ネクロマンサー (前編) 投稿者: スライム
 ザッザッザッ……
 暗闇に包まれた町外れの街道に足音が響く。
「……ふふふ」
 妖しい笑みをこぼす魔道士。暗色系のローブに身を包み、手には緑の宝珠(オーブ)が付いた杖を持っている。深く覆われたフードが顔を隠し、口元だけしか確認出来ない。
「………」
 魔道士は町のある場所を目指して移動していた。人が住んでいる限り必ず存在する所 ―― そう墓場に。
 暗闇の中に足音だけがこだまする。辺りに人の気配は全くない。まるで時間が凍結しているかのような錯覚すら覚える。
『サンクティ共同墓地』
 そう書かれた看板を見取り、中に歩みを進める。薄い月明かりが不気味に墓地の十字架を照らす。
 ザッザッザッ……
「この辺りに……」
 語尾がよく聞き取れない。直後 ―― 低く、妖しい呪文が響きわたる。ネクロマンシーと呼ばれる死者を操る呪文だということが、周りの土より復活するものから理解できる。
「ふぅ」
 息を大きく吐き、墓場のさらに奥へと向う。魔道士の姿は暗闇にかき消され、次々と蘇る死者たちがその場を支配していた・・・。



 ―― クリニット。サベリクス大陸東方に位置する町の名である。人口は約6万人とかなり大きな街なのではあるが、ここ数日の死者の数は500人を超えている。突然街を襲った、ゾンビの大量発生が原因であった。
 ゾンビ ―― 生ける屍というイメージが強いが、そうとは限らない。死者を魔力で支配し、その行動を操作しているものと、生者の魂を魔力で抜き取り、心や行動を操作するものとに分けられる。
 人々はゾンビを生み出し操る者をネクロマンサー(死霊使い)と呼んだ。


 ―― クリニット騎士団本部 ――

「状況を報告してくれ」
 本部長室に集結している数人の騎士たち。立派な髭を携えた本部長を始めとして、その表情は重く険しい。中には痛々しい生傷が見える者もいる。
「フェレス地区…住民56人死亡、378人が負傷。家屋30軒全壊。騎士85人殉死です。ゾンビはおよそ1000体、リビングゾンビは15体確認しています。住民はアルカナ地区へ避難完了、騎士団は防衛線にて応戦中です」
「サンクティ地区、被害状況分かりません。サンクティ共同墓地付近にネクロマンサーらしき呪術士を目撃との情報があり、ゾンビの発生源はそこと思われます。ゾンビの数も不明、サンクティ地区は完全に制圧されました。騎士団もほぼ全滅です。…」
「アルカナ地区……」
「んあ〜、もういい。要するに最悪の状況ということだな」
 3人目の報告のところで、本部長は言葉を挟み中断させる。それと同時に本部内は沈黙に包まれた。突然のゾンビの襲撃という予期せぬ事態に対策が追いつかない。誰もが困惑していた。
「術者を倒すことが出来れば…」
 本部長が呟く。ゾンビをいくら倒してもネクロマンサーがいる限り無意味である。だが…そんなことは、ここにいる誰もが周知していることであった。
 しかし、今回のゾンビ襲撃において大きな疑問点が一つ存在した。―― なぜ街を襲う? ……その根本的な理由が不明だった。こういった事件の場合、普通はネクロマンサー側から侵略目的の通達や要求があるものだ。「街をゾンビの巣に変えたくなければ、金を○○用意しろ」等の脅迫状をよこすはず。ただ単に、街の壊滅が目的と言うのか…。
「…本部長」
 若い騎士が場の空気を裂く。本来立派だったであろう、その兜や鎧は所々赤褐色に変色している。
「どうした?」
「リビングゾンビ……どうなされますか?」
 リビングゾンビ ―― ネクロマンサーによって魂を抜かれた者。死者ではなく生者。ネクロマンサーに操られし人間のことだ。
 これが非常に厄介である。普通のゾンビは元死人……倒して文句を言うやつは、まずいない。しかしリビングゾンビは、元生きている人間……当然家族もいれば恋人もいるかも知れない。倒すことは許されない。唯一の方法は捕縛することだ…。
 そして厄介事はもう一つ。リビングゾンビの戦闘力は、操られている者の能力がそのまま反映される。つまりこういうことだ。ネクロマンサーを倒すべき強力な刺客を送れば送るほど、逆に恐るべき敵となって帰って来る可能性があるのだ。
「……しかたあるまい。捕縛が不可能な場合倒すことを許可する」
「分かりました。これよりアルカナへ戻ります」
「頼むぞ」
 こうして騎士団本部での緊急会議は、さしたる成果もなく終わりを告げた。皆それぞれの持ち場へ移動を開始する。
「王国の応援部隊がもうすぐ到着する。それまでは、これ以上侵略させるわけにはいかん…」
 本部長の力無き声が、静寂に包まれた本部内に悲しく響いた。



「よろしくお願い致します。ルミ殿、頼りにしておりますぞ」
「任せて。この聖剣ゼラスフィードがあればゾンビなんて敵じゃないわ」
 あたしは偶然立ち寄ったこの街で、ネクロマンサー退治の依頼を受けることとなった。…何でも街の騎士団は半滅、王国の応援部隊も手に負えず対策に困っていたらしい。で、そんな中このあたし ―― 聖剣士(パラディン)ルミ・クレイリスが、ちょうどこの街を通りかかったというわけ。
「では、明朝本部にて…」
「ええ」
 依頼主である本部長さんが酒場から去って行く。明日の朝、かる〜くネクロマンサーを倒しに行くだけで、多額の報酬が約束されている。聖剣ゼラスフィードと聖なる破邪魔法を駆使すれば、はっきり言ってゾンビなど何体いても関係ない。まあ楽な仕事よね…。

 ―― 暫く。お酒が身体に染み込み始めて心地良くなってきた頃、不意に後ろから声をかけられた。
「あ、あの。聖剣士ルミ様ではありませんか?」
「え、そうだけど…」
 あたしは反射的にそう答えた。見れば、あたしと同い年くらいの女の子がすぐ後ろに立っていた。うす茶色の長い髪がとても綺麗で、服装は普通の町娘風。清楚な雰囲気もあって、あたしの理想とする乙女像に近い。
「御噂はお聞きしています。何でもグルノーブル王国やクチプリ地方のネクロマンサーを討伐されたとか」
「この大陸にまで伝わっていたのね…。まあ、とりあえずここのネクロマンサーもあたしに任せておいて! ―― ところで、あなたは?」
「あ、すいません。私、ミズカ・イグレーヌといいます。先程ルミ様へ依頼した騎士団本部長、ヒーゲ・イグレーヌの娘です」
 本部長さんの娘か……ぜんぜん似てない。いや似なくて良かったと言うべきか。2人の顔に共通項が見当たらないから、母親がかなりの美人であることは間違いないだろう。
「そう言えば…」
「はい?」
「はっ、何でもないのよ」
 無意識に口に出していたらしい。確か…「ネクロマンサーを倒して頂きましたら先ほどの依頼料、そしてこの街にあるものでしたら何でも差し上げます。ですから ―― 」…って、言ってたっけ。
「あのぉ、何か?」
 黙ってミズカを見つめるあたし。……この娘も「街にあるもの」よね。貰っちゃおうかな。
「う〜ん」
「あの……」
 念入りに品定め。旅のお供にでもするかな…。ま、場合によっては夜のお供も……って、冗談よ? ―― 信じないように!
「えと、私はこれで失礼します。どうかお気を付けて…」
「…ええ」
 あたしの視線から逃れるように、場を離れるミズカ。ずっと見てたから、変に思われたのかな?
「………」
 酒場から出て行くミズカを無言で見送ってから、あたしもここを後にした。

(…また悪い癖が出てます)
 宿の部屋に入ってすぐそう言われる。
「良いでしょ! 別に…」
(襲う際は私が寝ている時か、いない時にして下さい)
「分かったわ。………って、襲わないわよっ!」
(………)
「何よ、その眼は…」
(何でもないです)
「…信じてないわね」
(信じてないです)
 くっ…、と言葉に詰まる。一瞬呪文を唱えたくなったが、さすがに思い止まった。
 あ、そう言えば紹介が遅れたわね。あたしの目の前を飛んでるのは、妖精(フェアリー)のカネア。闇市場で偶然見かけて買ったのだけど、ちょっと性格がね…。普段は人目に付かないように、腰のところの麻袋に入ってる。妖精は非常に稀少だから、隙あらば捕まえようという輩も多いからね。まあ一応、あたしの旅の相棒ってことになるのかな? 
「もう寝るわ」
 あたしはそう言って、剣と鎧をはずす。
(…はい)
 ベッドに入って数分、あたしは心地良い眠気に身を任せた…。


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誤字脱字発見の為、送り直しました… (T_T)
澪りん『なのなの』
では、後編は明日にでも…
澪りん『じゃっ!』 (^▽^)/~

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