Juvenile K-6- 投稿者: ゾロGL91【感想メールのみ】
「やるわよ、折原・・・」
「うん・・・」
その日の夕方。七瀬は決意をした。なぜか七瀬の額にははちまきが巻かれ、その後に立ち尽くす浩平の手には小振りの2本の旗が握られている。
「今日こそ・・・今日こそわたしは・・・・・・斬るっ!」
「お姉さん、ファイトッ!」
「てやぁぁぁーーーっっっ!!!」
気合一閃、振り上げられた七瀬の右腕が勢いよく振り下ろされた。その手に力一杯握り締められた包丁が、銀色の残像を残して、七瀬の眼下にあるまな板に叩き付けられた。ドン!と何かが砕ける音が、キッチンに響き渡った。
「・・・・・」
「ど、どう?」
「ぐすん・・・・また、やっちゃった・・・・・・・」
まな板の上には、七瀬の残撃に首が吹き飛んだサンマと、まな板に食い込んだ包丁があった。


EPISODE6「Again & Again」


「はぁ、何でこう上手くいかないのかしら?」
「がぁつ、がぁつ、でも、食べることはできるよ、うん」
テーブルの上には皿に乗せられた焼きサンマと出来合わせの惣菜。浩平は茶碗をかきこみつつ、それらを順序よく口にほうり込んでいく。
浩平の食べっぷりからして、味は悪くないのだろうがサンマの見てくれは食が進むものではなかった。表面が焦げているだけでなく、そもそもサンマの頭を切っている時点でおかしい。
実はこれはキムチチャーハンしか作れない七瀬のステップアップへの挑戦だったのだ。浩平と出会ってから6日が過ぎ、いい加減チャーハンかインスタント食品では限界が来た。というよりも、そのことで不満を漏らした浩平の一言「これじゃあ、いいお嫁さんになれないよ」が、七瀬の心に火をつけた、というのが正解なのかもしれない。
(とは言ってみたものね・・・・)
ちなみにチャレンジを始めてすでに3日、それで七瀬の満足がいくものでは出来ていない。ただ、浩平はそんな七瀬の気持ちとは関係なく、料理を平らげている。出来合わせの惣菜を中心にだが・・・・・。
(それにしても、こんなにのんびりしてて、いいのかな・・・?)
これは料理に対することではない。アーケード街で謎の男達に追われ、C−LANDで貞操の危機にあってから4日が経とうとしている。
あれから特に危害はなかった。ただ、大きく変わったことが一つだけあった。C−LANDのオーナー柚木詩子との交流である。そして、今日もまた・・・・・・。
ピンポーーン、と軽快なチャイム音が鳴り響いた。その音を予想していたとはいえ、びくりと七瀬は肩を震わせた。そして、溜め息一つ玄関へと向かう。
「ちゃおー♪」
「ま、また来たんですか・・・・」
ドアを開けた先には満面の笑顔の詩子が立っていた。CーLANDのオーナーとは思えない、本当に今時の女子高生のような格好がよく似合っている。一体、この少女は何歳なのだろうといつも思わせる。
「あ、何か焦げた匂いがするね?もしかして、今日は焼き魚かな?」
「え、ええ、まあ・・・」
詩子と出会って以来、ボディーガードと称して詩子の七瀬の部屋への入り浸りの日々が続いている。しかし、することと言ったら、世間話と浩平をおちょくること、そして、七瀬への口説きであった。
「そんなうれしそうな顔しないでよ」
「してない、してない」
「実は今日はお土産があるんだよ。ほら」
断りも得ず、靴を脱いで上がり込む詩子の手には一枚のチラシがあった。
「ああっ!?これはっ!」
フルカラーのそのチラシには拡大された画像と、説明書きのようなものがプリントされている。画像に映った人物を見た時、七瀬は声を上げずにはいられなかった。
「お、折原・・・・?」
「でしょ?」
にやっとする詩子の脇を走って、いまだ茶碗をかきこんでいる浩平の元へと走った。
「折原っ!これ見なさいっ!」
「ん・・・・?誰、これ?」
「あんたよ、あんたっ!」
「ああ、そういえばどこかで見たことがあるような」
子供の自分しか記憶にない浩平は、成長した自分の顔がわからなかったのだ。チラシの意味することもわからずに、淡々と箸を口に咥えている。
「あんたを探してる人がいるってことっ!」
「ふーん」
「あんたを知ってる人がいるってことっ!もっと、驚きなさいよ」
「おおっ!?」
「驚くのが遅いわっ!」
(漫才・・・・・?)
本気なのかふざけているのか、苦笑しつつも詩子はそれを眺めていた。埒の開くような開かないようなやり取りを続けながらも、やっと浩平も事情が掴めて来たようだ。いつの間にか、その表情は真剣なものになっている。
「僕を知っている人が?でも、僕はこの世界の・・・」
「だからぁ、それはあんたの記憶の混乱か何かでしょ?とにかく、あんたを探してる人と会って引き取ってもらうわ。それで病院でもどこへでも行きなさい。ふぅ、これで肩の荷が降りるわ」
「そんな事言って、実はけっこうさびしいんじゃないの?ねえ、折原君?」
意味ありげな笑いを浮かべる詩子だが、浩平は全然わかっていない。それとは対照的に七瀬はむきになって詩子に食い掛った。
「そんなこと殺人的にあるわけないじゃないっ!」
「・・・思いっきり動揺してない?」
「してない、してない」
(僕を知ってる人か・・・・・・)
浩平は箸を止めると、カーテンの閉め切られた窓の方を見た。その向こうには黒雲が覆った都市があるはずである。しかし、浩平はその瞳に満天に輝く星を描いていた。


「あー、疲れたぁー」
どさっとソファへと身を投げだす七瀬。チラシに書かれていた連絡先への電話、会合の約束、詩子も帰り一通りの事を終えてやっと休めることができるのだ。
「どうしたの?そんな所で?」
ふと目を転じると、窓際でカーテンの隙間から外の風景を眺めている浩平がいた。浩平は振返ることなく口を開いた。
「青空、夕焼け、星空・・・・見たいと思わない?」
「何よ、突然。・・・うーん、確かに見たいとは見たいけど、都心じゃ無理よ」
「・・・・・・そう」
「さ、もう寝るわよ」
立ち上がり、さっさと寝室に七瀬は向かった。残された浩平は窓ガラスに色づく、様々な光彩を飽きることなく見つめていた。


もうすぐ日付が変わろうとしていた。
長森家のリビングから、先ほどからけたたましい電話音が鳴り響いている。すでに布団の中に入っていた瑞佳は、眠りに陥る寸前だった体で、2階の自室から電話に出ようとした。
「はい・・・長森ですけどぉ・・・・・あ、住井君?どうしたのこんな時間に?・・・えっ!?」
電話越しに住井の言葉を聞いた瞬間、瑞佳の眠気は吹き飛んだ。あまりの驚きに受話器を落としそうになる。
「浩平が・・・・見つかったの?」
驚きの表情は次第に喜びと期待に変わった。数分の間、住井の話をうなづいて聞くと瑞佳は受話器を戻した。
(これで浩平と会える・・・・・っ!)
興奮に上気した顔で瑞佳は心臓の鼓動を必死に押え込もうとして、薄暗いリビングを見回した。そこでとある事に気づいた。
(お父さんとお母さんどこに行ったんだろう?)
最近、瑞佳の両親は家を空けることが多くなった。しかも瑞佳に無断で。おぼつかない不安だったが、何かが釈然としていなかった。


ネオ中崎の最も郊外に位置する土地に一棟の巨大なビルが立っている。天を貫かんばかりに伸びるそれは、ネオ中崎の全貌を見渡せるほどの高さだった。ビルの無数に付いた窓の灯かりは、まだまだ消えそうにない。
この人間の偉大さを感じさせるビルの周りは、対照的とも言えるほど閑散としている。商店や住宅はなく、何本にも伸びた道路とヘリポート、滑走路なまでもある。”アーミービル”ネオ中崎を支配するアーミーの巣窟の通称がこうあった。
「大佐、工作員より報告が来ました。先日、折原浩平を発見するも、彼を保護する女の抵抗に合い逃亡」
50階の司令室。まるでどこかの会社の重役室のような作り。その部屋で背を向けて180度ビューのガラスの向こうを見ている男がいる。その後ろで資料を持ったスーツの男が淡々と報告をしている。
「その後、折原浩平を探すビラを発見。出所について調査すると、折原の友人、中央中崎署の住井護によるものでした。そこで彼を監視、携帯を盗聴した結果、明日折原を保護している女と接触する模様です。いかがいたしましょう、大佐?」
大佐と呼ばれた男は窓の外を見下ろしたまま沈黙している。何を思案しているのか、口の周りを称える髭がもごもごと揺れている。
「んあ・・・監視員をつけろ。くれぐれも極度な刺激は与えるな。わたしの命令が出ない限り、決して手を出すことは許さん」
「はっ」
スーツの男は敬礼を返すと、背筋を伸ばしたまま退室していった。広い司令室に髭だけが残る。彼の見下ろす風景は、喧騒の渦の街並みは遠く、閑散としたものしか映さない。しかし、この一帯も100年以上も前は繁栄の中心だったのだ。”旧市街”その跡地にアーミーの施設が置かれている。
「ふむ・・・」
髭は自らの顎に生えた髭を一撫ですると、窓を離れた。
すでにアスファルトに埋め立てられ元の姿は見えないが、街との境目にはなぜか朽ち果てた病院が今でも残っているのがここから見えた。


「緊張してる?」
「ううん・・・」
浩平と七瀬は指定された商店街へと向かっていた。チラシの連絡先は”中央中崎署刑事科”しかも”住井護”とまで明記されてるのだから世話がいい。警察という言葉に少し不安なものが残った七瀬だが、進まないわけにもいかず、詩子からチラシを受け取った翌日に会うことを決めたのだ。
平日なのでバイトの七瀬だったが、休んでまで浩平の会合に立ち会おうとしていた。浩平との出会いは突然で、短いものだった。七瀬にとってあっという間に過ぎた数日、しかし、悪い気はしなかった。
(ま、これで苦労することもないんだから・・・・)
七瀬は無意識に隣を歩く浩平を見上げていた。いつもは子供扱いをしていた浩平が、とても大人びて見える。そう、もう手の届かない存在であるかのように。だが、そんな気持ちも一瞬でかき消してしまった。
(何、馬鹿なこと考えてるんだろ)
「あっ」
「?」
浩平が何かに気づき声を上げた。指定されたのは商店街の一軒のクレープ屋だった。そして、その店先には二つの人影があった。焼き立てのクレープをかじり、談笑をしている。見様によっては仲のいい姉妹に見えた。浩平はその2人組の内、かなり小柄な少女の方に注目している。
「僕は、あの娘を知っている・・・・・」
浩平がそう呟いた時、注目していたのとは別の、黄色いリボンの少女がこちらに気づいた。その表情は途端に喜びに輝いている。
「浩平ーっ!」
「え?」
自分の名を呼びながら駆け寄ってくる少女に浩平は戸惑う。だが、そんな戸惑いにはお構いなく、少女は地面を蹴り浩平へと飛びついた。正午前とはいえ、人通りのある中でだ。
「浩平っ!浩平なんだね!?」
「え?は、え?」
突然のことに浩平は対処に困り、立ち尽くしている。なぜか七瀬もまた思いも寄らない展開に頭を真っ白にさせていた。
「心配したよ、、いきなり消えちゃうんだもんっ!でも・・・会えて良かった」
「あ、あの・・・お姉さん誰?僕を知ってるの?」
「何言ってるの浩平?」
予想もしていなかった浩平の反応に少女、長森瑞佳はきょとんとした。その後ろから咳払いを一つ、七瀬が説明に入った。その時になって瑞佳は浩平から体を離す。
「あの、実はこいつ・・・・・」
七瀬の口から語られた事実は瑞佳を驚愕させることになる。最初は浩平の冗談だろうと、疑っていた瑞佳だが時間が流れるにつれて、揺るぎようのない事実を受けれいざるを得なかった。
「はぁ・・・本当、浩平って普通じゃないね。でも、まさか子供に帰ってるなんて・・・・・」
「確かに普通じゃないわよね」
「あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。わたしは長森瑞佳。浩平の幼なじみなんだけど・・・・・浩平は覚えてないんだよね」
(幼なじみか・・・)
先ほどの再会の映像が思い出され、何となく気まずくなる。それを振り払うかのように七瀬も自己紹介を始めた。
「わたしは七瀬留美。折原を預かることになったんだけど、その役目ももう終わりそうね・・・・・」
その語尾に蔭りが入っていたことは、本人も誰も気づいていない。
「あ、そうそう、この子は上月澪ちゃん。えーと、何ていうか色々あって一緒に暮らしてるんだ」
「よろしくね」
七瀬が澪に対して笑顔を見せる横で、浩平は澪に見入っていた。何かを必死に思い出そうと見つめている。その様子に澪も気づいたようだ。二人の視線が交錯する。
『はじめましてなの』
「あ、ああ・・・はじめまして」
ぎこちなくおじぎをする二人。浩平はいまだ答えを見つけることができず、表情を固くしたままだ。対する澪は無邪気に微笑んで、浩平を見上げている。
(どこかで、どこかでこの子には・・・・・)
ぼやけた記憶が浩平の記憶を混乱させる。しかし、その思考も話し掛けてきた瑞佳によって中断された。
「ええと、とりあえずは家に帰ろ?ね?由起子さんも心配してるだろうし」
「由起子さん・・・?叔母さんがどうして?」
由起子とは浩平が同居しているお叔母のことである。仕事に忙しく、なかなか家に帰ることがないので、瑞佳は直接には浩平が消えたことを伝えていない。
「七瀬さん、浩平が迷惑をかけてごめんなさい。いつか、必ず記憶の戻った浩平とお礼に行きますから」
「いえ、そんな」
深々と何度も礼をする瑞佳を止めつつ、七瀬は浩平を見る。浩平も七瀬の方をどこか寂しげに見つめていた。複雑な感情が込み上げて来るが、それを必死に押しとどめて笑顔を作った。
「それじゃあね」
「お姉さんっ、また遊ぼうね」
「暇だったらね」
それで言葉を終わらせると、七瀬は瑞佳に一礼すると、踵を返して歩き出した。振返ることもなく。浩平もまた声をかけることなく、だがどこか切なげにそれを見送った。
「さ、浩平お家に帰ろう」
「え、と、お姉さん僕の家知ってるの?」
「もちろんだよ。それとわたしのことは長森、って呼んでたんだよ。だから、そう呼んで」
「ん・・・じゃ、長森」
「よしよし」
精神年齢を見抜いているのか、瑞佳は浩平の頭を背伸びして撫でてやる。自分の知っている浩平には、絶対できないことができて何となく瑞佳は嬉しかった。
『早くいこうなの』
澪が屈託のない笑みを浮かべて浩平のシャツを引いている。浩平はいまだ思い出せない不安を振り払い、その小さな手を握った。


浩平達のいるクレープ屋から離れること、50m。花屋の店先で花を鑑賞しているスーツ姿の男がいた。植木鉢や観葉植物の隙間から、浩平達の方を時折目線を走らせている。
平日の真っ昼間に見るには異様なものがあったが、さらに男はこれまた異様なものを懐から取り出した。小型マイク大の無線機である。
「こちら、Cー21・・・応答願います」
『・・・こちらDー19、どうぞ』
やや音質が劣るが、生に近い鮮明な声が返ってきた。それを確認すると男は体を縮めて口を近づける。
「目標を確認、これから尾行に移る、以上」
『確認した。健闘を祈る』
無線機をしまいこむと、男は通りへと出た。すでに移動を始めていた浩平達と距離を保ちながら。


「みゅー、はんばーがぁ♪」
「なぜだ・・・なぜ俺はこんな所にいるんだ・・・・・」
商店街の街路を歩く2人組がいた。一人はテロ組織”ASR”の南。そして、もう一人は彼によって間違われてさらわれた椎名繭である。
繭ははしゃぎながら南の前を歩いている。そこにはおびえも不安も感じさせない。それを目で追いかけながら南は先ほどからぶつぶつと呟いていた。
彼はこの数日、繭を機密のため監禁していた。監禁していたというのは間違いがあるかもしれない。狭く苦しい部屋に閉じ込められ、親元を離れて寂しいはずなのに、おびえるところか組織の者達をその行動で振り回していた。そして、今日外に出たいとわがままを言う繭に折れて、この商店街に来たのだ。
「ああ、いつから俺は子守りになったんだろう・・・」
南が暗い顔で顔を上げた時、その視界に思いもよらないものが入った。驚きに息を止める南。しかし、我に返るとと素早く繭の腕を引いて、脇にあった建物の隙間に体をねじ込んだ。
「みゅ?」
「しっ!・・・まさか、こんな所で会えるとはな、俺もまだまだ運がいいぜ」
わずかに顔を出し前方を観察する。それはクレープ屋のある方向だった。そして、浩平、瑞佳、澪の3人がこちらに向かって歩いてきていた。
「あ、あのおねえ・・・・」
繭が瑞佳を見て何かを言いかけるが、南が口を押え込む。そして、少しすると3人が南達の側を通り過ぎていった。
「ふぅ・・・さて」
息を吐くと、南は懐から携帯電話を取り出した。番号を打ち込み、呼び出しを待つ。
『もしもし・・・』
「俺だ・・・、例の女の子を見つけた。今度は間違いない、資料の通りだ。・・・こちらは手が離せない。尾行を頼む。場所は・・・・・」
”ASR”の同胞、箕浦から了解を得ると、南は浩平達との距離が離れたのを確認して建物の隙間から体を出した。これから彼は繭をハンバーガー屋まで連れていかねばならないのだ。


浩平が我が家として入った家は、ただの見知らぬ場所で、覚えのない匂いがする空間だった。密集したビル街とは違い、閑静な住宅街に浩平の家はあった。
「由起子さん、まだ帰ってないんだぁ・・・」
リビングに置かれていたメモを見た瑞佳は、それからキッチンの方へと向かった。お腹空いてるよね、と前置きをつけながら。
浩平はどうにも落着かないものがあったが、立ったままでもしょうがないのでソファに座った。隣には澪も座る。大体、彼の現在の記憶では同居しているという、由起子はたまに会う程度という親戚でしかない。
リビング全体を見回しても浩平には全く覚由起子と同居しているというのが信じられなかった。
(父さんは死んじゃったけど、僕は一緒にいたはずだ。母さんと、それに・・・)
「はい、あまりもので作った奴だけど」
浩平の目の前にチャーハンが置かれた。もちろん澪の分もだ。食欲をそそるその匂いに、浩平は考えを中断してしまった。改めて空腹を認識し、添えられたチャーハンを平らげにかかる。
「いただきまーすっ」
勢いよくチャーハンを平らげにかかった浩平を見て、瑞佳は目を細めた。
(ほんと、昔の浩平みたい・・・・・)
瑞佳は10年も前になる浩平と出会った時のことを思い浮かべていた。
10年前、瑞佳の近所に一人の少年が引っ越してきた。少年は瑞佳と同じクラスになった。しかし、少年は誰とも口を聞かず、外で遊ぶこともない。そんな少年に瑞佳はこう思った「一緒に遊びたいな」と。
瑞佳が浩平を呼び出そうと窓に投げた石が、ちょうど顔を出した浩平に命中することがきっかけになり、浩平と瑞佳はよく一緒にいることになる。ただ、それは浩平の”復讐”という名目がついていたが・・・。
色々なひどい仕打ちを受けた瑞佳だったが、彼女は浩平のそばを離れることはなかった。その理由は・・・。
(・・・あれ?何でだろ?確かに何かあったんだけど・・・・、浩平があの時・・・、あの時?あれ?どうして思い出せないんだろう?)
「どしたの?長森のお姉さん」
自分のしっかりしない記憶に首をかしげた瑞佳に、浩平はスプーンを止めて声をかけた。
「ううん、何でもないよ。それよりも、お姉さんは余計だよ」
「だって、何か言いにくいんだもん」
「はうー、やっぱり思い出せないんだね・・・、家に帰れば何か変わると思ったんだけど」
「ねえ・・・お姉さんじゃなくて、長森・・・やっぱ言いにくいな」
「どうしたの?」
「僕は病院に行かなきゃだめなのかな?」
「うーん、それはもう少し様子を見てから決めるよ。だって、浩平病院嫌いでしょ」
「うん」
瑞佳の何気ない言葉だったが、浩平はとても嬉しそうにうなずいた。そして、急激に瑞佳への警戒心は消え失せていく。
(この人は僕を知っているんだ・・・)
なぜかかみ締めるようにそう思うと、浩平はこの場にいることに安らぎを覚えた。
『お腹一杯なの』
横ではチャーハンを食べ終えた澪が苦しげにソファに背もたれていた。どうやら、先ほどのクレープのおかげで、この小さい体には十分過ぎたらしい。
そして、澪も交えて浩平の事に関する出来る限りのレクチャーが終えると、すでに時刻は7時を回っていた。
自分の経歴や、人間関係、性格、過去の思い出話を聞かせられるも覚えがないだけに浩平にはぴんと来ない。あまり収穫がなく落胆した瑞佳は、溜め息を一つついて立ち上がり、電話へと向かった。今夜は浩平の所に泊まる旨を家族に伝えるためと、住井に連絡を取るためだ。
「・・・・・・また、いないのか」
自宅にコールしても留守番電話が応対するだけだった。用件だけをテープに込めると、今度は住井の携帯の番号を押した。
「・・・・もしもし、住井君?」
電話越しに住井の声。軽くやりとりを交わしながら、瑞佳は浩平との再会を伝え、ここに来ることを伝えた。住井の声は浩平の発見をしぶるような口振りをしていたが、その音色から安堵しているのが瑞佳にもわかるほどだった。「「
「さーて、これから大変だよ。住井君も呼んで・・・って、あれ?」
受話器を戻し、振返るとそこには浩平と澪の姿はなかった。
「どこいったんだろ?お祝いパーティの準備手伝ってもらおうと思ったのに・・・・・、あっ、まさか!?」
不意に閃いた想像が瑞佳の顔色を一気に青ざめさせた。


「えーと、ここかな・・・」
瑞佳の心配を余所に、浩平と澪は2階にある自分の部屋の前にいた。澪に浩平の部屋が見たいと急かされ、暇つぶし程度にやってきたのだ。
(ま、自分の家だっていうんだし、問題ないよな)
期待にわくわくした様子の澪をちらりと見て、浩平はドアノブを回した。ドアの向こうは電気がついておらず、真っ暗だった。手探りでスイッチを探してそれを押し込む。急に灯かりがついたので、二人は目を細めた。そして、部屋の光景を見ての第一声は・・・・・。
「・・・・・・」
『汚いの』
散乱した雑誌やCDの山。そこらに捨て場所を間違えられた菓子類の袋。それを目の当たりにして、浩平は言葉を失う。澪に至っては鼻までつまんでいる。実際には異臭等は漂っていないのだが、男の生活感の独特の匂いが漂っていた。
(僕の部屋だけのことはあるなぁ・・・・・・)
面倒くさがりなことは大人になった自分も変わらないのだと、妙に納得した気分で浩平は部屋を眺めた。澪は何とか床のオブジェを乗り越え、比較的無事なベッドへと飛び乗った。その時、誰かが階段を上ってくる足音が廊下に伝わってきた。
「浩平、よかったぁっ!」
「どうしたの?そんなに慌てて?」
瑞佳がドアの際にいる浩平を見て、安堵した表情でこちらに駆け寄ってくる。
「もぅ、またいなくなっちゃったかと思ったよぉ・・・」
浩平がまた消失したのかと、瑞佳は想像の恐怖にかられていた。だが、そんな不安も浩平の顔を見た瞬間、一気に溶け、安心のあまり涙目にすらなっている。
「うわっ!どうしたのっ!?どこか、痛いのっ?」
「ううん、違うのっ、浩平が居てくれることが嬉しくて・・・。あはは、ごめんね変なこと言っちゃって。さ、これからご馳走作るから手伝って」
いつのまにか澪も二人の元にやって来ていた。瑞佳が慌てて涙をぬぐったので、何も気づいていないようだ。いつもの笑顔で瑞佳の袖を引っ張る。早く行こう、ということらしかった。


夜を迎え人通りの少なくなった住宅街にエンジン音が響き、とある家の前まで来ると軋んだタイヤの音を立てて止まった。運転席から住井護が現れる。
「ちょっと遅れちまったかな」
溜まった報告書を仕上げ駆けつけた住井は、インターホンを押す前に身なりを整えた。もちろん瑞佳を意識してだ。それから、インターホンを押す。
「はーいっ!」
「おおっ!?」
程無くしてドアが開き、迎える瑞佳のエプロン姿を見た時、住井は女神で見たかのように後ずさりした。
「ごめんね、夕食の準備が終わってなくて。さ、入って。浩平も待ってるよ」
「う、うん」
満面の笑みの瑞佳に続き、住井は家の中に入った。
(うーん・・・まるで新婚夫婦みたいだなぁ。ああ・・・長森さんとこんな関係になれたら・・・、お帰りなさーい♪何て裸にエプロンの長森さんが・・・・やめよう)
自分の想像があまりにも空しくなり、なぜか住井は自分にかわいた笑みを送った。
長森の後に続き、住井がリビングに入った時、住井を迎えたのはクラッカーでも拍手でもなかった。突如、住井の顔面へと向かって白いものが勢いよく向かって来た。避ける暇もなく、驚きに顔を強ばらせた住井にそれはべちゃりと命中する。
「わっ、澪何こけてんだっ」
テーブルの方では料理を運んでいた澪が、足を滑らせ床に突っ伏していた。その後ろでは同じく料理を運んでいた浩平が、心配そうに澪に駆け寄っている。
「大丈夫?澪ちゃん」
瑞佳もまた澪に膝の元に膝を折ってしゃがみこんだ。
「馬鹿だなー、部屋の中で走るからだぞ」
「大変、膝すりむいちゃってるよ」
住井は入り口の所で立ち尽くし、耳には会話だけが入っていた。無言で視界をふさぐ何かを手でぬぐう。やっと、視界が開け住井は右手に視線を落とした。そこにはべったりと生クリームに覆われたケーキ。目線を上げると消毒液を取り出す瑞佳、スカートから伸びる細い膝に血をにじませる澪、そしてあたふたと立ち回っている浩平。誰も住井に気が付く者はいない。
「はい、これで大丈夫だよ」
「こんなの唾つけときゃ直るのになぁ」
「・・・・・・・・俺を心配する奴はいないのかぁーーーっ!」
「へ?」
「え?」
澪もまたふえ?と住井の方を向いた。住井の変わり果てた姿に数秒沈黙が支配する。
「わーっ!住井君ごめんねっ、今タオル持ってくるよ」
「頼むよ・・・・・」
洗面所の方へと瑞佳は姿を消し、住井は目の前にいる浩平に視線を転じた。
「折原・・・久しぶりだな。今までどこに行ってた」
「お兄さん、誰?」
「あー?貴様は人様に迷惑をかけといて何だそれはぁっ!」
ケーキのこともあり、怒りに身を震わせた住井が浩平の胸座を掴んで揺する。
「わっ、わわっ!?やめてよ、見知らぬお兄さんっ!」
「まだ、とぼけるかぁーっ!」
「あっ!住井君だめっ!浩平子供に帰ってるのっ!」
「は?」
タオルを持って来た瑞佳が慌てて住井の腕を止める。事情を聞いていなかった住井は、怪訝な表情を瑞佳に向けた。


「信じられない・・・・・・」
料理を囲み浩平のことについて説明を受けた住井は、そう漏らすことしかできなかった。しかし、妙に納得できる部分もある。先ほどからひたすらに夕食にがっついている浩平の細かい言動は、住井の知っている浩平のものではない。
(ま、折原なんだし・・・・)
今だ混乱の抜けきらない、深く考えることを知らない住井の脳はそう決着をつけることにした。
「でも、どうすんのこれから?病院にでも連れて行かないと・・・・・」
病院の名を聞いて、びくりとして浩平が箸を止めた時、電話音が鳴り響いた。席を立ち電話に出る瑞佳。
「はい、折原ですけど・・・・・、え・・・?どちら様ですか?・・・・・・繭がっ!?悪戯なら止めてくださいっ!」
「どうしたの長森さん?」
異変を察した住井は瑞佳の隣に立ち、受話器に耳を寄せた。受話器からは声音を変えた男の声が細々と聞こえてくる。
「何か・・・繭を預かっているとか」
「貸して」
繭というのが、爆破事件の日にはぐれた少女であることを思い出しつつ、住井は受話器を受け取った。
「もしもし、何者だお前ら?」
どすの利かせた声で応対する住井。
「何だとっ!?・・・・・待てっ!」
一方的に電話は切られた。脱力した動きで住井は受話器を置いた。
「何だったの?」
「・・・・・繭を身代わりに、あの子を渡せだそうだ」
「え?」
住井と瑞佳が振り向いた視線の先には、浩平と無邪気に笑い合う澪がいた。







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J・Kの部屋
6回目の投稿になるGL91です。今日はしなる鞭がフレキシビリティに決まっています。さて、今回も後記が面倒だったりします(汗)
覆面の幼子「わっ、てきとう」
じゃ(笑)
覆面の幼子「おい」
ええと、予告程度に次回からはアクションを派手にいこうと思ってます。ではでは。
「えいえんはあるよ♪」


HN横の暴言:つまりはそういうこと(謎)簡単に言えば、無理して感想書かないでください、ということです(笑)


いや・・・読んでるんですけど・・・・間に合いません(汗)

本間ゆーじさん:これもまた日常…になる?(予告編…だね)
・・・?つまりは予告ということですね(笑)結局・・・何が起こったんだあぁぁぁ!(爆)とりあえずは本編がんばってください(笑)

シンさん:追想
・・・・・・・・・・色々な理由があり感想は遠慮します(汗)いや、ここで発言すると色々”ばれる”んで(汗汗)作品が悪いのではなく、こちらの事情によりまして(汗汗汗)もうしわけありません(礼)
一言言うならばしーどりーふ”さん”とは作風が違った感じでした。劣っているとは全然思いませんよ。

SOMOさん:争奪戦(4)
すごく気になったのが、浩平の描写の所。うーん、この使い道がヒロイン決定になりそうで(笑)文体の変化はそんなに気になりませんでしたけど・・・・・?

SS保管庫を作ってみました(^^)見逃した方はご利用ください。ちなみにJKしか置いてません(笑)

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/9561