【90】 勿忘草色の瞳 4
 投稿者: スライム <katutaka@dragon.interq.or.jp> ( 男 ) 2000/4/3(月)14:01

 …。
 ……。
「お母さん。澪は…どこの病院にいるの?」
 お見舞いに行きたい。行って澪とお話ししたい。
「どうして? どうして会っちゃいけないの?」
 澪に会ってお喋りするだけなのに。本当にそれだけなのに…。
「澪…元気なんだよね? そうなんだよね…?」
 なんで? 元気なのに会えないの?
 分からない。よく分からないよ。
「そのうち? 今度?」
 もう聞き飽きた言葉。
 そのうちって、いつ? 今度って、いつなの?
「澪と、また遊ぼうねって約束してるんだよ…」
 ……。
 …。


「えっと、上月さん。お久しぶり…って、わたしのコト覚えてるかな?」
 ラズベンダーの芳香剤の香りが漂う中、わたしは思い切って澪に話し掛ける。都合よく化粧室内には、他の人は誰もいないようだった。
「………」
 澪はわたしの言葉を受け、一瞬困惑の表情を浮かべる。先程まで顔を合わせていたとはいえ、ほとんど初対面の人間に突然声を掛けられたのだ。その反応は至極当然のことかも知れない。
『露草さん…?』
 小さく自信なさげに書かれた文字。よく名前を覚えていないのか、それとも漢字に自信がないのか…。どちらにしても、その文字がわたしに与えたショックは大きいものだった。
 榴ちゃんって、言ってくれないんだね…。
 覚悟はしていたけど、正直自分のことを忘れられているとは思わなかった。
「あ、ごめんね。わたしの勘違い。昔の友達に…上月さん似てたから……」
 作り笑いを浮かべながら、わたしはその場を繕った。澪は依然として困った顔をしているけど、わたしに対する警戒心は解かれている気がした。
『誰にでも間違いはあるの』
 先程の文字の下にそう書き加え、にこにこと笑顔を向ける。一緒に大きなリボンが揺れた。
「上月さん…。一つ訊いてもいいかな……?」
 わたしがそう言うと、澪はサインペンをスケッチブックに走らす。
『もちろんなの』
 大きく元気な文字でそう書かれていた。字は人となりを表すって言うけど、澪の文字は感情を端的に表している。話せないから、大きな声は大きな文字で、明るい声は明るい文字で書いているんだと思うけど…。
「その…いつから喋れなくなったのか教えてくれないかな? あ、嫌だったらいいけど…」
 うーん、と考える仕草をしてから澪は次のページに文字を書き出した。
『5、6才の頃なの。よく覚えてないけど…』
 一旦わたしに見せてから、続けてペンを走らす澪。5、6才と言えば、ちょうどあの事件があった時と同じ。わたしと一緒にハイキングに行った時と…。
『滑り台から落ちたのが原因だって、お母さんが言ってたの』
 滑り台か…。わたしは澪の書いた、"お母さん"という文字から何となく察しがついた。原因は間違いなく、あの事件のせいだろう。だけど…。
「あ、そうなんだ。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃったよね…」
『構わないの』
 直後澪はハンカチをポケットにしまうと、ぺこりとお辞儀をしてトイレを後にした。
 澪の失われた記憶。失われた声。失われた思い出…。
 全ては…勿忘草の記憶……。


「おっそいよぉ。榴、もしかして大きい方だったの?」
「きゃはははは。来夢、おやじ入ってるよ」
「澪のお土産のおかげかな〜」
『楽しいのっ♪』
 帰って来るなり、わたしはみんなの変貌に驚かされた。世界が違う。テンションが違う。匂いが違う。…って、匂い!?
「榴ぃ〜、これ飲みなよ。世界が回るよ、楽しいよ〜」
 う゛…、お酒くさい。この次元を超えたテンションの高さは、お酒のせいなの? わたしたち高校生なのに。しかも今日入学式だったじゃない。もし見つかったりしたら…入学早々停学かも……。前代未聞だろうな、さすがに。
「おらぁ。私の酒が飲めないってかぁ?」
「きゃははははははははははははは」
『なの♪』
 壊れてる。みんな壊れてるよ。絡み酒に笑い上戸に泥酔者各一名づつ。一見して変わっていないのは澪だけだった。澪のグラスの減りが一番多いから、ただ単にお酒に強いみたいだけど…。
「榴ぃ、好き♪」
 ちゅっ。
「わあああああああっ!」
 来夢の唇がわたしの唇に接触…。早い話が来夢にキスされてしまっていた。ちょ、ちょっと…わたし初めてだったのに……。ファーストキスが女の子で、しかも味はお酒風味とは…。
「ちょっと、来夢。正気に戻ってよ!」
 わたしは顔が真っ赤に染まっているのを感じた。だ、だって、上目使いでうっとりしてる来夢が、妙に色っぽかったりして…。だああああああああ、違うって!
「榴になら、私…あげてもいいよ……」
 何をあげる気だ! 何をっ!!
 って、どうして制服を脱ぎだす!?
「…来て♪」
「きゃははははははははははははははははは」
『もっと注文するの〜☆』

 この後のことはご想像にお任せします。わたし…説明したくない。と言うか、忘れたい。
 今までもお酒は嫌いだったけど、ますます嫌いになりました。いろんな意味で。
 特に来夢にお酒を飲ませてはいけないということ。
 この教訓だけが、唯一の収穫かも知れません。
 あ、あと…補導されずに済んで本当に良かったと思います。
 明日からの学校生活に、ちょっと不安を感じる露草榴でした…。


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 まだ先は長い…。頑張ろう。
 というか、大丈夫なんだろうか?(爆)
 んでわ、またお会いできる日まで。 (⌒∇⌒)/

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