみたいだな。
俺が悪いんだな。ごめんな。
でも本当にわからないんだ。
どうしてあの時シナリオが狂ったのか。

「そうだな」

結局は俺が悪いんだ。
ずっと側にいるよ。ここでもいいよ。
でも頼むから、せめて幸せな世界にしよう。
おまえのために…幸せな世界をつくろう。

さっきまで真っ赤に膨れていた瑞佳の頬に、どこからか水滴が落ちた。
気がつくと自分の頬が濡れていた。

瑞佳が目を開けた。ゆっくりと起き上がる。

「浩平…泣いてるの?」
「…」
「また泣いてるんだね」
「…ああ」
「泣き虫だよ。浩平」
「ああ…そうだな」
「昔から…しょうがないね」

そうだ。俺は泣き虫だった。思い出したよ。

「また何とかしてくれ」
「あっちの世界でもつくろうか?」
「いや…」

瑞佳を抱き寄せる。

「ずっとおまえといられたら…それでいいよ」

抱きしめた。ゆっくりとキスをする。

「ん…」

口を離す。
瑞佳がほわあっとした顔で呆けている。

「瑞佳」
「…浩平」
「俺が…おまえのために…できることは…」

浩平は念じた。
瑞佳…。
俺も馬鹿だから。俺にもできるかどうかわからないけど。
おまえのために世界をつくってやるぞ。
おまえと俺が幸せに暮らせる世界。
念じた。ひたすら念じた。汗が出てきた。

「浩平…」
「…うぬぬ…」
「浩平…もういいよ」
「黙ってろ…」
「浩平ってば」
「邪魔するんじゃない」
「…………」

しかし…何も起きなかった。
瑞佳の口からため息が漏れた。

「はあ〜っわかったよ浩平…待ってて」
「瑞佳?」

瑞佳は立ち上がって目をつぶると、胸の前で両手を組んだ。

「…あ」

場の雰囲気が変わるのがわかった。いとも簡単に。

カシャーーーーーンッ

遥か上から音がした。何かが閉まる音。
そしてどこからか天使のような声が響いてくる。

よかったねお兄ちゃん。
閉まったよ扉が。
私たち…帰るね。
さようなら。
さようなら。

「!」

闇がちぎれるように消えていく。
幾層にも折り重なった星や雲の天井が、次々と左右に開いていく。
まるで舞台の緞帳が開くように。

そして最後に太陽の光が飛び込んできた。

もう何年も見ていない。ここ何年もまともに見ていない光。
空の高みをたくさんの雲が流れていく。

「ここは…?」
「浩平の望んだ世界だよ」
「瑞佳」
「かなえてあげたよ。浩平」

またか。
またおまえは俺のために…。

「いいよ。浩平」

瑞佳は笑った。

「もう私は」
「馬鹿。もう我慢するな」
「…」
「逃げよう」
「…」
「二人で…どこか」
「…浩平」

瑞佳はただ静かに笑っていた。
そして浩平の首に腕を絡ませるとキスしてきた。

「…瑞佳…」
「…」

好きだよ。浩平。
ずっとずっと。好きだったよ。
これからもずっと。私は浩平が好き。


そのまま…二人でしばらく抱き合っていた。
瑞佳の温もり。やわらかくて暖かくて。いい匂いがした。
午後の遅い日差し。二人の影がずっと伸びている。


「浩平〜っ」

向こうから何人か走って来る。
澪。繭。七瀬。そして茜。
あわてて浩平の後ろに隠れる瑞佳。

「あれっ?」
「みゅ〜(浩平さん)」
「浩平…その人は?」
「…」きょとん

えっ?
浩平は振り返った。

いなかった。
誰もいなかった。
さっきまでいたはずの瑞佳が…消えてしまった。

「あれ?今人がいたはず…」
「みゅ〜(いませんね)」
「…」きょろきょろ
「…誰もいません」
「みゅ〜(でも知ってる人じゃないし)」
「どこに隠したのよ」
「…」きょろきょろきょろ
「…あっ…」

茜がつぶやいた。

「…どうしてここにいるんでしょうね?私たち」

辺りは首都の瓦礫の山…ではない。
懐かしい商店街の風景だった。

そして俺の手の中には、あのおもちゃが握られていた。



.
.
.
.
.

プアアアアアアアッ

バイトに行くために電車に乗る。
朝の九時。十月の半ば。

…ガタンガタンッ…ガタンガタンッ…
……プシューーーッ

次の駅に止まる…また走り出す。

プアアアアアアアッ

…ガタンガタンッ…ガタンガタンッ…
…………プシューーーッ

また次の駅。何気なく見ていたホーム。

「あっ!」

慌てて電車を降りると、ホームを走った。
前を歩いている一人の女性に追いついて声をかける。

「あの…」
「は?」
「あ……すいません。人違いでした」
「はあ…」

やれやれ…またやってしまった。次の電車が来るまでベンチに座って待つ。
…もうあれから何回こんなことを繰り返しただろう。違うってわかってるのに追いかけてしまう。
あいつが俺を待っていた時は…もっとどっしり構えていたんだろうか。


変わらない街の風景。
この国はあいかわらず不景気で、道を歩く連中の顔もどこかさえなくて。
世界征服を企む宗教もなければ、ドッペルとかの類もない。
いや本当はあるのかもしれないけれど、少なくとも俺には関係がなかった。
何も変わらない。何もおかしくはない。
ただ一つを除いては。


あいつがいない。
あいつのことを誰も覚えていない。知らない。
茜でさえ…もうあれからほとんど会ってはいないが。
この間、外で見かけた時、お母さんらしき人と歩いていた。
でもその人は葉子さんじゃなかった。茜に似てはいるが、全然違う人だった。
みさきさんは目が見えないままだし、七瀬は由起子さんをたよって留学したまま帰ってこない。
そして瑞佳の家は…ずっと前から空き地だった、ということになっている。


この世界も…完璧に元の世界というわけではない。ある意味別の世界なんだな。
だったらどうして消えたりするんだよ。


浩平はポケットに手を突っ込むと、フィルムケースを取り出した。
ケースの中から出てきたもの。
カメレオンのおもちゃ。
間違いなくあの世界があった証し。

「こんな世界を望んでたんじゃ…ないのに…」

待っていた。
いつか帰ってきて、寝ている自分をたたき起こしてくれるのを。
ずっと待っていた。
二人で一緒に暮らす。そう決めていた。
でも。

「…もう二年も経っちまったな」

空を見上げると、もう冬の気配が迫っていた。
高い空。済んだ空気。
これからどんどん寒くなる。

「あいつ…大丈夫かな」

一人で寒い思いをしてなきゃいいが。
これからの季節…一緒に鍋物とかしたら…あいつと一緒なら。
あったかいだろうな。

不意に目の前が滲んだ。
そうさ。俺は弱い奴だ。
世界中で俺だけがおまえのことを覚えている。俺の存在価値はそれだけだ。
あれからどこにも行けない。
おまえが起こしてくれないから、ずっと「寝た」まんまだ。

「瑞佳…」

秋の弱い光。ラッシュ時間を過ぎたホームの寂しい風景。
向かいの銀杏の葉が少し黄色くなっている。
風が吹いた。葉っぱが揺れた。

カサカサカサ…

それを遮る影。

「?」

反対側のホームで手を振ってる女がいる。
赤いショートカット。サングラス。ジャケットの肩にリュック。
短いスカート。派手な色のタイツ。

「??」

周りを見回した。だが他にそれらしい相手はいない。

「…俺か?でもあんな女…見覚えが…」

女がサングラスをはずした。
鳶色の瞳。頬が赤い。
にこにこ笑っている。

「  あ   っ   ! 」

ズシャアアアアアアッ!!ダダダダダダダダッ
左右も確かめずにホームから飛び降りると、そのまま線路を横切って反対側まで突っ走った。
女の正面に来て、線路から見上げる。

「ハアッ…ハアッ……おまえ…ハアッ…」
「はやく上がらないと危ないよ。浩平」
「…あっ…ああっ…」

周囲の視線を死ぬほど浴びながら、ホームによじ登る。

「おなかすいたよ。浩平」
「おまえ…」
「ハンバーガーがいいな」
「おまえは〜っ」
「いきなり電車降りるんだもん。びっくりしちゃった」
「って…いつからいたんだ?」
「一緒に降りて、追い越したのに全然気がつかないんだもん」
「…」
「しゃくに障ったから、わざわざこっちのホームから教えてあげたんだよ〜っ」
「…ぐ…ぐ…」
「さっき女の人に声かけてたでしょ〜」
「うぐっ」
「昔の私と同じ髪型だったねっ…えへへ」
「…ちっ…畜生っ」
「きゃっ」

思いっきり抱きしめた。

「つき合ってやるよ」
「うんっ」


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staffroll

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「あいかわらず…牛乳の味がするな」
「…そんなこと…ないもん」



Fin.

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終わりました。
長いのに読んでくださった方、ありがとうございました。重くてすいません。
こんなに長くなったのは書き手の力不足のせいです。
結局…茜には悪いことしました。ごめんよ茜〜っ。
「…許しません」うううっ
ではではっ