10 YEARS AFTER 2 投稿者: だよだよ星人

さて、いま私たちは日本海を見ている。
茹でたカニを市場で買って、新聞紙にくるんだまま、その辺りで食べる。
ポキンッ…モグモグモグ…ジュルルルルッ

「うっまあああああああいっ」
「おいしいな」
「うん」
「てりやきとどっちがおいしい?」
「……なんでそんなこと聞くかな」

モグモグモグ…でもおいしい。
風で冷えたカニの足をすする。冷たい汁が口の中に。
…………ううううう〜っ
なんでこんなに冷たいカニがおいしいの〜。

「みゅ〜っ♪」
「あっ、出たなそれが」
「だっておいしいんだもの〜っ」

籠の中のメイにもあげる。

「…」
「おいしいってわかるのかな」
「どうだろ。でも食べてるぞ」
「ほら…メイ…こんな贅沢な餌初めてだぞ」
「…」

はあああっ、一匹食べ終えた。幸せ。

「カニおいしかったね」
「うん」

でもなんとなく、もう一匹…食べたいぞ。

「もう一匹食べようかなあ」
「よくぞ言ってくれた」


結局二人と一匹…でカニを三匹食べた。あっ、市場を行き来する人から笑われている。
そりゃそうだ。私たちの前には新聞紙と山積みのカニの殻が…。

「さて…」
「どうしようか」

もう昼過ぎにして、今日のメインイベントは終わってしまった。
これからどうしたらいいのだ。

「とりあえずゆっくり走って見るか」
「うん」

東へと海沿いの道を走る。白い波が大きく感じる。やっぱりここは日本海だ。
こちら側は雲が少し多くて、太陽がどこにあるかよく見えない。
でも光が雲に散乱して全体が妙に明るい。時々海のあちこちに光が当ってそこだけ色が違う。

「浩平。あの辺りで止めない?」
「そうだな。でも寒いぞ」

道路が少し海側に広くなった場所。浜に降りる階段がある。
車から降りた私たちは、そのまま浜へ降りていった。

「風がすごいね」
「本当だ」
「寒いよ〜っ」
「だから言ったのに」

海から吹く風は強くて、とても冷たかった。
でもメイは平気なのか、走り回っている。波打ち際まで近づいては戻って来る。
その繰り返し。

「ここから向こうは違う国なんだよね」
「いつも内海しか見てないからな」

風の音に混じって波の音が聞こえる。
遠くから響いてくるそれは不思議な音だった。
とても遠くから風が音を運んで来る。

二入で打ち寄せる波を見ながら少し歩いた。船の残骸。破れた網。
雲がどんどん流れている。まだ雪には早いかもしれないが、重い雲だ。
メイを抱いたまま、しばらくぼんやりとそれを眺めていた。

「え?」

浩平が私の頭に手をのせている。

「どうしたの?」
「いや…なんか懐かしくなって」
「ほえ?」
「メイを抱いてぼおっとしている姿を見てると…昔のおまえを見ている感じだな」

ああ…なるほど。

「そんなに昔ぼおっとしてた?私」
「してたしてた」

みゅ〜を抱いてうろうろしていた私だ。
みゅ〜を抱いていたのは、誰かに私も抱きしめてほしかったからだ。
みゅ〜。私は元気だよ。
髪が伸びて、背も少し伸びて。
血はつながってないけど、最近お母さんに似てきたって言われる。
うれしい。うまくいえないけど。
お母さんや浩平がいてくれる…本当にうれしい。

「…浩平」
「ん?」

私はメイを下に降ろすと浩平にもたれかかった。
ジャンパーの上からやさしく抱きしめてくれる。
浩平の胸はとても安らぐ。
ゴォォオッ。ザザアアッ。
激しい波や風の音が、浩平の向こう側で聞こえる。
でも安心だ。浩平の胸の中にいるから。

「時々あの頃に戻りそうになる気がする」
「そうか」
「あまり喋らなくなるの」
「それもいいかもしれないぞ。静かで」
「馬鹿っ」
「はは…」




私たちは、ゆっくり寄り道しながら帰ることにした。
どこか適当なインターまで山の中の国道を走る。
南に下っていく途中、少し開けた辺りで、視界にそれが飛び込んできた。

「あっ…あれっ!止めて止めてっ!」
「おっどうした?」

左手の少し小山が重なっている辺り、その裾野。
見渡す限りのススキ。
車を降りた私は、山裾のススキの群生に向かって勢いよく突っ込んでいった。

「わあーーーーーいっ」
「そんなに走ると危ないぞ」
「きゃあっ」
「ほら見ろ」

道?に石がごろごろしていて、けつまずいてしまった。
でも大丈夫。私は一回転して着地する。

「…」
「ふっふっふっ」
「やっぱりただ者じゃないな」
「身軽なのが信条だからね」

銀色のススキがたくさん風に揺れている。すぐ近くの小山から吹きおろす風がススキを撫でているのだ。。
風はススキの上を渡っていくと、ジープを停めた下の道を越えて、またその向こうのススキを揺らして進んでいく。
その先…またその先。ススキでいっぱいだ。右も左も上も下も。ススキススキススキ。

「すごいね〜」
「ホントだ…いちめんのなのはないちめんのなのはないちめんの…」
「…ススキだよ」

見上げると、西日をちょうど遮って、小山の東側がくっきりと影になっていた。
影の向こうは少し青が濃くなった空が広がっている。
私たちはそこで今日初めての写真を撮った。浩平はメイを抱いていたので、代わりに私が撮って回った。
どうして今日初めてかというと、単に二人ともカメラの存在を忘れていたからだが。
おまけに写真の中身はほとんど私たちではなく、ススキばかりだった。
でもこれが本当のメインイベントだったのかもしれない。

しばらく時間をつぶしているうちに冷えてきた。日もかなり傾いて、遠くの山の影に隠れそうだ。
西に見えるもの全てが影になっていく。振り返ると反対側はどこも真っ赤に輝いていた。
山もススキも私たちも。赤くて銀色。

良かった。ここに来て。
この場所に。この時間に。
ちょっと大袈裟かもしれないけど。

「さあ行くか」
「うん」

暮れていく世界。赤い空と黒い雲。東側から夜がやってきて、西の方に光を追いやっていく。
ぼろぼろのカーステから流れるラジオ。MDとかCDなんてついてない。ラジオとテープだけ。
ドライブの帰りのラジオは寂しい。何を聞いても。

「寒くないか?」
「うん少し」
「ヒーターつけろ」

足元のヒーター?というかストーブみたいなのにスイッチを入れる。
あんまり暖かくはないけど、ないよりはマシ。
幌の両側に扉もつけてるけど、完全密封って感じじゃないし。
車の中でジャンパー着てる私たちって…いったい…。
そういえばメイの籠は静かだ。気になって蓋を開けてみると寝ていた。

「明日からまた仕事だなあ」
「やめてそれ言うの」

気がつくとすっかり暗くなっていた。さっきまで見えていた空の赤がもう消えてしまった。
高速から見える山々。遠い山の上の光。
あれは何?誰かが住んでいるの?
それとも誰もいない場所にただ灯りだけが点いているのかな。
だったら寂しいね。
でも不思議だね。

「何眺めてんだ?」
「あっ…山の上見てたの」
「山?」
「ああっよそ見運転しないでっ!」
「……」
「山の上って寒いかなあ」
「寒いだろうな」
「そうか…」
「眺めのいいところは住むのは大変だ。行くのも帰るのも大変だ」
「よく言ってるよね。それ」

山の上に住むのって寂しいよね。ううん、ここから見える灯りはどれも寂しい。
家らしいのは点々とちらほらしか見えない。ほとんど田んぼとか林とか。
何かあったらどうするのかなあ。
私はそんなとりとめのないことを考えていた。

「疲れたか?」
「ん?大丈夫」
「疲れてるんだったら寝てていいぞ。起こしてやるから」
「うん。でも起きてる」
「お母さんのとこ寄ってくだろ?」
「あ、そうだね」

お土産渡さなきゃ。カニだよお母さん。
きっとびっくりするね。ちょっと嬉しくなった。
そうだ。

「ねっお母さんに電話してカニすき準備してもらう?」
「また食うのか?」
「うん」
「好きだなあ…でもお邪魔していいのか?」
「ちょっと待って」

携帯で電話した。

「お母さん?うん。今ね…」

あれ?今なんとなくホッとした。

「…今日お父さん遅いみたい。何も用意してないからぜひ来てって」
「そうか…じゃあお邪魔するか」
「あっ…お母さん…それじゃ7時前には…うん。それじゃね」

そうか。お母さんがいてくれてるから。
だからホッとしたんだ。

「うふふ…これで帰ったらお風呂だけでいいね」
「そういえばこの前お邪魔したのいつだっけ」
「う〜んとね。先月だったね」
「うれしいだろ。お母さんに会えて」
「うんっ」

そうなんだ。家が近いとかえって会いに行かないから。
いつでも会えるって思うとなかなかね。
でもちゃんといてくれるんだよ。いつ行くかもわからないのに。
私は嬉しくなった。

「カニすき食べたいよ〜」
「あははっ元気になったな」
「えへへ」

また窓の外を見る。道の両側は防音フェンスで囲まれている。
さっき見えていた山も寂しい光ももう見えていない。
でもそれはいつでもそこにある。ただみんな忘れているだけ。
誰にも忘れられた、でも誰かのために光が灯っている。
そんな光があちこちにあるんだ。きっと。
私にとってそれは…浩平と暮らす家の灯り。
お母さんの住む家の灯り。
私は賑やかな街の灯りが恋しくなった。

「……」
「……繭?」
「……」
「お疲れさん」

夢の中で誰かが私の頭を撫でている。
そんな気がした。


おしまい。

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やっぱり無理がありましたね。ただの紀行モノに(T-T)。