お元気ですか?  投稿者:雀バル雀



    「お元気ですか?」






『 柚木詩子様

 風薫る季節となりました。いかがお過ごしですか?

 便りが無いのは元気な知らせとも申しますし、快活なあなたのことです、
 仕事に趣味にそして恋愛と、きっと忙しいのでしょうね。

 でも、時々はお返事くださいね 』






 …………

 返事?
 なにを書いて欲しいの?


 そういや言ったね
 「必ず返事書くね」って

 今考えたら、あの見送りの時以来、もう5年も会ってないんだね。
 昔は茜の声を聞かなかった日なんて無かったのにね






 『さて、私たちは縁あって交際を続けておりましたが、
  この度婚約の運びとなりました。
 
  不思議なものですね。
 
  浩平と出会えたこと、
  卒業してから5年間、お互い離れていながらも関係を保ち続けることができたこと。
 
  浩平はあなたもご存知の通り、ああいう人ですから、ここまで紆余曲折も多々ありました
 
  ほんとうにくだらないことで喧嘩したり、
  逆に私のせいで彼を傷つけたり、
  そのたびに「大丈夫よ」というあなたの手紙を心の支えとして頑張ってきました。信じ続けてきました。
 
  人生に迷ったときも、
  仕事に疲れたときもいつも… 

  あの手紙は、私の大切な宝物です。』


 
 そうなんだ。よかったね。
 二人ともおめでとう。
 
 
 ………

 あんなのでいいんなら、また書いてあげるよ。
 だから、がんばって幸せな家庭を築いてね。

 
 


 がんばってね。
 壊れるなんて簡単なんだからさ。





 父が事故に遭ってから数年…。
 
 障害で半身不随になった父の面倒はあたしの役目。
 父が職場を追われて母の収入に頼るしかなかったんだ。 
 
 いくら働いても貯金は減ってゆく。
 日に日にやつれてゆく母
 父方の親戚からの責め 

 なにか世話をするたび、父はあたしたちに謝った。
 上手く動かない唇で…ごめん、ごめんって…
 奔放なあたしを厳しく叱りつけたあの父が…娘の前で大声で泣いた

 
 それでもあたしは…あたしたちは必死だった。
 「大丈夫」そう互いを励ましあって…
 たった3人だけの家族だったから

 介護と学校の両立なんてどだい無理だった。
 短大を辞めて就職した会社…悲しくなるくらいダサイ制服で…

 
 
 そのころだったよね
 東京に引っ越して行った茜から、あの手紙が送られてきたのは


 もう手元には残ってないから憶えてないけど…
 たしか、九州の浩平君の大学に遊びに行こうだったっけ?
 それとも、東京に遊びにこない?だったかな…

 
 分るんだよね、付き合いが長いからさ 
 幼なじみだし、ね。
 
 

 でも、あたしはもう道化はごめんだった…
 疲れるんだよ





 茜はすぐ誰かに頼ろうとする
 
 
 自信が無いのは分るよ。
 会えなくて心細いのも分るよ。
 喧嘩した後の気まずい雰囲気も分るよ

 
 あたしは自分のことで精一杯だったんだ。
 
 それを茜が知らないのは当然だ。
 むこうは東京だし、
 幼なじみとはいえ、それは個人の付き合いだったから、むこうの親御さんも知らないだろう。
 なにより、あたし自身知られたくなかった。

 
 けど、本当は知って欲しかった。
 助けて欲しかった。
 気付いて欲しかった。


 だから返事を書いたんだ。
 「大丈夫」って、自分にも言い聞かせながら書いたんだ。
 気付いてくれるかも知れない、とそれを臭わせる文面もワザと残した気もする。


 ……………
 
 返事は燃やしたよ。
 
 茜の愚痴なんて読みたくなかったから。
 浩平くんが浮気してるんじゃないか?とか気持ちがわからないとか…
 そんな下らないことでよくもまぁ、あんなに悩めるもんだ。

 
 茜は茜で辛かったんだと思う。
 また浩平君と離れてしまって、不安だったのも今なら分るよ。
 他の誰か…側にいる、自分を甘えさせてくれる誰かを欲しがるのも分るよ。


 だから、気付いて欲しかった。
 あたしだって泣くことがあるんだって、知って欲しかった。
 甘えたい時だってあるんだって、知って欲しかった。
 茜とおんなじなんだよ…あたしだって…
 


 どうして分らないの!、付き合いが長いのに… 
 幼なじみなのに…



 あたしには…茜しか…いないのに…






 あたしは茜のことが好き。
 
 
 けど、「大丈夫です」とか言いながら、ちっとも大丈夫じゃない表情を浮かべる茜は大ッ嫌いだった。 

 
 茜は知っていたんだ。
 悲劇のヒロインを演じていれば、誰かが助けに来てくれることを…
 かわいい子だったもんね、子供の頃からさ。


 そして、あたしはいつも笑ってなきゃいけないの。
 あたしは悩みなーんてこれっぽっちも無い詩子ちゃんでなきゃいけなかったの。
 茜は「かわいそうな子」なんだからさ、側のあたしは明るい親友でなきゃいけなかったの。
 
 高校の“あの時”だって…
 あたしが1年間ずっと側で支えてたことも、簡単に忘れてしまった
 
 それでもよかったんだ。
 



 親友だからね
 



  
 今も、そしてこれからも… 
 


 
 傷ついてない子なんていない。
 みんな辛いけどさ、
 だから痛い時は「痛い」って言ってもいいんだよ。
 言わなきゃいけないんだよ

  
 
 けど…どうしても言えない。
 茜を傷つけたくはないから


 茜が好きだからね。
 親友だからね。 



 『来る6月7日(土)、青山の○○教会で式を挙行します。
  参列は二人の家族と他の数名のみのささやかなものです。
  
  つきましては、親友であるあなたには是非参列していただきたく、
  こうして筆をとった次第です。
  
  卒業以来、ご無沙汰しがちでしたが、
  この機会に3人で旧交を暖めて、あの懐かしい日々を共に振り返りませんか?
  
  切符、宿は全てこちらで手配します。
  
  ご多忙中でしょうが、参列してくれたら、と、二人からお願い申し上げます。


  変わらぬ友情を

      里村 茜                   』 




………

幼なじみだし、ね。

親友だし。


  




一度くらいはいいだろう

家族を捨てて

気晴らしに東京に行くのも悪くない

そのくらいは…ね。





友人からスーツを借りて。
普段は絶対につけないようなルージュをつけて




とびっきりの詩子ちゃんスマイルで祝福してやろう。






大丈夫

化粧すれば大丈夫



きっと、笑えるから









さーて、返事を書かなきゃね








『拝啓、里村茜様。お元気ですか?
  
     あたしは元気です。  』



 


 〈了〉
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どうも!おひさしぶりの投稿です。
ケット・シーさんのSS読んで、何故か思い付いた作品です(笑)

感想&あとがきSSは次にね

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/8321