「door」 (後編)  投稿者:雀バル雀





「かえろうよ」
「ああ、帰るんだ」


重なる視線。
互いの瞳を合わせるのは、これが最初。


「譲ってくれないか?」
「………」


無言で首を振る。
はじめての、拒否。


「…どけ」


抜こうとすると
みずかが身を乗り出して、遮る。



「…どかないよ」
「じゃあ、力ずくで行くまでだ」



視線がぶつかる。
互いの意思を示すのも、これが最初。


そして、最後。


「…あの頃とは違う。キミじゃもう、止められない」
「………」
「もう、子供じゃないんだよ」


みずかは、無言で首を振りつづける。
目は、逸らさない。


「…こうへいにはむりだよ…」


か細い声。
微かに、乱れを感じる。


「…むりなんだよ…」


目を閉じる。
それでも、夕陽の暖かさも、波の音も消せない。


「…かえろうよ…ね?」


――無視する。



感情に任せて、世界に噛み付く気持ちで――

ここを…否定したかった。
どこまでも弱い自分を…



そして、ノブを掴み
全力で引く――








「…あかないんだよ…このドアは…」











「…くっ」


懸命に、引く。
軽そうな扉なのに、頑として動かない。
ノブを回せば、がちゃがちゃと空周り。


「くそっ、くそっ!」
「………」


がちゃがちゃ
がちゃがちゃ

金属の擦れる音が、廊下に響く。
それは…悲しいほど、滑稽だった。


「…やめようよ」


手と手が触れ合う…温かい感触。
動けない。


「みさおちゃん…おこしちゃうよ…」







     『door』






「………」


動けない。
その言葉が、俺を縛る。


「…かえろ。ね?」
「………」


否定したかった。
どこまでも弱い自分を…


「…『めんかいじかん』はおわったんだよ」
「………」


夕陽がノブに反射して輝く。
目を開けているのさえ、辛い。


「またこんどあそびに来ようよ。ね?」
「………」


がちゃがちゃ
がちゃがちゃ

構わず続ける。
言葉に惹かれる自分を、拒むように


「やめてよ」
「………」


がちゃがちゃ
がちゃがちゃ


「やめてっ!やめてよっ!」
「………」


がちゃがちゃ
がちゃがちゃ
がちゃがちゃ
がちゃがちゃ
がちゃがちゃ
がちゃがちゃ


「やめてよっ!ほんとうにあかないんだよっ!」
「!」


小さな体をぶつけ
精一杯の抵抗。



「…やめてよぉ…」
「………」


でも、子供の小さな体では
俺を止めることなど、できやしない。


泣きながら
無駄だと知りながら、
それでも、みずかはやめようとはしない。

こいつなりの優しさなんだろう。



「…みずか…」



だから、受け入れるわけにはいかないんだ。



「…こうへい…」


ぽん
頭に手を乗せて
しゃがみこみ、少女と目線を合わせる。


同じ世界で語るために――



「…なんで、このドアが『開かない』ことを知ってるんだ?」
「………」


重なる視線。
互いの瞳を合わせる。

もう、逃げるわけにはいかない。


「…ほんとうは、キミだって出たかったんだろ?」
「………」


無言で首を振る。


「何度も試したんだろ?ここが出口だって知ってたんだろ?」
「………」


首を振る。
拒否――


「…知らないよぉ」


震えている。
いたましかった。


「嘘をつくなよ。…みずかのことは、全部分かってる」
「………」
「みずかが…俺のことを知っているように…な」
「………」


この少女を苦しめたくなかった。
傷つけたくなかった。

だって…


「みずかは…俺なんだからな」


できるだけ優しく
ゆっくりと、語った。


「………」


みずかは答えない。
…けど、分かってしまう。
手から伝わる、少女の悲しみ。


「俺は自分が嫌いだ。――そして、キミも嫌いだ」
「………」


酷い奴だ。
自分で思う。

こいつの優しさに甘えてしまう。
痛みを知りながら、傷つけてしまう。


「キミは…俺の1番弱い部分なんだ。だから否定したかった、キミも、この世界も」
「………」


俺が望むとおりに
欲するままにしか、動いてくれない。


絶対に裏切らない
永遠に消えない
どこまでも、俺の望むままに
汚れることもない

きれいで、純粋なまま


「邪魔なんだよ。もうキミなんかいらない。…そう思ってた」
「………」


けれど



「…ひどいよ…」



時計は進んでいる。
俺が変わってしまったように



「ひどいよ…ひどいよ…」



変わらないわけがないんだ。



「こうへいが悪いんじゃない。ぜんぶわたしにおしつけて…あまえんぼうで、よわむしなくせに…」
「………」
「こうへいがのぞまなければ…よかったんだよ。こうへいのばかっ」


悔しそうに
涙を、こらえきれずに

初めて見せてくれた…本心。


「じぶんだけが特別だって…かなしいことがあったからって、それをいいわけにして、にげてばっかりで」
「………」
「なにが『えいえんのせかい』だよ…そんなものあるわけないじゃない…」
「………」


そう。
そんなもの、どこにもない。
それを信じ、空想に逃げた俺の弱さ。


最低だ…


「…こうへいのせいで…こうへいのせいで…」
「………」


逃げて
逃げて

大切なものを見つけたから
それを失うのが怖くて、また逃げて
けれど、もう逃げ道なんてなかったから…

みんなが自分の道を探しているというのに、俺は空想に逃げて――
そんな弱虫が、生きてゆけるわけがないって思い込んでいた。



「さみしかったよぉ。なにが…なにがえいえんだよっ…うう」
「…みずか…」


大嫌いな自分を拒絶して
自分の弱さだけを拒んで
かっこばかりつけて

自分の作り上げた少女
永遠という名の檻に閉じ込めて。


「ごめんな…。キミのせいじゃないのに」


認めてやれなくて。
気がつくと、俺はみずかを抱きしめていた。


「信じたかったんだ…変わらないものがあるって」


あの汚い海岸が
せめて、思い出のなかでだけは美しく――


「うわああん」
「ごめんな…」


髪を撫でる。
みずかは、思ったよりもずっと重かった。









がちゃがちゃ
がちゃがちゃ


「くっ!」
「えいっ」


二人で、扉を必死に引く。
体重を乗せ、精一杯。


「ちくしょう!なんで開かないんだよっ」
「あいてよぉ」


ここを開けば、帰れるはずだ。
最後の抵抗――

どこまでも弱い自分が恨めしい。


「はあ はあ」
「だめなのかな…やっぱり…」
「くそっ!」



分かっている。
この世界は、つまり自分の思い。
『戻りたくない』という心が、鍵なのだ。


がちゃがちゃ


堅い。
思いを込めて、強く強く


壊わしてしまえ


こんな…ドアなんか!


「…やっぱり…ダメなのかな…」


座り込むみずか。
呼吸の合間で、懸命に言葉を繋ぐ


「…こうへい…他に出口を探そうよ…ここじゃないのかもしれないよ」


弱い
どうしようもなく弱い心が迷い出す。


「扉はいっぱいあるんだから…」


違う。
それは逃げだ。


「…ね?もう陽も落ちちゃうよ…」


横から差し込む夕陽が痛くて
目なんか開けていられない。


2人でも…ダメなのか?



「わっ!」


どたり

汗ですべってノブを放し、勢いあまって壁に激突。
痛みより、くやしくて涙がでた。


「…こうへい、だいじょうぶ?」
「………」


小さな手が、頬を撫でる。
柔らかい触覚

――懐かしい。


「…ちくしょう…」


どうして俺は…


「…泣かないで、こうへい」
「………」


泣いてなんかいない。
立ち上がれない自分が歯がゆいだけだ。


「………」


唇を噛む。
血の味がしたが、それも構わない。


「………」


確かなものが欲しかった。
誰も自分を見捨てないくらいの…『価値』が欲しかった。


親に捨てられ
妹も守れず
絆を信じられず

傷つくのが怖くて
人が怖くて


そんな弱虫でも、求めてくれる人がいると…信じていたかった…



「…泣いちゃだめだよ…」


みずかは、頭を抱きかかえてくれた。
細い腕…それでも、温かさは母親を思い出させてくれる。

「………」

…そうか…
これは、母さんの感触…


「泣かないで。ね?」
「みずか…うっ…」


ごめんな。
ごめんな…みんな…。


誰かに甘えるには
身を委ねるには
俺は、重すぎる。


そのことを、知ってしまった。


なのに…


「もういいよ。もういいんだよ」
「ううう…」
「ありがとう、こうへい」


なのに…


「もういいよ。…こうへいがわたしの気持ちを知ってくれて…それだけでもまんぞくだから…」


また、こいつにすがってしまうんだ…


俺は


「さ、かえろう」


結局…






「みさおちゃん…おこしちゃうよ…」







夕陽が水平線に隠れ、昼の残滓を放つ。
その最後の煌きが目を拒もうと、瞬きひとつ。


「…ね?」


霞んだ視界は、たちまち元通り。
それだけで、世界はこんなにも変わってしまう。


「…みさ…お…」



それこそ――鍵。



答えは
もう見つけたんだ。




「みさおっ!」


その名を口にしたのは、何年ぶりだろう。


「みさおっ!いるんなら開けてくれっ!」


どんどんどん


ドアを叩く。
廊下に反響する大声、構わず続ける。


「みさお!おにいちゃんだっ!開けてくれっ!」


記憶の森を懸命に探る。
たしか、ときどきこのドアが開かない時があったはずなんだ。


みさおのイタズラ?
――違う。

建付けが悪くて?
――違う。

ノブの回し方が?
――違う。


「教えてくれっ!みさおっ…」


夢中だった。
いつも夢中だった。

誰かのために…夢中になれた。
あいつの笑顔が見たくて…失いたくなくて…

いつだって、一生懸命だった頃。





「…おにい…ちゃん?」






息が詰まる。

俺が憶えていたよりもずっと、か細くて弱い声。
歳月は記憶さえ、曇らせてしまう。



「…そうだ…おにいさまのご到着だぞ」
「…ほんとに?」
「ああ…」


けれど
それでも居てくれたんだ。
決して、失われることはない。


「ほんとうにおにいちゃん?」
「本物だぞ。…カッコよくてスポーツマンで学年一の秀才の、自慢のおにいちゃんだぞ」
「うそだぁ。ニセモノだぁ」


2人で笑う。

嬉しくて、嬉しすぎて
涙が溢れてとまらない…


「…なあ、みさお。おねがいだから開けてくれよ」
「だーめ。ほんもののおにいちゃんに『しらない人が来てもあけるんじゃないぞ』って言われてるもん」



変わらないものがあったんだ。
壊れないものがあったんだ。

あの頃…


「だから、僕がおにいちゃんなんだって」
「じゃあ、合言葉憶えてる?」
「ああ。もちろん」


忘れるわけないさ。

目を閉じて、言葉を待つ。


「じゃあ言うよー。……『やま』!」


俺は…みさおのおにいちゃんなんだから。

ずっと…
いつまでも…


「のいの〜やきぶた〜♪」
「おにいちゃんだぁ!」


ドア越しに届いたみさおの笑い声。
心の空白が埋められてゆく――


「じゃあ、開け方を教えてあげるね」
「…ううん。いいよ、もう」


思い出したから。
なにもかも。


「引くんじゃなくて…押せばいいんだよな?」
「うん」




それはあっけないほど簡単で――




「ほんとうに…行くの?」



振りかえる。
涙を懸命に堪える、小さな少女がいた。


「このドアの向こうには…」




――途方もなく、困難。




「ああ。みさおはいないよ」



それが現実。
途端に、容赦ない時の流れに巻き込まれてしまうだろう。

夢の終わり――



「この先が出口かどうか。どこに着くのか、なにがあるのかも知らない」
「………」


日々が繰り返し。
傷つき
傷つけあい

たぶん、死ぬまで。


「それでも…」


置いてきぼりなんてまっぴらだ。
時計は進んでいる。



長森
七瀬
みさき先輩
住井…クラスのみんな
由紀子さん

椎名



待ってろよ。
すぐに、追いついてみせるからな。



「………」
「………」


重なる視線。
互いの瞳を合わせるのは、これが最初。

そして、最後。


「…元気でね」


笑顔。
みずかは笑ってくれた。
揺れる眼差しをで、いっしょうけんめい…


「…みずか…」


はなむけの微笑み。
俺が望めば、それに応えてくれる。
いつだって、そうだ。
こいつなりの優しさなんだろう。



だから…



受け入れるわけにはいかないんだ。





「なに突っ立ってるんだ。いくぞ、ほら」
「え?」



ポカンと俺を見つめるみずか。
有無を言わさず、抱きかかえる。


「わ、わわ〜!」
「こらっ!暴れるな!落っことしたらどうするんだ!」


小さな体で、精一杯の抵抗。
手足がぶつかって痛い。


「わたしは行かないよー!はなしてぇー!」
「バカを言うな。おまえ一人を置いていけるかっ!」


ひとりぼっちの辛さはよく知っている。

あのときは長森が――
今度は、俺の番。


「こわいよぉ!はなしてっ!ひとさらい〜!」
「コラっ!人聞きの悪いこと言うなっ!」


そして、左手でノブを掴み…
一呼吸。


「わたしがいなくなったら…このせかいがきえちゃうよ…」
「………」
「…それでもいいの?」
「………」


手もとのみずかに、諭すように答える。
いや、自分に言い聞かせる。


「安心しろ。この世界は消えたりしない」



忘れるわけないさ。





陽は沈んで――

次の朝までの

さようなら




「じゃ、行こうか」
「……うん」


もう抵抗はない。
肌越しに伝わる不安。


「大丈夫」


みんな、怖いんだ。
俺だけじゃない。





そして――



ドアが



開く…












永遠なんて、いらなかったんだ…



ただ


ただずっと…



キャラメルのおまけで



遊んでいられたら



楽しかったら



それだけで



満足だったのに…




(いまはちがうの?)



ああ


あれはもう…みさおのものだ。



(そうなんだ…)



うん。


他にも楽しいこといっぱいあるしな。



(いっぱいあるの?)



おう。



(たとえば?)



え?



うーん



うーん



うーん



…………



エロ本とか



(…なにそれ?)














サラサラサラ…


柔らかい風が
頬を撫でる――


「………」



抜けるような青空。
霞む雲。

果ての見えない…世界。



「………」


春風は止まず。



「…まだ…終わらないってか?」



ぼんやりと考える。
気だるい敗北感…

ゆっくりと身を起こす。
めまいがしそうだった。


「…ぅん?」


ようやく気づいた。
ここは…



「ここ……学校の裏山…か?」


見慣れたはずの場所。
どこにでもある風景。


「………」


汗ばむほどの陽気。
湿った土の匂い。


「………」


1度、目を閉じてみる。
大きく息を吐いて…


「やっぱり…そうか…」


跳ねるように立ちあがる。
そして、勢いのまま駆けて行く。

そよ風が肌に心地よい。
甘酸っぱい空気が、俺を包む。

「はあ はあ」

移り変わる世界――
木立から漏れる木漏れ日。
拓けた場所にでると、街を一望できる。



この風景が好きだった。



「………」



なんのことはない
気づかなかっただけだ。



世界って



こんなにキレイだったんだな――。








(そうだよ)







   <了>


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「こんばんはー、雀バル雀っす」
「アシスタントの『長森EDで窓から外を眺めている、青い髪のポニーテール少女です』はぁ…」
「どーしたポニ子?生理不順か?」
「ポニ子じゃないもん!…ついでに、おかげさまで生理も順調」
「ちぇ。せっかくカンパの用意してたのに」
「こうやって生活費を稼いでるわけね…」
「ふっふー。それだけじゃないぞ。実はな――」


(会話中)


「ええええええええええ!」
「おもいっきりわざとらしいぞ。その驚き方」
「でも、ほんとに」
「ああ、1周年記念にな」
「わーい♪小池がトレードに応じて来てくれたくらい嬉しい」
「ははは、これからは私のことダーリンと呼ぶっちゃね」
「うん♪(呼ばないけど)」
「…ということで、妊娠したこに…」
「それとこれとは別じゃい!」
「いいだろう、1回くらい」
「いやよ。1本でもニンジン、1回でもニンシンなんだから」
「あぅー。じゃあ資金が…」
「………」
「………」

「…腎臓でも売れば?」(ボソリ)
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/8321