【40】 勿忘草色の瞳 2 |
…時は移ろい、そして立ち止まる。 過ぎ去るべき運命にあるのに…。 決して思い出したくない、思い出として。 心を閉ざし、全てを否定するために。 ……。 「榴(つつじ)ちゃん。空…真っ青だよっ」 昨日の嵐が嘘のような、雲一つない晴天の中…。 「てるてる坊主さんのおかげなの!」 そう…。幼いわたしたちには……。 「榴ちゃん、榴ちゃん! ほら、川の端っこに青い花が咲いてるよっ」 全てが目新しく、楽しい時間。 だけど…。 「澪があのお花取ってくる! 榴ちゃん、今日お誕生日だからプレゼントするの!」 川の流れの異常さに、どうして気が付かなかったのか…。 「このお花の色、榴ちゃんの目の色にそっくりで綺麗…」 勿忘草(わすれなぐさ)の記憶。 澪と交わした約束。 二人の思い出が止まった時 ――― 。 春風駘蕩で心地良く麗らかな陽気の中、わたしは1-Cの教室の前にいた。思っていたよりもずっと綺麗な校舎。窓から覗く中庭も、わたし好みの落ち着いた感じだった。天気のいい日は外でお弁当を食べると気持ち良さそう。 と、その時。眺めていた平穏な中庭の風景に、1組の男女が疾走する姿が映った。男の子の後に一生懸命追い着こうと走る女の子。はあはあ、と息を弾ませながら。男の子の方は、女の子の様子を見ながら軽く走っているという余裕を感じさせる表情だった。 恋人同士なのかな…? その微笑ましい光景を見ながら、わたしはそう思った。一緒に登校するぐらいだから、お弁当も一緒に食べて、そして当然一緒に帰ったりするんだろうな。で、休日には二人でお買い物に出かけたり、喫茶店に入ったり……そして王道通り、夕方の公園でキスとかしたりして……。 羨ましいよ…。わたしもそんな充実した高校生活を送りたい。今時彼氏いない歴15年なわたしなんて、天然記念物並だよね。 「これから、これからだよ!」 暗い気持ちを吹き飛ばすように、わたしは窓の外へ向かって気合を入れる。きっとわたしにも彼氏できるよねっ! 「初めまして! 私、都並 来夢(つなみ らいむ)って言うんだけど、これから宜しくね〜」 教室に入って出席番号順に並んでいる席に座った途端、前の席の女の子に声をかけられる。今時の女の子って感じで、とっても明るい声に笑顔。 「あ、わたし…露草 榴(つゆくさ つつじ)。こちらこそ宜しくねっ」 正直嬉しかった。緊張して教室に入って、それでとても不安だったから。 「露草さんはどこの中学だったの?」 「北中だよ。あ、榴でいいよ」 何か感じの良い子。お喋りすると、とても楽しくなりそうな…そんな感じがした。 「分かった。じゃあ、榴。私のことも来夢って呼んでね」 「来夢…可愛い名前だよね」 「うん、自分でもお気に入り。カタカナで書いてもOKだし」 友達ができる瞬間って、本当に一瞬だよね。何かこうなるべくしてこうなったって感じで、運命みたい。 お互い簡単な自己紹介を済ませて、今日の朝のニュースでやっていた芸能関係の話に変わる。それから好きな音楽の話。ドラマの話。予想通り気が合うみたい。 「静かに。私が1年間このクラスを受け持つことになった巳間だ。よろしく」 来夢と話し初めて10分ほど。担任の巳間先生が教壇の上に立つと、周りは一斉にしーんとなった。 「じゃ、榴。話の続きはまた後でね」 「うんっ」 来夢はイスを前に向き直し、姿勢を正す。 「あ…っ」 後ろ姿を見て、来夢の髪の毛が思ったよりもずっと長いことにわたしは気付いた。綺麗なストレートの黒髪で、蛍光灯の光が反射して輝いていた。 髪の毛洗うの大変だろうな…。わたしも中学のころに、一度髪の毛を長く伸ばした経験があった。お風呂の時間は2倍くらいになるし、その後のドライヤーで乾かすのも大変。見た目以上にその維持は大変なのだ。 「入学式は10時からだから、まだ時間があるな。この時間を使って、みんなに簡単な自己紹介をしてもらうぞ」 そう先生が言った途端、教室全体がざわめきに包まれる。予想はしていたとはいえ、自己紹介が好きな人はあまりいないと思う。わたしも人前で何か言ったりするのは苦手だし。 「それでは出席番号順にいこうか。相沢から、その場に立って自己紹介な」 あ、そう言えば…。教室に入るなり来夢に話し掛けられたから、肝心の澪を探すのをすっかり忘れていた。わたしの席は前から3番目で窓側から3列目。上月…だとすると、2列目の後ろの方だろう。わたしは視線を左斜め後方に移し、澪らしき人物を捜索する。 「えっと、名前は飯坂 恵です。南中出身で、部活動はスクワット同好会に入部する予定です〜」 あっ…。自己紹介が進む中、わたしは一番後ろの席で黙々と何かを書いている女の子に目が留まった。水色の大きなリボンが印象的で、それが可愛らしい容姿にぴったり合っている。 一生懸命サインペンを走らせる、その女の子にどこか懐かしさを感じると同時に、わたしは間違いないという確信を得ていた。 澪だ…。絶対にそう。あの頃の面影が色強く残る顔立ちもだけど、あの仕草。何かに熱中すると周りが見えなくなるところが、非常に幼い頃の澪に酷似していた。 何書いてるんだろう? みんなの自己紹介も聞かずに、スケッチブックのようなものに大きな文字を綴っていた。ま、自己紹介を聞いてないってところは、わたしも同じだけど…。 「高坂 健司。付属中出身で、部活は盆栽部をやってました。1年間よろしくお願いします」 次だ。次が澪の番。わたしは澪の自己紹介を心待ちにしていた。我が子を見守る親の気持ちというか、わくわくすると同時に心配する気持ちも入り交ざっていた。 「あ〜、同じ中学だったやつは分かっていると思うが、上月はちょっとした言語障害で言葉が話せないんだ。みんないろいろと助けてやってな」 …? 澪が席を立つと同時に、澪ではなく先生がそう言った。 『上月 澪。南中出身』 そして澪は、先程ペンを走らせていたスケッチブックのページを大きく掲げる。 『演劇部に入る予定です。みなさん、宜しくなの☆』 次のページにはそう書かれていた。 え…。ちょっと待って。どういうコトなの…? わたしはよく状況を把握できないでいた。言語障害で言葉が話せない? だって、小さい頃はちゃんと話してたじゃない…。榴ちゃんって、わたしのこと呼んでたじゃない? 一体何が? いつ、どこで……。 「あ…。もしかして、あれが原因……」 あの事件が原因で? わたしのせいで…? それから、わたしは澪の顔を見ることはできなかった。スケッチブックで会話する、その姿をわたしは見ることはできなかった。わたしが…あの時、もっと川の近くに行ってみようよって言わなければ……。 「都並 来夢です。南中学出身で、部活は軟式テニスやってました。私のスコート姿、ぜひ見学に来てくださいねっ」 直後教室から笑い声が溢れる。って、今来夢が自己紹介終わったってことは、次はわたしだ…。 澪…わたしのこと気付くかな? わたしのこと恨んでるかな…。 「えと、露草 榴です。北中出身です。部活はまだ決めていません。よろしくお願いします…」 自分で言うのも何だけど、つまらない自己紹介だった。顔も上げないで、声も小さい。とてもじゃないけど、みんなに好印象を与えたとは思えなかった。 だけど……。 澪の見ている前で、笑顔で元気な声で自己紹介することは…どうしてもできなかった。 勿忘草の記憶。 あの時…わたしが ――― 。 ####################################### ども、スライムです。 前回を見逃してしまったという方は、私のHPでどうぞ。 http://www.interq.or.jp/dragon/katutaka/ では、簡単ながら感想を…。 >丸作さん これからの展開に期待です。漢の浪漫の実現を切望します!(笑) 個人的には澪を正室にして欲しいです…(爆) >初めまして こちらこそ宜しくお願いします。 >技術的な感想 文の最後に句読点入れた方が…私は良いと思いますが……。 あと「…」は半角に変換しましょう。 >みのりふさん 前回は感想ありがとうございました。 みさき先輩がちょっと可哀相な気がしますね…。 ウエディングドレス…みさき先輩が着て、結婚式で 浩平を奪うって展開だと面白いかも (爆) 1つ1つの心の描写がとても上手いと思いました。 >ベイル(ヴェイル)さん 初めまして。 まだ話が見えませんが、これからに期待しています。 少年…シュンに似ているのかな……? >技術的な感想 「…」は半角の方が見栄えがいいですよ。 「」の行はスペース入れないのが普通です。行頭から始めましょう。 それでわ、今回はこれにて失礼します。 みなさん、次回まで〜 (⌒∇⌒)/ |