ヒロイン 1話 投稿者: 雀バル雀
世の中には2種類の人間がいる。

ヒーローになれる人となれない人。
ヒロインになれる人となれない人が…

誰が決めたのかは知らないけどね、この世の大多数の人間はどうやっても「その他大勢」でしかないのよ。
子供の頃は誰だって同じなのに…

…そしてあたしも「その他大勢」の中の一人に過ぎない。残念だけどね。

    『ヒロイン』 第1話


ヒロインになるには条件が必要だ。
まず、なんと言っても『容姿』ね。

…この場合の容姿とはいわゆるルックスとは違う。
だからってぶさいくでもいいってワケじゃあないのよ。
ほら、顔は●●でも好感が持てる人っているでしょ?あれよ、あれ。
いくら美人でも嫌味を持たれちゃ失格よ。そういう人はせいぜい意地悪な悪役止まり、ヒロインが成長していくために踏み石にされるのがオチね。声をアテるとしたら富沢美知恵あたりかな。
むしろぶさいくなほうが良かったりもするのよ。「そばかすだって鼻ぺちゃだって気にしない」あの人なんかがいい例でしょ。もっとも本気で気にしてないそんな事言わないだろうけどね。

次の条件としては『不幸』よね。
やっぱヒロインたるもの不幸のオンパレードな人生歩んでもらわなきゃ困るのよね。
継母に苛められるとか、あるいは孤児とか、産院で取り間違えられるとか…盲目の美少女ってのもオイシイわね。究極の奥義で「不治の病」ってのもあるけどね。
「同情するなら金ちょうだい」って言ってたあの子の人生なんかがいい見本かな。不幸の見本市みたいだもん。

で、この場合としては『けなげ』というのがキーポイントなの。
たとえば「こげな事でくじけるようなおいどんではなかとです!ヒロインたるもの不幸の1つや2つどんと来いばってん!」…てな人はもちろんダメ。
逆に「はぁ〜私って不幸〜」ってグチってばかりいるような人も失格ね。

不幸な境遇に挫けそうになりながらも、それでも未来を信じて懸命に生きている…それが「けなげ」なの。「明日という字は明るい日と書くのよ!」って前向きな姿勢が共感を呼ぶのよ。

そして…『運』。これがある意味一番重要かもね。

紅天女を目指してるあの人みたいに神懸り的な才能を秘めてる人ならいいんだけど、そんな人って滅多にいないでしょ?
むしろ何にも出来ないくせにカワイイ女の子がヒロインって多いでしょ?そのくせ運だけは強いの。
…でもね、『運』も1つの才能だと思うのよ。
今の巨人の監督さんの運の強さなんか凄いでしょ。確かに選手としての才能もあったのでしょうけどそれだけじゃああそこまで人気がでるはずないもん。
ようするに「そういう星の元で生まれた」ってことかしらね。

え?それじゃあ身も蓋も無いですって?

……そうよ、どんなに努力してもヒロインになれない人は絶対になれないの。
お姫様は生まれた時からお姫様なんだから…

だから、あたしもヒロインにはなれないんだよね。

あたしには好きな人がいる。
あたしの席とちょうど対極にある、窓側の一番後ろの席の男の子がそう。
名前は折原浩平。…中学の時から一緒なんだ。

名前?…そういや、まだあたしの名前聞いてなかった?
あはは…あたしの名前は……そうね、『ポニ子』でいいよ。みんなそう呼んでるしね。
なんといっても折原君がそう呼んでくれるんだから。

3年前に折原君と出会ってあたしはポニ子になった。
今のあたしの王子様。

取り立てて美形というワケじゃないし、勉強も運動もそこそこ。
でも彼はいつも真中にいる。
どこかみんなと違う…なぜか注目されてしまう。そんな人。

そう、彼は普通じゃない…
あたしは知ってる。

どこか子供っぽい振るまいの彼が…ほとんど見せないけど時折ものすごく切ない表情をすることを。

だって…もう3年も彼のことを見てたのだから。

決して親しいワケじゃない。
どんなに望んでも、誰も彼の側にはいられない。

そこはあの子の指定席。

そう、王子様にはお姫様がいるものだ。

長森瑞佳…あの子はヒロインだ。

あたしなんかとは違う。

*

ちらりと後ろを振り返る。
教室の一番遠い場所…左最後部。

折原くんが長森さんと七瀬さんと談笑しながらお食事中。

…七瀬さん、あの子も特別な存在。
転校生という事情もある。着てる制服が違うというのもある。
けど、やっぱり彼女もあたし達とは違う…ヒロインだ。

「折原ぁ!あんたなにすんのよ!」

七瀬さんの大声が教室に響く。
そして、その声に反応してクラスの何人かが彼女に目をやる。

バツの悪そうにすごすごとお弁当を食べ始める彼女。

…ホラ、やっぱり彼女は注目される。

あたしが大声だしても、ああいうふうに注目されたりしない…気の回しすぎかもしれないけど、やっぱり彼女も普通じゃない。

広瀬が彼女を嫌ってる気持ちも分かるよ。

七瀬さんをからかう折原くん…それを笑いながらなだめてる長森さん。

…胸がちくちく痛む…

あたしも…イヤ女だな。

「ふぅ…」

ため息1つ。

「いい若いもんがため息かよ…おばさんくせえぞポニ子」
「……誰がおばさんよ!ケムマキ」

人の席によっこらしょと、おっさんくさい掛け声と同時に人の机に腰掛ける色黒の少年。

あたしの幼なじみ…ケムマキだ。
もちろんアダ名。本名はちゃんと知ってるけどクヤシイから呼んでやらない。

「なんの用よ?…あんたのクラスはここじゃないでしょ?」
「目の保養。…このクラスってなぜか今学年の美少女が集まってるもんな」
「そうよねぇ…七瀬さんに里村さん…それにあたし」
「寝言は寝てから言え。…いいよなぁ長森さん」

…さすがはケムマキだけあって…やなヤツ。

「あんたみたいなチビ、長森さんが相手にするワケないでしょ?…だいたいあの子は先約済みなんだから」
「だよなぁ…なんで折原なんか。いくら幼なじみとはいえ…俺もあんなカワイイ幼なじみがいたらなぁ」
「ふん!…あたしだってあんたじゃなくて折原くんみたいな優しい幼なじみが欲しかったわよ」

ホント…なんであたしにはコイツなんだろ。

子供の頃からチビで生意気で…ま、運動神経がいいのは認めるけど。
色黒の孫悟空…空手部のエースって言っても女の子にモテた例なんてないし。
ま、この口の悪さじゃ当然かな。
あたしくらいしか親しい異性もいないみたいだから、相手してあげてるんだけど。

「いいよなぁ…長森さん。美人だし落ちついてるし優しいし家庭的で…だーれかさんとは大違いだよなぁ」
「………」
「いいよなぁ…お前が長森さんに勝ってる点って言ったら胸のデカさと髪の長さくらい…」

ばきぃ!

「うがあああ!…な、なにしやがる」
「うっさいわねぇ!どーせあたしは長森さんに比べたら!!」

ホント!なんでコイツは昔から嫌味ばかり。

…比べないでよ!長森さんと比べられたらあたしの立場がないじゃないの
……どうして…あたしは長森さんみたいになれないのに。

どうして…あんたはいつもそうなのよ。

「どいてよ!…机が使えないじゃないの」
「へいへい…じゃあ俺はどこに座ればいいんだよ」
「あんたの教室はここじゃないでしょうが!…邪魔しないでよ、これから次の時間の予習をするんだから」
「ポ、ポニ子が勉強?…どうしたんだ?お前らしくないぞ」

ばきぃ!

「うぎゃあああ!!」

大げさな叫び声。
あんた空手部なんだから殴られるの慣れてるでしょうが。

「ベ、ベンケー蹴るかぁ…?」
「邪魔すんな!って言ってるでしょうが。…ウチのクラス、次は英語なのよ」
「うわっ!GTOかよ。そりゃ大変だなぁ…がんばれよ、ポニ子」

英語教師鬼塚(42)…自称「GTO」。
陰険な男で質問に答えられないと、その時間中その生徒の列を集中攻撃するという特技の持ち主だ。

「確かにこの席って当てられやすいだろうなぁ。一番右前だもんな。…お前も不運なヤツ」

確かにここは当てられやすい。

…別に不運だったワケじゃない。
広瀬が嫌がるもんだから交換してあげただけのことだ。
あんまりにも長森さんに交換をせびるもんだから、替わってあげただけのこと。
長森さん…頼みこまれたら絶対イヤって言わないし。

…………
…だから、替わってあげたんだ。それだけだ。
折原くんの隣以外ならどこの席でも同じことだし。

「分かってんならさっさと自分の教室に戻りなさいよ!あたしがミスったら里村さん達に迷惑がかかるんだから」
「うむぅ…里村さんに迷惑をかけるワケにはいかないな。なら俺様がお前の応援を…」

ばきぃ!

「うぎゃあああ!!」

「邪魔すんな!って言ってるでしょうが。…用がないならさっさと消えなさいよ」
「うぐっ…じゃあ用件だけ。…実はこの前話した…」
「パス!…なんであたしが空手部のパシリなんてせにゃなんないのよ」
「パ、パシリとは人聞きの悪い。マネージャーという神聖な役職に対する暴言だ」
「道着の洗濯や道場の掃除なんて自分達でやればいいじゃないの。そういうのを女にさせようって言う前時代的な発想がイヤなのよ」
「だからってなにもしないでブラブラしてるよりはマシだろ?…お前ソフト部辞めちまってヒマそうだから、俺達と一緒に有意義な青春を過ごさせてやろうって言う親切心をだなぁ…」

ばきぃ!

「うぎゃあああ!!」

…ホント…やなヤツ。

なんにも知らないクセに。

「ま、おおかた美人マネージャーで新入部員を釣ろうって腹つもりでしょうけどね。…なんなら長森さん誘えば?美人で世話好きで…うってつけじゃん」
「バ、バカ!ウチの部みたいなオオカミの群れに清純な長森さんを迎えたらたちまち餌食…」

ばきぃ!

「うぎゃあああ!!」

「あたしならいいんかい!」

ま、確かに清純とは言えないけどね。
…でもイラツクなぁ。

なんで長森さんには気遣えるクセに…男連中って。

あたしだって…

「…ま、まあとにかくだ。名義上だけでいいんだよ、部費の確保や勧誘に有利になるからな」
「分かったわよ。やってあげるからさっさと消えなさい」

あと15分しかない。
うう…くだらん遣り取りで時間を潰しちちゃったよ。
回答ミスったら全部ケムマキのせいだ。

「……ポニ子……」
「なによ…まだなんか用事があんの?」

「お前…いったいどうしちまったんだ?」

「ん?」

「頼んでる俺が言えた義理じゃないけどよ…なんでそう投げやりなんだ?」

「…………」

「なんでそう面倒くさそうに…しかたなさそうに受けるんだ?…昔のお前はもっとはっきりと自分の意見が言えただろ?…今はまるで『どうでもいい』みたいな感じで」

「…………」

…どうでもいいことを…


「中学校の3ヵ年でなにがあったのかは知らないけどよ。…俺の知ってるお前はもっと“熱い”やつだったぜ。…情熱的でさ、男の俺から見てもカッコイイヤツだった」


「…………」

…もう子供じゃないんだから

「今のお前…すげぇカッコ悪いぞ。ソフトも辞めちまって…まるで抜け殻みたいで」


「…………」

…だって、実際抜け殻なんだから

「前から言ってるだろ?俺達は幼なじみなんだぜ。悩みがあったら……って、オイ?」


がらっ

うるさい。
もう予習する気も失せた。
行こう。コイツがいなかったらどこでもいいや。

ホント…やなヤツ。
何にも知らないクセに。

「どこ行くんだよ?」

「トイレよ」

一瞥くれてやる。
なによ、その哀れむような目。

そして、ケムマキの後ろで折原くんが長森さんになにか話しかけてるのが見えた。
大方次の英語のあんちょこでもせびってるのだろう。

…胸がちくちく痛む…

「登録はケムマキ…あんたのほうでやっておいて。詳細はあとで電話してちょうだい、時間がある日なら手伝いに行ってあげるから」

「お、おぅ」

幼なじみ…か。

だからどうしたって言うのよ…。

   *

屋上…この師走にこんなとこまで来る酔狂なもの好きなんていないだろう。

びゅううううう!!

風が痛い。
重そうな灰色の空の下、身を切るような寒風。

それもまた…心地よい。

春の柔らかい日差しよりも、夏の輝きよりも、秋の時雨よりも、冬の粉雪よりも…

別にやせ我慢してるワケじゃない。
今のあたしにはこの寒空が一番合うのだ。

「ま、上質を知る人の特権かしら」

シックなあたしにはぴったし…

バタバタバタ

「あぎゃああああ!!」

容赦ない突っ込み。
風でなびくポニーテールが顔面をしこたま打ちつける。

バタバタバタ

がしっ

「ぐわぁ! はあ はあ…」

やっと捕まえた。
まるで意志を持ったように風でバタバタなびく相棒。
…コイツとも長い付き合いだな。
あたしの全てを知ってるはずのコイツ、あたしのトレードマーク。

…あの時だって、コイツだけはあたしと一緒にいてくれた。

切らなくてよかったよ。

あの時…折原くんがいなかったら…あたしは…

そういやあの時も屋上で、こんなふうに風の強い日だったな…
確か今みたいに髪が風で…

そして…

「くすくす…」

笑い声が…

へ?

「くすくす…ご、ごめんね、笑ったら失礼だよね。…でも…あはははっ」

…忘れてた。

そういやここは、季節に関係なくこの人が出没するんだった。

「私もね、ここではよく髪が風でぼさぼさにされちゃうんだ」

声のほうへ振り返る。

風になびく艶やかな黒い髪。これだけ上質な髪ならたとえこの風でも髪形を崩されることなんてないだろう。
そして髪同様の漆黒の瞳…光を映さないはずの瞳をあたしに向けて。

「怪しい者じゃないよ。わたしは…」
「川名先輩…ですよね?」
「わっ!知ってるんだ〜」
「そりゃ…川名先輩は有名人ですから」

そう、知らないはずがない。
川名みさき…通称『屋上の主』。

『食堂の主』だとか『ミス・ブラックホール』・『奇跡の人』など様々な通り名を欲しいままにする、この学校の歩く七不思議。

盲目でありながら、それを感じさせない明るい人柄で人気者だ。
尊敬するよ…あたしみたいな弱い人間とは大違いだ。

「ふ〜ん、有名なんだ…どんなふうに?」
「そ、そりゃあ」

まさか、「食券の自販機を頭突きで壊して食費を稼いでる」とか「なんやかんやと理屈をつけて食事をたかる」とか「飢えのあまりに硼酸ダンゴを食べて死にかけた」とか「屋上のコンクリートのヒビは先輩が不良を頭突きで倒した時に勢いあまってぶつけた時に出来たものだ」とか…しかも、あたしがその逸話を全部信じてるなんて…

「美人で、明るくて人柄がよくて…あ、あと盲目であるにも関わらずそれを苦にせずアグレッシブに学生生活を送ってるとか、家が学校の目の前だとか…」

…とても、言えないよ。

「それは噂と言うより本当のことだね」
「そ、そうですか」
「ふふふ…冗談だよ」

こういう人…苦手。
ただでさえ先輩でしかも盲目だから話し辛いのに。

悪気はないんだろうけどさ。

「それよりもうお昼休み終わりだよ。教室に戻らないと遅刻しちゃうよ」
「それは川名先輩だって同じだと思うんですけど…」

どのみち授業を受ける気分じゃない。
適当に理屈をつけてサボるつもりのあたしとは違う。いくら歩行に問題がないとはいえ、あたしよりも彼女のほうがはるかに余裕をもって戻らなければならないはずだから…

「う〜ん…実は私、次の時間自主休講」
「…先輩…大学生じゃないんですから…まあ、あたしも似たようなものですけど」
「だめだよ。真面目にお勉強しないと私みたいになっちゃうよ、あははは」

笑えない冗談だ。

「…………」
「…………」

この人懐っこい先輩には悪いけど、正直今は誰かと話したい気分じゃない。

柵越しに視線を校庭に向けると、一年生が校庭を走ってるのが見えた。
マラソン大会も近いのでその練習ということなのだろう。

1周遅れの小柄なリボンの女の子が先頭集団に追い抜かれて行く。
抜かれまいと懸命に走ってるのが遠目にも分かる。
彼女と同程度の早さの連中はみんな抜かれるとガックリするかのようにペースが落ちるが、その子は構わずその小さな歩幅を懸命に伸ばして駆けて行く。

それでも先頭集団との差は詰まるどころか離れて行くばかり。
リボンの少女は必死なのだろう…けれど離れて見てるあたしには…悲しいくらい滑稽に映る。

「マラソンの練習かな?大会も近いもんね」

いつのまにか寄っていた川名先輩が呟く。

「分かるんですか?」
「うん…なんとなくだけどね」

風にのって届く僅な掛け声から判断したのだろうか?
やっぱりあたしとは違う世界に生きてる人なんだな。

「みんな一生懸命だね」
「…そうですね」

そう…みんな一生懸命だ。
でも、それだけじゃどうしようもないこともある。どうにもならないこともある。


おそらく10週ほどなのだろうけど、それでも最後尾の連中からは続々とリタイアが出ているようだ。
荒い息で倒れこむ生徒の側を涼しい顔で駆けぬけて行く先頭集団。

…それが現実なんだ。

「みんなよく続きますよね」
「うん。頑張るよね」

ほんと…よく頑張るよ。

次々とゴールしてゆく中、さっきのリボンの少女だけがまだ走っている。
息も絶え絶え…本人は走ってるつもりだろうけど、歩いているようにしか見えない。
ムリしてスピードを上げたぶん、限界がきたのだろう。

既にゴールした生徒たちのお決まりの頑張れコールが聞こえる。

今のあの子に届くとでも思ってるのかしら?
頑張れなんて言われたら…リタイヤする訳にはいかなくなるのに。

「まだ…一人ゴールしてないんだね?」
「ええ、かなりキツそうですけど」
「よーし!じゃあ私も応援…がんばれー!!」
「わっ!せ、先輩…大声だしたらここでサボってるのが見つかっちゃいますよ」
「あっ…そうだね。エヘヘ」

全く…本気でやってるんだとしたら凄まじい天然ね。

分かってないんだよ…

先輩は見えないから分からないんだよ…
ふらふらで…もう、ろくに真っ直ぐに走ることすら出来ないあの子に「がんばれ」なんて…その安易な言葉があの子にどれほどミジメで辛く苦しい思いをさせてるのか。

「…あの子…かわいそう」

「どうして?」

「…だっていい笑い者じゃないですか…頑張ったって最下位じゃない」

「…………」

「たぶんゴールしたらみんなで祝福するはず…拍手喝さいで…それってみじめですよ」

そう、あれって最低の行為だと思う。

「本気であの子のことを思ってるんなら、棄権させて休ませてあげるべきよ」

…もう、足を動かすことさえ困難な状態なのに。

「…大丈夫。その子はゴールするよ」
「え?」

けど…その子は止まらない。
遅くても進んで行く…1歩1歩。

「…その子が自分で“行ける”って信じてるから、だから苦しくても頑張ってるんじゃないかな?」
「違いますよ…無責任な応援のせいでリタイアできないだけ…」

わあああああああ!!

「え?」

歓声…

いつのまにかゴールは目の前だ。

遅い…いや鈍い足取り

でも…

彼女は…ゴールした。

「…………」
「ね?ちゃんとゴールしたでしょ」

だからなんだ。
完走したからって最下位だという事実には変わらないじゃないの。

「…あの子が順番とか気にしてるんなら、途中でリタイヤしていたと思うよ」
「…………」

倒れこんじゃって…バカみたい。
たかが体育の授業じゃないの。

「あの子はゴールしたかったんだよ」
「…………」

バカみたい…

「人のことなんて関係ないよ。自分に妥協したく…」

ばぁん!

突然のドアの音。
そして

「みさきー!やっぱりここね!!」

振り返ると、絶叫と共に駆けこんでくる、上級生とおぼしき生徒の姿があった。
この人…確か演劇部の…

「わああああ!!ゆ、雪ちゃん」

「み〜さ〜き〜!貧血検査が怖いからって逃げるなぁ。あんたは小学生か!」

貧血検査?
そういや今日は3年生は貧血検査があるって…

…まさかサボリって

「ゆ、雪ちゃん…わ、私はごはんきちんと食べてるから貧血の心配なんてないよ〜!生理だって順調…」

「ダメ!これは全員が受けるものなの!例外はなし!みんな痛いのがまんしてるんだから」

「そんなぁ〜!ひ、人のことなんて関係ないよ〜」

「自分に簡単に妥協するなぁ!」

柵にしがみついた川名先輩を必死に引き剥がそうとする女生徒。
滑稽というべきか、哀れというべきか…

べちぃ!

あら、剥がれた。

ずりずり

「いやあああ!!雪ちゃんいじわるだよ〜」


「…………」

引きずられていっちゃった…
なんか…狐に化かされたような気分…


キン コン カ〜ン

チャイムの音
いつのまにかそんなに時間が過ぎてたんだ。

屋上から出ようと歩き出して…ふと、グラウンドを見返すと、さっきの一年生たちが後者に退き返してくるのが見える…当然あの子もいた。

「…………」

なんかいたたまれない。
自分がキライになりそう…

遠目にでも分かる。
友達の輪の中のその子の表情。

笑顔だった。

 *

夕日…

でも、明日も晴れないだろうなぁ。

友人の誘いはあったけど、とても一緒に遊びに行く気分にはなれない。
今日はもう…なにも見たくなかった。

グラウンドから聞こえてくる掛け声。
カキーンと響く打球音。
吹奏楽部からのトロンボーンの割れた音。
楽しそうにお喋りしながら横並びで歩いている3人組の女生徒。

(二度と来ない高校生活です)

入学式の時に校長が言ってたクサイ台詞。

けど、それは間違いなく事実で…

「なにやってんだろ…あたし」

2年過ぎた…
あと1年だってもうすぐ…

そしたら卒業。

マンガのような恋愛なんてあたしにはもう縁のない世界だ。
そういうのはお姫様だけに与えられた特権。

容姿にはそれなりの自信がある。
運動だってわりと得意。勉強はまあ…
異性経験だって結構豊富。

それがどうしたっていうの?
卒業してしまえばその程度のことなどなにも意味もないわ。

そして結局…“なんでもない存在”のあたしだけが残るのだろうか?

夢のお城から追い出されたお姫様は…唯の女の子。

なにも…できやしないんだ。


あれ?

あそこの横断歩道のところにいるのは…折原くん?

「…………」

慌てて迂回をしてしまう…声なんてかけられないよ。


「長森さんは…知ってるのかしら?」


…胸がちくちく痛む…


夕暮れを見上げて立ちすくむ彼の横顔…寂しそうで、まるで…


「あたし…イヤ女だな」


迷子の子供のように見えた。

   (続く)
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えっと、この物語の主役はなんと!『長森EDで窓から外を眺めている青髪のポニーテール少女』なのです(大笑)

「性格が違うやん」っというつっこみはご勘弁を(汗)

感想はこの連載が終わったら書きますね。
じゃ!

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/8321