奥様は魔女(前編) 投稿者: だよだよ星人
郁未はまだ寝ていた.

僕の記憶が正しければ、今日はパートは休みじゃない...と思う.
それに未悠を幼稚園へ送っていくことを考えると、もうそろそろ起きないといけないはずだが.

「ぐ〜ぐ〜」「郁未]
「ぐ〜ぐ〜」「い・く・み」
「ぐ〜ぐ〜」「いくみさ〜ん」
「ぐ〜ぐ〜」「起きなくていいの〜?」
「ぐ〜ぐ〜」「お〜い」
「ぐ〜ぐ〜」「...しょうがないなあ」
「ぐ〜ぐ〜」ピッポッパッポッ
「ぐ〜ぐ〜」プルルルル.プルルルル.カチャッ.
「あっ葉子さん?うん、そうなんだ.また起こしてやってくれる?ありがとうっいつもごめんね」
「ぐ〜ぐ〜」
がこおおおおおおおおおおおおおおんっ.
「いったぁああああああああああああああああい」

突然空中に現れた金たらいが、郁未の頭の上に落ちてきた.
「いたたたたっ...って何よこれ〜っ」
「遅い」
僕は目覚し時計を見せてやる.
「げっ」
パンを口にくわえながら、同時に服を着替える.未悠はもう準備万端整えて待っていた.
「どぼひてほごひてくでながっだほよ〜っ」
「何度も起こしたって...」
でもいつも起きない...おかげで家の中は金たらいで溢れている.
「葉子さんいったいどこからこんなに持って来るんだろうな?」
郁未は未悠の手を引いて家を出るところだった.
「今度まとめて回収してって、言っといてね」
「...ああ」
回収したってすぐ溜まるのに...
「行ってきま〜す」「いってきま〜しゅ」「ああっ行ってらっしゃい.気をつけて」
元気に飛び出していく二人を見送る...もう最近ではすっかり慣れっこになった風景だ.

郁未達が出ていった後、僕は家の掃除を始めた.自宅勤務が多い僕がほとんど家事を受け持っている.
と言っても結婚当初は、普通に会社で仕事をしていたし、郁未が家事や未悠の世話をしていた.
でもその後、自宅で仕事ができるようになったのと、家計を助けるために郁未が働きたいと言ったので、
いろいろ話し合った末、今の形になったのだ.

洗濯を終えると、仕事場にしている部屋に入る.
「さてと...」
端末にスイッチを入れ、キーを叩くと、僕は「彼女」の名前を呼び出した.

『ikumi』
『...はい...おはようございます...』
『じゃあ、いつものように始めようか?』
『はい』

彼女の名をつけたその仮想人格は、もともと僕のオリジナルの基本システムがベースになっている.
それに多様なデータを入力することで、どう思考パターンが発展していくかを分析する...もう
1年ぐらい続けている作業だ.そして僕は、郁未をモデルに選んでいた.

最初ikumiに教えたのは、僕たち家族のことと、家の中に何があるかだった.それぞれの名詞と
その意味と相互の関連付けを入力してやる.あくまでもこれは前準備に過ぎないが、ある程度の基本的な
知識はあるので、入力が進めば進むほど、自分で考えて推論を進めていきながら、教えていないことも
「知る」ことができた.

ある程度家の中のことがわかるようになると、今度は郁未の友達を入力していった.近所の奥様達や、
僕の会社の関係ではなく、郁未個人が本来持っている友人たちだ.

ところが友人関係を調べてみると、「巳間晴香」「名倉由依」「鹿沼葉子」...これだけだった.
それ以外の交友関係はなかった.例えば同じ高校の友人がいない.
陸上関係でかなりの成績を残していたので、知っている人間は多いはずだったが、なぜか郁未の普段の
生活には一切現れてこなかった.
晴香が行方不明の友人の妹だったから、僕たちは知り合うことができた.そういう意味では、僕と郁未が
結婚できたのは、本当に限られた世界の細い糸をたどったことになる.

もっとも会社で開発しているシステムだから、ある程度のアレンジは加えてある.
それでもかなりの点で、本来の郁未と符合した人格パターンが、ikumiの中につくられていった.


昼前に電話が鳴る.

「はい...ああ、うん大丈夫.何も変わったことは...えっ?洗濯物入れろって?...通り雨?」
空は思いっきり晴れていた.どこにも雲は見当たらない.
...まあ干していた物は結構乾いていたので、籠に入れはじめた...途端...
ゴロゴロゴロ...どこかで雷がなった.
雲はあいかわらず見えないが、とりあえず籠を持って家に入る.とすぐに、ぱらぱらと雨が降り始めた.
「うわっ...やっぱすごいな、郁未は」


...こういった、今ではすっかり慣れっこになったことも、ikumiには入力していった.
もちろん「勘」とかの類は、ikumiには判断できないものだ.
ただ、どういった結果になるのか非常に興味があって、計画の途中で入力項目に追加したのだ.
あの頃は、まだ郁未の力について、まったく知らされてなかった...軽い気持ちだった.
あんなことになるとは...まったく予想していなかった.

本当にいろんなことを入力した...郁未にまつわる様々な事件...電話が鳴る前にもう相手が
わかったとか...真夜中に突然飛び出していったら、電柱に泥棒が引っかかっていたとか、
居眠り運転の車が向かってきて大破したとかいうようなことまで...小さいことも大きいことも
...とにかくいろいろだ.

もちろん頭の中では全て偶然で片づけていた.まあそういうこともあるだろう、ぐらいの感じだった.
しかし、データ件数が増えていくにつれて、その確率が単純な偶然では説明のつかない、驚異的な数字を
示していることが明らかになっていった.原因と結果に因果関係が存在しない.郁未の周りにはそういった
現象が多すぎた.

郁未に聞いても、いつも「なんとなくそんな気がしてたの」で済んでしまう...実際僕が、今の仕事を
していなければ、やはり、ちょっと勘のいい奥さんぐらいで済ましていただろう.
ikumiも同じだ.『偶然です』『なんとなくです』『...運が良かったんです』

だが一連の処理の結果として、こういった言葉が頻繁に出てくる場合、それは偶然とは言えない.
すなわち...推論が得意なikumiにさえ判断ができない世界に、郁未がいるということになる.
そして...ある日、絶対に回答できないはずの、この問題を...ikumiは解いてしまった.
限られた知識と言葉によって...

『私は...ikumiは...魔女です』
「...はあ?」

中編につづく...
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郁未の旦那様にチャレンジしました.
そう...きっかけは、未悠があの少年の子どもだったのか?という疑問からでした.
郁未の言葉「これからは、この子と二人で生きていく...」は、少年が死んでしまったからでしょうか?
未悠のためにも別に父親が欲しい...そう思ってこれを書きました.
あと感想です...長いので、ちょっとだけ
しーどりーふさん>ギャグもさえてますが、真面目なのもいいですね.浩平やっぱり可哀相.
家族で幸せに暮らすことが本当の浩平の願いだったのかなあとしみじみ思います.
GOMIMUSIさん>「ぷしゅ〜〜」可愛いなあ澪(*^^*)側にいたらリボンひっぱちゃいますね.
雫さん>この設定おいしいです.昔のうる星の時代劇編を彷彿とさせます(じゃあ浩平はあたるか?)
茜おかしすぎ(爆)思わず高橋留美子の絵に置き換えてました.次も楽しみにしてます.
他の方も面白いです...端折ってすいません