奥様は魔女(後編) 投稿者: だよだよ星人
「......犯人が立てこもっているのは、あのビルです」
TVで中継をしているアナウンサーが指差した先には...
「あっ!」
間違いない.郁未が前に教えてくれた建物だ.確か5Fか6Fに働いてるソフトハウスがあったはずだ.
たくさんのヤジウマが周りを取り囲んでいる.パトカー、救急車、消防車...すごい騒ぎだ.
ビルの...6F...なんとそこに犯人がいるではないか...怪しげな包みを振りかざしている.
しかも...その近くに...間違いない...TVにはっきりと、郁未の姿が...
「...!!」
僕は奥さんたちの呼ぶ声を振り切って、家を飛び出した.
「郁未〜〜〜っ」
駅につくと電車に飛び乗る.
他の乗客に変な目で見られながら、一番前の車両まで走る.
「急げ急げ〜っ」
運転手が怪訝な顔をするが、もちろん急いでくれるわけがない.
電車が梅田に着くと、改札を抜けて阪急百貨店の大回廊を走る
「郁未〜〜〜っ」
そのままナビオの横を...都島通りを北東へ...新御堂を過ぎてもまだ走り続ける.
「いくみ〜〜〜っ」
走る走る...もう夢中で...へばりながら...でも走った.

そして気がつくと、問題のビルの前に来ていた.TVで見たよりもすごい人だかりだ.
「いっ...郁未っ...いくみ〜〜っ」
ロープが引かれたところまで来たが、それ以上近づけない.
すぐ向こうで...さっき中継していたアナウンサーが話している.
「犯人の予告したタイムリミットまで、もうあまり時間がありません」
「そっそんな...」
僕は制止する警察官を突き飛ばして、ビルに向かって駆け出した.
「まっ待ちたまえっ君」「危険だぞっおい」
「郁未〜〜〜っ」
あと少しでビルの中に足を踏み入れる...その時だった.

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

僕は本物の爆弾があんな音だったとは思わなかった.
よくTVとかで聞く音と...全然違う...すごい衝撃だった.
立っている周りにコンクリートやガラスの破片が落ちてきた.
ドガアアアンッ...ガシャアアアアアアンッ..ガラガラガラッ...ドドォオオオッ
「うわああああっ」
...でもその時...金色の...光が...見えた...
......女っ?......
......
目の前が暗くなった.

ん?
ここはどこだ?
目を開けると、僕は病院のベッドに寝ていた...横で話し声がする.
「ありがとう...葉子さん...」
「...いえ...防ぎきれませんでしたから」
「でもおかげで...あの人は助かった...本当に...ありがとう」
「...それではまた」
「ええ...」
金色の髪...女...あの時の...

「...あらっ?気がついたのね...良かった」
郁未が横に座っている.
「馬鹿ね...無茶するから...」
「郁未...」
僕は彼女の体を上から下まで見回した.
「...爆発...」
「衝撃は跳ね返したから、大丈夫よ」
「......」
そうか、やはりそんな力が...もう信じるしかない.
「でもまさか、あなたが駆け出してくるなんて思わなかったから...」
郁未は少し笑った.
「下に落ちるのまで止めきれなかったの...」
「...そうか」
「...でも葉子さんが来てくれてて...」
同じ仲間...力を持った...
「郁未が無事なら...それでいいよ」
「......」
結局余計なことを...していたのだ.
自分が情けなくて悲しくなった.
「格好悪いね...僕は」
「......」
郁未の目から...不意に...涙が零れた.
「...郁未?」
「...あなたって...馬鹿だわ」
「......」
「...馬鹿...」
「...わかってる」
それから郁未はずっと泣いていた.彼女が泣いたのを見るのは初めてだった.
ぼんやりとした頭で...郁未の涙はとても綺麗だなと思った.
そして、薄れていく意識の中で郁未の声が聞こえた.
「あなた一人も守れない...私...」
「......」
「本当にお馬鹿さんなのは...私の方...」
「...」
そこで意識が途切れた.

それから夢を見た.
泣いている幼い郁未をあやしている...そんな夢だ.
夢の中の郁未は小さくて...力とかそんなものとか...関係なかった.
僕はただ抱きしめて、頭を撫でてあげていた...目が覚めるまでずっと.
「...大丈夫だから...ずっと側にいるから...大丈夫だよ」

それから毎日郁未は未悠を連れて病院にやってきた.晴香も由依を連れて笑いに...
もっとも怪我はたいしたことがなくて...すぐ退院できたけれど.
奇跡的に負傷者がいなかった(ただ一人馬鹿な男を除いて)今回の事件に関して、マスコミも
しばらく騒いでいたが、それもすぐにおさまると、やがて事件のことは忘れ去られていった.
犯人は吹き飛んでしまったが...ライバルの某ソフトハウスの手先であるという噂が広まっていた.
いまや日本中の期待を集めていたONEだかTWOだかの続編を阻止しようとしたらしい.

もちろん僕は、彼女が持っている力について、もう何一つ疑っていなかった.
そして...郁未の全てに、真正面から向きあっていこうと...決めていた.

『いま幸せか?』

久しぶりに家に戻って、ikumiに最初にした質問...
答が返ってくるまで、結構長く感じた...と思う.

『...幸せです』

そう...それが重要だった.それこそが一番大切な質問だったはずだ.
いままで一度も聞かなかったのが不思議なくらいだ.いや...まだ他にもあるぞ...

気がつくとビールをしこたま飲みながら...たぶん予行演習のつもりだったのか...
愛してるのかとか、どうとかいろいろ...馬鹿な質問を端末に入れまくっていた.
これでもかこれでもかと...それでもikumiは同じ答をくり返した.

『幸せ』『愛してる』『とっても幸せ』『とっても愛してる』
『一緒に暮らせて良かった』
『あなたと会えて良かった』

「...い...くみ」
「あらっどうしたの?あなた...酔っ払ってるわね」にっこり
可愛い笑顔...

ぎゅうううううううっ
「きゃっ」
僕は郁未を抱きしめると、そのまま押し倒した.そして...

「...やだ...どうしたの今日は...すごい...」
「...郁未...」
「...あっ...ん...」
「...」

「変な人...一体どうしたのかしらね」
寝ている夫の側で彼女は微笑む.
「でも...本当に真面目な...かわいい人...」
そっとキスをすると、
「あなたと会えて...良かった」
やさしく夫を見つめる..
「あなたと未悠は...何があっても私が...守るの」
瞳が黄金色に輝きだした.
「もう...二度と...危ない目には...合わせない」
彼女は体にオーラを纏いながら...夫の髪を撫で続けた.


さっきの通り雨のおかげで、すこし涼しくなった.あいかわらずいい天気だ.

もう別のプロジェクトに移っているのに、それでもikumiとの対話は続けている.
システムそのものは、とっくに他のグループに移管されて、汎用化の作業が進んでいたから、
フォローという名目があったにしろ、個人的な興味で続けていたことは間違いない.
ikumiがどこまでいくのか...僕はその行く末が知りたかった...それだけだ.

そして...今日...郁未から電話がかかってくる前...

『...晴れ時々...通り雨です』
『...根拠は?』
『なんとなくです』

そうか...そうなったか...
もう満足だった.僕は端末の電源を落とすと、部屋を出る.

そろそろ夕飯の献立でも考えるか...今日は何にしようかなあ.
うん、あれにしよう.二人が好きな...

「ただいま〜」「ただいまでしゅ〜」
「おかえり」二人にキス.
「お腹ぺこぺこよ〜っ今日のご飯は何?」
「今日はね...ふっふっふっ」
「わあいっクリームシチューだ〜っ」「大好き〜っ」
「いっぱいあるからね」
「おいし〜」「おいしいでしゅ〜」
「へへへっ」

結局あれから郁未には何も聞けなかったけれど.
でもわかってた.
二人がここにいてくれるだけで...よかったんだ.
ずっと...一緒にいたい...それだけだ.
それだけで十分だ.


「いったぁああああああああああああああああい」

今日も葉子さんは金たらいを出してくれる.
おかげでまた僕たちの一日が...無事に始まるのだ.


おしまい
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いかがでしたか?長くなってすいません.
真面目でやさしい...でもちょっと不器用な旦那さんをイメージして書いてみました.
誰かに家で待ってて欲しい...郁未のもう一つの願いみたいなものも盛り込んでみました.
それと葉子さん...ドリフは知ってたんです(笑)
感想...
雫さん>待ってましたよこれ〜出ましたね神速繭...いやたぶんこうなるだろうと(笑)
三味線は(TT)ひどひ
しーどりーふさん>おお詩子でこんな感動的なSSを.うまいっしゅ.僕の茜詩子○ズSSと比べて
えらい違いだ(^^ゞ
GOMIMUSIさん>どうなるんだ...茜はいったい何を...期待に胸がふくらんじゃいます.
いちごうさん>がんばってつづけてくださいね
それでは.