【7】 多重人格少女 - MIORIN -
 投稿者: スライム <katutaka@dragon.interq.or.jp> ( 男 ) 2000/3/4(土)12:41
 『人は通常複数の人格を有するものであり、その中の一つの人格が他を支配することによって、一人の人間の人格となり得る。しかし、支配者である人格が他の人格に打ち負かされることにより、人格が変化する事象も確認されている。また、全ての人格もしくは複数の人格が同一量の支配力を有し、絶対的支配力を持つ人格が欠如していた場合、それが不安定人格症…すなわち多重人格症である。多重人格症は、精神への過度なストレスや衝撃により引き起こされるとされ、それは老若男女を問わずに誰もが起こり得ることなのである』

 『社会心理学入門』と背表紙に書かれた本を、熱心に読む少女が図書室の奥に座っていた。
「なるほど、なるほど。ふんふんっ、なの」
 少女の名前は上月澪。大きな瞳と可愛らしいリボンが印象的な高校一年生。ちょっとドジなところもあるけど、何にでも一生懸命な頑張り屋さんで、ついつい行動を目で追いたくなる雰囲気の女の子。
 誰もが好印象を抱く、そんな元気いっぱいの少女だったが、幼い頃の不慮の事故で喋れなくなるというハンデを背負っていた。故に彼女は常時スケッチブックを携帯し、そこに文字を書いて周囲の人とコミュニケーションを取る…そんな可哀相な一面を合わせ持っていた。
「今日の晩ご飯はチョコパさん♪ チョコパさんっ♪」
 澪はスケッチブックにデフォルメされたチョコレートパフェの絵を描いて、楽しげに歌を口ずさんでいた。見た目通りの幼げな声。アニメ声と言うのだろうが、それが澪の可愛らしさをより増加させていた。
「はぅーっ。期末テストの勉強の途中だったの…」
 社会心理学の本を棚に戻すと、澪は机の上の教科書とノートに向き直り蛍光ペンを走らせた。
「ここは重要なの! ここも、ここも、ここもなのーっ」
 シャァァァァァ、シャァァァァァっ!!
 蛍光ペンの引かれる音が等間隔で鳴り、同時に澪の教科書が色鮮やかに染まっていく。
「………」
 ――― 暫く。澪は途端に絶句した。
「調子に乗り過ぎたの…」
 気合を入れて線を引いたのは良かったが、ふと教科書を見ると殆どの行がペンで引かれていて、ペンで引かれていない行の方が遥かに少ない状態だった…。
 どこが重要なのか、逆に分かりづらい…そんな感じだった。
「ふっ…。これも青春の1ページなの」
 窓の外のけやき並木に目を向けて、儚げに語る。傍目には図書室で読書に慎む、薄幸の文学少女に見えなくもないが…。
「やっぱり面倒なの。テスト問題を盗んだ方がずっとずっと楽なの!」
 澪は決意を新たにした眼差しを正面に向け、拳を握り締めた。
 ……。これで何回目なのだろうか? 確か入学試験の時もだったような…。
「算数は苦手なの。だから回数は分からないの」
 高校生なのに算数って…。

 ――― そして、学校の帰り道。
「あ、澪ちゃん。今帰り?」
 校門を出たところで、澪は後ろから声を掛けられ振り返った。
『そうなの』
 スケッチブックにそう書いて澪は元気良く頷く。
「それじゃあ、途中まで一緒に帰ろうよ。ね、いいよね。浩平っ」
「おお、別に構わないぞ」
 澪の一つ先輩にあたる、長森瑞佳と折原浩平の二人だった。
 澪は、くいくいっ、と浩平の袖を引っ張り満面の笑みを浮かべる。
「ん? どうした、澪?」
『嬉しいの☆』
 にこにこ〜、とした可愛い笑顔は、夕焼けが映る学校の帰り道から消えることはなかった。
 ストレートに自分の感情を出すことが出来ることは、声を失って得た唯一の利点かも知れない…。

「………」
 澪は浩平たちと別れた後、明日のテストのことを思い出し、急に落ち込んでいた。
 その落ち込んだ感情が別人格"澪りん"を誘発することになるのだが、澪本人はそのことを全く知らなかった。
 幼かったあの日。滑り台から落下して失った声。それと同時に生じた人格の分裂。"澪"と"澪りん"…言うならば澪の中の善と悪が、それぞれ別人格として存在するようになった日…。
 他人を疑うことを知らない澪。他人を思いやる心が欠如している澪りん。
 全ては…あの事故が引き起こした、神の悪戯だった。
「予告状を出した方が盛り上がって良いの」
 "澪"が失った声を持つ"澪りん"は、相変わらず自力でテストを受ける気はないようだった。
『髭先生殿。今夜テスト問題を頂きに参上するの。解答も用意して欲しいの!』
 夕食時の髭宅に、上のような予告状が届いたのは言うまでもない…。

 二つの人格の統合が、一日も早く訪れることを願う ――― 。
 

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お久しぶりです…って、誰も覚えてないか…… (爆)
澪『なのなの』
それでわ〜
澪『じゃっ!』 (⌒∇⌒)/