ネクロマンサー (後編) 投稿者: スライム
 次の日の朝。窓の外は灰色の雲が覆っていて少し薄暗い。
「ふわぁ…」
 大きなあくびが自然と出る。布団のぬくもりから離れる決心がなかなか付かない。
「…でも起きないとぉ。金貨の山とミズカが待ってるし」
 と、つい本音が出てしまう。ま、所詮人間なんてこんなものよね。他人の不幸はあくまで他人の不幸。自分の幸福の方が優先度が高いに決まってる。
「さてと…」
 あたしはベッドから起き上がり、お気に入りの『乙女の鎧』を身に付ける。この鎧は、装備すると乙女度が80%UPする優れモノ。
(…元が0だとUPしないと思います)
「……。喧嘩売ってるように聞こえるんだけど?」
(気のせいです)
 妖精が持つ心を読む能力がとても困る。ちょっと考えただけでも、カネアには分かるみたいだし。あたしの方からカネアに対しては、全く隠し事がないと言っても過言じゃない。
(魔力を消耗しますので、常に心を覗いているわけではないです)
「ほう…。その割にはいつも良いタイミングで突っ込みを入れるわね」
(…偶然です)
 言い合っても埒が明かない。あたしは剣とマントを手に持って、宿屋の食堂に向った。

「うんっ、なかなかおいしいわね〜」
 おすすめメニューにある、木の実のスープがとっても美味だった。木の実の食感と深みのあるスープが奏でるハーモニー。ついつい食が進んでしまう。
(太りますよ…)
「分かってるわよ…。食事を楽しんでるんだから、いちいち言わないでよ」
 蜂蜜をワッフルにかけて食べているカネア。いや、ワッフルを蜂蜜にかけていると言った方が正しい。あんたの方が太るって!
(大きなお世話です)
「…あたしのセリフよ、それ」
 朝食が一段落したところで、あたしはお代を払って外に出た。さてと、これから騎士団本部に行かないと…

 騎士団本部内は重苦しい雰囲気に包まれていた。選りすぐりの討伐隊は相次ぐ敗北。その中の数名がネクロマンサーの手に落ちたとあれば、この状況も納得が行くけどね。でも、あたしが紹介されるとその雰囲気はガラリと変わった。
「ルミ殿は過去に何件ものネクロマンサーを討伐されたと聞きます。そのルミ殿が偶然我が街を訪れた。これは神のお導きかも知れません」
「そうだな。神が我らをお救い下さったのだ!」
 勝手に盛り上がる騎士たち。そもそも「神の導き」や「神の救い」が存在したなら、あたしはここには来てないと思う。ネクロマンサーがゾンビを発生させるのを止めさせろよ…。でもそれだとあたしが困るけどね。
「ではルミ殿。そろそろ出発を…」
「ええ」
 なぜ昨夜ではなく朝方に行くかと言うと、当然夜だと視界が悪いってこともあるけど、重要なのはゾンビは夜行性ということね。闇が増すほど動きが素早くなり、凶暴性が段違いに高くなる。ま、こんなことは誰でも知っていると思うけど。
「ルミ殿! ぜひ、このザナーム・カキツトも手伝わせて下さいっ」
「下賎ものは引っ込んでな…。ルミ殿は王国近衛騎士団副長の私、サウス=ウッズと一緒に行くんだ」
 ……。何なの? この人達は。あたしは1人で行くつもりだったのに。
(…モテモテですね)
 あ、バカ! 何話しかけてるのよっ! 
 カネアの突然の声に驚いたけど、誰も気が付いてないようだ。それとも妖精語が分からないだけかも。
「ルミ殿っ!」
「…ルミ殿のお供は私だけで十分だと言ってるだろう?」
「えーと」
 どうしたら良いものか判断しかねる。腕はまあまあ立ちそうだけどね。―― そうか……ネクロマンサーを倒したって言う証人としては使えるかも。
「分かったわ。お二方に手伝って頂きます」
「ありがとうございます!」
「……まあ邪魔な奴がいますが、よろしくお願いします。ルミ殿」
 こうしてあたし、ザナーム、サウスの3人は騎士団本部を出て、サンクティ共同墓地を目指した。
(私もいますよ…)
 まあ、一応ね…。見つからないように気を付けてよ。
(はい。では先に行ってます…)
 そう言って、腰の袋から飛び出して行くカネア。ザナームとサウスは口論してるから、全く気が付いていないようだ。あたしは二人を無視して歩みを早めた…。

「あの、ルミ殿…」
 サンクティ地区の隣に当たる、アルカナ地区に入って暫く。ザナームが不意に話しかけてきた。
「何か?」
「いえ、どうして道をご存知なのかと思いまして…」
「あ、ああ、昨日本部長さんに訊いたからよ」
「はあ、なるほど」
「でも、ここからは良く分からないから案内してね」
「承知しました」
 そう言って、あたしの前に出るザナーム。ここの街のことを良く知らないサウスは不満げな顔をしている。
「ルミ殿…」
「今度は何?」
 ザナームとの会話が終了したと思ったら、今度はサウスがあたしを呼ぶ。
「女の子が……来ますけど」
「えっ!?」
 ミズカだ。騎士たちが防衛線を張っているアルカナとフェレスの境にまだ遠いとは言え、一人で出歩くのは物騒じゃないかな。
「ルミ様、待ってください!」
 走り寄って来て、そう言うミズカ。はぁはぁ…って、息が苦しそう。
「どうしたの、ミズカ?」
「こ、これを…」
 小瓶を手渡される。ラベルには……『ロッコウの聖なる水』とあった。
「聖水です。ゾンビに囲まれたらお使い下さい」
「ありがとう、大切に使わせてもらうね」
「くれぐれもお気を付けて…」
「ええ。任せて頂戴」
 わざわざ聖水を届けてくれるなんて………良い娘ね。たぶん使わないと思うけど。


 周りの家屋が所々崩壊している。まだ薄暗い早朝なのに明かりが全くなく、風の音しか耳に聞こえて来ない。
 防衛線を出て小一時間ほど過ぎていた。ここはすでにゾンビの巣窟。次々に襲いかかって来るゾンビたち。そして、それを撃退するザナームとサウス。
「であぁぁぁぁぁぁっ!」
「はぁっ!!」
 ザシュゥ! ―― 地に帰る元死人。動きは鈍いが、その数は数え切れない。倒しても倒しても次々現れる。
「くそっ、切りが無いぞ」
「くぅ…」
 二人は競うようにゾンビを撃退していたが、さすがに疲れが見え始めた。「ルミ殿は手を出さないで下さい」と言われたから、あたしは今まで黙って見ていただけだ。
「どいて」
 一言そう言ってから呪文の詠唱に入る。これ以上手間取っているわけにはいかないからね。
「ndkh*skau*sknajvb……… ホーリー ブレスっ!」
 シュゥゥゥゥゥゥゥ…
 手から発せられる聖なる光。対アンデッドに絶大な力を発揮する、あたしが得意とする魔法だ。
「Guuuuuuuuu……」
「Gaaaaa…」
 呻き声を残して消え去る。行く手を阻むゾンビのほとんどがその場から消えた。
「おおっ!」
「さすがはルミ殿だ」
「先急ぐわよ」
「はっ!」

 ―― サンクティ共同墓地 ――

「ここにネクロマンサーがいるのね」
 所狭しと蠢くゾンビ。そして…リビングゾンビ。明らかに今までの数倍の戦力が集結している。ここにいるよ、って言っているようなものだ。

「ndkh*skau*sknajvb……… ホーリー ブレスっ!」
「kldg*hkubdh*gku……… ホーリー ウインドっ!!」
「buywrg*rvununbtna*hituhnu……… ホーリー カッター!」
「iktvuann*osvhtunvu*nvg……… ホーリー バックドロップっ!」
「ui*vnfvnhvinvifn*vinviogi……… ホーリー ジャイアントスイングっ!!!」

 あたしの魔法の前に為すすべなくひれ伏すゾンビたち。全く、たいしたコトないわね。
「す、凄い…」
「………」
 あたしの勇姿を見て驚いているようね。真の乙女たるもの、ここで自慢したりはしないのよ。
「行くわよ」
 さらっと言う。そして前進するあたしたち。決戦は近い…

「あいつが……ネクロマンサーか!」
「どうやらそのようね」
 真っ黒なローブに深くかぶったフード。手に持った杖を振りかざし、ゾンビたちに指示を送っている。事は順調に進んでいるようだ。
「このサウス=ウッズが成敗してくれる!」
 そう言って無謀にも突進するサウス。今までのゾンビと違って、ネクロマンサーが指示を出している。朝だから動きが鈍いってコトはない。元騎士のリビングゾンビもかなりいるし。
「ぐおぉぉぉぉっ!?」
 あっさりと返り討ちにあってるよ…。ま、どうでも良いけど。
「でやぁ!」
 奮闘中のザナーム。しかしかなり分は悪い。
「ぐはぁ」
「さてと…」
 そろそろ締めるかな。左手を挙げて合図を送る。カネア……よろしく頼むわよ。



 聖剣士ルミ・クレイリスの活躍により悪のネクロマンサーは跡形もなく消されたのだった。その場に居あわせた騎士の話によると、ネクロマンサーを一閃した後に炎の魔法で追い打ちし、そのまま燃え尽きたと言う。しかし、その焼け跡から『死霊の杖』と呼ばれる杖は発見出来なかった。その宝珠(オーブ)は決して魔法の力で焼き払えるものではないと言う。目撃した騎士の見間違いであったのだろうか。

「次はどこにするかな〜♪」
「え、何がですか? ルミ様」
 クリニットを出て、再び旅を続けるルミ。金貨の山とミズカを携えて、かなりご機嫌のようだ。
「いやぁ、どこに行こうかなってコトよ」
「私で良ければ、どこへでもお供致します」
「うん、ありがとう☆」
(……………)

 しかし………ミズカはいつ気が付くのだろうか?
 聖剣士ルミ・クレイリスがネクロマンサーでもあるということに ―――。
 次の獲物となる町を探し、ルミは旅を続けている…。


  end...

http://www.interq.or.jp/dragon/katutaka/