新世界だよもん教!劇場版 5 投稿者: だよだよ星人

んっ?
眩しい。それに暑い。
俺はどこにいるんだ?
ああここは海だ。防波堤の上。
雲一つない空。眩しい光。どこまでも真っ青だ。
波が打ち寄せては、飛沫を上げている。
そして横に…住井がいた。

「今日も頑張るのか?」
「ああっ」

そうか。そうだな。
今日も瑞佳に頑張るんだな。
あいつは茜と浜で寝そべっている。向こうから俺たちは見えているかな。

「お〜い」
「聞こえないって」

そうだ。おまえと瑞佳がうまくいけば…もう瑞佳は家に来ないだろう。
もう俺とあんなことはしないだろう。
でも茜は知っている。俺と瑞佳の関係を。
半分同棲している俺と茜。でも茜が実家に帰っている晩、なぜか瑞佳がやってくる。
そして…俺たちはその度に…。

「向こうに戻るか」
「そうだな」

俺は気がついていた。
これは昔見た風景。あの年の夏だ。俺がみんなから一年遅れで大学に入った最初の夏。
由起子さんは海外に長期出張していて、俺は茜と住んでいたんだ。
みんなで今日は朝から海に来たんだ。
この後、浜辺で茜にビーチボールをぶつけられるんだ。
昼はビール飲んで、午後は浜辺で寝そべって。
帰ってからまた俺の家で飲むんだ。

いったいこんなものを俺に見せてどうしようっていうんだ?
みさお。いや…みずか。ちびみずか。
.
.
.

場所が変わった。
教室だ。
まわりでみんながはやし立てている。
俺の前に瑞佳がいる。顔が赤い。
待て。これは。まさか俺が。

「…いいよ。浩平」

違う。瑞佳。俺はこんなところで言ってはいけなかった。
言ってはいけなかったんだ。
でもおかしい。それならどうして俺はあの時公園に戻ってきたんだ?
真っ先に瑞佳のところでなく。茜のところに。俺は瑞佳に告白したのに。
どこでシナリオが狂ってしまったんだ?いやシナリオってなんだ?
風景が白くなる。何も見えなくなった。
しばらくして声だけが頭に響いてきた。

「お兄ちゃん」

瑞佳?いや、ちびのほうか?
そうだよ。
みずかみずみずみかみさみずかみさみさおだよ。

「お兄ちゃんが悪いんだよ」

そうだ。わかっている。
わかっているの?
里村さんにも瑞佳お姉ちゃんにも手を出したから。
本当はあってはいけないのに。

でも瑞佳お姉ちゃんやさしいから、許してしまったの。
でも苦しかった。だから心に歪みができたの。
普通の人の歪みと違って、空間に干渉したの。
あいつは…瑞佳の力は…
そうだよ、空間を作るんだよ。そしてお兄ちゃんはそれを増幅する。

「逆だと思ってたでしょ?」
「ああ。俺が永遠の世界を作ったのかと思ってた」

あの時もそう。
泣き続けるお兄ちゃん。
苦しそうなお兄ちゃん。
どうにかしてあげたくて。それで。

「つくったの」
「あの世界を」

本当なら私たちはこっちにこれないの。
でも瑞佳お姉ちゃんがつくった心の歪みが、あの世界まで隙間をつくっていたの。
お兄ちゃんが瑞佳お姉ちゃんのところに戻ったら、隙間も閉じていたろうね。
だけど里村さんのところに戻ってしまった。
後から来た私たちはお姉ちゃんの心の歪みに入り込んだの。

「お前たち…こちらに来たかったのか?」
「うん」

そうだよ。お兄ちゃん。私はお兄ちゃんに会いたかった。
私はお兄ちゃんに会って話をしたかった。
お兄ちゃんと手をつなぎたかったんだ。
だって戻ってからは私たちの声も聞こえなかったでしょう?
寂しかったの。

「それで瑞佳の肉体を借りたんだな」
「うん」

なんてこった。じゃああの行為は全部…近親相姦ってやつか。
俺は瑞佳がおかしくなってから何度も…寝たんだぞ。

そうだよ。
私たちの力があったからお兄ちゃんは逆らえなかったんだ。
でも瑞佳お姉ちゃんの本当の心が望んだんだよ。私たちはあんなことしたいと思わない。
もちろん私たちでもある。みさみずさおみずみずか…

「だがあの晩消えたんだ。瑞佳は」

そう。里村さんが急に家に戻ってきた日。
留守の間に瑞佳お姉ちゃんが来ているとわかっていてもずっと我慢していた。
でもとうとうあの晩、実家へ戻るふりをして引き返してきたの。
お兄ちゃんとお姉ちゃんが寝ている所に。

「そうだ。恐かったって言ってたんだ」

茜は脅えていた。永遠の世界から戻った俺を、瑞佳が…笑顔で迎えたから。
瑞佳も俺を覚えていた!自分だけじゃなかった!絆があったのは自分だけじゃなかった…。
自分だけでは足りなかった。瑞佳と二人でやっと俺を引き戻した…そう思ったらしい。

「だから…瑞佳と争ってバランスが崩れると…また俺があっちへ行っちゃうって思ってたんだな」

無理もない。あいつは一回…大事な人に消えられてるからな。

あの晩が始まりだったんだ。
瑞佳お姉ちゃんおかしくなった
力が暴走して、お姉ちゃんの中の闇が大きくなって。
底なしの寂しさに取り込まれて私たちも離れられなくなった。
そしてお姉ちゃんがつくったのが…ここ。このタワーだよ。

「…で、ここからあの変な宗教を始めたのか」

そう。心は何でも作り出せるの。永遠はみんなの中でつながっている。
でもあちらの世界ともつながっていたの。

「あちら?なんだそれは」

もうすぐ恐ろしいものがやってくる。はやく塞がないと。
私たちではどうにもならない。
お姉ちゃんしか蓋を閉められないの。
お姉ちゃんの中に穴が開いているから。

「瑞佳はどこにいる?」
「いまいるところ」
「!?」
「ここが…お姉ちゃんの中だよ」

なんだって?
色のないこの世界が…瑞佳の?

「お姉ちゃんが自分の中に溜め続けた闇」
「それがあちらの世界からさらに闇を引き出してくるの」
「さっきも私たち闇に負けてしまったけど」
「あれは闇がどんどん入り口を広げているから」
「私たちはどうすることもできない」
「ここはまだ深いところだから静かだけど、一歩外に出るとだめ」
「闇の力がすごい勢いで流れているの」
「私たちの分身もおかしくなってしまったでしょ?」

そういえば口が裂けてたような。
そうだよ。私たちには抵抗力がないの。
簡単に染まってしまう。

「どうすればいいんだ?」

わからない。
わからないけれど、なんとかできるのはお兄ちゃんだけ。
考えて。
ここはお姉ちゃんの中だよ。

「…くそっ」

瑞佳。俺を取り込んで、まだ満たされていないのか。もう十分だろう。
最初から俺だけ思い通りにすればいいじゃないか。こんな大袈裟なことしないで。

お姉ちゃんいい人だから。
自分を悪者にするのも不器用なんだ。
こんなやり方でしか素直になれないんだよ。
お兄ちゃんが欲しくて世界中を巻き込んじゃったの。

「…馬鹿だなあいつは」

こんな納得のさせ方があるか。大馬鹿だ。
大馬鹿のうすらとんちきだ。
ふう。

「もう疲れたな」

浩平は瑞佳に話し掛けた。

「瑞佳聞こえるか?」

返事がない。
意識がないのかもしれない。力だけがオーバーロードしているのか。
ただのバイパスになっているのだろう。この空間そのものが瑞佳…。
どうしたらいい。
…わからない。

「決めた…俺は寝る」

お兄ちゃん!
うるさい。俺は寝る。
どうせじたばたしても始まらない。最近ろくに寝てなかったしな。
それに一眠りすれば、何か思いつくかもしれない。
どんな場所でも寝ることができる。これが俺の特技の一つだ。
それに俺は…瑞佳のことをどう想っているのか。瑞佳をどうしたいのか。
考えながら寝ることにしよう。

だがろくに考えをまとめないうちに…浩平は気が遠くなっていった。
しかし、この状態で『眠れる』こと。
実はそれが彼の力だった。




「さっきと様子が違ってるわ」

郁未が聖なる力でタワーの外壁を打ち破ろうとしている。だがいくら試しても無駄だった。
壁が微妙に歪んで力を取り込んでしまうのだ。全体の色合いも虹色から茶褐色、灰色へと変化していた。
空全体が黒く厚い雲で覆われはじめた。風も出てきたようだ。

「どうやら闇の力が強まっているようね」
「…もう壊せないのですか?」
「私の力では…もう無理みたいね」
「…まさか…手後れ…?」
「そういうこと…かな」
「えっ!」

とてつもない気配に身震いして見上げる茜。

「…あれはっ!」

タワーの遥か上、雲の切れ目に大きな…不気味な目が見えたような気がした。

「恐い…」
「まずいわよ…これは」
「そんな…母さん…」
「どうやら僕の勝ちのようだね」
「!」

後ろから現れたのは…不思議な色の目をした男。
背広の袖から見えている義手が鈍く光っている。

「こんなことして無事で済むと思ってるの?」
「郁未…久しぶりに会ったのにずいぶんな挨拶だね」
「あなたは馬鹿よ」
「いいのさ」

男の目が光った。やはり人間ではない。

「この世界も僕たちがいた世界と同じになるんだ」
「…なっ」
「本当は魔法の猫なんてどうでも良かった。あの連中が望んでいただけさ」
「…」
「僕は最初から猫に扉を開かせるつもりだった…そうすればあの結界を気にする必要もないからね」
「…」
「これで復讐は果たされたよ。全ては終わるんだ」
「ふざけないでっ!」

ズゴオオオッ
男の背後、通りを隔てた先に残っていた建物が郁未の力を受けて崩れ落ちた。
だが手前の男は何もなかったかのように立っている。

「君はあいかわらずだな。昔と変わってない」
「…あなたは変わったわ」
「はやくHTフィールドとやらを使ってくれ」
「!」
「それを使えば…僕はひとたまりもないだろう」
「…」
「他の力は一切効かないよ。今の僕は…君よりずっと強いからね」

郁未の方へ歩いてくる。後ずさりする七瀬や茜たち。

「はやくしないと…みんな死ぬよ」
「…馬鹿よ。あなたって…」
「さあ」
「やめてっ!」
「…郁未」
「どうして…どうしてみんな…」
「さようなら」

白い輝きに包まれた。

「馬鹿ーーーーーーーっ!」




夢の中に現れた者がいる。

「やあ。また会ったね」
「…おまえ」
「そうだよ。ここなら会える。死んだものでもね」
「元気そうだな」
「いい挨拶だ。ここでそれを言うなんて君らしいね」
「ふっ…で?…何のようだ?ここは部室じゃないぞ」
「君にいいことを教えてあげよう…と思ってね」
「…何?」
「ここはさっき君がいたところより一層深い場所だ。君が眠ってくれたおかげでここで会えたわけだ」
「そうなのか?」
「意識は深い所へいけばいくほど普遍的なのさ」
「おまえの言うことはあいかわらず難しいな」
「そうかい?じゃあ言い方を変えよう。君がさらにダイブできれば、長森さんの意識を捉えることができる」
「…本当か?」
「…可能性が高い」
「だああ…期待を持たせるな」
「何しろたくさんの意識がごちゃまぜになっているからね。この深さになると」
「だが俺はおまえしか見えないが」
「耳を澄ませればいくらでも聞こえるはずさ」

なるほど…聞こえる。たくさんの声。ザワザワザワザワ…多くの声。遠く近く。うねりのような。
よく見ると星がたくさん散らばっている。どこか宇宙の果てにでも来た…そんな感じだった。

「ここには本当の妹さんもいるよ」
「!…本当の?」
「そうさ。さっき会っていたのは過去に君が記憶から再構成したみさお…みずかちゃん。
もちろんあれはあれで一つの独立したものだけど、オリジナルじゃない。それに混じっていたしね」
「本当の…みさお」
「呼んでごらん」
「…みさ…みさおっ…」
「もっと大きく」
「みっさっおぉーーーーーーーーっ」

遥か先…上ともしたとも見当がつかない方向から、光る点が現れた。
それは綺麗な軌跡を描くと、浩平の前に浮かんだ。
そして…小さな女の子の姿に…
間違いなかった。

「…お兄ちゃん。お兄ちゃんなの?」
「みさお…みさおか?」
「お兄ちゃんっ…お兄ちゃんも死んじゃったの?」
「いや…ええっと…まあ似たようなものか」
「お兄ちゃん…お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん」
「みさお」

浩平が光を抱きしめると、みさおの気持ちが聞こえてきた。
嬉しかった。また会えた。これは本当のみさおだ。
暖かい…肉親がこんなに暖かいなんて。もう二度と会えないと思っていたのに。
二人はそうしてしばらく想いを分かち合っていた。
やがて光が…離れた。

「お兄ちゃん…そう…そのために来たんだね」
「うん…でもどうすればいいかわからないんだ」
「…心配いらないよ」
「え?」
「今度はお兄ちゃんが…世界をつくってあげればいいの」
「でも…」

俺には世界なんかつくれない。

「大丈夫…その気になれば何だってできるのよ。お兄ちゃん」
「…」
「はやく…行ってあげて…」
「…みさお」
「忘れないで。みさおのこと。お父さんやお母さんのこと」
「うん」

そうだな。うん。わかった。
浩平は笑顔でみさおを見つめた。
もう死ぬまで会うことはないだろう。でも…いるんだ。みさおは。こうやって存在してるんだ。
たとえ別の人間に生まれ変わっても、彼女の存在自体はずっと滅びることはない。
もうみさおのことを考えて泣いたりしないよ。抱きしめただけでたくさんのことがわかったから。
今まで心の奥深くにずっと残っていた悲しい痛みが嘘のように消えて、ただ暖かい気持ちが満ち溢れていた。
みさおとの病院での日々…つらくて封印していたあの思い出も、今では宝物のように感じる。

「ありがとう。さようなら。みさお」
「うん。元気でね。お兄ちゃん」
「元気でな」
「…さ…よ…う…な…ら」
「みさおーっ」

光が消えていった。
しばらくそれを見送る二人。

「ありがとう」
「…これからどうする?」
「行ってくるさ」
「そうか」

声が響いた。

「ダイブするんだ。眠るように」

より深い場所に。より深い次元へと。

そうだ。眠ろう。
昔から俺が寝ていれば…あいつは起こしにやって来てくれた。
それが瑞佳なんだ。


浩平は眠りにおちた。


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sect.5 end

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また長くてごめんなさい。次の6で終わりです。