ヒロイン 4話 投稿者: 雀バル雀
昔…この街には一匹の捨て猫がいました。

幸せに暮らしていたこの猫は、ある日突然家族を失い、見ず知らずのこの街に棄てられてしまったのです。

…猫は悲しみました…

『自分は世界一不幸な猫なんだ』って、ずっと泣き続けました。

猫を見た通行人はみんなこう言いました

『可哀相な猫だね』って。

でも、誰も拾ってはくれませんでした。

…泣いても泣いても…

猫は一人ぼっち

そんなある日

一人の女の子が猫を見てこう言いました

『わあ、汚い猫だよ』って。

猫はショックを受けました。

猫は自分は『可愛いくて、血統も良い世界一の猫』だと思ってましたから…

だけど猫が自分の姿を見て…そして納得。

だって…ホントに汚かったから

女の子はただ正直に言っただけななのです。

そして女の子は猫を家に連れて帰ると、ごしごし洗いました。

すると

なんと…汚れの落ちた猫はビックリするくらい品のある猫だったのです。

女の子はその猫を気に入って飼う事にしました。

今でもその猫は女の子と仲良く暮らしてるそうです。

………

女の子は異常なくらい猫好きでしたから、それほどのことではなかったのかもしれません

けど、拾われた猫は女の子にどれほど感謝してもしきれない程でした

だから

その猫は困っている他の猫を見るとどうしてもほおってって置けなかったのです

   『ヒロイン』 第4話             

あの人は王子様だった。
学校というお城の素敵な王子様。どれほどの娘が彼に憧れていたことだろう。
だから、あの人と関係が持てたことはあたしの誇りだったんだ。

…たとえそれが遊びでも…別に良かったんだ…

ずっと続くと思ってた…
でも、壊れるのは一瞬だった。

「欲望の捌け口。便所みたいなもん」

あの人の口からそんな言葉が出るなんて最初信じられなかった。
それくらいあたしの前では優しかった。
…この言葉を偶然耳にした時から、全ては壊れていったの…

恥ずかしくて…情けなくて…どうしようもなかった。

「あたしはみんなとは違う。特別な女の子なんだ」

なんて傲慢な女だろう。
お姫様気取りも魔法が消えたらソープ嬢以下だもんね。

どんな顔でこれから学校に行けばいいんだろう?
きっと知らないのはあたしだけで、みんな…

それからは毎日地獄だった。

全ての笑顔は私への憐蔑に見えた。
全ての笑い声は私への嘲りに聞こえた。

自信も消えた。

なにも出来ない…そんな気がしてた。

ソフト部のエースでキャプテン。

当然だと思ってた。

だって、あたしなんだから…

でも

…ストライクが入らない。
打てる気が全然しない。

気がついたら、あたしはチームのお荷物だった。

あたしが投げるから勝つんだって思ってた。
あたしが打つから勝つんだと思ってた。

…………

だから

チームが優勝した時

ガラスの靴は

粉々に砕けてしまった。

残ったのは

“なんでもない存在”のあたしだけ

夢のお城から追い出されたお姫様は…唯の女の子。

なにも…できやしないんだ。


女の子はいつまでも夢を見ているわけにはいかない。

そのことに気付かなかったのはあたしの罪だ。


けど…

この仕打ちは

残酷すぎるよ。


「死のう…もう…いいや…」

本気だった…。もうあたしの居場所なんて無いんだから。
別にあたしが死んでも誰も悲しまないだろうし。

だから、悲しんで欲しかった。
あの人に…悔やんで欲しかった。

がちがちがち…ばきん!

数年前の自殺騒動以来、封印されていた屋上の扉。
その封印を…何重も捲かれたハリガネを鋏で立ち切る。

もっともセンセーショナルな死に方を考え付いた。
授業中に屋上から飛び降り自殺。…もちろん遺書は残さない。

動機不明のまま…おそらくは適当な理屈をつけて事件は幕を閉じる。
皆しばらくすれば、あたしのことなんて忘れてしまう。
…好都合だ。

けど、あの人は忘れないだろう。
自分のせいで人一人が死んだのだから。

バン!

重い扉を開く…

そこであたしは……

……



     *

ピピピピピピピ…


体が重い…なにも考えたくない。


ピピピピピピピ…


うるさい目覚まし


ピピピピピピピ…


黙れ!…あたしは眠いんだ


ピピピピピピピ…


………


ピピピピピピピ…


…うるさい!脳天唐竹割!!


ばきぃ!


「ぎゃああああああ!!!」

手、手がぁ!!


ピピピピピピピ…


…………

…クソッ!

「負けたわよ…さすがはあたしの目覚ましだ」


かちゃ

「………」

なんで…今日は休日なのに目覚ましなんか。
髪をかきあげながら考える。今日は…

「…試合…今日だったけ」

…………
起きなきゃよかった。

あの日…あの事件が起きて以来、あたしはケムマキと口をきいていない。
マネージャーの責務だって放っぽりだして…

「今さら…だよね」

ベットに仰向けに倒れる。

「!」

視界が覆われて真っ暗に…髪の毛だ。
長さだけが自慢のあたしの相棒。

一房掬ってみる。
里村さんのようにクセもなければ、長森さんのように艶があるわけでもなし。
川名先輩とは比べるまでもない。

そっけなくて…ただ長さだけが自慢の…

「あたしには…ぴったしだね」

摘まんで左右に揺らすと、あたしの問いかけに頷くかのようにふるふる揺れる。

「あんたのおかげで、あたしは折原くんと出会えた」

ふるふる

「あんたがいる限り、あたしはポニ子でいられる。折原くんがあたしを呼んでくれる」

ふるふる

「………」

ふるふる

「…今日…サボってもいいよね?」

はらり

相棒が指先でバラけて元の位置に帰って行く。
そのゆったりとした動きを、あたしはなんとなく見てた。

「…正直なヤツ」

行こう。
どんなことがあるにせよ、このままケムマキと絶交してしまうのだけはイヤだった。

「…理由だけでも聞きたいからね」

折原くんの次に好きな人はできるかもしれない。
いや、できるだろう。

友達も、恋人も…家族だって作ろうと思えば作れる。

けど、幼なじみは絶対にムリだ。

あたしの…たった一人の幼なじみ。

    *

夕暮れの公園
そこは、さみしいというよりも切ない。

「…………」
「…………」

あたしよりも背の低い少年が前を行く。
そのあとをついて行くあたし。

二人とも…無言だ。

その小さな背中を見てると、まるで責められてるようで…

準優勝。
立派と言わねばなるまい。
だが、“おめでとう”なんて言えない。

今日のケムマキの動きは素人のあたしから見てもぜんぜんキレがなかった。
決勝までこれたのはみんなの頑張りの結果だ。
2-3で敗れたものの、みんなの顔に口惜しさの色はなかった。全力を出しきった者特有の清々しい笑顔を浮かべて…あたしにまで礼を言ってくれた。
ただ…大将戦で敗れたケムマキだけ、トイレに行ったっきり1時間戻らなかった。

謝らなきゃいけないのは分かってる。
でもコイツを許せない自分もいる。

はっきりさせたかった
理由を聞いて、そして…

「ごめんな、ポニ子」

でも、先に口を開いたのはコイツ。
今のあたしじゃ…勝てないな。

「なんであんたが謝んのよ。…謝らなきゃならないのは…」
「俺だよ。…約束、守れなかった」
「…………」

やっぱ、こいつバカだ。

「お前にきっかけを与えてやりたかったんだ。…俺の憧れてたお前にさ」
「…………」

どうしようもない…バカだ。

「他校の連中口惜しがってたぜ、『なんでお前らんとこあんな美人のマネージャーがいるんだ?空手部だぞ』って。試合に負けて勝負に勝ったってとこだな。あははは!」
「…………」


…やめてよ


「会場でも目立ってたなぁ。…だから自信持てよ、お前はホントは…」

「汗臭い連中ばっかだったからでしょ?掃き溜めの鶴も、群れに戻れば唯の鶴よ」

「・…………」


…やめてよ
…応援なんかしないでよ。

そんなことされたら…みじめじゃないの。


「勝手に期待して…勝手に失望して…なんなのよ!」

「…………」

あたしは自分が大嫌いなの
反吐がでそうなくらいキライなの。

痛いほど自分のことを知ってるんだよ。

今だって…
謝らなきゃって思いながらあんたにあたり散らしてる

最低よ…

「あたしはね。あんたが思ってるような…あんたが期待してるような人間じゃないんだよ!…変わったんだよ!あんたがこの街から離れてる間にね!」

「…………」

もし…あの頃あんたがいてくれたら
あたしは…

「確かに小さい頃からあたしはなんでも出来た。みんなから可愛がられて…みんなから誉められて…この世界にあたしにできないことなんてない!って信じてた」

そう…12時の鐘が鳴るまでは

「調子に乗って!いい気になって…男の子にもちやほやされて、勉強やスポーツだって誰よりも出来た…あの頃はお姫様だったよ…幸せだった、こんな生活が永遠に続くって信じてた」

「…………」

けど…永遠なんてなかったんだ。

「でもね、魔法は簡単に解けた…。残酷だったよ、それからは…もう2度と思い出したくないような時間だった…折原くんがいてくれたからあたしは…」

そう、折原くんがいてくれた。
折原くんが助けてくれた。

「ポニ子…お前やっぱりあいつのことが」

「…………」

夕日が目に痛かった。
涙が零れそうで…こんなのあたしには似合わないのに…

「…知ってたよ…お前が折原のこと好きだってことはな」

「…………」

けど、ケムマキはあたしから決して目を逸らさない。
視線が…痛い。


「ずっと前から気付いてたよ。…だから、あいつが長森さんに告白したって聞いて…けど、お前は強かったよ。くすんでたお前が少しだけ輝いて見えた」


…違う
それは違うよ
開き直ってただけで…なにも…
だってまだ…

「嬉しかったよ…あいつのせいでポニ子がこんなになっちまってたんなら、きっとふっきれたんだろうって。ポニ子はあんなに苦しんだんだからな…けど!」

ケムマキは一旦そこで言葉を切ると、吐き捨てるようにこう言い放った。

「けどな!あいつは最低のヤツだった!お前が苦しむほど好きだったあいつは、最低の男だったんだよ!」

「な、なによそれ?なんなのよ?」

体が震え出す。
怒りと悲しみがごちゃまぜになったようなイヤな感情が、心の奥底からどんどん溢れ出すのを感じた。

最低…

最低ってどういうこと…

「…知りたいのか?」

疑問はそこにあった。
ケムマキのことは誰よりも知ってるつもりだ。コイツはバカだけど絶対に嘘はつかない。

だから…訊けなかったんだ。

「ホントに知りたいのか?」

訊くのが怖い。
折原くんのことを信じていたいから。
あの頃の彼と変わらないって信じていたかったから。

でも
聞けばきっと…それが真実になってしまう。

「……て」

それなのに

「聞かせてよ…」

ケムマキは無言でうなずくと、静かに語り始めた。


  *

ピピピピピピピ…

目覚まし…

朝か…


かちゃ

スイッチを切ってベッドから体を起こす。

最近では珍しいくらい爽やかな朝。
やわらかな日差しが起き掛けの肌には心地よい。

シャッ!

カーテンを閉じる。

「雨が降ってくれたらよかったのに」

黒い
憎悪にも似た何かを心の底に感じる。

あの頃が戻ってきたようだ。

乱暴な動作で髪を結う…が、上手く結えない。

「ああああ!もーぅ!」

髪を引き千切ってやりたい衝動が何度も襲ってくる。

そうしよう
今度の週末にでも切ってやる

手馴れてるの朝の身支度も、いつもの倍かかった。

「いってきます」

朝食なんかいらない。
家族に顔を見せるなんてとても…

冷静でいられる自信なんてないよ。

       *

    
 
時間は容赦なく過ぎて行く。

同じ時にあたしはいない…惰性で歩んで行く。

今日は何日だっけ?


「おはよ、ポニ子」
「おはよう、七瀬さん」

2流の失恋物語に浸ってるヒマなんかない。


「おはようございます」
「里村さん、おはよう」


そこまであたしはヒマじゃない。
二度と来ない高校生活だから。


「おはよ、ポニ子」
「広瀬…うん、おはよ」


あたしの日常。
あたしの普通。
それだって物語の一部なんだ。

なのに

「ポニ子、おはよう」
「よ!」

折原くんと長森さんが仲良く登校。
最近よりを戻したらしい、以前より仲が良くなったとのもっぱらの評判だ。

よくもまぁ…手なんぞ繋いで。

輝くようなまぶしい笑顔を浮かべて

だから、それを見た時。

「二人ともおはよう。相変わらず仲がいいね」

めちゃくちゃにしてやりたくなった。

     *

ちらりと後ろを振り返る。
教室の一番遠い場所…左最後部。

折原くんが長森さんと談笑しながらお食事中。

なにがそんなにおかしいのだろうかと思えるほど良く笑う。

    
…胸がちくちく痛む…

あたし…イヤ女だな。

視線を机に戻す。
広げられたノートは真っ白。
英語の予習なんてとてもやれる気分じゃない。

…ケムマキも来ない。
広瀬も来ない。

ホントにあの頃に戻った気がする。

あはははは!

笑い声。
でも振り向いたりしない。

…いらつく

何故笑っていられるのよ!?
あんたバカじゃないの

裏切られたんだよ。

ふと、人の気配を感じて顔を上げると、そこには里村さんがいた。

「…これ」

差し出されたのは彼女の英語のノート。
小さくて読みにくい文字だが丁寧にまとめられている。

「あ、ありがとう」
「…いいえ…」

単なる親切心からではない。
あたしが答えられなければ、里村さんも困るのだ。

…結局、あたしは迷惑をかけてばかり。

なんだか、泣きたくなってきた。

    *

今、彼女が一人になる機会なんてそうそうあるわけではない。
最近じゃあ…まあ、あれでも遠慮してるつもりだろうけど、いつもベタベタくっついてる。


いつものように風が舞う。
たとえ晴天でも、屋上はやはり寒い。

今日は運が良かった。
珍しく川名先輩もいない。

「ポニ子…用ってなに?」

特に不安の色は感じられない。
あたしは心臓がドキドキいってるのに…

ま、それもあたしが真実を告げるまでだ。

最悪の事態はまだ訪れていないようね。
強姦されかけてもこんなふうにヘラヘラ笑っていられるとしたら、そいつは唯のバカだ。

だが、たとえ未遂に終わったとしても、折原くんが彼女にしようとしてる罪が消えるワケでもない。
そして、あたしはそれを許す気もさらさらなかった。

折原くんがやろうとしてること、それは“あの人”があたしにした仕打ちとなにも変わらない。

ぞろり
心の底の黒い塊が動いたのを感じた。

「長森さん、あなたクリスマスイブの夜…ずっと駅前の時計塔の前で立ってたよね?」
「え?……」

一瞬にして彼女の顔から笑顔が消える。

「あたしと別れてからずっとあそこで折原くん待ってたんでしょ?…偶然だったけど、帰りに見かけたよ」
「あ…あの日は浩平、急に熱発で…」

びゅうううううう!!

突風が彼女のヘタクソな嘘をかき消す。
ぞくり
背中を冷たいものが駆け抜けた。

「あたし偶然聞いちゃったんだけどさぁ…折原くん、へんな噂があるんだよね」

わざと明るい声で追い討ちをかける。
もう、止まらない。

「ウチの生徒や他校の男子生徒にね、『2万でどうだ?』って声かけて周ってたそうなのよ」

「………」

顔面蒼白…この手の話題に疎そうなわりには勘の良い子ねぇ。
わざとぼかして話してるってのに…

………

…まさか…この子


「この意味分かる?」

「………」


…まさか…

知ってたの…

知ってて付き合ってるワケ?


「…ねえ、長森さん…これは忠告なんだけど」

「やめて!」


風が止んだ。
一瞬時間が止まったような気がした。


「…まさか…長森さん…あなた…」
「あ、あれは終わったことだから…浩平とちゃんと話したことだから」


笑顔をこちらに向ける。
けど、その表情にいつものまぶしさは感じられない。

………

ヒロインの条件、付け加えることにしよう。
それはバカであること…
男にどんな目に遭わされても、笑って傅いてるようなバカ女…

「ちょっと待ちなさい…あんた何考えてるのよ!?」

意識せずに声が震える。

自分を売った男と一緒にいるって神経からして信じられないのに…

「ホントにもう終わったことなんだよ。浩平、ちゃんとわたしを助けて…」

パシーン!

「きゃああ!」

張られた勢いでよろめく彼女。

…これでも手加減してあげたつもりだ。頬は跡が残るから…
でなかったら殴ってた。

「…『助けた』?」

負けたよ…
あたしにはムリだ。
ここまでは…やれないよ。

「…あんた…バカじゃないの?」

とっくに12時の鐘は鳴ってるのに。
まだ、まだ夢から覚めないの?

「…長森さん…あたしあんたに憧れてた…でも今は違う」

軽蔑するよ。

頬抑えてじっと俯いてる。
よく見ると微かに肩が震えている

…泣けばいい
お姫様の涙は真珠のように美しく高価だそううだから、同情だって買えるはず。

「そこまでして捨てられたくないワケね。男に傅いてさぞ満足でしょうね」

でも、今のあんたはもうお姫様じゃない。

あたしと同じだよ。

「そりゃ折原くんも喜ぶわ。何をしても許されるんだから理想の…」


パン!


一瞬…なにが起きたのか分からなかった。
乾いた音だけが耳に残ってる。

……

…はじめて見た。
あの長森瑞佳が怒ってる。

唖然とするあたしを、涙に濡れたその目できっと睨みつけて…
そしてすぐに目を逸らすと、あたしの右脇を早足で駆けて行った。

びゅうううううう!

風で舞った髪が頬に触れる。
それでもあたしは、しばらくの間1歩も動けなかった。

「あたしは手加減してあげたのに…」

やけに…頬が痛む。

     *

どさっ

ベッドに仰向けに倒れこむ。
腫れてるわけでもないのに…まだ頬が痛い。

目を閉じると…あの光景がはっきりと浮かぶ。

目を手の甲で覆う。さらに訪れる暗闇。

だけど…

「………」

(何故自分はあんなことを言ったの?)

「伝えなきゃならないと思ったから…誰も長森さんに真実を告げようとはしない。それじゃあ彼女が…」

(でも忠告は無駄だった…最悪の事態こそ免れたものの、彼女は裏切られ、傷ついた)

「うん」

(でも、それを受けてなお彼女は折原くんを許した)

「…うん」

(それは彼を信じてたから?)

「………」

(それを受けてなお、折原くんが信じるに足る人間だと分かってた。…彼の弱さも醜さも全部受け入れて)

「…あたしは…長森さんが自分をごまかして演じてるだけだと思ってた…」

(それはあたしのほうだ…)

「折原くんとの関係を断ち切りたくないから…だと思ってた」

(それもあたし…)

「…………」

そうか…

勝手に長森さんと昔の自分を重ねて見てただけなんだ。

…胸がちくちく痛む…

………

…それだけじゃない

引きずり落したかったんだ

かつてのあたしのように…

長森さんを



「…………」

視界を開くと、真っ白な天井が見えた。


ふっ
ため息1つ。


「あたし…イヤ女だな」

       *

屋上…この師走にこんなとこまで来る酔狂なもの好きなんていないだろう。

びゅううううう!!

風が痛い。
重そうな灰色の空の下、身を切るような寒風。

それもまた…心地よい。

春の柔らかい日差しよりも、夏の輝きよりも、秋の時雨よりも、冬の粉雪よりも…

別にやせ我慢してるワケじゃない。
今のあたしにはこの寒空が一番合うのだ。

「雪が降ってなくてよかった…」

だって、雪は柔らかくて優しすぎて…
あたしを受けとめてしまいそうだから

バタバタバタ

「あぎゃああああ!!」

厳粛な儀式の余韻に浸ってるあたしは無理やり現実に引き戻された。
風でなびくポニーテールが顔面をしこたま打ちつける。

バタバタバタ

がしっ

「ぐわぁ! はあ はあ…」

やっと捕まえた。
まるで意志を持ったように風でバタバタなびく相棒。
…コイツとも長い付き合いだな。
あたしの全てを知ってるはずのコイツ、あたしのトレードマーク。

「…………」

良い機会だ。
遺言代りにコイツを置いてゆこう。

左手でポニーテールの根元を掴んで、そしてゆっくりと鋏を近づけて行く。

………

…怖い

けど…

目を瞑って

一思いに!

「誰かと思えばポニ子じゃねぇか?なにやってんだ?」

クスクスと笑い声。

…見られた。

振りかえってみると、そこには一人の男子生徒。
どこにでもいそうで、どこにもいなさそうなヤツ。
折原浩平…クラス1の変人がそこにいた。

「…ポニ子じゃないもん!」

『ポニ子』…幼なじみのケムマキがつけた安直なニックネーム。
幼稚園の頃にこの髪型にした時につけられた、センスのかけらもないその呼び名。
…さすがにもう慣れたけど、親しくも無い相手にそう呼ばれると腹が立つ。

「えっと…長祖加部元子だったっけ?」
「違うわい!…クラスメートの名前くらい憶えときなさいよ」

…どっからきたのよ、その名は!?

「…もういいよ、折原くんの好きに呼べばいい」

そう
もうどうでもいいんだ…

ふと、気付く。
折原くんの視線の先…あたしの頭上。

「扉が開いてたんで覗いて見たんだけど…わざわざ屋上で散髪か?」

…今更引っ込めるワケにもいかない。
半分パニクってる頭で必死に言い訳を考える。

「もしかして断髪式?その立派なマゲを落して普通の少女として生きて行く決意を…」
「これのどこがマゲよ!?あたしは力士かぁ!?」

だめだ…
完全にヤツのペース。
『Mr.ゴーイングマイウェイ』の異名はダテじゃない。

でも…断髪式というのは間違いない。

「ふむ…断髪式には介添え人が付き物だ。よし、『袖触れ合うも何かの縁』。俺が買って出よう」

こらこら…人の話聞けっつーの。

………
しかし…それもいいかもしれない。

…あたしには、自分で切れる自信なんてないから…

  ・
  ・

ちょきちょき

意味もなく鋏を鳴らす音。
やめて欲しい。

「…言っとくけどねぇ…ヘンなふうに切らないでよ」
「安心しろ。俺はこう見えても床屋志望なんだ」

嬉しそうな声。
…人選を誤ったかも

「しかし、立派なマゲよだなぁ。ホラ、こうすれば大銀杏…」
「人の髪で遊ぶなぁ!」

………
早く切って…
そしてここからさっさと立ち去って欲しい

でないと…

「じゃあいくぞ…後悔するなよ?」
「ええ」

早く…

「ホントにいくぞ?」
「ええ」

早く

「ホントのホントにいくぞ?」
「早くやってよ!あたしだって一角の女よ!覚悟くらいできてるわよ」
「…じゃあ行くぞ」

…………

早く

…………

早く

…………

…………

…………

「やめッ!…」


じゃきん!


…………

たかが鋏の音のクセにやけに響いたのは気のせいだろうか?

…………

…これで…

…これでほんとになんにも…なんにもなくなっちゃったよ…

「…うっ…ううううううう…」

涙が止まらない。
鼻血と涙だけは人前で見せたことなかったのに…

だって…かっこわるいから…

「…うっ…ううううう…ううううう…」

ごめん

ごめんね

ごめんね…あたしの…

「…泣くくらいなら切るなんて言うなよ」

そうだね

その通りだよ

…でもさ

ホントに大切なものって…なくなってみないと…

「ほらよ」

ぱさぁ

肩に何かが触れる感触…

いつもと…おんなじ…あの感触だ。

「安心しろ。まだ切っちゃいないぞ」

………

ごめん

「立派なマゲだ。大銀杏だって結えるぞ」

………

………

「…うっ…うううううう…」

涙が…

涙が止まんない…

「泣くなって言ってる……って!おい!!」

躊躇なんかできなかった。

ただ…

「うっ…うわああああああんん!!」

ただ…

「分かった分かった。分かったからもう泣くな、な?」

泣きたかった…

    *

「………」

枕を見れば分かる…涙の跡。

「…あの時の…夢か」

泣くときは様々な感情で…

嬉しかった時
バカ笑いした時
怒った時
悲しかった時

でも流れるのは同じ涙だ。

鏡を見てみる。
目が真っ赤…
折角の美少女が台無しだ。

目元に少しだけ残った涙の雫。

昨日の長森さんを思い出す

「ホントに好きなんだね」

だから、許せた。
だから、許せなかったんだ。

髪を両手でたくし上げる。
それはいつもの朝の儀式のはじまり。

…そう
あたしと折原くんの結びつきはこれだけだ。

彼にとってはたいしたことでもなかっただろう。
でも、あたしにとっては…十分すぎる出来事だったんだ…

だからまだ…あたしは…

「折原くんが…好き」

    *

時間は容赦なく過ぎて行く。

同じ時にあたしはいない…惰性ででも歩んで行く。

高校生活は、永遠に続くわけじゃないのだから…


「ほーぁたぁ!奥義『鳳凰の舞い』!」

「マジメにやらんかぁ!」

ばきぃ!

「うぎゃあああ!!…な、なにすんだよ、ポニ子!?」
「なに遊んでんのよ?こんなんだから肝心の試合でコケたりすんのよ」
「んだとぅ!これはだなぁ、打倒コブラ会の為にミヤギさんから伝授してもらった…」
「ハイハイ馬鹿はそのくらいにして、じゃあ3セット5分、いくわよ?」
「仕切んなよなぁ。だいたいマネージャーは前回の大会までって…」
「へ・ん・じ・は?」
「…うぃーす」

「ははは!主将もポニ子さんには勝てませんね」

「うるせっ、いくぞ!」

「押忍」


時間は容赦なく過ぎて行く。

二度と来ない高校生活

それは間違いなく事実で…

「なにやってんだろ…あたし」

2年も終わる…
あと1年だってすぐ…

…少しだけ変わった。
いろんなことがあって、いろいろ変わった。

折原くんと長森さんはますます仲睦まじい。

ケムマキは少しだけ背が伸びたような気もする。

七瀬さんと広瀬はますます元気で

里村さんの表情は少しだけど柔らかくなったような気もする。

あたしは空手部の正式なマネージャーになった。

………

けど…

あいかわらず変わらないものも多い

折原くんと長森さんは恋人になっても幼なじみの気さくさを捨ててない。

ケムマキはやっぱりチビで。

広瀬は七瀬さんとケンカをやめないし…。ま、あれは友情の証かもしれないけど。

里村さんはそれでもやっぱり無愛想だ。

あたしは…“なんでもない存在”のままで…

長森さんとも…あれから一度も口を利いていない。

……

そして…折原くんも、『あの顔』を止めない。

……

このまま…卒業してしまうのだろうか?

「止め!」

「時間か?…じゃあ今日はこれにて終了。礼!」

「押忍!!」


「ホラ、タオル」
「押忍!ポニ子サンキュー」
「ど?調子のほうは?」
「まあ、優秀なマネージャーのおかげかな。部員全員ケガもなし。これが一番だ」
「感謝してる?」
「…ああ、感謝してるぜ」

気のせいかな?
背が伸びたというのもあるんだろうけど、最近ケムマキが大きく見える。

……
負けたくないな

「ごめんね、ケムマキ」
「ん?」
「この前の」
「ああ…試合も約束のことも気にしてないさ。俺のほうこそ、お前の気持ち考えずに突っ走っちまって」
「それもあるけど…折原くんのこと」
「へ?」

ぽかんとした表情をこちらに向けるケムマキ。
ただでさえマヌケな顔が余計に…フフ

「もう気にしてないよ。あんたにも色々心配かけたみたいだけど…もう大丈夫だからさ」
「…………」

そう、信じてみよう。
あたしはシンデレラにはなれないけれど…憧れるくらいなら許されるはずだ。

あたしのポニーテール。
二人の絆。
こいつがある限り…あたしは頑張れる。

「だからさ、あたし頑張ってみるよ。…昔みたいにはなれないかもしれないけどさ、ちゃんとゴールまで走ってみるよ」
「………」

怪訝な表情。
うう…あたしが稀にクサイこと言ってるんでバカにしてるんだ。

…けど、それは間違いで…

ずっと続くと思ってた。

「ポニ子…あのさ…」

でも、壊れるのは一瞬だった。

「折原って…なんのこと?」

   (続く)
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『長森EDで窓から外を眺めてる青髪のポニーテール少女』の物語もこれで4話目。やっと「永遠」に突入です。
ふ〜…さあて、どうまとめよう。
読んでくれたみなさん、ホント感謝。
もう少しポニ子の物語に付き合ってやって下さいね(ぺこり)


http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/8321