door  投稿者:雀バル雀



永遠なんて、いらなかったんだ…



ただ


ただずっと…



キャラメルのおまけで



遊んでいられたら



楽しかったら



それだけで



満足だったのに…








    『door』





サラサラサラ…


柔らかい風が
草原を撫でる――


「………」



抜けるような青空。
霞む雲。

果ての見えない…世界。



「………」


春風は止まず。
時雨を忘れ。
木枯らしに憂うこともない…

夕日に刺されることも
夏日に焼かれることも
身を切り裂く寒風も
粉雪に濡れることもなく

ただ

――匂いを持った幻想


「………」


変わらぬ空の青。
繰り返す季節と風景。

夏祭りの帰り道
落ちない夕陽
溶けない雪

終わらない休日。


「…クソっ」


草を引き抜くと、遠くに投げ捨てる。
風に流され、緑の波へ消えて行く。


「ちくしょう…」


くやしかった。
情けなかった。


「ちくしょう!ちくしょうっ!」


手当たり次第に草を引き抜く。
土ぼこりが舞い、手を汚すが構わない。
感情に任せて、世界に噛み付く気持ちで――

ここを…否定したかった。
どこまでも弱い自分を…


「こうへい…」


背後からの呼びかけ。
――無視する。


「…ごめんね」


そよ風にかき消されそうなほどの、か細い声。
――無視する。


「…わたしが悪いのかな?」


小さな謝罪。
小さな痛み。

――無視する。


「…ごめんね…」


今は鎮痛な表情を浮かべているのだろう。
けれど、振り返れば笑顔に変わる。

そういう――存在なのだ。


「うっせぇ!どっか行け!」


介せず、続ける。
自動的な慰めなんかいらない。
例えば機械に「ありがとうございました」と言われて、感謝するバカがいないように。


「…ごめんね…」


微かだが、震えているのが分かる。
傷つけられれば、痛いのだろうに…
痛いだろうに…


「やめてやるよ」


不快だった。
母親の手など借りなくとも、自力で立ちあがれる――そう信じていたかった。


「…草が可哀想だ」
「………」


みずかは答えない。
俺も振りむかない。


…けど、分かってしまう。
背後から伝わる、少女の悲しみ。


誰かに甘えるには
身を委ねるには
俺は、重すぎる。


そのことを、知ってしまった。


なのに…


「…悪かったな…」
「ううん。いいんだよ、わたしは…」


こいつの優しさに甘えてしまう。
痛みを知りながら、傷つけてしまう。

絶対に裏切らない
永遠に消えない
どこまでも、俺の望むままに
汚れることもない

きれいで、純粋なまま


「………」
「こうへい、どこに行くの?」


答えない。
無言で行く。
風の吹く先へ――


「待ってよ」


わざとゆっくり歩く。

それでもみずかは、俺を追い越すこともなく
いつまでも、その小さな歩幅で、とたとたと追いかけて来る。


「………」


たっ

駆け出す。
全力で


「ま、待ってよー」



遠ざかる声。
――無視する。


「はあ はあ」


そよ風が肌に心地よい。
甘酸っぱい空気が、俺を包む。

――それを望んでいたはずだった…


「はあ はあ」


けれど


俺が目指すのは、青と緑の境。
空と大地を隔てる線。

遠く。
つまりは…果て。


「はあ はあ」


どれほど駆けても
近づけない。

気がつくと、足は痛み
肺が締め付けられ、動悸が苦しい。

変わらぬ優しい風景。
ある意味、悪夢だ。










「…はあ はあ」


抜けるような青。
どこまでも続く空。


「…はあ はあ」


ひんやりとした、大地の感触が嬉しい。
風が、疲れを癒してくれる。


「………」


不意に、景色がぼやける。
世界が歪む。


「…?」


瞬きひとつ
たちまち、元通り。


「………」


涙
それだけで、世界はこんなにも変わってしまう。


「…えらそうなこと言えないなぁ…」


答えは
もう見つけたんだ。


「…俺のほうが、ずっと泣き虫なんだよな」


あいつは
まるで昔の俺。

泣いて
泣けば
泣くしか

…知らなかった。


「………」


会いたかった。
目を閉じれば、はっきりと思い返せる――温もり、匂い。

初めて手に入れた、
自力でつかんだ、確かなもの。



「………」


もう1度。

もう1度行こう。

あの温もりを抱きに。



そして俺は
身を起こす――



「つかまえたっ」



背後から、柔らかい感触。



「やっと、つかまえたよ」


首を抱く、細い手。
肌から伝わる温もり。


――気持ちいい


「こうへい早いから、いなくなっちゃうかとおもったよ」
「………」
「こんどは、どこに行く?」


目を閉じて
手に触れる。

あの時と同じ――



「…違うな。こんなんじゃねぇよ」
「え?」


こいつなりの優しさなんだろう。
だから、受け入れるわけにはいかないんだ。


「冷たいんだよ。…雨に打たれたあいつは、冷たかった」
「………」


そう
冷たかった。
だからこそ、微かな温もりが…うれしかったんだ。


「………」


伝わる悲しみ。
心に触れる。


「…温度の問題じゃねぇよ」


冷えてゆく手を、ゆっくりと解く。
前に進むために…


「みんな違うんだよ。同じものなんてありはしない」
「………」


時計は進んでいる。
俺がこうして寝そべっている間にも――

長森
七瀬
みさき先輩
住井…クラスのみんな
由紀子さん

椎名


みんな、どんどん先にいっちまう。


「…ごめんなさい…」


さらに、か細い声。


「………」


泣いてくれるなら
詰ってくれるなら
どれほど気が休まるだろうに…


ぱん ぱん

草を払うと、ゆっくりと立ちあがる。


いつまでも
休んでいるわけには、いかないんだ。


「…どこに行くの?」
「さあな」


学校があるんだ。
ズル休みじゃ、あいつに示しがつかない。


「どこに行くの?わたしが連れていってあげるよ」
「………」


振り返らない。
近づこうとする気配を、声で制する。


「この世界が、終わるところだ」


残酷かもしれない。

けど
なにかを選ぶということは、なにかを捨てるということ。


「…この世界は終わらないよ」


嘘だ。
とっくに気づいてる。

強く、強く
ぎゅっと手を握る。


「…だって、もう…」


嘘だ。
『この世界』が終わっても
俺のいた世界は、閉じたりしない。
現実は――そんなに甘くも、優しくもない。


「終わったりしねぇよ」


あの日
あいつが教えてくれたんだ

本当の勇気ってやつを――


「決めるのは…俺だ」


言葉じゃない。
夢でもない。

それはあっけないほど簡単で
途方もなく、困難。


「冗談じゃねぇ」


歩き出す。
再び繰り返す風景。

どこまで進んでも
変わらない世界。

前に進んでいるのかどうかさえ、疑わしい。


「だからなんだ!」


振り絞る。
前に進むために、必死に――


「…こうへい…」


泣いているのだろうか?
それでも、俺は振り返るわけにはいかない。








ざざざ…
繰り返す、漣――


「………」


見覚えがある場所。
この風景が、好きだった。


「…みさお…」


潮の香りが、俺を思い出へと導く。
忘れ得ぬ過去――


「…もう来ないつもりだったのに…」


いまはただ、懐かしい。

海辺の病院。
自分、そしてみさおが生まれ…閉じた場所。


「…なるほど……な」


やっと分かった。


ここは始まり――そして、おしまい。
『えいえん』のおしまい。


「………」


ここから先は、知らない。
目の前に広がる…どこまでも広がる海原が答え。


無言で…
砂浜にしゃがみこむ。


「………」


どこまでも続くと思っていた。
何日…
何年…

でも、過ぎてみれば


「…たった、これだけかよ…」


17年――
短いなんて、思えない。

なのに

俺を繋ぎ止めていた
俺が望んだ安住の世界は、こんなに狭かったんだ…


「ハハハ…」


笑うしかない。

情けなくて
悲しくて


「なにが永遠だ」


なにより、可笑しかった。
嬉しかった。



「…しょーもねぇ」


ガキの頃なら
これでも、無限に広く思えたんだろう。


「さーて、帰るか」


立ちあがる。
場所は分かった。


夕陽を受けて、赤く染まった建物。
あの病院へ












こつこつ

無人の病院は、不気味だ。
けど、その不安こそ…確か。


「………」


安息の世界。
自分の望みどおりに、全てが動く場所


なら
どうして、こんなものが残ってるんだ?


「…この先だよな」


案外、忘れているようだ。
何度も通った場所なのに、迷う。

記憶というものは、あてにならない。



「………」



背が伸びただけで
世界は、こんなにも違って見えるらしい。

過去の風景と
現在の視界

違和感を伴いながら、重なってゆく。


――胸が締め付けられるようで、痛い。



「…でもな」


それこそ答えだ。

ずっと避けてきた痛み。
拒み続けた現実。


「…しょうがねぇんだよ…」


つらかった。
理不尽だと思ってた。
『どうして自分だけ、こんな目に』と嘆いてた。


コツコツ

階段を上る。
ここを昇って、右に曲がればすぐだ。


「………」


窓から差し込む、強い日差し。
目に痛かった。


「………」


震え出す…
こらえるだけで、せいいっぱい。


無人の床が、夕陽に映えて赤く染まる。
静寂。
遠くの波の音が、微かに響くだけ。



「………」


壁にはラクガキ。

あの頃の…まま…


「………」


夢にさえ見ることのなかった風景。

なのに
全て…憶えている…



そして




「…こうへい…」



夕陽を背負い
白い服の少女が



「…ここにきちゃ…だめだよ」



そこにいた。



(後編へ)
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/8321